三人の商人
連合には久しぶりにトラックを使う事になった。
トライクで街まで行けば、三人の商人達に目をつけられてしまう。
ニックは実物のトラックを見て、大袈裟に驚いていた。
荷台部分を見せる為に全て開放すると、ニックはその荷台の広さに感動していた。
色々と積め込もうとしているのだが、自分達の乗るスペースを考えていないようだ。
しかも安土には、ラーメン全制覇まで滞在するという。
欲望に忠実なニックを、僕は逆に裏が無さそうで信用出来る気がした。
いよいよトラックで出発となった僕達は、太田が慣れる為に早速奴隷役を買って出た。
緑色のヘルメットを用意して楽しんでいると、兄が伍長をやりたいと言ってくるので交代。
太田はまずまずの軍曹を披露したが、長谷部の真顔の返答に元に戻ってしまった。
連合の人間は、やはり魔族とは文化が違うらしい。
食用魔物として有名なカエル肉を、食べるのを拒むニック達。
佐藤さんや長谷部が勧めても食べなかったが、いざ口にすると物凄い勢いで食べ始めた。
食事中、佐藤さん達が召喚者だと知ったニックは、大きな声を上げた。
どうやら三人の大商人達は、バックに召喚者が居るという噂だという話だった。
「マジかよ。俺達以外にも、帝国から抜けた召喚者が居たって事か?」
「まだ分からないっすよ。帝国の命令で来てるだけかもしれないし」
佐藤さんと長谷部は、同じ召喚者という事で驚くかと思った。
でも予想に反して、意外と二人とも冷静だ。
敵対する可能性があるのに、その辺は割り切っているのかもしれない。
「ニックさんは、その召喚者を見た事あるんですか?」
「無いなぁ。裏の仕事をしてるっちゅう噂だから、反抗的な連中しか会った事無いんちゃうかな」
「お前もキルシェとあんな契約結ぶんだ。十分に反抗的だと思うんだけど」
「魔王様は厳しいなぁ。ナハ、ナハハハ」
笑って誤魔化すニックに、部下達も苦笑いしている。
こんな大穴狙いの賭けをするような奴に、よく付いていくなと感心するわ。
「ところで話は変わるんだけど。連合ってどんな場所なんだ?」
「連合でっか?」
ニックは連合について説明を始めた。
「連合の首都は?」
「首都っちゅうのは無いですね」
「無い?」
彼の説明によると、商業国家とは呼ぶものの、別に王様や代表が居るわけでもないので、国と呼んでいいのかすら怪しいという。
大きな商会や店、会社が集まって連合になったらしく、その豊富な資金力だけなら帝国よりも上っぽい事を言っていた。
「敢えて首都って言うなら、ラーデンユニオンかな。ただぎょうさん会社があるっちゅうだけで、特に何もあらへんけど」
「何も無いって?」
「連合内だと一番大きい都市ですけどね。安土みたいにラーメンが美味いとかドワーフが店やっとるとか。そんなんは無いんです」
「でも、メシとか飲み屋くらいはあるだろ」
「自分で言うのもなんですけど、ユニオンのメシは味気ないんですわ。カエル肉みたいな脂乗った美味いモン、ほとんど無いしなぁ」
ニックと部下達は、ハクトが肉に塩を振っているのを凝視している。
余程気に入ったと見えるな。
今の話を聞くと、連合ではメシは期待しない方が良さそうだ。
ハクトに頼んで自炊した方が、不満は出ないだろう。
「じゃあ俺からも良いっすか?」
珍しい!
長谷部が自ら質問だと!?
これには皆が驚いていた。
「俺が聞くの、そんなに変かよ」
「いやいや!俺も長谷部が気になってる事、知りたいなって」
「じゃあ・・・。さっきから話にちょこちょこ出てる三人の大商人って、どんな人なんすか?」
「そんな事が気になってるのか?」
「あー、どんな奴か知っておけば、官兵衛さんに近寄ってくる前に対処しやすいかなって」
「・・・」
マジか・・・。
あの長谷部が、自分から護衛対象の官兵衛の事を考えて、そんな事を聞くなんて!
