連合へ
マッツンのレッスンは、意味が分からなかった。
真剣な顔で腹を叩いているのを見たが、彼が言うにはゴブリン以外にモテないのはレベルが低いからだと言っていた。
だから特訓をしていたと。
馬鹿だと思ったのだが、それでも特訓の成果があったみたいで、万を超えるゴブリンがまた増えたという事だった。
長可さんはゴブリンが増えた事で、その負担が身代わりのラビにのしかかっていると言っていた。
ラビの居る執務室に行くと、彼女は書類の山に囲まれて覇気の無い声で応えた。
翌日、ニックと会う前にゴブリン対策の話し合いが始まった。
今はマッツンの飲み友三人が仕切って、安土から離れた場所でどうにかまとめているという。
長可さんは官兵衛の策だと言って、彼等の受け入れ先として安土の周りに街を作ろうと提案する。
官兵衛も含めた皆で相談を始めると、安土を囲む防衛都市を作ろうという事になった。
その街をゴブリンに任せれば良いという結論に至ったが、問題は街造りだ。
王国に僕等の船を作る為に、ドワーフ達を増援で送ると言ってしまったので、明らかに安土も人材不足という。
そこで僕が考えたのは、不満を持っている連合の連中を安土に引き抜くという考えだった。
「引き抜きですか?」
「あぁ、連合は商業国家となっているが、それぞれ特化した技術も持ち合わせているらしい」
売買だけが商売じゃない。
技術職で食っている連中だって居るはずなのだ。
大工や鳶職みたいな連中に、飲食店だってあるはず。
今の連合は三人の大商人が牛耳っていると言っても、過言ではないという話だ。
ならばそれに不満がある人達は、僕の引き抜きに乗ってくる人も居ると思っている。
「しかし、本当に連合から抜けてまで来ますかね?」
「ニックみたいな連中なら、来ると思うんだけど」
抜け目なく実利を選ぶような人なら、ヒト族だ魔族だと面倒な考えはしないと思う。
安土は儲かる。
そう思わせれば、十分可能性はある。
「では、ニック殿に確認してみましょう」
ゴリアテはさっきの指示通り、オーガ達の中から教官選抜をする為に城を離れた。
長可さんは部下の小人族達を、カッちゃん達の所へ確認に行かせると言い、このままニックとの話に参加するという。
「どもども、毎度!」
「なんか最初の頃より、かなりフランクになってきたな」
「そうでっか?」
「まあ良いや」
まずは先に、彼の支店について、話し合う事にした。
いきなり引き抜きの話をしても、じゃあ自分等は?という話になるだろう。
「支店に関しては、こんな感じかな?」
「そうですね」
「ワタシからちょい提案なんですけど。ここの物を連合で売るのは、どないですか?」
「それはお前の会社が窓口として、向こうで売るって事でしょ?」
「少量ずつ、安土の物を置くんです。ええ考えでしょ?」
連合に安土のアンテナショップを置こうという考えかな。
これがもし、若狭や長浜等の魔族領なら考えたかもしれない。
でも、連合はまだ危険な気がする。
「保留だね」
「何でです?」
「魔王様は単純に、連合がまだ信用出来るか図りかねているんだと思いますよ」
官兵衛の言う通りだ。
僕個人としてはニックは信用している。
抜け目ない性格も込みでね。
でも、連合全体となると話は別になる。
「もし安土のアンテナショップなんかを、連合に作ってみよう。三人の大商人達が黙ってるかな?それこそ帝国側に訴え出る可能性だってあるでしょ」
「連合に利益があるなら、問題無いはず!」
「大きな利益が出るような店を、汚いマネして大きくなったその三人が放っておくとでも?」
「ぬあっ!確かに・・・」
今のニックの力では、大商人達に勝てるのは皆無だと言わざるを得ない。
今は中小企業を装ってもらった方が、得策だと思う。
「連合が帝国寄りである限り、ニックが何と言おうが僕達から連合に近寄る事は無いと思う。ただし!」
「ただし?」
「連合の中で帝国より安土の方が良いって考えの人が居るなら、僕達は手を差し伸べなくもないよ」
という前フリで、引き抜きの件に話を持っていきたいんですけど。
反応はどうかな?
