人質
ローザンネの会社、アールァ・カッキーへ僕達は向かう事になった。
ヤコーブスの案内で向かうと、そこにあったのは横に長く白い建物。
僕としては見た感じ工場みたいな印象も抱いたが、中央にある噴水が光を放っていてそのイメージを払拭しているようにも見えた。
ヤコーブスはやはり大物だった。
深夜に訪れたにも関わらず、警備兵達がヤコーブスに気を遣うレベルだ。
最初はローザンネの許可が必要だと拒否していた彼等も、ヤコーブスと太田の脅迫まがいの言葉に、渋々中へ通してくれた。
中に入ると、地下に行く階段も発見する。
最上階と地下へ向かう二手に分かれ、兄は最上階を目指した。
最上階では、明かりが漏れている部屋を発見。
太田が部屋の前まで行くと、男達の声が聞こえるという。
ヤコーブスは部屋の扉をノックすると、男達の会話はピタリと止んだ。
中の男に開けろと言うヤコーブスだが、流石にローザンネが不在とあって開けようとはしない。
だがヤコーブスは相手との会話の中で、開けられるものなら開けてみろという言質を取った。
悪い顔をするヤコーブスに、太田が扉を破壊する。
中から現れたのは、ミスリルの鎧に身を包んだ三人の男達だった。
俺の挑発に乗るかな?
やはり先頭の受け答えをしていた男は、平静を装っている。
だけど後ろの二人は駄目だ。
俺でも分かるくらいに動揺している。
「な、何を根拠にそんな事を?」
「し、召喚者って何よ?そんなの知らないんだけど」
白々しいが、これでも隠しているつもりらしい。
目が平泳ぎで泳いでいるのが見えるのだが、これをクロールとバタフライに変えてみせよう。
「キミ達のランクはいくつかな?」
「・・・」
「弱そうだから、Bランクの下の方だったりして」
「ふざけんなよ!俺はBランクの上位で、コイツなんかAだぞ!」
「馬鹿野郎!」
「あ・・・」
アホだ。
俺程度の挑発でも乗ってくるなんて。
弟だったらコイツ、口だけで泣かされるんじゃないかな。
(勝手に人の事を、いじめっ子みたいに言わないでくれる?)
聞いてましたか。
まあ事実なので仕方ない。
「お前達が召喚者なのは分かった」
「この馬鹿!ローザンネさんに何て言うんだ!」
「素性は隠してろって言われてた?」
「・・・」
どうやらもう喋ってくれる様子は無い。
挑発に乗った男は、もう一人の男に後ろから口を塞がれている。
前に居る男も、俺達が何を言っても反応しない。
だが、ヤコーブスがここで攻勢に出た。
「キミ達が召喚者というヤツなのは分かった。キミ達は何故ここに居るのかね?」
「・・・」
「無言を貫き通すつもりか?それなら然るべき措置を取って、キミ達の事を代表として問い詰めるだけだぞ。そうなれば、キミ達の心象は相当悪いがな」
「・・・雇われているからです」
ヤコーブスの言葉に、とうとう折れるリーダーらしき男。
ドMのくせに、言葉責めは得意そうだな。
「雇われて、何をしているのかね?」
「それは・・・」
「護衛か?」
「・・・」
歯切れの悪い男にヤコーブスはチマチマと言っていると、口を塞がれた男が暴れ出した。
「お、おい!」
「護衛だよ!俺達はローザンネさんの護衛だ!」
その言葉を聞いたヤコーブスは、再び悪い顔をしている。
そしてリーダーらしき男は、頭を抱えた。
「彼はこう言っているが、間違いないな?」
「・・・」
「何だよ!ハッキリそうだって言ってやれよ!」
怒鳴る男に対して、リーダー仮は睨みつけた。
ヤコーブスは悪い顔をしながら、怒鳴る男に対して優しく説明を始める。
「キミは護衛だと言ったね?では、護衛協会に行って登録はしてあるはずなのだが。護衛証を見せてもらえるかな?」
「あん?護衛証?」
「この街では護衛は、職業として扱われる。非合法な者が押し掛けて、商人を脅して雇わせたりしないようにね。護衛証が無い者は、護衛として認められない」
マジか。
そこまで重要だと知らなかった。
だからニックは、俺達を護衛登録させていたのか。
てっきり自分の都合だとばかり思っていた。
すまんな、ニック。
これも日頃の行いが悪いから、そう思われるんだぞ。
「認められないとどうなるんだ?」
