新たな容疑者
危うく変態の仲間入りをするところだった。
ハクトしか撮らない佐藤さん達から、太田とニックにカメラマンを任せた後に、兄の尋問が始まった。
ハクトが持っていた鞭を使って、ヤコーブスを叩く兄。
僕は気付いていた。
ヤコーブスの呼吸が、段々と荒くなっていくのを。
ヤコーブスのペースにハマった兄は、全て無駄だと悟りヤコーブスを三角木馬から降ろす。
すると彼は唐突に兄の前に跪き、マスターと呼び始めたのだった。
忠誠を誓った彼に対して、兄はニックへの悪事を話すように命令を下した。
あのセリフは羨ましかった。
僕もいつか言ってみたい。
彼は自分がチンピラを雇って、ニックに嫌がらせをしていたと吐いた。
ニックにニールセンという名の父の影を見たヤコーブスは、彼を警戒していたらしい。
しかし荷馬車強襲や暗殺者の件に関しては、自分は関与していないという。
兄がBGMを口ずさみ真犯人が居ると告げたが、実際には真犯人かは誰だか分からない。
その真犯人探しに償いだと言って、協力を申し出るヤコーブス。
嫌がらせをされたニックは怪しいと疑っていると、彼はこう言った。
兄にイジメられたいのだと。
あまりにもアホな理由だが、今までの言動から説得力のある言葉に、誰も疑う者は居なかった。
「ヤコーブスさん。いや、パンイチジジイ。アンタじゃないなら、誰やねん」
「それは私にも分からん。だから協力しようと申し出ておるのだが」
「ニック、今までのシコリもあるかもしれないけど、ここは街に顔の利くヤコーブスさんに協力してもらった方が良いんじゃないの?」
俺の言葉に皆も頷く。
ドMの変態ジジイなのは間違いないが、この街では恐れられる商人なのも間違いないのだ。
「明日、我が社から迎えを出します。一度、話を整理しましょう」
「ネイホフコーポレーションか。オトンに連れて行かれた時以来やな」
「あの頃のキミは十歳くらいだったかな?」
「覚えとるんかい!?」
「言っただろ?私だってニールセンに惹かれた一人だ。その息子の事なら、覚えているさ」
嫉妬と尊敬が入り混じったような感情なのかな?
今爺さんの顔は、妙に穏やかに見える。
「さっきも言うたけどな、オトンとワタシは違います。でもオトンもワタシも商人なんですわ。アンタと商いが出来るなら、チンピラの事は許してもええで」
「フン。私にもおいしい仕事でないと、途中で切るが。それでもよろしいか?」
やはり商売人の顔を出すと、威圧感がある。
ニックも顔に、冷や汗が流れているのが見えた。
俺みたいな商売とか分からん奴でも、この人が凄いと思うのだ。
ニックならもっと圧を感じているのだろう。
「それでは私はこれで」
ニックと握手を交わした後、堂々と部屋を出ていくヤコーブス。
これがパンツ一丁でなければ、様になっていた事だろう。
しかも長時間パンイチだったからか、部屋の外でクシャミをしている声も聞こえた。
「締まらん爺さんやな。でも、大きな商いの足掛かりが出来たのも確か。ワタシにも運が向いてきたんちゃう?」
「運で終わるか実力なのかは、これから次第だろ。俺も仕事の報告に戻る。もう夜も遅いし、明日ヤコーブスの会社でまた会おう」
俺はフロート商事に戻ると、意外にもパウエルが出迎えてくれた。
「まだ起きてたんだ。どうしたんですか?」
「ニックは無事なのかな?」
「ニックは無事ですよ。俺の友達がちょっと危なかったけど」
パウエルは街の異変に気付いた。
自分の囲っている護衛が様々な情報を持ち帰るようで、食堂で揉め事があった事も知っていた。
その店でニック達が、何らかの事件に巻き込まれたというところまでは、彼の耳に入っていたようだ。
「なるほど。ヤコーブスさんがそんな事をね」
「ニックに嫌がらせをしていたのは、そういう理由があったみたいですよ」
ヤコーブスの趣味に関しては伏せながら、ニックにチンピラを送っていた事だけを話した。
パウエルは少し考えた後、俺に一言だけ尋ねてきた。
「キミはニックを狙っている者達が、二組居ると言ったね。となると、まだこれは解決していないという事だね?」
「そうなりますね。一組はニックに嫌がらせしているチンピラで、間違いないと思います。ただし問題の暗殺者組。こっちは何も分からないんです」
「ふむ。どんな相手かも分からない?」
どんな相手か?
