作戦失敗?
調子に乗るニックを叱るスキンヘッドさん。
見た目に反してとても紳士的で、蘭丸も最後に握手をして別れた。
彼みたいな人が護衛なら、自分も快くお願い出来るなぁ。
ニックの心は汚れ過ぎてる。
そして次の試験は太田が受ける事になった。
太田の相手はなんと、忙しく動いていた事務員さんだった。
その実態は、現最高ランクに当たるSランカー。
護衛協会の支部長だという話だ。
今にして思えば協会に入って絡まれた時、すぐにゴロツキみたいな連中が話を聞いたのは、こういう理由があったからだと気付いた。
彼の武器は、この世界で珍しいトンファー使いだった。
太田がバルディッシュを一度も当てられず、一方的に殴られる展開が続く。
だが太田は、一方的に殴られ続けても全くのノーダメージだった。
そんな戦いを見ていた有名な人物が一人。
彼の名はヤコーブス。
警戒しろと言われていた、三人の商人の一人だった。
試験は急に終わった。
支部長が攻撃を止めたのだ。
太田が実力を隠していると見越した上で、Bランクだと発表した。
そんな太田と蘭丸達を雇うと言うヤコーブス。
しかし試験はまだ終わっていない。
そこにヤコーブスの護衛の一人が、兄に斬りかかってきた。
支部長が慌てる中、兄はバットで剣をへし折り、対峙した相手をモブ呼ばわりしたのだった。
まさかの光景に、誰もが言葉を失っていた。
不意打ちをされた子供が、ヤコーブスが雇う並以上のレベルの護衛の攻撃を片手で防いだからだ。
「何で静かになった?」
「き、貴様!」
「あぁん?まだ居たの?さっさと帰れよモブ野郎」
「ぶっ殺してやる」
剣を振り回す男に、支部長は怒りを露わにした。
「お前のやっている事は試験妨害だ!このまま続けるなら、お前の護衛許可は取り消しするぞ!」
「まあまあ支部長。奴が子供相手に、ムキになるとも思えない。このまま様子を見ましょう」
ヤコーブスの一言に他の護衛達も、そうだと賛同する。
支部長は怒りに震えて、剣を持った男にトンファーを向けた。
だけど、俺の試験はこれでも構わない。
これで試験が終わるなら、俺としても好都合だ。
「悪いけど、支部長の出番は無いね。面倒だから、コイツを倒す。それで判断よろしく!」
「クソガキが!護衛の仕事をナメるな!」
振り回す剣だが、ハッキリ言ってそこまで強そうには見えない。
多少は速いが剣が大きいのか、自分の身体が振り回されている感じだ。
「振り下ろしで身体が泳いでる。偉そうな事言う割には隙だらけだぞ」
「生意気に講釈を垂れやがって」
「ほら、ぶっ叩くぞ」
身体が流れた隙を見て、俺は奴の左の脛をバットで叩いた。
「うぐっ!」
「痛かった?涙目だぞ。ハイ次!」
今度は右肩を。
続けて膝を。
とにかく隙を見ては、バットでゴンゴン叩いた。
「クソガキィィ!殺してやる!」
怒り心頭になった男は、最終手段として俺を捕まえようとしてきた。
腕力なら勝てると思っているっぽい。
「捕まえたぞ!首の骨をへし折ってやる」
「言わなきゃ狙いが分からないのに。言ったら首を守るだけだろ。馬鹿なの?」
「へらず口もそこまでだ!」
俺を捕まえた事で首を絞めようとしてくる男。
これは危険だと判断したのか、支部長が俺を助けようと前に出てきた。
それを止めに入る太田。
流石は太田だ。
俺の言いたい事が分かっている。
「どうだ?その棒で攻撃したいのか?」
バットの太い部分を掴む男は、俺からバットを奪い取ろうと考えたのだろう。
武器が無くなれば、両手で首を絞めて殺そうって算段かな。
でも、身体強化をすればね・・・。
「おばぉぁ!」
握られたままバットを腹へ押し込むと、彼は勢いよく吐き始めた。
お腹を押さえて倒れる男に、支部長もちょっと驚いている。
「殺そうとしたんだから、殺されても仕方ないよな?」
「やめ!」
バットで頭を叩き割ろうと振り下ろす俺。
叩き割るというよりは、フリなんだけどね。
頭スレスレをかすめて地面へ振り下ろすと、男の股間から温かい液体が出てきたのが分かった。
「も、もう良いでしょう!試験終了です!」
殺されると思った男は、既に戦意喪失している。
ようやく自分がいつ殺されてもおかしくなかったと、今になって実力差に気付いたようだ。
「キミはAランクでも良い。それくらいの戦闘能力とセンスがある」
「いや、Cランクくらいでしょ。俺なんかまだまだっすよ」
「キミ、彼のランク分かって言ってる?」
仲間に引き摺られて下がる男。
ズボンが濡れているのを、仲間達は見物人に見られないように必死に隠していた。
周りの連中は、仲間思いの良い奴じゃないか。
殺そうとしてこなければ、仲良くなれたかもね。
「知りませんけど」
「彼、Bランクだからね。キミはそんな男に圧勝したんだよ」
え・・・。
スキンヘッドさんの方が強そうなんだけど。
どうしてスキンヘッドさんよりランクが上なんだよ!
