暗殺者捕縛
自分の趣味を話すのって、少し勇気が必要だと思う。
一般的な趣味ならいざ知らず、ヨランダのようなおとこの娘が好きみたいな人は特に。
パウエルに誤解された彼女は必死に弁明を始めると、蘭丸とハクトは服を脱ぐチャンスだとここぞとばかりに弁護し始めた。
まあ、パウエルは自分も女装しないといけないのかと、新しい誤解も生まれたのだが。
本題へ入ろうとする前に、ニックはパウエルが居る事に憤慨。
無関係な者は帰れと叫ぶ彼に、これまた蘭丸とハクトはパウエルの気持ちを察して弁護する。
再び誤解を解くと、ニックは謝罪しパウエルも説明不足を謝罪した。
いよいよ本題に入り、ローザンネが怪しいという話が話題に出ると、ヤコーブスも被害を受けていた事が判明する。
ニックとヤコーブスの共通点。
兄達は全く分からないと頭を悩ますが、ヨランダの美容体験を聞いた時、佐藤さんが思わぬ事を言い出した。
魚にはコラーゲンが含まれている。
そのコラーゲンは、美容に良いんじゃなかったのかと。
「コラーゲン?何ですそれ?」
「何って言われると、俺も説明出来ないんだけど」
佐藤さんも知ってる言葉というだけで、実際には説明出来ないらしい。
こういう時のスマホでしょ!
・・・難しい!
読んでもサッパリ分からんぞ。
(確かに難しいな。えーと、魚とビタミンCを一緒に取るとコラーゲンが作られる。それが美容や健康にも良い。そんな感じか?)
ありがたい!
「コラーゲンは美容や健康に良いのだ!」
「だから、そのコラーゲンとは何なのだ」
「・・・タンパク質?」
「それがあると何故美容に良いのだ?」
「・・・肌にはコラーゲンが沢山使われてるから、皺が出来づらいとかそんな感じかと」
パウエルの執拗な質問に、俺はタジタジになりながらもスマホを見て答えていく。
何でそんな事興味あるんだよ!
「パウエル。別にコラーゲンが何かとか、今はどうでも良いんじゃないかしら」
「そうやで。今はローザンネが塩と魚を必要とする理由が分かっただけでも、大収穫。そやからあのアマ、しばきに行きましょ」
ニックはコラーゲン目当てで自分が狙われていた事が分かり、少し頭に血が上っている。
まさか命まで狙われてるとは、思わなかったのだろう。
「それに関しては全てが終わってからでも、問題無いしな。今はローザンネの目的が分かっただけで、良しとしよう」
パウエルも納得したところで、これからの話に切り替わっていく。
「まず、ヤコーブスさんは命までは狙われてないんですよね?」
「私は商品を強奪されたりするくらいです」
「塩って高いんじゃないの?」
「そこそこ高いですよ」
高級品質な塩は高い。
特にそれが狙われていたという話だ。
ニックと違って、塩目的の強奪といったところだろう。
「ニックが命を狙われているのは、もしかしたら商い全体を乗っ取りに来てるのかもね」
「ヨランダ、怖い事言わんといてや」
「いや、あながち冗談ではないだろう。ニールセンが居なくなり規模も縮小したトロスト商会なら、買収出来るとでも考えているのではないか?」
ヨランダの冗談から、ヤコーブスがそんな事を言い出した。
そして同じ代表であるパウエルも、それに賛同している。
「彼女が急激に大きくなった理由。それは元からあった販路を使い、美容という新しいジャンルを開拓した事から始まる。お前が死ねば、会社は更に規模縮小だ。その時に買収を仕掛けるつもりだろう」
「トロスト商会は前代表の会社だしの。ネームバリューはある。私もやるなら、それくらいはする」
二人の代表の話を聞いたニックは、とうとうブチ切れた。
「ふざけんなや!だったら最初から、ウチから魚仕入れろっちゅうねん!会社を手に入れる為に、命を狙うだぁ?そんな危険な奴を代表にしとくんかいな!?」
「証拠が無いのだ」
「ふむ。確かにの」
証拠かぁ。
俺があの三人組を取り逃しているのが、問題って事だよな。