「うーん、ワタシでは何とも答えづらいですわ」
「ちなみにニックは、帝国と関わる仕事ってあるの?」
「今自分で、帝国の味方なら敵言うたばかりで、ワタシがそんな事言うと思います?」
「ニックなら言うかなと」
「そんなら言わせてもらいます。って、そんなワケ無いでしょうが!と乗って笑いを取りたい所ですが、今は本当に無いですわ・・・」
今は・・・か。
昔はあったんだろう。
彼の顔を見るに、少し陰がある。
三人の商人と揉めたか、帝国との間に何かあったか。
事情は知らないが、今は無いというのは嘘では無さそうだ。
「ちなみに連合は、帝国寄りの人が多い?」
「そんな事ありませんがな。長浜と交易ある会社や店は多いし、若狭の薬を売ってる店もあります。別に魔族だから買わないとかって考え持ってる人、そんな多くないんちゃいます?」
「じゃあ、連合より安土の方が仕事あるって言ったら、来るもんかな?」
「そりゃあ話は違いますがな」
違うかぁ。
やっぱり引き抜きは難しいかな?
「安土に来ないのは何故ですか?」
長可さんの率直な質問に、ニックは即答した。
「何故?そりゃあさっき魔王様が、自分で言うたじゃないですか」
「僕が?」
「信用ですね。オイラ達魔族の信用というより、安土が信用出来るのか?それが問題なのかと」
「流石は官兵衛はん。話が早い」
なるほど。
僕達が一方的に信用してくれ言っても、そりゃ無理な話だ。
会った事も無い人にそんな事言われたら、誰だって不審に思うわな。
「・・・連合行くかな」
「ハイ!?何言うとりますの?」
「戻ってきて、またすぐに旅立たれるんですか?」
流石にこの案には驚いたらしく、長可さんも止めに入ってきた。
だけどいつまでもドワーフやノーム達を、若狭や上野から借り受けるのも気が引ける。
自分の都市は自分達でどうにかしないと。
「決めた!ニックと連合行くわ」
「ホンマでっか!?」
「向こうで安土に来ても良いよって人、引き抜いてくる」
「は?そんな目的なんでっか!?」
「駄目?」
「いや、そりゃあ個人の自由で構へんと思いますけど。でも、三人の商人とは、関わらん方が良いと思いますよ」
「分かった」
その後、長可さんから少し怒られるも納得してくれたので、この事は決定となった。
ニックは安土における支店の場所を確認しに、長可さんと街へ行った。
僕は時間が出来たので、官兵衛とコバの所へと行く事にした。
「たのもー」
「道場破り!?」
相変わらずの三バカは、こういうのに乗ってくれるのが良い。
「コバにはたし状を持ってきた」
「師範代は今、寝不足とハイテンションの間で気持ち悪いです。それでも良いですか?」
「うむ、その気持ち悪い師範代を見せてもらおう」
アホなやり取りをしながら中に入ると、官兵衛は笑いを堪えていた。
「魔王であるか」
「相変わらずだな。久しぶりに会っても反応が薄いし」
「今は新しい物に、チャレンジしている最中なのである」
コバの前には、何やらガトリングガンのような銃がある。
あまり安土では、扱い人が居ない武器だ。
「誰の武器?」
「官兵衛である」
「オイラですか!?」
あまりの驚きに、官兵衛の声が大きくなった。
まさか自分がゴツい銃を持つとは、思わなかったのだろう。
だが、正確には官兵衛ではなかった。
「なるほど。このアッシーくんに装着するという事ですね」
「吾輩が作ったアッシーくん初号機は、換装出来るようにしてある。外ではこのガトリング。狭い場所なら高振動ブレードとショットガンを用意しているのである」
官兵衛は並べられた武器を見て、顔が引き攣っている。
こんな重装備、自分が使えるはずがないと思っているようだ。
「ボタン一つであら不思議。蜂の巣になった敵の出来上がりである」
「危険ですね」
「こっちも同じく、ボタン一つで刃が超振動。通るだけでスッパリ斬れる。ふ、フハハハ!!吾輩の科学は世界一ィィィ!!」
