男はつらい?
さよならローマン。
キミの勇姿は忘れ・・・そもそも勇姿なんて見なかったわ。
壁の中で惨殺されたローマン一行は置いといて。
ヤツの狙いは僕達に向いていた。
助走して壁を越えようと試みる化け物に、兄は投石で応じる。
再び壁の中に押し戻すと、官兵衛が妙案があると言ってきた。
その案とは、ハクトの音魔法で動きを封じた後、魔力感知に長けた兄と蘭丸による、欠片探しに集中するというものだった。
官兵衛も効果があるか分からなかったハクトの音魔法は、化け物の動きを封じる事に成功。
兄と蘭丸は欠片の魔力を探っていると、二人とも魔力が動いていると言った。
兄はとうとう覚悟を決めて、身体ごとその気持ち悪い肉の中へと突入していく。
伸ばした右手には、何やら動く物体を取り出した。
その正体は、右手サイズの小さな猫のような魔物だった。
瀕死の魔物を助けるべく、再び僕の出番になったのだが、いかんせん回復魔法だけでは間に合わない。
そこで考えたのが、兄の超回復の欠片を当ててから回復魔法を使うという方法だった。
おかげで元気になった子猫もどき。
誰も見た事が無いその魔物を知っていたのは、ビビリのニックだった。
しかし彼はこう言った。
こんなに小さいものは見た事が無いと。
「そもそも僕、ワイルドタイガーってのを知らないんだけど」
この小さな子猫もどきは、名前からすると虎の魔物になるようだ。
しかしそんな名前の魔物は、能登村に居た頃はおろか、安土周辺にも生息していない。
「ワイルドタイガー、知りませんのん?強い割にはあまり見ない魔物なんで。希少な魔物なのに変異種。これ、高く売れまっせ!」
「売るか馬鹿!自然に帰すよ」
魔物だし、やっぱり森に戻した方が無難だろう。
今は可愛くても、大きくなったら責任が取れるか分からない。
それは今も昔も、日本も異世界も変わらないと思う。
「ちょっと良いか?それ、欠片無しで森に放したら、また死にかけるんじゃないか?」
「確かに蘭丸殿の言う通りかもしれませんね。ワタクシ達が攻撃したから瀕死だったというより、元々弱っていた気もします」
蘭丸と太田の言葉を聞くと、皆も森に放すというのは反対らしい。
やはり、この見た目がそうさせるとしか思えない。
最初は肉片が動いているかと思って気持ち悪かったが、水で汚れを落としたら、出てきたのは子猫サイズの虎である。
気付けば皆が、指で突いたりして可愛がっているのだ。
僕としても、指を噛んでいるコイツを手放すのが惜しい。
だが連れて帰っても、誰が面倒を見るというのだ。
僕も含め、ちょくちょく安土を離れる事が多い。
飼い主としての責任が果たせないなら、最初から飼うべきじゃないと、僕は思っている。
「私が連れて帰りましょう。私は主に安土からは離れませんから。この大きさなら、仕事をしていてもさほど邪魔になりませんし」
と長可さんが言うので、誰も反対はしなかった。
え?
さっきと言ってる事が違う?
何も聞こえませんなぁ。
「長可さんには懐いてますね」
「俺達、毛を逆立てて警戒されてるからな」
「ワタクシ達は、攻撃したからかもしれないですね」
皆で指を出したりしてるけど、大半が噛まれるか避けられている。
ちなみに僕も噛まれている。
石を当てたのは僕じゃないんだけどなぁ。
「魔王様。ここ離れません?」
土壁を無くしたからか、バラバラになった元ローマン一行がそこらに転がっている。
ニック達はそれを見て、再び嘔吐していた。
正直これは、慣れている僕達でもあまり見ていたくない光景だし。
それには賛成だ。
「そろそろ行こう」
あの場を離れた僕達は、安土へと向かう事にした。
ローマン達に手を出された事をキルシェに訴えても良かったのだが、今はただの肉片。
既に責める相手はこの世には居ないし、だからといって家族に償ってもらうというのもどうかなと思う。
誰がローマンを殺したんだ!
