ハクトの接近戦
手を抜くぞ。
兄の指示で、各々武器に制限や魔法の禁止が言い渡された。
護衛協会の裏は大きな広場になっていた。
協会側から以外は丸見えになっており、気付けば多くの見物人で埋め尽くされている。
この見物人は大きな意味があった。
先輩護衛や依頼者になる商人達が、新人を見定める良い機会になるという事だ。
まず試験を受けるのは長谷部。
彼は武器無し、メリケンサックのみで戦う事にしてある。
そんな長谷部の相手は、槍使いだった。
どうやら相手は、武器は何かどのような事が出来るのかで、各々変わるみたいだ。
長谷部は絶妙に手を抜いてくれた。
しかし、途中でその威力を見た槍使いは、途端に腰が引けてしまった。
試験が終わり、長谷部の結果がその場で発表される。
彼はCランクスタートとなった。
Cランクスタートは異常らしい。
見物人達が大きく騒ぎ、そしてニックも雇用費の問題で大きく騒いだ。
この様子だと、最初に予定していた手抜きでも駄目だと分かった。
次に試験を受けるハクトには、ナイフ一本と水魔法限定にさせてもらったのだった。
「ナイフかぁ。こっちでも良いかな?」
そんな事を言って取り出したのは、一本の柳刃包丁だった。
これは昌幸作のミスリル製なのだろう。
刃が緑色に淡く輝いていた。
「武器がかなり強い気もするけど。それに包丁で人を傷付けて良いのか?」
「包丁だって刃物だよ。人を傷付ける事だってある。それに僕は、あんまり武器の扱いが上手くないからね」
そういえばハクトは、あんまり武器で直接攻撃したりしないな。
大抵は魔法で攻撃している。
・・・攻撃出来るのか?
「逃げに徹して魔法で攻撃でも良いぞ」
「大丈夫。頑張って手を抜くよ」
ハクトの武器の扱いで、手を抜く必要あったかな?
指示をミスったかもしれない。
「そちらはウサギの方でよろしいですか?武器は・・・包丁ですか?」
ねーちゃんが不思議そうな顔をしている。
そうなるよね。
待ってるのが包丁二本だもの。
何してんのってなるわな。
「包丁は駄目ですか?」
「え?い、良いんじゃないですか?良いんですよね?」
ハクトの問いに困った顔をしているねーちゃん。
さっきの事務員っぽい人が出てきて、耳打ちをしている。
彼女は頷いて、ハッキリと答えた。
「包丁二本OKです!」
「それと水魔法も使えます」
「魔法も!?少々お待ち下さい」
ねーちゃん、再び事務員の所へ走っていく。
遠近両方の攻撃が出来る為か、相手を誰にするか迷っているらしい。
「決まりました!この方に登場してもらいます」
相手はナイフか。
ただ、向こうも二本持ちだな。
もしかして、同じような武器を持つ相手を当てた?
「おい、エドラスだぞ!帰ってきてたのか」
「まさか、エドラスが相手なんて。彼も見込みがあるという事か?」
誰?
俺には目つきが悪い兄ちゃんとしか見えないんだけど。
再びおっちゃんの近くに寄って、相手の情報をゲット作戦だ。
「おっちゃん。相手の人は有名なの?」
「坊主!エドラスを知らんのか!?」
「俺はこの街出身じゃないからね」
「いやいや!護衛協会に登録しようとしてるなら、誰でも知ってるだろ」
何故か怒られてしまった。
勉強不足ですいません。
「まあ良い。エドラスはあの若さで、Aランクの護衛だ。オマケに魔法まで使えると来てる。奴の護衛する相手を攻撃するなら、最低三人は必要だと言われてるぞ」
「あの若さって、いくつくらい?」
「まだ二十代だったと思うぞ。奴の売りは速さだ。エドラスに攻撃を仕掛けていた奴は、気付くと自分が守備に回ってるってくらい、攻撃が速いぞ」
おっちゃん、詳しい解説をありがとう。
なかなか凄い人らしい。
しかも魔法も使えるとは、やっぱりハクトと同じような使い手をぶつけてきたか。
「それでは両者、よろしくお願いします!」
ねーちゃんの合図で戦いは始まった。
始まったはずだったのだが、そのエドラスがどうにもやる気が無い。
「何で依頼から戻ったばかりの俺が、新人の相手をしなきゃならないんだ!」
「お願いします!」
「だから、そんなのはCランクの連中にやらせておけよ!」
「お願いします!」
ねーちゃん、引く気は無いらしい。
何を言われてもお願いしますの一点張り。
折れたエドラスは、不機嫌そうにハクトの方へ振り返った。
「新人さんよ。悪いけど、俺疲れてるからすぐ終わらせるよ。落ちたら俺を相手に選んだ、協会に文句を言ってくれ」
「えっと、もう攻撃して良いんですか?」
「おぉ、来い来い。いつでも良いぞ」
「それじゃ、水球!」
「は?」
サッカーボールくらいの大きさか?
