試験開始
目立つなよ。
別に笑いを取りに行ったわけではない。
フリでもないのに、太田は見事に絡まれた。
そしてビンタ一撃でノックアウト。
ニックは念の為に逃げると言い出した。
ハクトのおかげで事なきを得た僕達は、いよいよ護衛として登録する為に護衛協会なる場所へ向かった。
護衛協会。
兄は何か引っ掛かると言っていたが、何故分からないのか。
話を聞く限り、それは冒険者ギルドと呼ばれるモノにとても近い感じがするのだ。
ゴツい男達が大勢居て、中には馬鹿にするように絡んでくる。
太田はミノタウロスという種族から、既に一目置かれる存在になっていた。
しかし僕等は違う。
蘭丸やハクト達は絡まれ、協会の人に怒られる羽目になった。
太田の登録をしようとすると、何故か僕等三人も登録出来る事になった。
しかし金銭面でニックは大反対。
どうやら護衛ランクが高いと、雇用費用も跳ね上がる。
太田のビンタでB級と言われるなら、マジメに戦えば相当高くなるという話だった。
だったら話は早い。
兄は皆を集めて、内密に命令を出した。
手を抜け、全員低ランク狙いで登録するぞと。
「本気で言うてますの!?」
「マジもマジ。大マジだ。まずはハクト、お前は音魔法と無詠唱だけ禁止。普通の魔法と身体強化だけ使え。」
「うーん、落ちないかな?」
DとE級がどの程度か分からないけど、多分大丈夫だと思う。
ある程度手を抜いて駄目なら、ちょっと本気出しゃ何とかなるだろ。
「蘭丸は弓専門にするか。魔法と槍は禁止な。弓も適度に外せ」
「わざと外すのかよ。気が乗らないな」
「だってしょうがないじゃないか」
何処ぞのラーメン屋の小僧みたいな喋り方をしてみたが、誰も分かってくれなかった。
多分長谷部も見てないんだろうな。
せっかくやったのに、ちょっと悲しい・・・。
「俺は?」
「長谷部は木刀禁止。つーか、素手でやってみなよ」
「ステゴロかよ!久しぶりだな」
「メリケンサック着けて良いよ」
何故か弟が作っていたメリケンサック。
使う機会が無かったが、俺達よりも長谷部の方が上手く使ってくれる。
というか、長谷部の方が似合う。
やはり餅は餅屋に任せるべきなんだな。
餅は餅屋の使い方合ってるか分からんけど。
「ワタクシは、多少本気出して良いというのは?」
「・・・やっぱり手抜いとけ」
「何故です!?」
なんとなくだけど、俺に良いところを見せようと、ガチで殺しかねない一撃を放ちそうだと思い始めたからだ。
下手すると、SS級が誕生したとか言われそうだし。
「そこはやっぱり、ニックの財布に優しくなってやろうぜ。俺達の分も払うんだから」
「魔王様!一生ついていきまっせ!」
現金な男だな。
まあ半分本当の事だし、太田には頑張って手を抜いてもらいたい。
そう。
頑張って手を抜くのだ。
「分かっているな?」
「頑張って手を抜きます!」
というわけで、作戦会議終了。
俺は試験を受ける事を、受付のねーちゃんに伝えた。
「それでは、実戦試験と行きましょう」
「何処でやるの?」
「裏に広場がありますので」
受付から出たねーちゃんの後ろを付いていくと、協会の一番奥の扉から裏に出れるという。
開けてみると、そこはかなり大きな広場だった。
草野球くらいは出来そうだな。
しかも外に出たから、通りからも丸見えだ。
「アレ?なんか周囲に人が」
「見物人ですね。もっと増えますよ」
危ないとか、そういう注意はしないのか?
