不思議な関係
兄は容赦無かった。
ヤコーブスが連れてきた護衛を、ボコボコにしてしまった。
勿論向こうから絡んできたのだから、やり返すのは当たり前だが。
失禁させるくらい怖がらせる必要は、無かっただろう。
失禁させた相手がBランクだった事もあり、兄はAランクスタートとなってしまった。
ヤコーブスは太田を筆頭に全員を雇うと言ったが、太田は丁重にお断りした。
すると蘭丸とハクトを雇いたいという代表の一人、ローザンネまで登場してきた。
しかも最後には、ニックのお友達であるパウエルまで来る始末。
気付けば警戒していた三人の代表に、コバと佐藤さんを除く全員が顔バレしてしまったのだった。
協会に戻り護衛証を発行してもらっていると、太田の妥協案にヤコーブスとローザンネは乗ってきた。
そんな中、パウエルだけは今すぐにでも僕達を雇いたいと押し通してくる。
駄目だと突っぱねていたが兄だったが、ある言葉を囁かれる。
それは、僕達が安土から来た者達だというのをバラすという内容だった。
「ご、伍長!?どうした?」
いきなりの方針転換に、太田も戸惑っている。
ハクトだけは聞こえたみたいだが、皆の前で口にするような馬鹿ではない。
ハクトも、パウエルが何故知っているか驚いていた。
「お前、急にどうしたんだ?」
「し、しゅーごー!隊員達、しゅうごーして下さい!」
右手を高らかに挙手した俺は、太田達を協会のスミまで連れてきた。
誰にも聞かれないように官兵衛に見張ってもらい、そしてパウエルが口にした事を話した。
「何故知ってるんすかね」
「そりゃ俺にも分からん。だけど、今このタイミングでバラされてみろ。帝国と手を結んでると思われる商人達に狙われるのは、自明の理だぞ」
「難しい言葉知ってるんすね。ちょっと意外だわ」
長谷部、お前に言われたかねーわ!
まあそれは良い。
「魔王様はそれを囁かれたんですね。では、ワタクシが彼の護衛をすればよろしいですか?」
「いや、お前は目立ち過ぎるから駄目だ。むしろお前がパウエルの護衛をやるって言ってみろ。間違いなくヤコーブスが首を突っ込んでくる」
「確かに。それは面倒ですね」
「更に言ってしまえば、太田が別の人の護衛をするなら、ローザンネが蘭丸とハクトもよろしく的な感じになるだろ」
ハッキリ言って太田は、見た目から全員のリーダーだと思われている節がある。
太田さえ言いくるめれば、全員が賛同すると思われているだろう。
「俺は嫌だぜ。ハクトはどうだ?」
「そうだね。知らない街で知らない人達と過ごすのは、ちょっと怖いかな」
「長谷部は官兵衛の護衛だからな。論外だ」
残る人物は一人のみ。
俺だけだ。
「だからこそ太田、お前がオレに指示を出した事にして、パウエルの護衛をオレが引き受ける事にしろ」
「なっ!お一人でやるつもりですか!?」
「無理を言って護衛を引き受けるんだ。逆にこっちからも、要望を出すつもりだ」
要望と言っても、あまり思いつかないけど。
そこに官兵衛から、早々に考えがあると案を出してきた。
「こうしましょう。魔王様は短期間のみ護衛を引き受けます。その間にオイラ達は、当初の目的である人材探しに奔走します。目標の人数に達成次第、護衛の任を降りる契約にしては如何ですか?」
「それだ!」
官兵衛の案に反対は無い。
そろそろ戻らないと怪しまれるな。
「俺はこのまま引き受ける事にするから。官兵衛の指示で人材探しを頼んだぞ」
「お待たせしました」
「何の話をしていたのかな?」
太田に話し掛けてくるパウエル。
太田は頷いて、俺の件を話し始めた。
「やはりワタクシは、ニック殿の恩に報いる必要がありますので。お引き受け出来ません。しかし」
「しかし?」
断られると思っていたパウエルは、予想外の言葉に顔を上げた。
「ワタクシの奴隷から一人、護衛を体験させていただきたいと思います」
俺の背中を軽く押す太田。
するとパウエルは、俺を見て喜んだ。
「ありがたい!では、早々に手続きを・・・」
「ちょい待ち!」
この声はまさか?