「異議あり!Cランクでお願いします。ホントにマジで。だってあの男、さっきのスキンヘッドさんより弱いでしょ」
「彼は本来、一人で戦うタイプじゃないからです。タンク役と組んで戦うと、とても強い人だったんですよ」
さっきの蘭丸みたいな感じか。
だから身体が泳ぐくらいの大剣を振り回しても、やってこれたんだな。
俺には何が強いのか、全く分からなかったけど。
「というわけで、貴方の名前は?」
「マオ・・・じゃなかった。えっと・・・」
流石に登録する時の名前なんか考えてなかったな。
使う事もそう無いだろうし、本名にしとくか。
「ケンイチで」
「ではケンイチくん。貴方はAランクスタートとなります!」
「Aランクスタート!?話がちゃいますよ!!」
見物人の中からそんな声が聞こえてくる。
周りの雑音に紛れているから、気付いた者も少ない。
明らかにニックだ。
声は聞こえるが、姿を見せる事は無かった。
「なんと!ミノタウロスより子供の方が上とな?」
「あくまでも、試験した相手との戦いを見た感じですけどね。ヤコーブスさんなら護衛として、どちらを雇いたいかと考えます?」
「そうだな。やはりさっきの無傷の強さには惹かれる。私なら太田を選ぶ。いや、全員だな!全員私の護衛になれ!」
「それは無理ですね」
太田がヤコーブスの護衛は引き受けないと断った。
他の皆も同じだ。
「何だと!?私の護衛を断る理由が何処にある?金なら最上限で払うぞ」
「金ではないのです。ワタクシ達は、ある方に恩義がありますので」
「ある方?誰だそれは?」
「ワタクシ達をこの街に導いてくれた、ニック殿です!」
太田が名前を言うと、皆は誰だと囁いている。
当の本人は、頭を抱えているのが見えた。
「主人、ちょっと」
俺が太田に耳打ちして話すと、太田はハッとした顔をしている。
コイツ、忘れてたな・・・。
「ニックとは、もしかして昔代表の一人だったトロスト商会の息子か?」
これはちょっと驚きだな。
ヤコーブス本人が、ニックの事を知っているっぽい。
関わりたくないと言った理由は、知られていたからか?
「トロスト商会でしたっけ?」
太田が俺に聞いてくるが、そんなの俺が知るわけもない。
というか、お前が奴隷の主人役なんだから、俺に敬語を使うんじゃない!
「俺に聞かれても困りますよ。軍曹殿」
「あっ!そうか、まだまだだな。伍長は」
軍曹?
伍長?
近くの連中が首を傾げていると、少し離れた見物人の群衆が割れた。
中央を目立つ女が男を引き連れて歩いてくる。
「見てたわよ。でも、アタシ達だって貴方達と交渉する権利くらいは欲しいわ」
「どちら様ですか?」
「アタシはローザンネ。ヤコーブスさんと同じ、フォルトハイム連合の代表よ」
美人というよりは、化粧を塗ったくって誤魔化してるおばさんに見えなくもない。
スッピンは美人なのかもしれないけど、俺みたいな童て・・・経験が少ない男には、女の本性なんか見極められないと思った。
決してDTだからではない。
「ローザンネ、確かにお前の言う通りだな。交渉権は誰にでもあるのが普通だろう?」
「アタシはこの子達と交渉したいのだけど」
彼女が指差したのは、蘭丸とハクトだ。
太田や長谷部、俺は興味無いらしい。
確かに引き連れている護衛は、全員がイケメンの部類だった。
「私は太田だ。彼のタフさは魅力的である」
「ワタクシは引き受けないと申してますが。彼等も一緒です」
「それでは、俺なら受けてもらえるかな?」
また一人増えた。
これまた周りの見物人が、道を開けていく。
という事は、これが残りの一人か?