ふーむ、俺の忍び装束みたいに全身真っ黒なのは分かるんだけど。
(一つだけヒントあるでしょ)
え?
(奴等は幻術を使ってくるって事。アレはおそらく、ヒト族じゃないと思うよ)
なるほど!
お前の言う通りだ。
「奴等は三人組で、幻術を使ってきます。ヒト族じゃないかもしれないですね」
「幻術?」
何か思い当たる節でもあるのかな?
額に皺を寄せながら、訝しげな顔をしている。
「少しでもヒントになるなら、知っている事を教えてほしいんですけど」
「噂でしかないんだけどね。ローザンネが魔族と繋がっているって、そんな話を聞いた事があるんだよ」
「ローザンネって女商人の人ですよね?だったらその人に問い詰めれば良いんじゃ?」
「でもね、彼女は帝国とも繋がっている」
「ん?どゆこと?」
魔族とも繋がっていて、帝国とも繋がっている。
そんなのアリなのか?
「今キミが思っている通り、帝国側が黙ってないんじゃないかと思うんだ」
「ちなみに帝国とはどれくらい親密なのか、分かってるんですか?」
「かなり密接な関係だと思うよ。彼女の護衛は、召喚者だって噂だからね」
「召喚者!?」
まさか召喚者まで派遣してくるくらい、ローザンネって女と帝国は繋がってるのか?
いや、まだ噂だって話だ。
全てを鵜呑みにするのは駄目だよな。
そんな時、パウエルは面白い考えを示してきた。
「キミの言う幻術使いの魔族と、私が聞いた帝国からの召喚者。同一人物という可能性は?」
「それは無いとも言い切れないです。だけど、三人揃って幻術を使う召喚者っていうのは、少し可能性は低いかなぁ」
「やはり別人と考えるのがベターだね。せめて黒幕が分かるまでは、キミ達にはこの街に滞在してもらいたいね」
「俺も自分でそう思います」
彼にはヨランダを通じて人材紹介をしてもらっているし、どうせだから全てを解決してから帰るつもりでいる。
だがリーダーは太田という設定なので、俺がそうしますとは言えない。
「とりあえず明日、ヤコーブスさんの会社に集まるので、それまで休ませて下さい」
「ヤコーブスさんの会社に?」
「ニックへの嫌がらせのお詫びに、手伝ってくれる事になったんですよ」
「・・・ふーん、そうなんだ」
アレ?
何か地雷踏んだか?
「そ、それじゃ。おやすみなさい」
どうしてこうなった?
