解ける誤解
ニックは今までの事を水に流し、ヤコーブスと手を組む事を決めた。
変態でも大商人。
ニックにとっても良い商売相手になるはずだ。
皆と別れフロート商事に戻ると、パウエルは深夜にも関わらず出迎えてくれた。
どうやらニックが心配だったらしい。
街での出来事を一部隠して話すと、彼は逃げたもう一組が気になっていた。
幻術を使う三人組という情報を話すと、パウエルはローザンネが魔族と繋がっているという噂を教えてくれた。
しかし彼女には、帝国とも繋がっているという事実がある。
しかも召喚者まで護衛にしているというくらいの、密接な関係らしい。
ここに来て、ローザンネという怪しい人物が急浮上したのだった。
翌日、ヤコーブスに誘われて彼の会社であるネイホフコーポレーションへ向かおうとすると、パウエルまで同乗してきた。
彼はヤコーブスという、自分と同じフォルトハイム連合の代表が、ニックと一緒に行動するのが羨ましくて仕方ないらしい。
彼なら無碍には扱われないと思うが、子供じみた理由で参加するとは思わなかった。
ネイホフに着くと、ヤコーブスの案内で皆が待つ部屋まで案内される。
そこで見たものは、ヨランダ達による撮影会だった。
しかしそれを見たパウエルは、ある勘違いをしてしまう。
ヨランダが同性である女性に熱狂している姿を見て、自分が如何に彼女の事を理解していなかったかと、反省してしまったのだった。
自分の気持ちを吐露したパウエルに、皆は静まり返る。
特に蘭丸とハクトは、とても複雑そうな表情をしていた。
「ちょっと待って!貴方、勘違いしているわ!」
「勘違いも何も、キミはとても楽しそうだったじゃないか!」
「これは違うの。貴方が思っているような、そんな関係じゃないわ」
何だろう。
海外ドラマを見ているような、そんな気分になってきた。
しかもここには、官兵衛や長谷部も参加している。
長谷部に至っては全く興味無さげに、何を見させられてるんだといった顔をしていた。
そして、パウエルとヨランダによる痴話喧嘩は、蘭丸の一言で終わりを告げる。
「だから言ったんだ!街に出るわけでもないのに、こんな格好する必要無かったじゃないか!」
「でも、ヤコーブスさんが用意してくれるっていうから・・・」
「白子ちゃんに似合うと思って、用意してみたんだけど」
親指を立てて、どうよといった顔をするヤコーブス。
ヨランダも同じポーズでナイスと言ったが、パウエルは事情がまだ分かっていない。
仕方ない。
パウエルももう味方みたいなもんだし、バラしてしまおう。
「ヨランダさん、蘭丸とハクトの服を脱がせてやってよ」
「・・・もう少し良いんじゃない?」
「早く脱がせてくれよ!これ、凄く重いんだぞ」
「僕もロクに動けないし、早く脱ぎたいんだけど」
「これは・・・どういう事かね?」
パウエルは二人の声を聞いて、少しは事情が掴めてきたみたいだ。
それでも信じられないのか、二人の顔を交互に見ている。
「この二人は蘭丸とハクトだよ。護衛協会の試験で、顔は見てるよね?」
「あ、あぁ。いや、しかし信じられん。本当に男か?」
「俺は男だよ!」
「ちなみに彼は婚約者も居る」
「えっ!?」
婚約者の件には、ヨランダもニックも驚いている。
別に護衛には関係無い事だから話していなかったが、そんなに気になる事だったのか?