ハクトの目の前に急に現れた水の球が、勢いよくエドラスに向かって飛んでいく。
離れていた為に余裕をぶっこいていたエドラスは、慌てて回避した。
「お、おい!お前!」
「何でしょう?」
「そのナイフ・・・違った。包丁使いじゃないのかよ!?」
「水魔法も使えるって言いましたよ?」
エドラスはねーちゃんの方を向いて、何か言いたそうな目をしている。
ねーちゃんはテヘッと舌を出して、知らないフリをしていた。
「あんの野郎!後で報酬割増だって文句言ってやる」
「残念!私は野郎ではありません」
「うるさい!そんなん分かってるわ!」
激おこのエドラスは、もはやハクトの事なんか眼中に無かった。
しかし、ハクトは冷静に魔法を使っていく。
「水球!」
「甘ぇよ。もう手はバレてるんだ。当たるわけねーだろ」
エドラスは飛んできた水球を、右手のナイフで両断した。
いとも簡単に飛んできた魔法を斬るとか、噂通りに強い人のようだ。
「こっちから行くぞ」
「うわっ!本当に速い!」
一歩一歩が大きい?
数歩走っただけで、ハクトの目の前まで来ている。
左手のナイフで攻撃するエドラス。
ハクトは焦りながらも、包丁で対処していた。
「お前、その武器ミスリル製だろ?」
「そうですけど。何で分かったんですか?」
「俺のミスリルナイフで受けてるのに、刃こぼれしないからに決まってるだろ」
「あ、なるほど」
攻撃されながらも受け答えをするハクトに、エドラスは少し苛立ちを感じているみたいだった。
「その余裕、ムカつくな。少し本気でやってやるよ」
「わわっ!速い!」
左手だけの攻撃から、たまに右手のナイフも飛んでくるようになった。
不規則に飛んでくる右手に、ハクトは距離を取ろうと後ろへ飛ぶ。
「それは悪手だぞ」
エドラスはストライドの大きい走りで、バックステップしたハクトにすぐに追いついた。
すると、ナイフを逆手に持ったエドラスは、ハクトの胸を軽く突く。
「あわわ!」
バランスを崩してコケそうになるハクト。
ハクトはコケそうになったその足でナイフを蹴り飛ばすと、今度はエドラスが距離を取る。
「偶然か?」
「ま、まぐれで当たっちゃいました」
ほほぅ。
ハクトは長谷部より演技が上手い。
本気でコケそうになったのかもしれないが、蹴り飛ばしたナイフは目で追っていたのを俺は見ている。
ちゃんと確認してから蹴飛ばしたのだ。
「なかなか動きは悪くない。だが弱い」
「戦うのはあんまり得意じゃないので」
「だったら護衛なんか目指すなよ!あぁ、怒鳴ったら腹減ったな」
エドラスがお腹を押さえると、ハクトの目の色が変わった。
「捌きましょう」
ハクトが両手の包丁を持つ力が、ふっと抜けた。
その瞬間、ハクトは前に倒れるかと思いきや、そのままエドラスへと向かっていく。
「まずは鱗取り」
「なっ!?」
両手に持つ包丁が、彼の着る革の鎧を薄く切っていく。
あまりの事にエドラスは動かなかった。
「次に頭と尾を切る」
その言葉を聞いたエドラスは、恐ろしい悪寒に襲われた。
慌てて首をナイフで守ると、ふくらはぎが切られた痛みを感じた。
「ぐわっ!」
「三枚に下ろしましょう」
何をされるのか分からない。
エドラスは自分の直感を信じて、急いで距離を取った。
「あ、アイツ何なんだ!?」
エドラスの目が本気になった。
ハクトの目は何処か虚ろだ。
これはマズイ。
このまま本気になったエドラスと打ち合えば、ハクトは結構強いとバレてしまう。
「ごっそさん!」
「ありがとうございました!」
俺の言葉にハクトは、瞬間的にお辞儀をした。
やはり慣れというのは怖いな。
ラーメン屋の時のクセが、抜けきれていなかったみたいだ。
「ハクト!作戦!」
「え?あぁ、そうだった」
俺の声に気付いたハクトは、目の前に迫ったエドラスをチラ見してから頷いた。
「う、うわあ。速い、速過ぎるう」
大根!