「何で皆黙った?」
「長谷部殿ぉ!」
「うおっ!何だよ太田さん」
「ワタクシ、感動しましたぞ!官兵衛殿を思いやるその心遣い。護衛として素晴らしい心意気です」
「吾輩も今の発言には、驚いたのである。ちょっと前までは、木刀振り回してた不良だったのに。大人になったのであるな」
安土から来た連中は、あのコバですら驚くくらいだった。
成長したな長谷部よ。
俺は嬉しいぞ。
「うんうん。アデルモにボコられながら強くなってるみたいだし、お前も頑張ってるんだな」
「なんか気持ち悪いな」
人が褒めてるのに、気持ち悪いってなんだよ!
「あの」
「何?」
「三人の商人の話をしてもええですか?」
「では改めて、三人の話をします。一人目はヤコーブス。元々は塩の問屋をやってた男です」
ヤコーブスは昔からの代表の一人らしく、最古参に入るらしい。
年齢はもう六十を過ぎたというのに未だに現役バリバリのジジイで、かなり金にはうるさいという。
「海でも塩は取れるからなぁ。キルシェに絡むならコイツかもね」
「ホンマですか!?面倒な相手やなぁ・・・」
年齢が年齢だけに、老練な手腕がありそうだ。
「次に、パウエル。コイツはホンマムカつく奴なんですわ!」
どうやらニックとはほぼ同年代みたいで、昔からの知り合いだという。
ただ昔から犬猿の仲で、嫌がらせの大半はコイツが行っているのでは?と疑っているらしい。
ちなみにイケメンで女にもモテるのも、ムカつく要因の一つとの事だった。
イケメンでモテる奴は敵なので、俺もコイツは嫌いになれそうだ。
「最後にローザンネ。彼女は急成長して代表入りした、食えん女ですわ」
娼婦から成り上がったという彼女は、パトロンを何人も抱えて商売を始めたという。
元々商才はあったようで、彼女が売り出した洋服と化粧品等の女性関連の商品が爆売れしているという話だった。
特に貴族向けの商品の売り上げが凄いらしく、帝国では持っていない貴族は居ないと言われるくらい、彼女のブランドは有名らしい。
ついでに言うと、娼婦だったとあって美人だと言われた。
ニックは、美人だけど化け物だと評している。
「その三人が危険人物ですわ」
「OK。俺はその三人の息がかかった連中を、警戒すれば良いんだな?」
「まあ、他にも警戒せなあかんのは居りますよって」
「誰だ?」
「他の護衛ですがな」
「他の護衛?」
商人達は自分の身を守る為に、金を払って護衛を雇うという。
それはヒト族だろうが魔族だろうが関係無く、ヒト族でも魔族並みに強い連中が集まっているという。
「護衛っちゅうのは、力自慢みたいな連中が多いのは分かりますよね?中には強そうな奴を見つけて、喧嘩吹っかけてくるのも居るんですわ」
「何で喧嘩なんか売ってくるんだ?」
「強ければもっと良い雇い主が、見つかるかもしれないでっしゃろ。金払いが良い雇い主に行くのは、護衛として当然の事ですがな」
なんとなく分かる気がするけど、それって自分の身にも危険がありそうなんだけど。
「それってさ、護衛している商人を襲って金を奪う奴とか出てこないの?」
「それをしたら逆に、ソイツ等は死にますな。護衛は登録制。どの会社に誰が就くかは、役所で登録するんですわ」
「なるほど。雇い主を守りきれなかった奴は、すぐに名前が分かっちゃうワケね」
「雇い主を殺せば、役所からターゲットとして張り出されます。もう連合では仕事なんか出来ないどころか、役所から命も狙われるんでね。普通の人なら、そんなんしませんわ」
そこまで危険を冒す馬鹿は、居ないって事だな。
大金を手に入れても、使う所が無ければ意味が無いしね。
「ちなみに役所で登録すれば身分証が発行されるんで。連合内で買い物する時は金を持たなくても、その会社に請求されるっちゅう仕組みです。便利でっしゃろ?」
「よく出来た制度ですね。安土でも現金を持たなくても買える仕組み、考えておきましょう」
この制度には官兵衛が食いついた。
流石に商売関係の事では、うちらなんかより商業国家と言われるフォルトハイム連合は何枚も上手だって事だ。