「十二単衣は、着付けの出来る者を呼ばないと難しいのだ。今すぐに呼ぶから待っているが良い」
いつもの商人モードのヤコーブスがそう言うと、少し経ってから女性が数人入ってくる。
少しずつ脱いでいく二人を見て、ヨランダと佐藤はおろか、何故かヤコーブスも少し名残惜しそうに見ていた。
「ウオッホン!これで納得出来たかね?」
「あ、あぁ。ヨランダが男に女装させる趣味がある事は分かった。俺も着れるようにならなければいけないのか・・・」
「そんなわけないでしょ!彼等は可愛いから特別なのよ。カッコ良い貴方には似合わないわ」
「そう言われて嬉しいような。でも、彼等にしか出来ないと言われて悔しいような。微妙な気持ちになるな」
パウエルは苦笑いをしながら、そう答えるのだった。
「さてと、そろそろ本題に入ろうと思うのだが」
「ちょっと待ち!何でパウエルも居るねん。関係無い奴はすっこんどれや!」
ニックがずっとパウエルの事を見ていたのは、俺も最初から気付いていた。
ヨランダが居る手前、しばらくは黙っていたみたいだ。
しかし本題に入るとなると、彼としては許せないようだ。
「相変わらず心の狭い男だな」
「黙っとき!」
「待て待て。お前は誤解が解けたんじゃないのか?」
俺の中では、ニックがパウエルに対して怒っているのは、チンピラを使った嫌がらせに自分の荷馬車を襲わせているのが、パウエルだと思っているからだ。
しかし昨日のヤコーブスの話で、荷馬車は未だしもチンピラの嫌がらせは犯人が分かった。
ならばニックがパウエルを嫌う理由も、多少は薄れても良い気がするんだけどな。
「誤解って何の事や?」
「ニックはパウエルに、嫌がらせされてると思ったんじゃないの?」
「そうや。自分とこの護衛を使えやと、強要までされるし。たまったもんやないで」
なるほど。
パウエルの集めている連中は、確かに護衛の中でも強い方だった。
荷馬車を何度も襲われている、ニックの助けになると考えていたんだろうな。
本人には全く気付かれてないけど。
「俺はお前の雇っている貧弱な護衛より、マシな連中を紹介しただけだ」
「貧弱って何やねん!それはウチが金無くて、マトモな護衛も雇えんと思うとるんかいな!?」
「そこまで言ってないだろうが!」
「い〜や、言うとるのも同じや。お前はいつもそうやって、人を見下すような態度を取りよって。俺にちょっかいばかり掛けてきよって、何がそんなに気に入らないんじゃ!?」
「お前、俺の事をそんな目で見てたのか?」
「それ以外、何があるっちゅうねん!」
うーむ、子供の頃からの付き合いがある二人だ。
二人にしか分からない空気や関係性が、あるんだと思っているんだが。
それでもこの二人の関係性は、少し可哀想な気もする。
俺としてはあまり口を挟みたくないが、少しはパウエルの援護をしてあげたいと思った。
のだが、予想外に口を挟んできたのは、蘭丸とハクトだった。
「ニックさんよ、アンタもう少し柔軟性持たないと駄目だぜ」
「どういう意味や?」
「ニックさん、マオ・・・ケンイチくんがこの前、何故食堂に居たか知ってますか?ニックさんの事を、守っていたんですよ」
「なんやて!?」
再びなんやてをいただきました。
だが、この前のなんやてとは少々違う気がする。
「俺達も、コイツから聞いただけの話だけどな」
蘭丸は俺がパウエルから聞いた話を、全てぶち撒けた。
意外な事に、ヨランダにすら全てを話していなかったようで、彼女もパウエルの顔を見て驚いているくらいだった。
「この人はね、ニックさんの事が心配だったらしいんだよ。だから僕達をどうしても護衛として引き入れて、ニックさんを守らせるようにしたかったんだって」
「それって、あのままワタシが全員受け入れていれば、良かったんちゃいますの?」
「そうするとニックさんの支出が大きくなるでしょう?特にケンイチくんは、クラスがいきなりAになってしまったし」
あ、それもそうだね。
俺も今言われて気付いた。
じゃあパウエルが俺を欲しがった理由って、金銭面もあったのか。
あの一瞬で、よくもまあここまで考えていたものだ。