「フォルトハイム連合では罰金刑になります。それと重要な事がもう一つ。雇い主の名前が公表されますね。非合法者を雇った者として、他の商人や護衛からは信頼を失うでしょう」
「という事は、ローザンネが裁かれるという事か?」
頷くヤコーブスの顔は、とても良い笑顔である。
人の不幸は蜜の味。
まさにそれを体現している。
「私達はこの部屋に居ただけです。護衛の仕事なんかしていませんよ」
「キミ、往生際が悪くない?だって後ろの男が大きな声で、俺達は護衛だぞって言っちゃったんだよ」
「証拠が無い」
「は?俺達が聞いてるじゃないか」
「そういう罠に嵌めようという魂胆ですよね?第三者は、どっちを信用するかは分かりませんよ」
この野郎。
かなりムカつく。
弟みたいに、屁理屈ばっかり言ってきやがる。
(屁理屈で悪かったな。でも、コイツの言う通りだ。こっちは勝手に深夜の会社に押し入って、糾弾してるんだ。知らない人が聞けば、分が悪いのはこっちだろう)
向こうが許可無しなんだから、第三者が見ても駄目なんじゃないの?
(客人だと言い張るかもしれない。護衛をしていたという証拠が無いからね。ローザンネが彼等を外に出さなかったのは、そういう理由もあるのかもしれない)
クソッ!
頭の回る奴だな。
「ヤコーブスさん。深夜に女性に無理矢理会いに来ている貴方の方が、他人から見たらどう思われるでしょうね」
「ぐぬっ!」
「ハッハー!証拠!そうだよ。お前等には俺達が護衛をしていたって証拠が無い」
ムカつくわぁ。
リーダー仮がそんな事を言ったせいで、後ろの馬鹿が調子に乗り始めた。
もう一人も優勢になったのが分かったからか、止める様子も無いし。
これは俺達、逆に訴えられかねないか?
「キャプテン」
「こんな時に何だ?今が微妙な時だって分かるだろ」
小声で呼んでくる太田に、俺は少しイライラをぶつけてしまった。
しかし太田は、ササっと俺の横に来ると、向こうから見えないように指で何かを指している。
「見えますか?」
「・・・なるほど」
扉の前に立っていたから、気付いたんだろう。
グッジョブ太田!
「それじゃ、俺がもう一回聞くよ。お前達は護衛じゃないんだな?」
「護衛だよ!俺達はローザンネさんの護衛だ。でも、こんな深夜にそんな事を言っても、誰も聞いてる人なんて居ない。だから何度でも言ってやるよ!」
「ハイ、コイツお馬鹿決定!」
いやぁ、馬鹿はすぐに調子に乗るから助かる。
勝手に自爆してくれたわ。
「は?」
「自白してくれてありがとうございます!」
「いやいや、このガキ何言ってんだ?」
三人は何が起きたのか分かっていない。
しかし俺が自白してくれてという言葉に、リーダー仮だけが神妙な顔をしている。
「証拠が出来ました」
「何だよ。この部屋に第三者なんか居ないだろ」
「別に居なくて良いんだよ。後から見せるだけだから」
「見せる?」
「ま、まさか!?いや、この世界にそんな物は存在しない!」
リーダー仮は気付いたらしい。
でも、うちのコバちゃんは天才なのであるんですよね。
「入ってきて良いよ」
「なっ!何で!?」
地下に行っていた蘭丸達が、この部屋に入ってくる。
そしてハクトの片手には、ビデオカメラがあった。
勿論、赤いランプが点灯している。
「看板でも必要か?ドッキリ大成功とか書いとく?」
「何でそんな物があるんだよ!分かった。形だけ似せて、中身は全く別物なんだろ」
もはや自分に都合の良いようにしか、考えられないようだ。
現実逃避って、こういう事を言うんだろう。
「明日、護衛協会に持っていくわ。皆見たら、どう思うだろうね」
「これは一体?」
ヤコーブスもあまり現状が把握出来ていない。
ハクトが片手にしているビデオカメラを見て、ようやくどういう事か理解した。
「分かるよな?お前達もローザンネも詰んだんだよ」
「ふ、ふざけんなよ!こんな事で終わるか!」
「・・・そうだな。まだ終わりじゃない」
キレる男に怒るかと思ったリーダー仮だが、どうやらそうじゃないらしい。
さっきまでの弁解をしていた時と違って、雰囲気が変わった。
「キャプテン!」
「動くな!」
「え・・・」
リーダー仮は俺の腕を掴むとすぐに引っ張り、首に剣を突きつけている。
これってもしかして、人質にされた?