と言われても、僕達には責任は無い。
その為に録画した映像は持ち帰り、もし王国から何か言われたら、それを見せようと思った。
「綺麗になりましたね」
「こうやって見ると、確かに見た目は綺麗だ」
「白虎ですやん!これまた珍しい。高う売れまっせ」
川の水で綺麗に肉片や血を洗い流して、乾かしてみた。
種族はワイルドタイガーというらしいが、やはり変異種という話だった。
ニックの説明によると、ワイルドタイガーの子供は人間の子供と同じくらいのサイズで、大きくなると三メートルくらいになるらしい。
それがこの手のひらサイズに加えて、毛色も白と変わっている。
ニックの目にはコレが魔物というよりは、高値のペットくらいにしか見えないのだろう。
「お前、あんな惨劇を起こした相手だって分かって言ってる?」
「それはそれ、これはこれ。そんなん、売る相手に黙っときゃ良いんです」
「悪どい奴だなぁ。どっちにしろ売らないけどね」
既に飼う気になっている長可さんから、取り上げる事は出来ない。
今では長可さんの肩か、ハクトの頭に乗っているのが定位置になっていた。
「魔王様。この子の名前を」
「決めません!やっぱり飼い主は長可さんなので、自分で決めて下さい」
「あら、残念。魔王様に決めてもらったら、お前も良かったのにね」
そんな事を言いながら、指で顔を突く長可さん。
フゥ、危ない危ない。
もう名付けはコリゴリだ。
決めてくれって話だから名前を言うと、凄く残念な顔をされるし。
だったら最初から、頼らないでくれよと言いたい。
「名前、どうするんです?」
「では、寅次郎にしましょう」
男はつらいんですかね?
そのうちブラブラするようになりそうな名前です。
「何故その名前に?」
「虎ですし、蘭丸の次の子なので次郎です」
あながち分からなくもない。
僕よりはネーミングセンスは良いと言える。
「だってよ。寅さん」
早速、イッシーがこの名前で呼んでいた。
そりゃこの名前なら、日本から来た僕等じゃあそう呼ぶよね。
「寅さんですか?」
「寅次郎って名前、俺達には有名なんですわ。ま、国民的に知られてる名前ですね。な、佐藤」
「そうですね。俺もリアルタイムで観てないけど、名前くらいは知ってますから」
長可さんは不思議そうな顔をしているが、有名と言われて満更でもない感じだ。
「そのうち安土でも有名になるかもね。幸運を呼ぶ、白い虎みたいな?」
「そうなったら私も嬉しいですね」
「そういえば毎回モテてた気もする」
「見せ物にしたら、がっぽり儲かりまっせ!」
「そんな事しません!」
ニックの言葉に、長可さんはお怒りである。
これから店や連合との外交は、長可さんが担当するというのに。
馬鹿な男だな。
そんな事を思いながら、トライクは走っていく。
ようやく安土が見えてきた。
往路とは違い、約二週間?
やはりニック達がネックだったと、言わざるを得ない。
とは言っても、流石に毎日揺らされていれば、彼等も多少は慣れてくる。
慣れてからは少し、一日で走る距離も長くなった。
「ここが安土でっか!ホンマ大きい城ですなぁ」
「連合には城無いの?」
「そんなんありません。連合は一人が偉いわけちゃいますから」
複数の代表が、取り仕切ってやってるんだっけ。
今はズル賢い三人が、利益を独占してるみたいだけど。
「今日は長旅の疲れを取る為に、お休みって事で。明日、長可さんに詳しい話を聞いてくれ」
「魔王様!」
「何?まだ、何かあるの?」
「ラーメン屋の場所、教えてくれません?」
着いて早々にラーメンかよ!