そもそも護衛って難しいんだよ。
誰から構わずぶっ飛ばすもしくは殺すって話なら、まだ簡単だ。
しかし守りながら戦うってなると、話は違う。
それも今回みたいに、相手を捕まえて首謀者の口を割らせるみたいな事になるとね。
という、言い訳を自分の脳内でしてみた。
太田や蘭丸達が俺を責めてくる事はないにしろ、ニック達はその限りじゃない。
今のうちに言い訳を考えておくのは、悪くないのだ。
「美容の仕事というのが何なのか、未だに分かりません。だけど、そのコラーゲン目当てで命を狙っているという話であれば、ローザンネという女ならやりかねないと思います」
「官兵衛!」
「護衛協会で見た彼女は、自尊心の塊でした。良い男を侍らせて、周りから良く見られたい。美容に力を入れているのは、そういう理由もあるのでしょう」
官兵衛が杖をついて立ち上がると、彼はホワイトボードに現状を書き始める。
「ヤコーブス殿のような大物は、命までは狙えない。だから高品質な塩のみを狙う。ニック殿は先程の話の通り、殺してから買収が有力な線でしょう」
「しかし証拠が無いぞ。どうするのだ」
「謎の三人組を捕まえます」
簡単に言ってくれてるが、俺は何度も逃してるんだけど。
これで簡単に捕まえられてしまうと、俺はどうすれば良いのかな。
「ケンイチ殿でも捕まえられない相手。そんな簡単には」
「捕まえられます」
言い切られた!
俺ショック・・・。
「どうやって?」
「彼が居るじゃないですか」
夜になり、蘭丸達はいつも通りにスカウトの話をする為に街へ出ていった。
勿論、ニックとヨランダも一緒である。
彼等は以前裏口が壊された食堂へ向かい、相手が来るのを待っていた。
「さて、どっちが先に来るかなぁ」
どっちが来るか。
それは声を掛けた職人が先か、暗殺者が先か。
ある意味どちらも来てほしい人なのだ。
「阿久野くん。俺、ここに必要?」
「ちゃんと見張って下さいよ」
佐藤さんは俺と隣の建物の陰から、暗殺者が来るのを見張っている。
店内に入れなかった理由は、単純に撮影に走りそうだったからだ。
そして本人もそれが狙いだと、今の発言で確信した。
「今日は金髪のお団子ヘアーでセーラー服なのに。勿体無い」
「アンタ、そろそろ目を覚まさないと危ないぞ?彼女くらい作りなさいよ」
「うっ!頭が!今、何かを言われた気がするが、頭が拒否反応を。ん?あの連中・・・」
小芝居をしていると、彼は何かを発見。
暗くて見づらいが、人が動いているのが分かる。
「三人居る。アレだろ!」
しかし俺達はまだ、動く時じゃない。
然るべきタイミングまで、ここで待機なのだ。
後の事は、店内の連中に任せるしかない。
「来た!」
ハクトが三人の動きを察知していた。
今回はいつもと違い、蘭丸とヨランダの二人がスカウトの話をしている間、ハクトはニックと隣の部屋に待機している。
隣の部屋に聞こえるように、壁をドンドンと二回叩くと、ハクトは更に反対の壁も叩いている。
「本当に上手くいくんかいな」
「官兵衛くんは凄い人ですよ。間違いなく大丈夫」
「魔王様含め、皆そう言い張るけど」
「上から来ます!」
ハクトがそう言うと、屋根裏を突き破って部屋に入ってくる三人組。
ハクトはニックの前に庇うように立ち、三人組へ立ちはだかっている。
「どけ、女。ソイツを差し出せば、命だけは助けてやる」
「・・・」
「あくまで抵抗するか。やれ!」
真ん中の男の指示で動き出す左右の二人。
しかし彼等は気付いていない。
この部屋には二人だけではない事を。
「今です!」
壁だと思われていたのは、薄い板で作られた仕切り。
それをぶち破って現れたのは、太田と長谷部だった。
「罠か!?」
長谷部の木刀を受ける一人の黒装束。
逃がさないように、ハクトが後ろを取って牽制している。
二刀流の木刀に防戦一方の男は、気付くと片膝を突いていた。