「ドクター!ドクター!マズイ、寝不足でハイになっている」
彼は慢性的に寝不足になると、このように壊れるらしい。
高野と田中に抱えられ、部屋から出て行った。
「最近は昌幸さんとの会話が面白いみたいで、色々なアイディアが止まらないと言って寝ないんです」
「馬鹿なのかな?身体壊したら、元も子もないでしょうに」
「馬鹿なんです・・・」
三バカに馬鹿と言われるコバ。
多分、ここに居ると皆馬鹿になるんだと思う。
「換気しなさい」
「シンナーじゃないから!」
「冗談だよ。ところでこのアッシーくんのメンテは、お前等でも出来るの?」
「簡単なメンテだけなら。もう不具合出ましたか?」
「長旅をする場合、どうすれば良いかなと思って」
「確認しておきます」
僕等はコバが寝たと聞いて、三人と別れた。
連合には官兵衛も連れて行く予定だ。
その時、このアッシーくんのメンテや換装はどうすれば良いか。
話を聞きたかったのだが、今回は見送る事にした。
「ところで魔王様。連合には誰を連れて行くつもりですか?」
「うーん、迷うね」
「連合は武力介入が厳しいと言われる国です。あまり目立つと、危険かもしれません」
そうなるとすぐに戦いたがる慶次は、真っ先に候補から外れるかな。
というか、又左も変わらない気もする。
イッシーは仮面が怪しいから、国に入れないかもしれない。
仮面外させて行くか、今回は留守番だな。
「蘭丸とハクト、佐藤さんかな。それと官兵衛の護衛に長谷部くらいか?」
「太田殿は?」
「うーん、留守番?」
「何を仰いますか!ワタクシ、地獄の底までお付き合いしますぞ」
「うおっ!」
後ろから大きな声で太田が行くと言ってきたり
官兵衛は気付いていたようで、その為に聞いたみたいだ。
「行くって言っても、ヒト族の国だぞ?太田みたいな目立つ奴、駄目じゃない?」
「そうでもあらへんで」
「ニック?」
長可さんとの支店の話は終わったらしい。
部下も街へ散策に行ったらしく、たまたま道で会った太田と長可さんの三人で歩いていたという。
「太田でも連合行って問題無いの?」
「確かに目立ちますわな。でも、護衛だと言えば全く問題ありませんわ。それに」
「それに?」
「目立ってナンボの商売!ワタシの会社の為に、目立って目立って目立ちまくりましょ!」
ワハハ!と笑うニックだが、それが悪目立ちとは思わないのか。
まあ連合の人間であるニックが大丈夫というなら、だったら問題は無いかな。
「ただ、あんまり大勢の魔族を連れて外から戻ると、ちょい面倒があるかも?」
「面倒って?」
「魔王様等はネズミ族でも妖精族でもない。何処から来たか聞かれると、答えづらいんですわ」
安土からって言うと、帝国との関係に影響があるからか。
確かに面倒になりそうだ。
「最悪の場合、奴隷の身分っちゅう話に持っていくので、それだけはご容赦下さい」
「奴隷!?魔王様が!?」
太田は怒るだろうな。
と思ったら、あまりのショックに立ったまま気絶したらしい。
その場から動かなくなった。
「魔族は四人。そのうち太田は護衛で、僕と蘭丸、ハクトは奴隷扱いって感じか。まあ、別に問題無いんじゃない?長可さんも良い?」
「本当に奴隷じゃないのなら、全く問題無いですね」
「じゃ、それで行きます。出発する時になったら、教えて下さい」
ニックはそう言って、再び一人で街へ買い物に行ってしまった。
簡単に言っていたが、太田がキレて殺されなくて良かったと思う。
「太田!起きろ」
「ハイ?」
「お前、ニック達の護衛になったから。僕達は奴隷になる。お前の指示で動くようになるから、頼むぞ」
「奴隷!?ワタワタワタクシの指示で!?何を言っているんですか?」
「太田隊長!頼みますよ。ちゃんと指示出し出来ないようなら、隊長は安土に留守番してもらいますから」
「阿久野軍曹!貴様には我が部隊の指示に従ってもらう!ニック大佐を連合へと護衛する任務だ。分かったな!?」