目指せEランク
ハクトは何故か包丁を持って参加した。
武器が苦手な彼からしたら、使い慣れた包丁の方が刃物として馴染みがあるのかもしれない。
包丁と水魔法を使うと伝えると、協会側はナイフ二刀流のエドラスという男を当ててきた。
兄が見物人に話を聞くと、若くしてAランクという凄腕だという話だった。
仕事から戻ったばかりのやる気の無い彼に、ハクトは水魔法をお見舞いする。
驚いている事から、魔法を使うとは思っていなかったらしい。
しかし二回目の魔法には、既に対処していた。
魔法を防がれたのに余裕の態度を見せるハクトに、エドラスは苛立ちを覚えた。
少し本気を出した仕事帰りのエドラスは、腹が減ったという一言を口にすると、ハクトの動きが急に変わるのだった。
鱗取りに三枚に下ろす。
ハクトの包丁がエドラスを襲った。
このままでは勝ってしまう。
兄はハクトの料理を食べた後のように、ごっそさん!と言うと、彼は頭を下げてお礼を言った。
無意識に動いていたハクトだったが、気を取り戻すとわざと転んでようやく降参という流れになった。
Cランク。
Bでも良かったのでは?
いやいや、逃げ回っていたからDが妥当だ。
ハクトの評価は大きく分かれた。
しかし本人は、合格した事で安堵しているレベルだ。
良かったなと声を掛ける兄達に、怒りを露わにする男が一人。
ニックは金が無いのに高ランクになった事で、いい加減にしろと怒っていたのだった。
「す、すいません・・・」
ハクトが萎縮しながら謝っている。
俺も喜びはしたが、本題を忘れていた。
「蘭丸くん!キミはE取ってくれるんだよね?」
「俺がEランク?」
「Eランクになってくれるんだよね!?」
グイグイ来るニックに、蘭丸は押されていく。
だが蘭丸はニックに反論した。
「俺は俺でやらせてもらう!」
「何やとぉ!?契約違反やで!」
「アンタはDランクまでの金額を払えば良い。はみ出た金額は、自分で支払う」
「はよ言うてよ!ほな蘭ちゃん、頑張ってな」
凄いな。
ここまで見事な手のひら返しは、そうは居ないぞ。
さっきまで鬼の形相だったニックも、むしろ高ランクになってやと応援する始末である。
「なあ、依頼の金額って自分で決められないの?」
「高ランクの人が依頼金を低く設定したら、低ランクの食いぶちが無くなる。だから自分では、あまり設定出来ないんじゃないですか?」
「それも間違うてないけど、一番大きな理由は協会に入る金やな。ランクに関係無く、設定した金額の二割は協会に引かれる。高ランクが低い依頼金にすると、協会に入るはずの金も少なくなる」
「協会の維持費ですかね。そういう理由でしたか」
俺の質問にニックは答えたが、あんまりよく分からない。
官兵衛は納得しているが、それを見たニックは理解したと勘違いして説明が終わってしまった。
もう一度分かりやすく説明しろと聞くのが、恥ずかしいのだが。
(要は協会が取る金額が問題なんだよ。協会に二割取られるのは分かった?)
それくらいなら。
(低ランクが銀貨十枚だとしよう。そしたら銀貨二枚持っていかれる。高ランクが金貨十枚なら、金貨二枚引かれる。そうなると、協会に入る金額は、銀貨二枚か金貨二枚のどちらが得かな?)
そりゃ金貨二枚だろ。
そこまで馬鹿じゃねーよ。
(それを高ランクの人が自分も銀貨十枚で良いですよって言うと、協会は銀貨二枚しかもらえない。さっき言ったように同じ金額なら雇う方も高ランクの方が良いよね?だから高ランクは高く設定してるんだよ)
うーん、俺はあんまり納得出来ないな。
(どうして?)
それって高ランクに合った仕事が無ければ、高ランクの人は待たされるって事だろ?
仕事の斡旋もしてもらえず、生活出来るのかよ。
(なるほど。一理ある)
それにだ。
ランクは一度決まると、下がる事はあるのか?
