ヤコーブスの秘密
ヤコーブス許すまじ。
連れ去られたのは、ニックではなくハクトだった。
店の裏口から出たのでは?
店員達はそう言うので全員で向かうと、そこにあったのは壊された扉。
腹いせにヤコーブスのせいにして出てきた僕等は、一度官兵衛に策を授けてもらおうと帰還した。
しかし官兵衛もこの街に詳しくない。
途方に暮れていたところ、運良くハクトの魔力を一瞬だけ感知する事に成功する。
トロスト商会から南側一体を探す為、佐藤さんを加えた面子で捜索に当たる事にした。
場所は予想以上に簡単に見つかった。
太田とヨランダが、現地の人間を捕まえて教えてもらったらしい。
という事になっているが、太田の話ではヨランダが暴走したとの事。
胸ぐらを掴んで持ち上げた後に、股間を蹴り上げる女子。
聞くだけで縮み上がる思いだ・・・。
泣きながら知らないと言っても痛めつけた彼女は、鬼か何かなの?
飴と鞭。
太田とヨランダは、上手い具合にそれが合っていたようだ。
ここだろうと思われる場所を教えられると、そこには皆が集まっていた。
「彼等は・・・誰?」
太田が今になって確認を取っている。
もしかして、素性も何も知らない人の言う事を間に受けたのか?
「ちょっと!そんな怪しい者じゃないですって!」
「こんな裏の方で、何かを守るようにあの扉の前に居た時点で、怪しさ満点だよ」
「姐さん、それは勘違いですよ!」
股間をガードしながら説明を始める二人。
彼等は倉庫へ酒を運びに来ただけだという事だった。
窓も無いのは直射日光を入れない為で、中の温度を一定に保つ役割もあるという。
治安の悪いこんな所だからテナント代も安いみたいで、たまに質の悪くなった酒を振る舞っている事から、この辺の人とは仲が良いらしい。
「それじゃ、本当に一般人?」
「一般人の定理が分かりませんけど。一応これでも酒屋です」
「・・・パウエルさんに、アンタの彼女が一般人に暴行してたって言っとくわ」
「それはちょっと、やめてもらって良いですか?」
「ヨランダ、もう少し優しくしてやってや。同じ商売人として、少し可哀想に思うわ」
困り顔のヨランダを見ると、そんなに怖いとも思えない。
でも、これが豹変するんだよなぁ。
女って怖いよね。
「ところでアンタ等」
「誰です?この美人さん」
女装姿の蘭丸に、ずっと視線がチラチラと移っていたのは分かっている。
声を掛けられて、すぐさま名前を聞いていた。
「蘭ちゃんに手を出したら、蹴るよ!」
「高嶺の花だとは自覚してます・・・」
「それは良い。ところで二人は酒屋なんだよな?あの店にも酒を卸してるのか?」
「いや、あの店は高い酒を出してるみたいで、うちらみたいな庶民向けの酒は見向きもしてくれない」
「よし!だったら営業に行こう」
「ハァ!?」
流石に二人も蘭丸の唐突な一言に、素っ頓狂な声を上げた。
何か考えがあるにしても、これまた変な事を考えるモノだ。
「作戦はこうだ」
「こんばんは〜」
「何だお前等」
酒屋二人は酒樽を台車に積み込み、階段前の護衛に声を掛けている。
「私達、こういう者なんですけど」
「酒屋か。あいにくだが、この店には庶民向けの酒は必要としていない」
「いえ、この酒なんですけど。どうですか?」
酒屋の一人が瓶を取り出すと、護衛の一人に見せる。
護衛もそれを見て、貴族向けに作られた酒だと判断した。
「これが酒樽に入ってるんですけど。少々期限がギリギリでして。安くするんで買ってもらえませんかね?これくらいの値段でどうです?」
「その瓶の中身は、試飲で飲んでもらって結構ですので。責任者の方に相談してもらえませんか?」
「ふむ、少し待て」
中へ入っていく護衛を待つ間、もう一人の護衛は階段前を塞ぐようにして立っている。
だが、彼の視線はある所から外れない。
「この台車を運んでいる二人は?」
「彼女等は、うちの従業員です。この酒樽の期限の確認ミスをしたので、普段はやらない運搬を手伝ってもらってます」