「おはようケンイチくん」
「おはようございます」
「さあ、一緒に行こうか」
パウエルは俺が起きてくると、すぐに身支度を整えて外に出た。
外には大きな馬車が待機していて、彼の会社の社員達がずらっと並んでいる。
「場所だけ教えてもらえれば、一人で行くんですけど」
「いやいや!俺が雇っている護衛だよ?ヤコーブスさんにナメられちゃあ困る!」
「そ、そういうもんなの?」
「そういうもんなの」
彼が俺の前を歩いて馬車に乗り込むと、俺も早く乗れと催促してくる。
仕方なく乗り込んだが、大勢の見送りが妙に恥ずかしい。
「ネイホフまで頼む」
彼がそう言うと、馬車は走り出した。
「どうして一緒に来るんです?」
「いやあ、たまにはヤコーブスさんにも顔を出そうかなって」
「護衛協会で会ったでしょ」
「そうだっけ?」
何か誤魔化してる気がする。
嘘が得意そうなパウエルも、どうにも歯切れが悪い。
「本当は?」
「・・・仲間外れは嫌だなぁみたいな」
「ハァ?」
「だってさぁ、ヤコーブスさんも手伝うんでしょ?俺だってニックの役に立ちたいんだよ」
あぁ、そういえばそうだった。
この人、自称ニックのベストフレンドなんだったわ。
どうせだから、ローザンネの情報をヤコーブスにも話をして、その辺の情報を持っているか聞いてみよう。
「そういえばパウエルさんって、ヤコーブスさんとは仲は良いの?」
「良くは無いかな。険悪ではないけど、ニックほどフレンドリーな関係ではないよ」
ニックは相当険悪な関係だろうよ。
彼の頭はお花畑なんじゃないのかと、疑いたくなるわ。
勘違いもここまで来ると、ある意味才能だろう。
「それじゃローザンネとは?」
「ハッキリ言うと、全く縁が無い。彼女とは商売敵でもないし、俺の仕事にちょっかいを出してくるでもない。お互いにどうでも良い存在だと思ってるんじゃない?」
「パウエルさんって、いろんな仕事に手を付けてるのに?何かしらでローザンネとは、関わってるんじゃないの?」
「いやぁ、美容関係には一切手を出してないかな。知識も無いし、門外漢というヤツだね。手を出そうとも思わないし」
やっぱり同じ三大商人の一人には、手を出してこないのかな。
パウエルの護衛はヨランダを筆頭に、なかなか強い人が多い。
そういう理由もあるのかもしれない。
「ネイホフコーポレーションに着いたよ」
ネイホフコーポレーション。
名前とは裏腹に、建物は純和風である。
名前だけ聞くとビルのイメージだが、実際は豪商の屋敷みたいな造りだった。
「ようこそおいで下さいました。ケンイチ様で・・・パウエル様!?」
「うん。ちょいとヤコーブスさんに顔を出そうと思って、一緒に来たんだけど」
ヤコーブスの側近らしき人は大慌てだ。
ネイホフと同等の大きさを誇るフロート商事の社長が、アポ無し訪問して来たんだし、彼等が慌てるのも無理はない。
むしろ本来なら、マナー違反に近いと思う。
「これはマスター、ようこそおいで・・・パウエル?」
「マスター?」
屋敷の中から出てきたヤコーブスは、俺を見るなりマスター呼ばわり。
それを見たパウエルはキョトンとしていて、隣にパウエルが居る事に気付いたヤコーブスも同様だった。
「俺の雇い主が、同席したいって言ってるんですよね。ヤコーブスさんの権限で、許可してもらえませんか?」
「ゴホン!パウエル殿、本来なら前以て連絡をするのが筋というもの。しかし今回は、私の友人であるケンイチ殿の言葉に免じて、同席を許可しよう」
流石に公の場でマゾっ気を出してくるほど、この爺さんは馬鹿ではない。
俺の言葉に重々しく答え、パウエルは少しだけ頭を下げて中へ入った。
「そういえばヨランダは、お主の護衛ではなかったかな?何故、ニック達と一緒に行動しているのか不思議だったのだが。なるほど、合点がいったわ」
「彼女には、太田殿達の実力を見てもらうという仕事を課していますから。彼女のお眼鏡に適うなら、俺の方で囲いたいんでね」
「そうはさせん!マスターだけは私のマスターだ!」
「マスター?」
爺さん、俺はお前のマスターになったつもりは無いのだが。
パウエルも不思議な顔をしているじゃないか。
「この奥に皆が待っておる。どうぞ中へ」
襖を開けると、そこではこれまた凄い光景が待っていた。
「キャアァァァ!!女神降臨だわ!」
「良いよ良いよぉ!まさに美の化身!」
「何やってんの?」
これ、何だっけ?
十二単衣?
ハクトと蘭丸がそれを着せられて、毎度の二人から撮影されている。
うんざり顔の蘭丸に、諦めているハクト。
それを見て叫ぶヨランダを見て、パウエルは悩んだ末にこう言った。
「ヨランダ、お前の趣味は分かった。まさか同性の方が好きだったとは・・・。お前の事を何も理解してやれなくて、すまなかった!」