プロ野球選手みたいに、活躍すれば年俸が上がるのは分かる。
でも上がる一方で下がらなければ、力が衰えた人はもう呼ばれないだろ。
(それもそうだ。兄さん、珍しく冴えてるな)
珍しいは余計だが、このシステムには穴が大きい気がする。
別に護衛として食っていくわけじゃないから、気になるだけで変えろとは言わないけど。
「それではお待たせしました。次の方、お願いします」
「じゃ、次は俺だな」
蘭丸が前に出ると、やはり黄色い歓声が飛んでくる。
見物人には若い女性も居るのだ。
男の連中はそれを見てやさぐれていた。
「これは・・・護衛なんかにならずとも、女性に食べさせてもらうだけのビジュアルですねぇ。わざわざ危険な仕事をする必要も無いでしょうに」
「アンタ、なかなか酷い事言うな。護衛の人に失礼だろ」
「真面目ですねぇ。これは女性からの評価は高そうです。それで、武器は何を?」
どうにも捉え所の無い喋りで、蘭丸はため息を吐いた後に答えた。
少しは手加減するつもりはあるみたいだな。
「俺は弓使いだ」
「ほうほう。弓ですか。珍しいですね」
弓使いが珍しい?
ちょっと違和感あるな。
何処が珍しいんだ?
「遠距離攻撃なら、弓だろう。違うのか?」
「これは種族の差ですかね?あまりエルフの護衛というのはいらっしゃらないので分かりませんが、普通は銃を使いますよ」
言われてみると、そっちの方が俺もしっくり来る。
弓の方がファンタジーな感じがする。
でもどちらが強いかと聞かれれば、俺だって間違いなく銃だって答える。
「銃はあまり好きじゃない。それに弾切れや手入れが大変だろう?」
「それを言ったら矢が無くなったり、弦が切れたら弓も使えませんよ」
ねーちゃんに思わぬ反論された蘭丸の顔は、少し引き攣っている。
さっきから口では勝てないのだから、さっさと始めた方が良い。
「では、相手を紹介します」
協会から出てきたのは、明らかに腕力がありそうな大男。
スキンヘッドに顔の傷が痛々しい。
大きな盾に大きな斧。
これぞ野蛮人と言った感じだ。
「おっちゃん、アレは有名な人?」
「Cランクの護衛だな。あんなナリしているが、優秀だぞ。あの盾で攻撃を守ってくれるし、身体も大きいからその分商人達を庇う事も出来る。傷だらけなのは、そういう理由もあるんだろう」
「ほほぅ。おっちゃんがCランク雇うなら、あの人にする?」
「そうだなぁ。同じCランクのさっきの獣人なら、俺は彼を選ぶ」
これはかなり意外な答えだ。
見た目に反して質実剛健といった働きをするらしく、他の連中も彼には好印象を持っているとの事。
意外にも礼儀正しく、商人達には人気のある護衛さんだった。
「それではお願いします!」
スキンヘッドさんは、確かに礼儀正しかった。
開始の合図をされたと同時に、まずは蘭丸に挨拶をしている。
「それでは新人のエルフさん。よろしく」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
やる気満々で中央に行った蘭丸だが、これには毒気が抜かれたらしい。
しかも挨拶を返してくれたからか、スキンヘッドさんはコワモテながら蘭丸の返事に笑顔で答えた。
「あくまでも試験なので、お互いに怪我をしないようにしましょう」
「は、はい」
彼はそう言うと、身体がすっぽり入る大きな盾を、ドンと地面に置いた。
ヨシっと気合の入った声で自分を鼓舞し、盾を持って蘭丸へと向かった。
「行くぞ!」
スキンヘッドさんはその身体の通り、速くはない。
歩きながら近付いていく。
「クッ!これは・・・」
まさに天敵。
蘭丸が放った矢は、盾に阻まれて全く彼には届かない。
彼が近付いてくる事で、その矢も威力が増している。
それでも彼の盾を突き抜ける程の威力は無い。
「これ、弓限定にした蘭丸じゃ勝てなくない?」
「そうですね。せめて魔法が使えないと、難しいと思います」
「頑張れー!蘭丸くん!」
応援するハクトだが、既に二人の距離は五メートルもない。