おかしい。
俺、結構危ない状況だよね?
それなのに心配そうに見てるのは、ヤコーブスくらいなんだけど。
「お前、そのカメラを渡せ。いや、壊せ」
首に剣を押し付けたリーダー仮は、ハクトに向かって命令している。
だが、ハクトは全く動かない。
「お前等の仲間の子供、死ぬぞ?構わないってんなら、俺が首をへし折ってやってもいい」
「良いか?俺達は人殺しなど気にしない。早くしろ!」
リーダー仮は、あくまでも脅迫に俺を使いたいみたいだな。
対してこの馬鹿。
もとい男は、俺が死んでも構わないと考えている。
顔を見たわけじゃないけど、声だけで分かる。
「どうした?何故壊さない。死んでも良いのか?」
「さっさと殺しちまえよ」
「お前、ホント馬鹿だな。殺したら俺達、一斉に攻撃されるからな」
「コイツ等如きの攻撃、別に問題無いだろ」
口を塞いでいた無口な男が、俺を殺すとどうなるか説明をしている。
だがこの馬鹿は、俺達の攻撃に耐える自信があるらしい。
「最後の通告だ。そのカメラを壊せ」
それでも壊さないハクトに苛立ちを隠せなくなったのか、彼は初めて感情的になった。
「お前等、子供が死んでも良いのかよ!?」
「うーん、だってねぇ」
「そうだな」
ハクトと蘭丸の返事がちょっと冷たい。
何これ?
俺の事、心配じゃないの?
「ちゃっちゃとしばいたって下さいよ!」
「キャプテン、頑張って!」
おう!
頑張るわ。
じゃないだろ!
これ、自分で何とかしろって事かよ。
白状な連中だなぁ。
「なあ、アイツ等助ける気無いみたいだな。俺達が本気だってところを見せる為に、殺した方が良いだろ」
「俺は・・・子供まで手に掛けたくない」
「それでも散々殺してきたんだろうが!」
馬鹿のくせに、意外と厳しい事を言う。
リーダー仮も無口くんも、顔を顰めていた。
しかし意を決したか、男の手の力が強張った気がする。
俺、いよいよ殺されそうだ。
「・・・すまん」
「その前に質問。この剣もミスリル製か?」
「え?あぁ、そうだな。帝国で支給された剣だ」
「そっか。教えてくれてありがとう。でも悪いが、この剣じゃ斬れないぞ」
「は?な、何だぁ!?」
俺は剣の刃を軽く掴むと、剣をバットへと作り変えた。
「あっ!」
「バットはもらっておくわ」
「お前、子供に取られてんじゃねーよ!」
馬鹿がリーダー仮にキレてるが、これにはちゃんと理由もある。
「おい馬鹿。知ってるか?力比べでバットを両方から持った時、太い方を回した方が細い方を回すより、力が強いんだぜ」
俺は勿論、太い方を回したんだけどね。
これをやると、簡単に奪い取れます。
「馬鹿だと!?このクソガキが!見せしめに一番弱い、お前から殺してやろうか!?」
一番弱い?
おいおい、馬鹿言うな。
コレには皆、失笑してるじゃないか。
ヤコーブスでさえ、弱い?って顔しているぞ。
見かねたのか、太田が馬鹿に向かって説明を始めた。
「アナタ、分かってないですね」
「何?」
「この方が一番強いのですよ。安土で一番強く、そして安土で一番偉い。ワタクシ達のキャプテンなのですから!」
誇らしげに語る太田だが、こっちもやらかしてしまった。
リーダー仮はそれに気付いたっぽい。
「安土?あの魔族の都市、安土?しかし安土は、魔王が治めていると聞いているのだが。だがキャプテンって言っているし・・・」
「・・・あっ!今のは無しです。キャプテンは魔王様とは関係ありませんから。気にしないで下さい」