街造り
ワイルドタイガーの変異種。
この手のひらサイズの意味はそういう事らしい。
しかし可愛らしくても魔物。
やはり野性に帰すべきなのだ。
と思ったのだが、長可さんが気に入って自分が飼うと言い始めた。
それなら問題無い。
手のひら返しで僕は認める事にした。
別に洒落ではないよ?
コイツから肉片や血の汚れを全て洗い流すと、それは綺麗な白い虎になった。
ニックはこれまた希少だと言っていたが、既に長可さんが引き取ると決まっている。
そんな長可さんが名前を決めてくれと頼もうとしてきたので、僕は先手を打って断った。
ハッキリ言って、名前決めるの難しいんです。
彼女は残念そうにしながらも、すぐに寅次郎という名前に決めていた。
僕よりも明らかにネーミングセンスがあるので、最初から自分で決めてほしいと強く思ってしまった。
安土に戻ると、僕は変な物を見つけた。
異常な数の看板である。
極めつけは街中を走る宣伝カー。
そこにはマッツン衝撃デビューと書かれていた。
こんな事をするのはロックしか居ない。
僕は奴の事務所へ向かうと、ロックはたまたまマッツンと一緒に居た。
マッツンのレッスンが始まるというので見ていると、奴は両手を上げて急に叫んだのだった。
怒涛の三十二ビート。
その上げた手を腹に持ってくると、マッツンは気合の入った声を出す。
「せい!」
ポポポポポポポポポポポポポポポポーン!!
めちゃくちゃ良い音が響き渡る。
たまに入るロックの合いの手。
彼は無心に腹を叩き続けた。
「ラストォ!」
ポポポポーン!
彼は汗びっしょりになりながら、やり切ったと良い顔をしている。
「アハハハハハハ!なんじゃそりゃ!」
「むっ!俺様の特訓を見る奴は誰だ!魔王だと!?」
しかも今頃になって、僕の存在に気付いた。
笑える光景なのだが、それでも気付かないくらい集中していたのだろう。
「ロック、お前何仕込んでるんだ?」
「仕込んでないよ。彼は天性のスターだ」
スター?
ゴブリン限定だろ?
だがマッツンは、そんな僕の考えを見抜いたように言った。
「俺様が何故ゴブリン以外にモテなかったか、分かったぜ。それはな、俺のレベルが低かったからだ!」
「レベルだとぉ!」
この世界にそんな概念があったとは!
多分無いな。
まあ、練習とかそういう鍛えるって事をしてこなかったって意味だろう。
そして安土には、たまたま音楽に精通したロックが居たわけだ。
「彼はね、今までノリで叩いてたわけよ。それはもう、リズムなんかバラバラ。だから俺っち、そういうところから見てあげたわけ」
「ロックはすげー男だ。俺様の弱点を、一発で見抜いたんだからな」
お前の弱点なんか、上げればキリ無いわ。
言うと怒るので、言わないけどね。
「それで?お前はリズム良く叩けるようになったと」
「今ではエイトビートどころじゃねー!怒涛の三十二ビートまで手に入れたんだ!これなら長可さんだって・・・。グフ、グフフフ!」
だらしない顔だなぁ。
そういえば本物の長可さんが帰ってきた事を、コイツは知らないんだった。
でも敢えて言う必要も無いな。
「お前はこんな所に居るけどさ、他の仲間は何処へ行ったんだよ。カッちゃんとかナオちゃんとか」
「あぁ、皆ね。それがさぁ、俺モテちゃってモテちゃって」
「何だとぉ!嘘言うな!!」
こんなアホ狸がモテて良いはずが無い!!
だったら先に、僕がモテるはずだ!
僕の容姿は、前魔王を小さくしただけだぞ。
狸なんかより、絶対にイケてると自負する!
「マオっち。それがねぇ、嘘じゃないのよ」
「ロックまで!ま、まさか・・・」
本当にモテているというのかあぁぁぁぁ!!!