このままではやられるだけ。
しかし蘭丸は動いた。
「だったら横から撃てば良い」
彼の横を取ろうと走る蘭丸。
走りながらも矢を放つが、それは簡単に防がれている。
とうとう横を取った蘭丸。
だが、彼は簡単に防いだ。
「盾の向きを変えるだけですね。敵が一人しか居ないなら、それだけで対処出来ます」
彼は説明しながら盾の位置を変えた。
蘭丸は何度か移動を繰り返したが、同じ事の繰り返しである。
蘭丸は今回、弓以外持っていない。
流石に万策尽きたと思った。
「降参しますか?」
「あまりやりたくなかったのだが、まだ手はありますので」
蘭丸は弓でも、まだ出来る事があると言った。
スキンヘッドさんが走って突っ込んでこないと分かると、蘭丸は距離を取ってから矢に細工を始めた。
一つ羽を外したり、羽を少し毟ったりしている。
「あんな事して飛ぶのかな?」
「さ、さあ?オイラも分かりません」
何をしているかは分かるが、それをした事で何が起きるかは分からない。
官兵衛ですら分からず、彼も興味津々でその様子を見ているくらいだ。
それくらい不思議な事をしているのだろう。
「行くぞ!」
三枚ある羽を、一枚外した矢を撃つ蘭丸。
その矢は盾の横へ逸れて、地面に突き刺さった。
同じように何度か撃つものの、どうしても軌道が安定しない。
「クソッ!」
近付かれると距離を取り、また同じように羽を弄った矢を放つ。
そして一本、妙な動きをする矢があった。
「これか!」
蘭丸は再び矢を取り、羽を弄る。
そして今度はちゃんと構えて、スキンヘッドさんを狙った。
「・・・フゥ。行きます!」
蘭丸が狙った先は盾ではなかった。
その横をスレスレで抜けるように、矢を撃ったのだ。
そしてそれは起きた。
「つっ!何だって!?」
盾の後ろに隠していた大きな身体に、初めて傷が付いたのだ。
その矢は羽が弄られた事で、不安定な軌道で盾の後ろ側に来て曲がったみたいだ。
「こんな事が出来るとは」
「クソッ!駄目だ」
何本かは狙ったように曲がり、彼の腕や太ももに傷を付けている。
刺さるほどではないにしろ、スキンヘッドさんも驚く軌道は目を見張るものがあった。
しかし、それも突然終わりを告げる事になる。
「悔しいけど、降参です」
最後は蘭丸の一言で、試験は終わった。
降参した理由。
それは放つ矢が無くなった事。
羽を弄った事で使える矢もほとんど無く、曲がった矢のほとんどはスキンヘッドさんの近くに刺さっている。
「見事な弓でした。あんな軌道の矢を見た、いや食らったのは初めてですよ。野盗にこれほどの使い手は居ないでしょうね」
スキンヘッドさんの称賛が蘭丸に向けられるが、彼はこれは駄目だと言った。
矢をわざと壊せば、再び使う事は出来ない。
本当にどうしようもない、苦肉の策だったらしい。
「それでは、しばしお待ちを」
スキンヘッドさんがねーちゃんと事務員の居る方へ向かっていく。
蘭丸は勝てなかった事に、凄く悔しそうな表情を見せていた。
「蘭丸さんの相手は運が悪かったな」
「長谷部くんの言う通りです。魔法や槍があれば、全く違った結果でしたよ」
長谷部と官兵衛の慰めに、蘭丸は反論する。
「長谷部殿もハクトも、制限付きで結果を出した。俺の弓はまだまだだと、実感したよ」
自分の中で踏ん切りが着いたみたいで、言葉にしたからかスッキリした顔をしている蘭丸。
そこに結果が発表された。
「森さんのランクはD。Dランクスタートです。その正確な矢は、Eランクにはあり得ないという評価でした」
「Dランクか。まあ、最低じゃなかっただけ良かったかな」
自分のランクを受け入れた蘭丸。
まあ弓使いが単独で護衛するなんて、普通は無いからな。
タイマン勝負のこの試験には、向かないのは当たり前だ。
そんな中、小踊りする奴が一人。
空気も読まずに騒いでいる。
「偉いで蘭丸くん!あんな事言うたのに、ワタシの財布の事を考えてくれるなんて。あとは太田さんと魔王様だけやで。蘭丸くんを見習ってや!」