さっきの演技は何処へ行った!?
「貴様!さっきの速さはどうした!?」
「さっき?うわわわあ。このままだと斬られるう」
「ふざけるな!」
エドラスの二本のナイフが、ハクトに襲いかかる。
しかしハクトは、今は逃げの一手のみ。
とにかく当たらないように、ナイフが当たらない距離に逃げていた。
「良いのか?火槍!」
「ファ!?」
炎の槍が離れていたハクトへ飛んでいく。
ハクトは慌てて避けた。
しかし、それは罠だったようだ。
「誘導された!?」
「やはりお前は戦闘慣れしていない!なのにあの強さは何だ!?」
「あわわ、まぐれですう」
何とか避けるハクト。
このままやっていても、いつかはバレそうだ。
俺はジェスチャーで、倒れろと指示を出した。
やはりこっちを見る余裕はあるらしい。
軽く手を上げて、応答してきた。
「あっ!」
ハクトはバックステップした時に石をカカトに当てて、躓いた。
エドラスにナイフを突きつけられるハクト。
彼もこれで満足だろう。
「参りましたあ」
「フン!本気でやらんなら知らん!」
「試合終了〜!」
「イタタタ」
痛いフリをして戻ってくるハクト。
なかなか善戦したからか、周りから拍手されている。
「なんか手を抜いたのに、照れくさいね」
小声で言ってくるハクトだが、実際に戦った印象は強いと思うという話だった。
「多分だけど、まだ手を隠してると思う。本気なら僕は、こうやって歩いて戻ってこれなかったかも」
「ハクトが接近戦向きじゃないにしろ、そこまでとはね。チッ!俺がやりたかった」
「お馬鹿!何やる気出してんの!」
「あ、忘れてた!」
今の話からすると、蘭丸なら勝つ為に戦ってたかもしれない。
危うくSランク誕生とか言われるとこだった。
「長いですねぇ。長谷部殿と比べても、倍くらい掛かってますけど」
「僕、落ちたのかな?」
太田の言葉に不安を覚えるハクトは、目をギュッと閉じたまま祈っている。
「え〜、長らくお待たせしました。ハクトさんのランクはC!Cランクからスタートになります。まさかの二人続けてのCランクです!」
ドワァァァ!!
周りの人達の声が大きくなった。
聞き耳を立ててみると、どうやら評価が真っ二つに割れている。
片やエドラスというAランクの男と互角にやり合ったのだから、一つ下のBランクからやるべき。
片や逃げ回ってばかりで攻撃をしていないし、あんな事で自分達商人を守る事が出来ないだろう。
エドラス相手に長く耐えた方だから、Dランクが妥当ではないか。
そういった意見で、見物人は盛り上がっていた。
「良かったぁ!落ちてなかったよ」
「ハクトが落ちるわけないだろ」
「それでも不安だったからね」
ハクトが安堵している中、俺達はある事を忘れていた。
それは後ろから、怒号となってやって来た。
「何が良かったんや!またCランクて!金が無い言うとるのに、アホかいな!ホンマにアンタ等、いい加減にしいや!」