「な、なるほど。こんな所では見ない顔だから、少し気になってしまった」
「こんばんは」
「お、おぅ!」
蘭丸の挨拶に、気合の入った声で答える護衛。
完全に意識しているな。
ちなみにヨランダとニックは顔半分を隠しているので、そこまで興味を持たれていないようだ。
「待たせたな。さっきの酒、店に入れて良いぞ。あの値段なら買うそうだ」
「ありがとうございます!」
狭い・・・。
俺と太田は、酒樽の中に隠れている。
俺達が入った酒樽を、地下へと運んでいる最中だ。
持っているのは佐藤さんとヨランダ。
そしてニックと蘭丸だった。
正直な話、ヨランダも蘭丸も一人でも持ち上げると思う。
だが女性という見た目上、一人で持ち上げるわけにはいかない。
「手伝ってやろうか?」
「いえ、大丈夫です」
蘭丸の姿に釘付けの護衛は、その下心から手を貸そうと言っている。
だが中身が持たれれば、中身が酒ではない事がバレてしまう。
そこは断固拒否の姿勢を貫いた。
「こっちだ」
階段を降りると、そこは入り口から少し入り組んでいた。
酒樽に空けた小さな穴から覗くと、右に行ったり左に行ったりと忙しない。
どうやら中の様子が、降りてすぐには分からないようになっているらしい。
「個室ばかりですね」
「互いに顔を見られないようにな。場所が場所だが、客は上客しか来ない。そういう配慮もしてある」
やはり酒屋の言う通り、お偉いさんが来る店のようだ。
身体強化をして中の音を聞こうとしたが、今は客が居ないのか、特に変わった声は聞こえない。
強いて言えば、他国の商人が商談しているくらいだ。
「この先に置いてくれ。それとお前等は支払いがあるから、こっちへ来てくれ」
酒屋二人が別の場所に案内されていく。
残った四人はその場で待機と言われて、ニックは腰を叩いている。
あんまり重い物を持たないから、痛めたっぽい。
そして、ここからが本番だ。
「地下はさっき見た個室以外には、無いんですか?」
「あぁん?何でそんな事が気になる?」
「いえ、上の建物の割には狭いかなと思いまして」
「・・・別に関係無いだろ。奥はスタッフルームだ」
佐藤の質問をはぐらかす護衛。
やはり何かがあるというのは、確かなようだ。
酒樽からその様子を覗いていると、やはりヨランダが動こうとしていた。
それを手で静止する佐藤。
「扉とか見えないですけど、どういう仕組みなんですか?」
「関係無いって言ってるだろ。そんな事知ってどうするんだ?」
「フゥ、そろそろ良いかな」
「何言ってやがる?」
佐藤は唐突に、護衛の顔面に左ジャブを叩き込んだ。
それだけで壁へと叩きつけられる護衛。
鼻はへし折れて曲がり、護衛は顔を押さえて蹲った。
「もう一度聞く。奥へと行くにはどうしたら良い?これが最後の質問だ」
最後の質問。
彼はその言葉を聞いて、返答次第では命が無いと悟った。
「か、鍵穴があるんです!暗くて見づらいけど、実は分からないように扉があるんです!」
「鍵か。当然、お前も持っているんだよな?」
「いや、俺みたいな下っ端は・・・。でも、さっき金を払いに行ったもう一人なら持ってます!」
「そうか。戻ってくるまで待とう」
男は鼻を押さえながらも、少し笑ったように見えた。
下っ端のコイツと違い、彼なら佐藤さんに勝てると思ってるっぽいな。
しかし、空けた穴が小さくて見づらい。
どんな状況なのか、把握しづらいな。
「次も安くなったら頼むぞ」
「あ、アニキ!」
ひん曲がった鼻を見せて、男の後ろに隠れる護衛。
それを見た男の目つきが変わった。
「どういう事だ?」
「別に大した事はしていないけど」
佐藤さんの返答にキレた男が、大きな拳を顔面へと叩きつけようとしている。
後ろの護衛はいやらしい笑みを浮かべたが、それもすぐに真っ青になった。
「遅い!」
「ヒェッ!」
狙いすましたカウンターが男の頬に決まると、男の身体は半回転して護衛と目が合ったみたいだ。
白目でも向いていたんだろう。
