軍曹と伍長
連合から人材を引き抜く。
それが可能だと僕は思っているのだが、念の為にニックに確認してみた。
ニックは安土の物品を、連合で売りたいという。
アンテナショップとして連合に置くような形だが、僕はそれに反対した。
ニックは信用出来ると思っているが、連合はそうではない。
もし彼がその利権を三人の大商人に奪われれば、僕にも被害が出てくる可能性がある。
やはり連合全体は信用出来ないと言って、保留にさせてもらった。
ちょっとした前フリの後、とうとう本題の引き抜きの話をしてみると、今度は彼もそれはどうかと言ってきた。
やはり信用という点では、お互いに低いのだ。
だったら直接会って話してみよう。
僕は連合に行く事を決めた。
今回は連合に誰を連れて行くか?
官兵衛の質問に僕は迷った。
ヒト族の国だが、魔族が居ないわけでもない。
今回は悩んだ末、蘭丸とハクト、佐藤さんと長谷部に決めた。
しかしそこに、太田が自分も行くと言って現れた。
ニックは太田なら、護衛として雇ったという事で通じると言っている。
逆に僕達の方が、種族的に怪しいらしい。
今回は太田を護衛として、僕達は奴隷という身分で連合に向かう事になった。
太田隊長の実力を見る、良い機会である。
僕が軍曹で良いのか?
太田が鬼軍曹やった方が良いんじゃないか?
と言っても、太田はミノタウロスでオーガでもない。
鬼軍曹というより牛軍曹だった。
「返事は!」
「サーイエッサー!」
「よし!・・・こんな感じでよろしいでしょうか?」
街中で大声を出した為、周りからの視線が痛い。
しかもさっきまで胸を張って大声を出していた太田が、急に小さくなって僕に確認してくるものだから、更に不思議がられていた。
「悪くないと思うよ。ただ、軍曹は太田だな。僕達は伍長くらいが丁度良い」
「そ、そうですか。よく分かりませんが分かりました」
分かってないのに分かっちゃ駄目だろ。
なんて思ったが、別に大した事でもないし、その話は流した。
「というわけで、ニックが戻る時に一緒に行くから」
「ほな確認ですけど、何で行くつもりなんです?」
「そりゃトライクだろ。速いし」
「アレはやめといた方が良いと思いまっせ。あんなんで行ったら、すぐに目を付けられてしまいますわ」
それもそうだった。
三人の大商人に見つからないように、連合内では穏便にしとかないといけない。
しかし、馬車は遅いからなぁ・・・。
「魔王様、以前作ったトラックはどうですか?」
「トラック?」
「荷台に馬車を載せて、近くに行ったらトラックは迷彩シートで隠しましょう」
「なるほど。鍵をしておけば、盗まれる心配も無いし。それで行こう!」
官兵衛の案でトラックに決定したのだが、これまたニックが知らない単語が出てきた。
ニックはトラックとは何かと聞いてきたので、トラックを見せる為にコバラボまで戻る事になった。
長可さんは寅さんの餌を探しに行くと言って帰ったので、ここからは三人で行動だ。
「そういえば長谷部は、今何してるの?」
「アデルモ殿に毎日ボコボコにされてますよ。やっぱり二刀流というのは、一朝一夕で身につくものではないみたいです」
「ボコられているのか・・・」
長谷部でも結構強いのに。
アデルモって剣技だけなら、安土周辺では一番強いのかな?