「ま、魔法か!?」
「残念。俺は魔法なんか使えねーよ!」
動きが鈍った黒装束の頭を柄で強打する長谷部。
気を失ったのを確認すると、長谷部は太田が対応している男へ向かっていく。
「くっ!」
ブツブツと何かを唱える中央の男。
それを見た官兵衛から、ハクトへ指示が出る。
「ハクトさん!」
「見知らぬ男のその言葉。聞くに耐えない私には。だからその口を閉ざせ!」
「っ!?」
何が起きたのか分からず、口に手をやる男。
ハクトの音魔法で口が開かなくなった事を悟り、男は慌てて仲間を捨てて逃げ去った。
「太田殿、その男も拘束を」
「承知!」
長谷部に後ろからボコボコにされて動かなくなった男を縄で縛ると、ニックは凄いと言って出てくる。
「本気出したらこんなもんちゃうで!顔を見せんかい!」
お前は本気出してない。
やったのは俺達だと思った長谷部だが、そこはグッと我慢するのだった。
そんな中、ニックは顔を隠している布を剥ぎ取る。
布の下から現れたのは、獣人だった。
「キツネ、ですかね?」
「イチエモン殿達に似ていますね。おそらくそうでしょう。魔王様にも連絡を」
ハクトは携帯電話で連絡すると、後は任せたと言って切った。
「オイラ達はここまでです。後は魔王様に任せましょう」
「出てきた」
ハクトからの連絡からすぐに、外へ飛び出してくる黒装束。
余程慌てているのか、周囲の警戒すらしていない。
「佐藤さん。行くよ」
二人で屋根から飛び降りると、驚いたような顔でこっちを見てくる黒装束。
「キツネの獣人らしいな」
「幻術が使えるのって、キツネ特有の術か?」
ハクトからの連絡で俺が思い出したのは、ゴエモンの眼だった。
見ただけで相手を眠らせるあの魔眼。
俺達も苦戦したので、すぐに思い出した。
「とは言っても、ハクトの音魔法で喋れなくなってるんだろ」
佐藤さんは不用心に近付いていく。
身体能力だけなら負けないと思っているのだろう。
そんな油断が彼を巻き込んでいく。
「闇!」
「へ?」
時間が経ったからか。
それともハクトから離れたからか。
彼は既に音魔法が解けていた。
「えっ!えっ!?何これ?何も見えないんだけど」
両手を前に出して、辺りをウロウロする佐藤。
この人、結構馬鹿だな。
そういえばこの人、ゴエモンにも簡単に眠らされていた気がする。
キツネと相性悪いんじゃないの?
「次は貴様だ」
何か言っているが、俺は構わずに殴り掛かった。
奴は予想通りに、とにかく逃げていく。
俺も結構身体強化は凄い方だと自負しているが、奴の身体能力はかなり高い部類に入るだろう。
街を熟知しているのか、建物を曲がったり障害物を使って撒こうとしている。
対して俺は、曲がった先にある資材や建物にぶつかりそうになり、奴を見失いかける事がしばしばあった。
集中して見ていないと、見逃す程の逃げ足。
さながら某怪盗三世だな。
「むぁて〜い!逮捕する〜!」
とっつぁんのモノマネをしながら、追い掛ける俺だったが、それも唐突に終わりを告げた。
「闇!」
さっき使った幻術と同じものだろう。
俺は周りが何にも見えなくなった。
「貴様は危険だ。ここで排除する」
何処からか聞こえるそんな声。
多分近付いてきているんだろうが、暗闇に包まれて気配すら分からない。
「メガネメガネ」
何も見えないという往年のネタをする俺に対して、奴は短剣を振りかざしていた。
そして俺の目が見えるようになると、そこには胸を弓で射抜かれた男が倒れている。
「ば、馬鹿な・・・。お前以外、誰も追っては居なかったはず」
「お前を追っていたのはね。だけど、俺を追っていた奴なら居るんだよ」
俺の後ろを追っていた蘭丸が、屋根の上で月明かりに照らされている。
彼は両手に弓矢を持ち、金髪の髪が風に靡いていた。
「月に代わってではないけど、セーラー服がここまで似合うのもどうかと思うぞ。少し腕と足が筋肉質だけどな」