ヤコーブス現る
護衛協会のシステムには疑問がある。
まさか兄にそれを教えられるとは思わなかった。
高ランクの人は依頼金が高いかもしれないが、仕事の斡旋が毎回あるとも思えない。
それを考えると、高ランクって微妙なのでは?
そして次は蘭丸が試験を受けるというのだが、弓使いは珍しいらしい。
普通は銃を使うとの事。
そんな彼の相手は、大きな盾を持ったスキンヘッドのコワモテのおっさんだ。
見た目に反して、Cランクとしては人気のある人らしい。
そんな礼儀正しいおっさんに、蘭丸は大きく苦戦する。
矢の威力では、彼の盾を破る事は出来なかった。
蘭丸の最後の策は、矢羽を弄る事だった。
不安定な軌道で盾の後ろで曲がり、傷を与える事に成功した蘭丸。
しかしそんな戦いも、手持ちの矢が無くなった蘭丸の降参で幕を閉じた。
負けたものの、スッキリした顔を見せる蘭丸。
彼はDランクからスタートとなった。
最低ランクのEではなかった事に安堵していると、空気の読めない男が一人、小踊りをしていたのだった。
コイツ、腹立つわぁ。
蘭丸が余分な金額は払うって言って喜んでたクセに、結局は低ランクになって喜んでやがる。
「失礼ですね。貴方、もう少し人を思いやる気持ちを持った方が良いですよ」
まさかの展開だ。
擁護してきたのが蘭丸の相手、スキンヘッドさんだった。
しかしニックもそれに反論する。
「雇う側からしたら、強くて安い人の方がええに決まっとるやろ。確かに思いやりも大事や。だけどワタシ等商人は、お金も大事なんやで」
「なるほど。貴方は彼が強いと知っているという事ですか。しかも彼が、Dランクには収まらない程の強さだという事ですね」
「ななな、何の事でしょうか?ワタシはそんな事知りませんですよ?」
明らかに動揺を隠せないニック。
標準語になった時点で、怪しさ満点である。
少し睨みつけていたスキンヘッドさんだったが、諦めたようだ。
「少しズルイ気もしますが、低ランクは高い報酬も得られませんからね。貴方の活躍を期待しています」
な、なんて出来た人なんだ!
去り際に蘭丸に握手を求めてきたスキンヘッドさん。
蘭丸も快く握手をして、対戦してくれた事へのお礼を言った。
「なんかさぁ、心が清い人とドロドロの汚ねぇ大人の、両極端を見た気がするわ」
「奇遇だね。僕もそう思う」
ハクトからジト目で見られるニック。
吹けない口笛を吹いて、誤魔化している。
「はい、じゃあ次行きます」
段々投げやりな感じになってきたな。
ねーちゃん飽きてきてないか?
「ここはやはり、魔王様はトリでやってもらわないと」
「という事は、お前が行くの?」
「任せて下さい。ワタクシが実力の差を見せてやります」
「見せちゃ駄目だろ。手を抜け、手を」
「そうでした。ワタクシはどうしたら良いでしょう?」
太田の手抜きか。
考えてなかったな。
コイツの場合、バルディッシュを使うのはバレているし、他の武器を使えとも言えない。
かと言って、魔法を使うわけでもないし。
あら?
何も無いぞ。
「どうしましょう?」
マズイ。
何も思いつかない。
「て、適度に力を抜け!怪我をさせないような戦い方をしろ」
「御意!」
適当に言ってしまった。
大丈夫だよな?
「おぉ!ここで期待の新星の登場です!」
太田が前に出ただけで、見物人達は大騒ぎだ。
珍しい種族というのもある。
しかしそれよりも、協会側から前もって相当強いとの触れ込みがあったらしい。
解説のおっちゃんが説明してくれた。
「対する相手はこの方です」
この方ですって言っておいて、対戦相手が協会から出てこないんだけど。
流石に見物人達も不振がっている。
「あの人が戦うのかな?」
「あの人?」
「ほら、お姉さんの横の事務員さんが、手袋をして何か準備してるよ」
さっきからねーちゃんが話し掛けてた事務員さんだ。
確かに何か準備しているけど、この人は違うだろ。
と思ったら、この人が太田の前に出てきた。
本当にこの人が相手だった。
「武器持ってなくない?」
「背中の棒が武器なんだろ。二本あるけど、長谷部みたいな木刀二刀流か?」
長谷部もそれを聞いて気にしているが、凝視した後に違うと言った。
自分が持っている物よりも短いという。
そう考えると、小太刀とか脇差くらいの長さか?