「着きました」
また戻ってきてしまった。
おそらくコバは寝ているはずなので、起こさないように静かにしておきたい。
「こ、これがトラック!?バカでかい!」
「前が運転席。御者が座る場所って感じで、後ろには人とか荷物が積めるようになってる」
まあ本当は、荷台に人なんか乗せちゃいけないんだけど。
この世界に道路交通法なんてないので、スピードも車線も一時停止も無いのだ。
荷台に人が乗ろうが関係無い。
「ところでコレ、どうやって乗るんです?」
「このタイプは横と後ろが開くけど」
試しに全て開いてみると、ニックは欲しいを連発した。
「めちゃくちゃ載せられますやん!馬と馬車が丸々入るなんて、ごっつ凄いですわぁ!」
目を輝かせながら言ってくるが、これも売るつもりは無い。
魔族なら未だしも、ヒト族なら簡単に交通事故に遭ってしまう。
扱い方を間違えれば、トラックも兵器と変わらない。
「これで行くから」
「これなら馬車に載らない分も載せられますやん!ウフ、ウフフ。こりゃ、ええなぁ・・・」
コイツ、満載にして帰るつもりしてるっぽい。
だけど荷台には、蘭丸達やコイツの部下も乗る事を忘れている気がする。
特に馬は神経をすり減らしそうだから、藁やら色々準備も必要だしね。
「それじゃ、一週間後に出発でよろしゅう」
「結構滞在するのね」
「ラーメン全部制覇してから帰りますわ」
自分の欲望に正直な奴だな。
後から聞いたら彼の部下も喜んでいたから、リフレッシュも兼ねてるのかもしれない。
「それでは、また後日」
「準備は出来たのである」
真っ先にトラックに乗り込んでいたのは、ニックでもなくコバだった。
彼は官兵衛の乗るアッシーくんのメンテ要員として、連合に行くらしい。
「コバ殿、お願いします」
「官兵衛、今回はお主にも戦える力を与えるのである」
「はぁ・・・」
気の無い返事をする官兵衛。
連合とは戦争しに行くわけじゃないので、戦える力なんか必要無いんだよね。
官兵衛もそれが分かっているから、今回はありがた迷惑みたいな感じなのだろう。
「おぉ!この人がトラックを作った博士!」
トラック自体は僕が作ったんだけど、面倒なのでそういう事にした。
それに荷台の改造はコバ達がしたので、あながちそうとも言い切れない。
今では荷台の後ろ部分は、馬専用になっている。
藁を敷き詰めて外が見えるように、上の部分を鉄柵に変更。
ボタン一つで餌や水を与えられるようになっていた。
問題は糞をどうするかという事だが、これはニックの部下が毎日定期的に処理するという話で決着した。
「揃ったね。行くとしようか」
「ちょい待って下さい!まだ載せられますやん」
「お前、自分の座るスペース考えてる?」
「あ・・・。アハハ」
照れ笑いで隠すニック。
部下達も名残惜しそうに、各々好きなラーメンについて語っていた。
「そういえば、カップラーメンの進捗はどないでっか?」
「粉末スープ作りに手こずってるね。麺も冷凍するか乾麺にするか。運搬を考えると、乾麺の方が良いのかなぁ。美味い物をって考えると、まだまだ時間は掛かりそう」
「待ち遠しいけど、不味かったらしゃあないですし。楽しみに待ってます」
話をしていると全ての積荷を載せ終わり、いよいよフォルトハイム連合へ出発する事になった。
フォルトハイム連合は、帝国の隣国になる。
とはいうものの、帝国の人間が出入りしているわけではないと思うので、僕達が行ったところで何か揉める事は無いだろう。
「魔王様。ワタクシ、いつから護衛役になれば良いんですか?」
「そうだな。慣れるまで時間掛かりそうだから、今のうちに軍曹になっておくか?」
「今からですか!?・・・分かりました」
困惑している太田だったが、他の人からも慣れは必要だと諭されて、了承した。
「軍曹!」
「野郎ども!今回の作戦はニック大佐及び、補給部隊の護衛だ。作戦に失敗は許されん。分かったか!」
「サーイエッサー!」
緑色のヘルメットを用意しておいて良かった。
耳がはみ出るハクトは無理だが、他の皆の分は無駄に作っておいた。
ちなみに太田は、指揮官としてツノ付きにしてある。
ある意味、ツノが三本になってしまった。
【これ、俺もやりたい!面白そうなんだが】
そう?
だったら代わる?
【代わる代わる!えっと、俺は伍長なんだっけ?】
多分伍長。
試しに軍曹に何か言ってみなよ。
【フフ、太田を驚かせてやろう】
そろそろ夕食の為に、肉でも取ってこないといけないな。
「軍曹!阿久野伍長、任務遂行の為に魔物を狩ってきます!」
「伍長待て!」
「何でありますか?」
早くもバレたか?