男はピクリとも動かず、護衛はただ震えている。
「鍵は?」
「えっ?は、ハイ!」
佐藤さんの一言で身体を弄ると、奥へと続く鍵を取り出す。
そこからは何も言わなくても、彼は勝手に秘密扉を開けてくれた。
「ありがとう。この事は黙っておいた方が、身の為だよ?」
コクコクと激しく頷く護衛。
自分より大きな男を一撃で倒した佐藤に、酒屋も少し引いていた。
「酒屋さんはどうする?このまま来ても良いけど」
「こ、このまま帰ります!」
「ここまでおおきに。いつかまた会いましょ」
二人は一目散に外へと向かっていった。
とは言っても、迷路のような店内に戸惑っていて、出入り口を間違えて揉めている声は聞こえる。
「白子ちゃん!待っててね!」
「奥はどんな感じ?」
「本当のVIPのみを案内する、特別な部屋になってます。防音で外には音が聞こえません」
護衛の男の案内で入っていくと、試しに太田が近くの扉を少し開いてみた。
中にはもう一枚扉がある。
どうやら音漏れ対策の、二重扉になっているらしい。
そして二枚の扉は分厚く、音楽室や放送室にあるような扉だった。
「誰も居ませんね」
「今日はヤコーブスさんが一人で使うと言って、居た客は全員帰ってしまったので」
なるほど。
ハクトを連れてきたから、他の客を帰して自分が楽しむという事か。
店の利益より自分の欲望が勝つとは。
この店の利益なんかどうって事ないくらい、儲けているという事だろう。
「ヤコーブスは何処に居る?」
「流石にそこまでは・・・」
店の前でボディチェックしてるくらいの男だ。
下っ端だって言ってたし、関わりも少ないのかもしれない。
「そんなに部屋の数も無いし、順番に開けていこう。それと、佐藤さんとヨランダさんにはコレを」
「コレ、持ってきてたのか?」
「まあね。もしかしたら、あられもない姿になっていたりするかも・・・」
「行きましょう!私が白子ちゃんを撮って、違った。助けてあげる!」
ヨランダは軽く鼻血を流しながら、俺から預かった物を握りしめた。
「ん?」
この部屋には誰が居る。
一枚目の扉を開けると、微かに音が聞こえるのだ。
しかしこれは、俺が身体強化をして聴力を上げて聞こえるレベル。
他の皆は誰も気付かず、二枚目を不用心に開けようとしている。
「ストップ!ゆっくり開けて」
ゆっくりという言葉を聞いたヨランダと佐藤は、こっちを見て確認してくる。
「この部屋?」
「多分」
気付かれないようにゆっくりと扉を開けると、微かに出来た隙間からハクトの泣き声が聞こえる。
いや、泣き言か?
「もう嫌だよぉ。こんな事したくないよぉ・・・」
「もっと!もっとだ!もっと激しく!」
男が荒々しく何かを指示している。
ハクトの声を聞いた二人は、すぐに扉を開けて中に入った。
「ヤコーブス、やめろ!お前のした事はゆるせ・・・え?」
言葉が続かない佐藤。
ヨランダも口を開いたまま動かない。
遅れて部屋に入る俺達も、中の様子を見て唖然としてしまった。
「えーと、何コレ?」
「SMだよな」
部屋に入ってきた俺達を見て、ハクトもヤコーブスも動きが止まっていた。
そして、俺達が一番驚いた事。
それはヤコーブスがハクトから、鞭で叩かれていた事だ。
パンツ一枚で縄で縛られ、三角木馬に跨るヤコーブス。
その横にはハクトが、鞭を持って立っていたのだ。
「こ、これは違う!違うのだ!」
何か言い訳を始めるヤコーブス。
しかし俺は、すぐにこの二人に指示を出した。
「佐藤さん、ヨランダさん!撮ってしまいなさい!」
二人に渡した物。
それはスチールカメラとビデオカメラの二つ。
彼等は三角木馬の周りを回りながら、撮影を始めた。
ジーッ
カシャッ!
カシャシャシャシャッ!
ヨランダは扱って間も無いのに、連続撮影を使いこなしている。
「さて、ヤコーブスさんよ。コレはカメラと言って、撮影した物を記録出来るんだ。アンタの返事次第では、この部屋の光景をそのまま街に流しても良いんだけど。どうする?」