「なんか静かになってない?」
「そういえば。さっきの騒ぎは何処行ったんだ?」
こういう時は解説のおっちゃんだな。
「どうして静かになったの?」
「お、お前の持ち主は何なんだ?」
持ち主?
あぁ、そういえば奴隷設定だったんだっけ。
「ミノタウロスの戦士だけど。何で?」
「お前の主人の相手、支部長だぞ!」
「・・・強いの?」
「馬鹿か!Sランクの最高位だぞ!SSは過去には片手も居ない。Sランクが現在の最高ランクだ。お前も護衛になるなら、覚えておけ」
馬鹿って言われてしまった。
というか、事務員だと思っていたら、支部長だったのか。
忙しく動いていたから、てっきり下っ端だと思っていた。
それとこの街が一番大きいって話だけど、護衛協会の本部って何処にあるんだろう?
「支部長直々に相手をします。それではお願いします!」
メガネの優男事務員改め支部長さんは、太田に話し掛けてきた。
「Bランク以上はあるという話ですが、それ以上ですよね?」
「申し訳ないが、ランクというのがどういう仕組みなのか。ワタクシには分かりかねますので」
「・・・自分で確認した方が早いですね。それでは行きます」
彼は言い終えると、太田に向かって走り始めた。
もしかして長谷部みたいに、無手で戦うのか?
「ぬぅん!」
真っ直ぐに走ってくる支部長に向かって、バルディッシュを叩きつけた太田。
彼はそれを見切って、少しだけ身体を傾けて避けた。
止まらない支部長に返す刀で横薙ぎに振るう太田だが、それも頭を低くされてそのまま近付いてくる。
「行きますよ」
彼は両手を腰に持っていくと、背中の木刀だと思われる武器を取る。
俺達が木刀だと思ったそれは、全く違う武器だった。
そしてそれは、対峙する太田を含め、官兵衛でも分からない武器のようだ。
「木刀じゃない?」
「小太刀ではないようですが、どのように使うのか。見当が付かないですね」
知っていたのは、俺と長谷部の二人。
こんなのを使う人を実際に見るのは、初めてだけど。
知っていた長谷部は、官兵衛に言った。
「アレはトンファーだ」
長い棒に垂直に、拳大の長さの棒が付いている。
短い棒を持って、肘まで長い棒で守る支部長。
太田が振ったバルディッシュを、左手のトンファーで受け流す。
「木製じゃないっぽいな」
「受け流しているとはいえ、太田の攻撃で折れたりヒビも入らないんだ。何かしらの金属っぽいな」
「しかし一方的だぞ」
気付くと太田は、トンファーで滅多打ちにされている。
懐に入ったままバルディッシュを避け続け、胸や腹、顔や頭まで叩かれていた。
こちらの攻撃は当たらず、一方的に殴られる。
見てる側からしたら、実力の差は歴然だと思っただろう。
「貴方の実力はこんなものですか?」
「ぬぅ!当たらん!」
どんなにバルディッシュを振ってもかすりもしない太田。
見物人達もその一方的な光景に、最初は落胆していた。
そう、最初は・・・。
「アイツ、何なんだ!」
「アレだけ殴られているのに、全然倒れる気配が無いぞ!」
「タフ過ぎるだろ!」
殴られ続けて諦めていたため息が、段々と歓声に戻っていく。
しかしその歓声も、一人の男の登場で静まり返った。
「やるではないか!アレなら使いようはある。俺が雇おう」
誰だあのジジイは?
偉そうに、使いようはあるとか言ってやがる。
「解説のおっちゃん。あの爺さんは誰だ?」
「誰が解説だ!知らないなら教えてやるけどな」
オホンとわざとらしい咳をした後、結局話してくれるおっちゃん。
やはり解説だな。
「アレはヤコーブス氏だ。このフォルトハイム連合の代表を務めている」
アレがか!