僕はあまりのショックに、膝から崩れ落ちてしまった。
頭の中には、もう一人の僕が叫んでいる。
【ふざっけんなや!俺達がモテなくてこんな狸がモテるとか。世界が狂ってる!!】
地団駄が踏みたい気持ちを抑えながら、僕は冷静になった。
僕の怒りは、兄が代わりに叫んでくれている。
僕がしっかりしなくては。
「モテたからカッちゃん達が居ないって、どういう事だよ。ケッ!」
「それがさぁ、万単位で来ちゃったもんだから、対応しきれなくてね」
「ま、万単位!?」
そんなに追っかけが増えたというのか!?
まさか、安土の人達もコイツの虜になった!?
「彼等の居場所が無いからね。だから長可ちゃんやゴリアテっちと話して、彼等に住む場所を提供しようという事になったんだ」
「・・・ん?」
話が見えなくなってきた。
居場所が無いから、住む場所を提供?
「まさか俺様のファンが、まだあんなに居たとはね」
「アハハ。敵襲と勘違いしたゴリアテっちの顔は、オーガだけに鬼の形相だったけどね」
アハハじゃねーよ!
今の話を聞くと、外からやって来た連中。
となると、これって・・・。
「ゴブリンがまた増えた?」
僕は慌ててイワーズ事務所を出た。
馬鹿二人と話していても仕方ない。
今の話が本当なら、長可さんに成り代わっているラビが大変な事になっているはずだ。
「魔王様!」
「その慌てた様子だと、ゴブリンの話聞きましたか?」
途中、走っている長可さんと合流。
どうやらこっちは本物のようだ。
「まさか私のせいで、ラビ殿に大きな負担が掛かってしまうとは」
「とにかく急ごう」
城にやって来た僕達は、ラビが働いている部屋へと急行。
扉を開けると、そこには書類の山が大量に重ねられていた。
山になった書類が邪魔をして、机に座っていると思われるラビの姿は見えない。
「ラビ!生きてるか!?」
「ま、魔王様ですか!?長可殿は?」
「ここに居るぞ」
「よ、良かった・・・」
次の瞬間、書類の山から現れたのは、小人族に扮したラビだった。
どうやら勘違いしないように、長可さんの姿は解いたみたいだ。
「ごめんなさい!私が出てしまったばかりに」
「頑張ったつもりだったんですが。やっぱりこの量は無理でした」
声に覇気が無い。
相当無理して頑張ったんだろう。
「ラビは休め。長可さんも帰ったばかりだし、この件は明日やりましょう」
「いえ、今からでも」
「駄目です。明日はニックとの話もある。今日無理してニックに甘い所を見せたら、丸め込まれますよ」
「・・・ではラビ殿も私の家に」
二人はそのまま執務室を出て行った。
キルシェとニックの漁獲量の件を見るに、奴は巧妙に何かをしてくる。
安土側にも税金を軽減させてくるような、そういう書類を作ってこないとも言い切れない。
下手に何も考えずにサインをしたら、僕達は搾取されるだけになるかもしれない。
「明日も大変だなぁ・・・」
一言呟いた後、僕は城に戻ったのでそのまま自室へと向かった。
翌朝、早速話そうと言わんばかりに、ニックが訪ねてきたという。
流石に長可さん達も準備出来ていないので、違うラーメン屋を教えて、一度帰ってもらった。
どうせだから腹一杯になって、頭の回転を鈍くさせようという魂胆で、野菜アブラマシマシニンニクはこの後大変だから勘弁してねと、ガッツリ系ラーメンを教えておいた。
そうこうしていると、ゴリアテが先に城へと来たらしい。
やはりゴブリンの一件で、話があるようだ。
「僕達が居ない間に、大変だったみたいだね」
「本当ですよ。マッツン殿は役に立たないし、本多殿と井伊殿が居なければ、安土は今頃混乱の真っ只中に入っていました」
「半ちゃんは?」
「服部殿も一緒です。あの三人には今、安土から離れた場所でゴブリン達をまとめてもらっています」
流石は徳川の重臣の名を持つ連中だ。
本人は役立たずだが、彼等は心強い。
「遅れました。ゴリアテ殿も、この度はご迷惑を」
「いえいえ!迷惑を掛けたのはマッツン殿ですから」
「ゴリアテの言う通り!アイツがちゃんとゴブリンに話をしていれば、こんな面倒は起きなかったんだ」
ハッキリ言って、ゴリアテやラビの愚痴の矛先はマッツンに向かうべきなのだ。
長可さんが王国へ行ったからこんな事になったとは、言いたくない。
「早速ですが、私からの提案があります」
彼女は昨日、帰ってからラビと話をしたらしい。
仕事はするなと言ったのに、やはりそういうところは真面目だなと思う。
「それで、提案とは?」
「安土の周りに街を作りましょう。安土の近くにはフランジヴァルドがありますが、もう少し外周を囲うように四方に街を作りたいと思います」
「凄い!よくそんな考えが思いつきましたね」
「実は帰宅途中、官兵衛殿ともお話ししまして」
ゴブリンの話をその時聞いた官兵衛は、男一人では危険だとロゼを連れてまた家にやって来たらしい。
その後、対策として安土の外周に街を作ればいいと要点を話して帰っていったとの事だった。
「だったら官兵衛も呼ぼう」
「すいません。遅れました」
「そ、それは!?」
「昨日、コバ殿に頂きまして」
ま、まさか!