なんて思っていたのだが、実はこの見物という行為、かなり重要らしい。
同じ護衛協会に登録している者達は、新人の実力を見る絶好の機会である。
共に仕事をする仲間にもなり得るし、もしくはランクが同じライバルにもなり得る。
一足飛びで、上位ランクに行かれる可能性だってあるのだ。
そして道行く人々からすれば、自分が雇うに値するか。
そういう判断材料に出来るという話だ。
彼等からすれば、低ランクの安くて強い護衛が雇いたい。
強さなど分からなくても、どんなランクの相手と戦っているか分かれば、新人の実力を測る目安にもなる。
「人も集まりましたね。それではそろそろ、試験を始めたいと思います」
どうやら他の協会の事務員が、これから試験を始めると伝えていたらしい。
気付けば三方は、人で一杯になっていた。
「誰から行きますか?」
俺達の中で誰が出るかで、協会側が準備した相手も変わるっぽい。
太田には強そうな相手を。
見た目が子供な俺や貧弱と言われた蘭丸達は、弱い相手が準備されるのだろう。
ちなみに長谷部はやる気満々である。
「俺だ!俺が行く」
というわけで、やる気満々の長谷部が中央に向かった。
「得意な武器は?」
「漢は黙って拳のみよ!」
お前普段は木刀じゃん。
小声で言った俺の声を聞いた官兵衛は、吹き出していた。
ツボだったみたいで、緩んだ口元を隠しながら長谷部を応援していた。
「素手ですか。それでは貴方には、こちらの方と戦っていただきます」
さっき使った裏口から出てきたのは、槍を持った男。
振っている姿を見る限り、強そうな感じはしない。
多分蘭丸でも、数回打ち合ったらすぐに勝てそうな気がする。
「素手で長い武器を持った相手に、どのような対応が出来るのか?では、お願いします!」
なるほどね。
どんな理由で相手が決まるのか、ちゃんと考えられているんだな。
「新人、怪我はさせん。行くぞ!」
自信たっぷりの言葉を残し、彼はガンガンと自分の拳をぶつけ合う長谷部に向かっていった。
足はヒト族の一般人よりは速い。
だが、槍の一突き一突きは遅い。
俺なら突いてきた槍を掴んで、奪うくらいは出来る。
いや、わざと遅く突いてたら・・・。
俺の指は掴もうとして、自ら指を切り落としてるかもしれないな。
「遅いんじゃボケェェ!!」
「おぼあぁ!」
左肩を狙って突いてきた槍を半身で避けると、大きなステップで前に出る長谷部。
前に出た勢いを利用して、そのまま右の裏拳を顔面に叩き込んでいた。
顔が後ろに弾け飛ぶ槍使い。
彼は物凄い勢いで、後ろへ下がっていった。
涙目で鼻を押さえる槍使いは、さっきの一撃で長谷部を警戒してしまった。
「なるほど。足が速いのは逃げ足の為だったか」
「可哀想だから言ってやるな」
冗談で言ったのに、蘭丸はガチで答えてきた。
とは言っても、このままだとマズイな。
長谷部が圧勝してしまう。
「長谷部!作戦だぞ!」
「え?あ、オゥ!」
長谷部がこっちを見てきた。
かなり戸惑った顔をしていたが、作戦忘れてた?
「今度はこっちからいくぞぉぉぉ」
素晴らしい。
とても棒読みのやる気の無さだ。
長谷部は全て大振りで、槍使いに殴り掛かっている。
彼の足なら、余裕で避けられるレベルだ。
「とおりゃああ」
「フッ。さっきのはマグレだったか。遅い!遅いぞ新人!」
良いぞ長谷部。
長谷部の拳が当たらないと分かると、とても強気な発言をする槍使いさん。
なかなかのピエロっぷりだ。
「クソォ。なんで当たらないんだよお」
めっちゃ良い味で棒読みのセリフに、皆は笑いを堪えるのに必死だ。
「甘い!甘いぞ!王国のフルーツ並みに甘い!貴様の実力は、えっ?」
バゴン!