なるほど。
偉そうというよりは、本当に偉いんだな。
太った体格に口髭が似合っている。
風格があるし、皆が黙ってしまうのも仕方がない。
「良かったじゃないか!ヤコーブス氏に認められるなんて、お前の主人は幸運だぞ。もう仕事先が決まったな」
「何故?あの爺さんの護衛になるとは、まだ決まってないでしょ」
「彼の護衛を断る奴なんか居ないよ。何より箔が付く。新人なら尚更じゃないか?」
箔ねぇ。
別に護衛としての箔なんか求めていない。
そういうのは、マッツンに金箔でも貼ってお渡ししよう。
目立つと思うぞ。
「それよりもだ。お前の主人の試験、終わったみたいだぞ」
解説のおっちゃんが言った通り、戦いは終わっていた。
というより、一方的に打ち切ったという方が正解のようだ。
「この辺で良いでしょう」
「何故ですか?ワタクシの実力を見切ったと?」
「これ以上戦っても、得る物も無いですしね」
彼はそう言って、トンファーを再び背中に戻した。
太田もそれを聞いて、バルディッシュを下ろす。
「しゅ、終了しました!結果は支部長から発表されます」
「彼のランクはBスタートです。異常なまでの頑丈さは、護衛として最高の素材。ですが、全く当たらない攻撃にはマイナス評価となります」
Bランクと発表がされると、今日一番の盛り上がりを見せた。
解説のおっちゃんもそれを聞いて、俺におめでとうと言ってくる。
支部長はそんな太田の腕を取って、手を振らせている。
「ほら、見物人に顔を覚えてもらわないとね」
「そういうのは結構ですよ」
「駄目ですよ。護衛の最初の仕事は、まず顔と名前を覚えてもらう事。それとも実力を隠しているように、何か理由があるのかな?」
「・・・何の事ですかな?」
「太田さん、腰の斧を一度も使おうとしてませんよ?隠したいなら、最初から外しておかないと」
慌てて腰に手を持っていく太田。
しまったという顔をしているが、誰もそれには気付いていない。
多分この中でそれに気付いているのは、会話が聞こえている俺とハクトの二人だけだろう。
おい、こっちを見るな!
「なるほど。あちらの方々の差し金ですか。どのような理由で実力を隠しているのか分かりませんが、前の三人も同じようですね」
「・・・」
「まあ良いでしょう。まだ受けてない子も居ますしね」
ま、マズイ!
俺の事を見ている。
でも、咄嗟にここで目を逸らすのもマズイな。
「あの子も貴方同様の強さを感じますね。それよりも問題は、あちらをどうにかしないと」
俺から気が逸れたのは助かったな。
ん?
「なあ、偉そうな人がこっちに向かってるんだけど」
「あかん!ヤコーブスや!ワタシが絡んでると知られたら面倒ですよって。ちょいトンズラさせて下さい」
蘭丸の言った方向から、太った爺さん一行がやって来る。
それを見たニックは、見物人の中に入っていき、モブの一人みたいに紛れ込んでいった。
「お前達はアイツの知り合いか?」
「そうですけど、何か?」
「なるほど。いきなりCランクとDランクになった獣人とエルフは、お前達の事だな?まとめて雇おうじゃないか」
横暴な態度で、俺達を勝手に雇うと決めているヤコーブス。
解説のおっちゃんもそれを見て、目を逸らしている。
さっきまで仲良く喋ってたけど、関わりたくないんだろうな。
ここで助けを求めるのも可哀想だから、知らない人のフリをしてあげよう。
「ヤコーブスさん、まだ試験の途中ですよ。それにまだ誰の依頼を受けるかは、決まっていません。試験が終わるまでは、皆と一緒に見ていてもらえると助かりますね」
「支部長、良いではないですか。それに試験の続きって、残っているのはこのガキ一人でしょ?」
ヤコーブスの後ろに居た獣人が、俺を鼻で笑ってきた。
誰が記念受験だ、この野郎。
「あのミノタウロスの奴隷なんですよね?攻撃が当たらない奴の奴隷なんて、大した事ないですよ」
何人か引き連れている男達の中には、太田を睨んでいる奴もいる。
多分、仕事を奪われそうなギリギリの連中だろう。
「とにかく、お戻りを」
「こんなガキの試験、パパッと終わらせますよ。俺がね!」
一人が剣を抜いて、いきなり俺に斬りかかってきた。
慌てる支部長が避けろと叫ぶが、もう遅い。
俺は奴の剣を、バットで叩き折った。
「テメー、何してくれてんだよ。黙って見てろよ。このモブ野郎」