そういうところは見習っていこう。
「そういうワケで、他の護衛には注意して下さい」
連合まで最短距離を突っ切った結果、ニックも驚くくらいの日数でユニオン近くまで着く事が出来た。
まあ森の中を走っていたので、俺は何処を走っているのかよく分からなかったが。
「この辺りまで来れば、馬車で半日です。あぁ、名残惜しいトラックちゃん!ホンマに欲しいなぁ」
「うっさい。早くどけ」
トラック頬擦りするニックを太田がどかすと、屋根上に乗っていたハクトと蘭丸がシートを広げ始めた。
迷彩シートで全て覆うと、コバから念の為に少し土を被せた方が良いと言われる。
「これで大丈夫である。鍵は魔王の人形に持たせておくとしよう」
「魔王様って人形持ってはるんですか?なんちゅうか、可愛い趣味ですな」
「趣味なワケあるか!」
だけどコイツの為にわざわざ二人になるのも癪だ。
どうせ人形の姿で街中は歩けないし、このまま勘違いさせておくか。
「それじゃ、太田さんには護衛の隊長を。他の皆は護衛と奴隷に分かれて下さい。よろしゅう頼んます」
ここがユニオンか。
普通の中世の街並みに近い。
城とかも無いし、面白味も無い街だな。
「面白くないって思ったでしょ?」
「おぉ、まあね」
「ここから見えるのは、小さい所ばっかりなんでね。奥に行くと、アホみたいにデカイのがありますよって」
「凄く高い塔が見えます。何ですか?」
「アレは代表者が集まる時に使う塔です。普段は観光地になってますけど、あんなん見て何がおもろいんか分かりませんわ」
辛口なニックだが、確かに俺もタワーとか興味無い派だから分からんでもない。
それよりも、さっきから気になる事がある。
「何かすれ違う人達に見られているのは、気のせい?」
「俺も視線を感じる」
「僕も」
蘭丸とハクトが視線を集めるのは、いつもの事。
そのイケメンはいつになったら自覚症状を持つのやら。
官兵衛もやはりアッシーくんのせいで見られてはいたが、この二人ほどではない。
この二人は男女関係無く、振り返られていた。
だが、それよりも驚いた発言がある。
「何やらワタクシにまで、視線が集まっている気がするのですが。気のせいですかね?」
「お前のは気のせいだろ」
じゃないと俺が納得出来ない。
いや、気のせいじゃなかった。
確かに太田にも、熱い眼差しが向けられている。
ただし、ゴツい野郎限定だった。
「ハッハッハ!太田もモテモテじゃないか!」
「キャプテン、とても嬉しそうですね」
「そりゃあなぁ。太田がモテるなら嬉しいぞ」
あんなゴツい野郎どもだからな。
これが可愛い女の子なら、お前の頭を叩いてるところだが。
「やっぱりこうなりますわな」
「分かってたのか?」
「ミノタウロスなんて種族を雇った商人は、今まで居らんのでね。いやぁ、ワタシも気持ち良ぃ〜!」
コイツ、太田をしきりに護衛に推してたのは、こういう意味もあったか。
つーか、自分で目立つな言っといてコレは駄目だろ。
「アンタ、目立つなって言っておいて目立ってるじゃないか。何考えてるんだ?」
佐藤さん、良いぞ!
もっと言え!
「コレには狙いがありますよって。後でちゃんと説明しますわ」
「意味があるなら良いんだけど」
えぇ!?
もう引くのかよ。
佐藤さん、押しが弱いよ・・・。
「ニック殿、ワタクシ達は何処に向かってるんですか?」
「まずは太田さんに、ワタシの護衛だと登録してもらいます」
「俺達は?」
「コバさん佐藤さん、官兵衛くん長谷部くんはヒト族だから、ワタシのお客と助手っちゅう感じで問題無し。魔王様達は太田さんの奴隷っちゅう事にして下さいな」
正確には官兵衛は違うんだけど、ニックが勘違いするくらいだからそのままで良いか。
しかし俺達は奴隷か。
何とも言えない気持ちになるな。
「キャプテン達が奴隷だなんて・・・。いや、ワタクシは軍曹だった。おっと、失敬」
「おうおうおう!いてぇなこの野郎!何処に目を付けてやがるんだ?しばくぞ、あぁん!?」