逃亡したのではなかったのか。
「・・・ニック、貴様何の用だ?」
「彼等はワタシの客人やで!何でお前の護衛なんか。せなあかんねん!」
「俺は手続きを踏んで、護衛を依頼するつもりだ。お前のように恩を売って護衛をさせるような、下衆ではないのでね」
「下衆やと!?お前のやってる事の方が、よっぽど下衆な仕事やろがい!」
睨み合う両者。
幼馴染の割には仲が悪い。
「ニック殿とパウエル殿は、どのような関係で?」
「俺と彼は、子供の頃からの友人です」
「なぁにが友人や。悪縁の間違いやろ」
「俺は友人だと思っているんですけどね。彼はこの通りでして」
「かあぁぁぁ!自分を棚に上げて、何やねん!ホンマ腹立つ!」
ニックが一方的に嫌ってる?
いや、パウエルも睨んでたしそれは無いか。
「とにかく!俺は軍曹が決めた通り、パウエルさんの護衛をします。よろしく」
「ありがとう。小さな護衛さん」
「ちっさい言うな!」
頭を撫でようとしてくるので少し離れると、パウエルは苦笑いしている。
誰が好き好んで、おっさんに頭撫でられるかっつーの。
「それではケンイチくんが護衛を引き受けてくれたので、契約を交わしてお暇しましょうかね」
「パウエル殿!ただし一つだけ頼みがある。我々もニック殿の護衛を、長期間するつもりは無い。時期が来たらこの街を離れます。その時には彼を引き戻すので、そのつもりでお願いします」
「分かりました。短い間ですが、お仕事よろしく頼みますよ」
わざわざ俺とも握手を求めてくるとはね。
子供の姿なのに、その辺はキッチリしてるらしい。
なかなか出来たおっさんなのかもしれんな。
「デカっ!」
パウエルが経営しているフロート商事は、予想以上に大きかった。
安土の建物と比べても、城とは言わないまでもあの公民館サイズである。
「お帰りなさいませ」
受付のお姉さんからたまたま居た社員っぽい人まで、全員が立ち止まってお辞儀をしている。
これはニックと比べるまでもなく、会社の規模が違いそうだ。
「付いてきてくれ」
パウエルの案内に付いていくと、やはり最上階の社長室まで連れていかれた。
いや、社長室じゃないのかな?
思ったより質素な部屋だ。
もっと派手なケバケバしいイメージだったのだが、茶色や深い青を基調とした落ち着く部屋だった。
「えっと、俺は護衛で何をすれば?」
この部屋に着いてから気付いた事がある。
俺、学生時代を通じて働いた事が無かったわ。
安土で働いた事はあるが、誰かの下に就いてとなると経験は無い。
「座って良いぞ」
少しだけだが、態度が横柄になった気がしないでもない。
雇い主だし、こんなものなのかな?
「座りましたけど」
俺だけ座って、他の護衛が座らないのは何故?
子供だから優先に座らされてるのか。
それとも、ランクが高いから座らされてるのか。
どちらにしろ気まずい。
「俺は何をするんですか?」
「今は何も無い。夜になったら働いてもらうつもりだ」
夜?
子供に夜間働かせるのかね?
「夜になったら出掛けるんですか?」
「いや」
「も、もしかして寝室の前を守れとか・・・」
「そんな事はさせるか!」
夜の営みを聞かされるのかと思ったぜ。
それはそれでアリだが、俺みたいな男には刺激が強過ぎる。
「それじゃ、夜間に何を?」
「その前に。お前達は少し休んでいてくれ」
他の立っていた護衛の人達を、部屋から出してしまった。
休憩を喜ぶ護衛達だが、二人きりになった俺はちょっと困る。
二人になった後、しばし静寂が続く。
パウエルはテーブルに用意されていたお茶を飲んだ後、小さな声で言った。
「・・・を守ってほしい」
ん?
誰かを守ってほしい?
「パウエルさんを守るんじゃないんですか?」
「・・・を守ってくれ」
「ハッキリ言って下さいよ!」
「だから!ニックを守ってくれ!」
・・・は?