官兵衛並みの頭の回転の速さだと思うぞ。
「も、もう良いではないか!」
照れ臭いのか、パウエル自身がこの話を打ち切った。
それを見たニックの顔は面白いくらいに変わっていく。
苦悩しているかと思いきや怒り始めて、凹んだような顔をしては少し嬉しそうな感じもしていた。
深呼吸したニックは意を決したように、パウエルに向かって口を開いた。
「すまん。言い過ぎた」
「良いよ。俺も説明しなかったのがいけないし」
その後、二人は何も喋らないまま、しばし沈黙が続く。
耐えきれなくなった俺は、ヤコーブスに話を振った。
「本題!本題に入ろう」
「では、本題に入ってもよろしいか?」
「ええですよ」
ニックの言葉にヨランダは少し微笑んだ後、パウエルとニックの肩を抱き寄せた。
「たまにはちゃんと、思ってる事言いなさい。じゃないと今回みたいに、すれ違いになるわよ」
「うっさいボケ!お前だって女装男子にハマって、勘違いされとるやないか」
「ニックの言う通りだ。ちゃんと説明してくれないと困る」
「アンタ等、少しムカつくわ・・・」
三人がアホな話をしている時、一番最年長の人がそろそろ本当に怒りそうになっていた。
「私、そろそろ怒っても良いのかね。本題だと何度言えば良いのかな?」
ヤコーブスの怒りの一言に、ニック達はようやくと話を聞く姿勢になった。
「ローザンネか。私も何度か煮え湯を飲まされている」
「ヤコーブスさんも?」
「証拠は無いが、アレはローザンネの手の者だと確信している」
ヤコーブスも、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
何度かと言っている辺り、それなりの被害を受けているっぽい。
「ヤコーブスさんはローザンネとは、付き合いがあったりしますか?」
「多少はな。彼女の商品には塩も使うようだから、うちからも買っていくよ」
「ふむ。ニックは?」
「ウチみたいな中小企業、見向きもするはず無いやろ。喋った事もあらへんわ」
パウエルは被害を受けていない。
しかし同じ代表であるヤコーブスは、証拠は無いが攻撃されたと言っている。
そしておそらくニックも。
ヤコーブスとニックの接点は?
何故パウエルは何もされない?
俺みたいなのが考えても、思いつかん!
「官兵衛、何か分かったか?」
「いえ、やはり情報が少ないです」
「だよなぁ。ヤコーブスさんの塩とニックの魚、焼き魚くらいしか分からん」
「そら、ワタシだってそれくらいしか思い浮かびませんわ」
官兵衛ですら分からないとなると、やはり手詰まり感が否めない。
どうにか突破口が見つかれば良いんだけど。
「少し皆さんにお聞きしたいのですが」
「何ですか?」
官兵衛がパウエルやニック、ヤコーブスに質問があるという。
それは俺達も耳にはするが、ハッキリと知らない事だった。
「ローザンネという方がしている美容関係の仕事というのは、どのような事をするんですか?」
こうやってハッキリ聞かれると、俺達も知らない。
エステとか美肌効果、ダイエットなんちゃらみたいな言葉を耳にする機会はある。
だが実際に何をしているかまでは、よくよく考えると知らないのだ。
「お前、知ってるか?」
「知るわけないやろ」
「私も美容には縁が無い」
「となると、御三方は彼女が何をしているか知らないという事ですね。知ってる方は居ますか?」
俺の方を見られても困る。
佐藤さんや長谷部も、召喚者の知識を求められて見られている。
だが、片手を顔の前で左右に振り、全く知らないと官兵衛に知らせていた。
「少しくらいなら、私が」
「ヨランダ!?」
驚きの声を上げるパウエル。
だが彼女も強いといっても女だ。
好きな人には綺麗に見られたいという欲求があっても、不思議じゃない。
「無料体験で参加しただけですけど。身体に塩を塗ってスベスベにしたり、保湿目的が何かでオイルみたいな物を塗ったりしたかな?」
「オイル、ですか?」
佐藤さんはそれを聞いて、そういえばとある一言を口にした。
「魚ってさ、コラーゲン取れるんじゃなかったっけ?コラーゲンって美容に良いって聞いた事あるけど、それって関係ある?」