口調は変えてないつもりなんだが。
太田は俺と弟を区別出来る、数少ない男だからなぁ。
「貴様、得物を持っていかないつもりか!」
「武器はその辺の石で、何とかするであります!」
石をぶつければ倒せるし、武器なんか要らないんだけど。
「馬鹿者!魔物を甘くみるな!怪我をしたらどうする!?」
「えっ?あ、いや。怪我はしないかと・・・」
予想外に優しい言葉で戸惑ってしまった。
鬼軍曹じゃなく、この辺はやっぱり牛軍曹だな。
「仕方ない。長谷部上等兵!」
「は?俺、上等兵?」
まさかこの茶番に付き合うとは、思わなかったのだろう。
自分が呼び出されて驚いている。
長谷部のリーゼントがヘルメットからはみ出して、なかなか変な髪型になっているのは内緒だ。
「長谷部上等兵、貴様も狩りに行ってこい」
「いや、俺は官兵衛さんの護衛だから。行かないっすよ」
「何ぃ!?貴様、上官に歯向かうというのか?・・・いや、官兵衛殿の護衛の方が優先ですね」
オイオイ、素で答えてどうする。
やっぱり今から慣れないと、連合に着いてもバレそうだな。
「太田、お前しっかり軍曹やれよ!」
「ほわっ!?キャプテンですか!?」
「俺、夕飯の肉を用意するから、そのまま進んでおけ。後で追いつく」
「サーイエッサー!」
逆だろうが!
「魔族って、毎回こんな感じなんでっか?」
「こんな感じとは?」
「コレ、あのデカイ蛙の肉やろ?そんなん食べるん?」
「鶏肉に似てて美味いですよ」
佐藤さんがニックに説明すると、ニックも部下達も顔が固くなっていた。
やはりカエルという見た目が駄目なのか、それとも魔物だから駄目なのか。
皆、手に取ろうとしない。
「ハクトくんの作った料理は絶品だから。騙されたと思って食べてみて下さいよ」
「うーん・・・」
「そしたらアンタ等、王国までの道のりで何食べてたんだよ?」
佐藤さんが勧めても手をつけないニック達に、見かねた長谷部が尋ねた。
「そりゃ、乾パンとか干し肉とか。携帯出来る保存食やな」
「馬鹿だなぁ。その辺の魔物狩って食べた方が、そんなもんより全然美味いぜ」
「あんさん、ワイ等は普通のヒト族やで。魔物と戦うなんて、するわけないやろ」
長谷部の質問に呆れるニック。
そういえば長谷部は、帝国の連中と反りが合わなくて、一人で自給自足の生活をしてたんだったっけか。
陣があるのに戻らずに、その辺の動物とか魔物を狩ってたって聞いたな。
そりゃそういう考えにもなるわ。
「でもさ、銃持ってるなら倒せるんじゃないの?」
「弾には限りがありますよって。毎日撃ってたら、途中で身を守れなくなって野垂れ死にしてますわ」
ニックがそう言うと、部下達も頷く。
自己防衛以外で、銃はほとんど使わないのが普通だという事だな。
「それじゃ食べないんですか?」
ハクトが少し悲しげに聞くと、やはり男でも美少年のそういう顔は苦手らしい。
ニックはカエル肉をフォークで刺すと、それを口に運んだ。
「うっま!何やねん!あんなカエルがこんな美味くなるん!?」
「味付けが良いのもあるけど、元々あのカエルは美味くて有名なんだってよ」
「ホンマかい!佐藤さんは安土で、毎日こんな美味いもん食うとるの?」
「毎日ではないと思うけど。でも、帝国に居た時よりははるかに美味いメシだと思う」
佐藤さんの返答には、長谷部も大きく頷いていた。
ニックが美味いと言った事で、部下達も皆一斉に食べ始めている。
食べ終わったニック達はハクトにお礼を言った後、ある質問をした。
「佐藤さんとキミは、帝国の人間なん?」
「ちょっと違うかな。俺達は召喚者って言って、他の世界から来たんだよね」
「召喚者やて!?」
ニックが召喚者という言葉に驚いた。
連合でも召喚者の存在は知られてるのか?
「知ってるの?」
「知ってるも何も、三人の商人の護衛は帝国から来た、召喚者っちゅう話です。アイツ等が裏で汚い事して三人が大きくなったって噂です」