ちょっと待て。
ニックとパウエルは、仲が悪いんじゃないのか?
「もう一度確認しますけど、ニックさんを守れって言いましたよね?」
「ゴホン!そうだ」
顔を背けて答えるパウエル。
後ろから覗くと顔が少し赤い。
「訳を聞いても?」
「・・・アイツは誰かに狙われている」
「誰かに!?」
「誰から狙われているか、そこまでは分からない。だが、奴が狙われている事は確かだ」
振り向いた彼の顔は本気だった。
しかし、何故本人に狙われていると伝えないのだろうか?
「ニックの護衛に任せるのは駄目なんですか?」
「ケンイチくんを雇ったのは、念の為だ。さっきのやり取りは見ていたよな?もし俺が奴に狙われていると言っても、アイツは聞く耳を持たないだろう?」
「それは確かに」
「だからキミには、陰からニックの事を守ってほしい。何も無ければ、それはそれで良いんだ。ケンイチくんの仲間が居るのだから、余計な心配だったで済むのだから」
俺を雇った理由と仕事の内容は分かった。
だが一番分からない事がある。
「何故ニックを守るんですか?仲が悪いように見えるけど」
「それは・・・友達だからな」
「言ってましたね。友人だって」
「俺は今でも、アイツとは友だと思っているよ」
さっきみたいに顔が赤くはなっていない。
本気で思っている顔だ。
でも、そうなると疑問に思う事がある。
何故ニックは、パウエルを嫌っているんだ?
「ニックとの関係が拗れたのは、何故だか分かっているんですか?」
「それが俺にも分からないんだよ。彼の仕事が上手く回らなくなった頃から、よそよそしくなったとは思ったんだけど。それを機に急に嫌われてしまったみたいで・・・」
なるほど。
ニックはパウエルが邪魔をしていると言っていた。
勘違いから嫌っている可能性はある。
ただそうなると、違う問題が浮上してきたな。
「誰に狙われているんだろう?」
「それが分かれば、俺も動きやすいんだけどね」
彼が見たのは、明らかに護衛協会の人間なんかじゃないらしい。
暗殺に特化したような、そんな連中だったとの事。
「というかさ、何故狙われている事に気付いたの?」
「あんまり言いたくないんだけど、俺って信用出来る友達が少ないから。ニックはその中の一人だったから、彼を手伝おうと思ったんだ。ただ、代表の一人である自分が表立って手を貸すとね」
「ニックは贔屓にされてると、妬まれるかもしれないね」
彼は頷き、そして俺に頼んできた。
「俺は太田さん率いる凄腕の連中が揃った、今がチャンスだと思っている。ケンイチくんの強さは自分で確認したし、ニックの知り合いだ。このタイミングを逃せば、誰が狙っているか分からなくなる」
「つまり俺の仕事は、ニックを陰から見守って犯人を捕まえろって事かな?」
「よろしく頼むよ」
これは断る理由は無い。
むしろ断ると、俺達にも被害が及ぶ。
最悪の場合、帝国に報告されて連合の中で袋の鼠になりかねない。
「任せて下さいよ!この俺が、犯人を捕まえてみせますから」
「ありがとう!それなら人に見つかりづらいように、この衣装を渡しておく」
彼は自室のクローゼットの中から、折り畳まれた黒い服を取り出した。
しかし、途中である事に気付いたのだろう。
俺もそれは最初から気付いていた。
「サイズが合わないな・・・」
「ちょっと待って」
部屋を開けて大きな声で人を呼ぶと、すぐに女性達が現れた。
メイドなのかな?
俺を取り囲むと、ものの数分で採寸を済ませ、受け取った衣装を持って部屋から出ていく。
「今からキミに合わせて作り直す。夜までは自由にしていてくれて構わない。何なら、太田殿達と話し合ってくれても良いから」
本人には言わないでほしいが、守る為なら太田達との協力は構わないらしい。
「パウエルさん。アンタ、思ってた以上に良い人だな。イケメンなのに少し冷たいイメージがあるのは、かなり損してる感じがするよ。勿体無いね」