完成していたというのか!?
「こ、コイツの名前は?」
「全自動歩行ロボ、アッシーくん初号機だそうです」
名前長いな。
つーか名前ダサい。
これはコバじゃなく、三バカが決めた気がする。
「街造りの件ですよね?」
「話が早いな」
官兵衛がアッシーくんから降り、早速街造りに関して話し合いが始まった。
「この街はゴブリン専用にしましょう。主には安土の防壁を兼ねるように、四方に配置。それを壁で全て覆います」
「ゴブリンの数なら、その防壁の上を回ってもらうだけで監視にもなりますね」
「ゴリアテ殿の仰る通り、これは外からの侵攻を発見するのに役に立ちます。彼等には安土の防衛と畑仕事をしてもらいましょう」
確かに、ゴブリンが大量に増えた事で食料事情が逼迫する可能性がある。
特に何もしないで、食料を与えるなど出来ない。
本来ならそういうのは、マッツンが考える事なんだがな・・・。
「長可殿は井伊殿と話し合い、ゴブリンの数を確認した方がよろしいでしょう。それだけの人数ですから、多少は手に職がありそうな連中も居るはずです」
「分かりました」
「ちなみにその街は、誰が治めるんだ?」
「それはマッツン殿達ですね」
マッツンはそういうの向かない気もするんだけど。
でもカッちゃん達は有能だから、手分けして任せたい。
そうなると一つだけ余るな。
「考えている事は、なんとなく分かります。だから三つの街は、本多殿、井伊殿、服部殿に任せましょう。残る一つは、今回訪れたゴブリンの中から選べばよろしいかと」
「それな!流石は官兵衛だ」
マッツンも今後は、ワケの分からん芸能活動するだろうし、絶対に断るはず。
だったらアイツ一人だけは浮かせておいて、他の連中を借り受けるとしよう。
「ゴリアテ殿は今後、ゴブリン達を鍛える者を探して下さい。複数人は必要となります」
「心得た。オーガの中で教えるのが上手い者を選抜しよう」
「今出来るのはこの辺りですかね。早速手の空いたノーム達に、街造りに入ってもらいます」
官兵衛が居ると、スムーズにコトが運ぶ。
僕はほとんど頷くだけで済むから楽だ。
「魔王様、しかし問題が」
「何?」
「王国にノームやドワーフを派遣すると言ってしまったので、明らかに人材不足です」
マジか!
キルシェの事を笑えない状況だったとは。
これはマズイな。
何か良い案があれば良いんだけど。
そんな時、部屋をノックする音が聞こえた。
「魔王様。ニックという方が再び面会を求めています」
「分かった。もう少ししたら・・・あっ!」
「どうしました?」
「いや、先に部屋に案内しておいてくれ」
僕は良い事を思いついた。
確実ではないが、案外大丈夫な気がする。
「何か思いつきましたか?」
「あぁ、別に魔族じゃなくても良いだろう?だったらニックを使って、連合から人材を引き抜こう。安土の方が利益があると思えれば、今の連合を見限った連中が来てくれるかもしれない」