長谷部の空振りした拳が、地面に突き刺さる。
激しい音と共に、地面に穴が空いた。
「惜しい。もう少しで当たるかと思ったのに。次こそは当てるぞお」
長谷部は腕を振り回し、やる気十分の姿勢を見せる。
かなりゆっくり近付いていくと、長谷部は再び大振りのパンチを繰り出す。
口をパクパクした槍使いが、慌てて大きく横に飛んだ。
「ちょまっ!ちょちょちょ!」
「それええい」
とにかく避ける槍使い。
長谷部のパンチを見て、顔が赤くなったり青くなったり忙しい。
「分かった!キミの実力はよーく分かった!だから、もう終わり。終わりにしましょう!」
「それええい」
「だわあぁぁ!!終わりって言ってるでしょうが!」
槍使いは長谷部から大きく離れた。
肩で息をしながら、攻撃するなと怒っている。
「試験終了〜!」
ねーちゃんが大きく宣言すると、彼は大きく安堵していた。
ねーちゃんが槍使いに近付いていく。
長谷部の評価を聞いているらしい。
もしかして、この場でランク決まるのか?
「出ました!C!長谷部さんのランクは、Cランクからスタートです」
周囲が大きく騒いでいる。
これはどっちの意味で騒いでいるんだろう?
見た目に反して弱かったから?
それとも、予想外にランクが高かったから?
「おっちゃん、Cランクって凄いの?」
「なんだ坊主、一緒に居て知らんのか?」
野次馬してた近くのおっさんに、おもいきって聞いてみた。
かなり興奮してるけど、教えてくれるようだ。
「新人でCランクと言ったら、有望株だぞ。今年だと初めてじゃないか?」
「え・・・」
「普通はな、どんな新人もEランクなんだ。そこそこ強いなって奴はDランクスタートが多い。だがCランクは、既に一人前と言っても過言じゃない」
「でも、攻撃当たってないよ?」
「将来性を見込まれてかもしれん。まだ新人だからな。雇用費が安ければ、争奪戦もあり得るぞ」
マジかよ!
いきなり争奪戦とか、どうなってるの!?
「魔王様ぁ?」
あ、これは怒っちゃってますかな?
振り向きたくないけど、振り向くしかないよなぁ。
「ど、どうした?」
「勘弁したってや!いきなりCって、どういうこっちゃ!」
「待て待て!」
「待てるかい!ワタシ等が雇う護衛って、普段はCランク一人とDランク複数でっせ。既に一人Bランク以上言われとるのに、どないせえっちゅうねん!」
ニックは俺の顔にくっつかんばかりの勢いで、捲し立ててくる。
しかし、あの動き以上の手抜きとなると・・・。
「長谷部、お疲れ。いきなりCランクだってよ。凄いな」
「なんか騒いでるけど、俺失敗した?」
「うーん・・・」
長谷部は頑張ったと思うんだよな。
俺から見たら、かなり手を抜いてたと思う。
頑張った奴にお前駄目だったよとは、俺なら言えんなぁ。
「結果オーライ!良い手抜きだった」
「どこがやねん!」
「まあ待てって。長谷部はお前の護衛じゃないんだから。ランクが高くても関係無いだろ?」
「あっ!言われてみるとそうやったわ」
ニックの怒りがようやくと鎮まってきた。
金にうるさ過ぎじゃないかと言いたいが、彼の会社の現状を考えると、あまり強く言えない。
「官兵衛の財布には痛いけど、逆に一人前一人だけ付いてるって考えれば十分だろ」
「オイラは問題無いです」
「次から!次からはホンマに頼んまっせ!」
次からか。
長谷部の手抜きで、アレだったからなぁ。
更に手抜きを考えなくてはいかん。
「次、誰行く?」
「太田はちょっと待て。どのくらいが程良い手抜きか、見定めるから」
「承知しました」
太田は危険だ。
いきなりAランクとか言われかねない。
やはりここは、俺達三人の誰かが行くべきだろう。
「僕が行くよ」
名乗り出たハクト。
戦闘能力を鑑みるに、長谷部の次に落としておくのは丁度良いかもしれない。
「頑張れよ、ハクト」
「蘭丸、馬鹿か?頑張っちゃ駄目なんだって。頑張って手を抜いてくれ」
「どっちにしろ頑張ってんじゃねーか!」
そうとも言う。
しかし、あの様子だと更なる手抜きが必要だ。
えーと、そしたら更に縛りを強くするか。
「ハクトは武器がナイフ。それと魔法は水魔法限定で行こう。詠唱は勿論してくれよな。これで駄目なら、護衛協会の人材を疑うぞ」