でも、ご利用ありがとうございます。
さて、僕等も帰って休みたいな。
約一ヶ月の旅路だったが、たったそれだけで変わった所なんか何も無い。
と思っていた・・・。
「な、何だこりゃ!」
街の至る所に、宣伝用の看板が建てられている。
醤油ラーメン、次の交差点を右に何メートルとか書いてある。
こっちにはとんこつだ。
これ、僕が説明しなくてもニックでも着いたんじゃないか?
多分、この街の人間じゃないんだろう。
ネズミ族やリザードマン、妖精族達が看板を見ながら指差していた。
【まさか、こんな物が出来てたとは。でも、役に立っているみたいだし、良い事なんじゃないか?】
それは否定しないけど、これはちょっと多過ぎだろう。
見間違いで迷う人も、現れそうだよ。
【確かに。これなら看板を減らして、案内所を数箇所作った方が分かりやすそうだ】
なかなか良い案だね。
というかこれ、誰が考えたんだ?
「ぬおぉぉ!!」
そんな事を言っていたら、驚きの光景を目の当たりにしてしまった。
「と、トラックが街中を走ってる・・・」
十キロくらいのスピードか?
ゆっくりと軽トラが走っていた。
ただし、驚いた理由が問題だ。
【これ、宣伝カーだよね?】
あぁ、荷台に看板が付いてる。
しかもその看板が一番驚いた。
「ゴブリン王マッツン、衝撃のデビュー。貴方は時代の先駆者を見る。意味が分からん」
もうマッツンになったんだ。
万里小路一夜って名乗ってたから、芸名はそっちにするのかと思ってたのに。
というか、デビューするんだ・・・。
まあ、あのおっさんと気が合いそうだもんなぁ。
「すいません」
「ハイ?えっ!?魔王様!?」
その辺歩いてる男性に声を掛けたのだが、やはり驚かれてしまった。
いきなり声を掛けたのがマズかったかな?
その人の声に、周りの人が皆振り向いてきた。
「あ、大した用ではないんだけど。あのトラックの看板の人について聞きたいんだけど」
「マッツンですか?今や安土で大人気ですよ」
「マジで!?アイツ、アイドルになったんだ」
「アイドル?違いますよ」
元ホストとして、アイドルのようなキャーキャー言われる存在を目指したマッツン。
彼はそのキャラクターから、絶対にロックの食指が動くと思っていた。
だが彼は、全く違う方向へと進められてしまったらしい。
これは面白そうだから、直接会いに行って揶揄うのがベストだろう。
「こんちわー」
イワーズの事務所を訪ねると、そこには色々な人達が働いていた。
受付の妖精族にロックの居場所を聞くと、彼は今レッスン中だという。
これまた面白そうだから、その部屋を案内してもらった。
「マッツンのレッスンだったのか」
「ファンは勝手に入って来ちゃ駄目だよ」
こちらを見ずに注意してくるロック。
マッツンも集中しているのか、こっちに気付かない。
というか、誰がファンじゃ!
「イテッ!誰よ!」
「誰よじゃねーよ!勝手にファン呼ばわりするな!」
「あ、あらぁ、マオっちだったのね・・・」
バツが悪そうな顔をしているが、それよりもマッツンだ。
未だに僕が来た事に気付かない。
「何の練習してるんだ?」
「少し静かに。彼は今、コンセントレーションを高めているのさ」
コンセントレーション?
カッコつけないで、集中力って言えよ。
「痛っ。何で俺っち叩かれたの?」
「なんとなく。それで、何の練習なんだよ」
「しっ!始まるよ」
目を閉じているマッツン。
静かに深呼吸をしている。
あまりに真剣な雰囲気に、僕も息を呑んだ。
だが、やっぱりそれは失敗だった。
目がカッと開いたマッツン。
両手を大きく上げると、彼は叫んだ。
「刻むぜビート!俺様の太鼓を聞きやがれぇ!うらあぁぁ!!怒涛の三十二ビートじゃい!!」