「どちら様ですか?」
「俺の名はパウエル。フロート商事の代表を務めている。以後お見知りおきを」
やっぱり残りの一人だった。
金髪サラサラヘアーのイケメン。
ニックのガキの頃からの知り合いという話だから、年齢的には見た目と合っていない。
横目でニックが居た所を見ると、ハンカチを噛んで悔しそうな顔をしている。
今時そんな事する人、居ないと思うんだが。
というか、完全に作戦失敗だよな?
目立たないようにという話だったが、既にほとんどの奴が顔バレしたぞ。
身バレしてないのは、コバと佐藤さん達くらいだろ。
「パウエル殿。横からしゃしゃり出るのはやめて頂きたいな」
「貴方もこの二人が狙いかしら?」
露骨に嫌な顔をしている。
もしかして三人の代表って言うけど、そこまで仲が良くないのかな?
「俺が見る限り、彼等は一人では駄目だね」
「何?」
「弓使いのキミは、前線を張ってくれるミノタウロスの彼が居て、初めて力を発揮するタイプだ。包丁と魔法のキミも、ヒットアンドアウェイがメインになる。だったらそこの殴り合いが得意な彼が居れば、能力が生きるよね」
なかなか面白いな。
いつから見物をしていたか分からないけど、周りの人達がその考えに称賛をしている。
あながち間違った考えではないのだが、強いて言えば本来の力を隠している事には気付かなかったみたいだ。
「では、太田とエルフがセットの方が役に立つと?」
「可愛い獣人の彼は、目つきの悪いゴロツキが合うわけ?」
長谷部の評価、酷いな。
不良からゴロツキになったぞ。
というか、俺だけ何も言われないんだけど。
もしかして俺、戦力外ですか?
「俺は無視なの?」
「・・・俺の中では、キミが一番バランスが良い。自分は当たらずそれなりに攻撃出来る。一撃離脱するというわけでもないから、護衛対象を逃す時間稼ぎも出来そうだ」
おっと、これは予想外の高評価。
太田が嬉しそうに頷いているが、バレるからやめろ。
「そういえばこの子、Aランクって言われてたわね」
「パウエル殿がそこまで言うなら、なかなかのモノなのだろう」
二人ともパウエルは、気に入らない相手なんだろう。
しかしパウエルの見る目は、信用しているらしい。
俺の評価が高まった気がする。
ハッハッハ!
流石俺。
信用出来る強さを誇っちゃったな。
って、本当は強さを隠すはずだったから、駄目なんだった・・・。
「御三方!彼等の試験は終わったばかりです。まだ護衛証も渡していないのに、勝手に決めないでいただきたい」
「そうだぞ。それに俺の軍曹が受けないって言ってるんだ。だからこの話は無しだ」
下っ端子分っぽいセリフを吐いてみたのだが、諦めてくれるとも思えないな。
俺達が護衛証をもらう為に協会に戻ると、三人は何故か一緒に入ってきたし。
発行されたらすぐに、依頼するつもりなのかもしれない。
「ワタクシ達は受けませんよ。ニック殿への恩を返した後なら、依頼されたら考えますけど」
「なるほど。まずはトロスト商会の護衛で、力を見てからでも遅くはないな」
「アタシも賛成。本番と試験は別物だし、過大評価だった可能性もあるしね」
太田の軟化した考えを聞いて、二人は引き下がった。
だが、パウエルだけは別のようだ。
「俺は今すぐにでも、仕事を依頼したいんだがね」
「駄目だね」
「どうしても?」
「どうしても」
太田軍曹の出る幕ではない。
伍長としてパウエルの誘いを断り続けると、彼は俺の耳元で囁いてきた。
「ニックが安土と繋がってると、バラしても良いんだけど。どうする?」
「軍曹殿、伍長は別任務に就きます!つきましては、特別任務の許可をいただきたい」




