欠片の持ち主
欠片は兄の者だと、本人が言った。
どうやら高校時代に負った怪我が、欠片と起因しているようだ。
あの頃は荒れていた兄だが、心を入れ替えて懸命なリハビリをしていたのは知っている。
牛乳やら青汁は、見ていて気持ち良いものではなかったけど。
欠片が原因で超回復の力を持っていると分かった今、その欠片を取り除けば良い。
そして誰もがそれを拒否した。
自分の欠片は自分で取り戻せ。
あんな肉片に手を突っ込みたくない僕は、勝手に兄と交代した。
高笑いするローマンにキレた兄に、僕は嫌がらせを提案。
又左達を起こして作戦を開始すると、兄はローマンを挑発した。
僕には言い負けるが、ローマンに勝てた事がご満悦のようだ。
又左達が回り込み投石したおかげで、徐々に近付いてくるローマン一行。
頃合いを見て、長方形の壁で化け物とローマン達を覆った。
彼等はツムジに使っていたような、隷属の首輪という物を化け物に装備させていたらしい。
絶対に攻撃されないと高を括っていたみたいだったが、それもイッシーの攻撃で壊されていたようで、気付けば悲鳴が聞こえた。
しばらくして兄は壁から中の様子を見ると、そこは阿鼻叫喚の光景が広がっていたのだった。
「南無、ローマン」
俺は直接会っていないが、この死に方を見たら悪い奴でも、一言くらいは言ってあげようと思った。
予想外にあの護衛達は弱かったようだ。
太田や佐藤さん達と比べるのは可哀想だが、それにしても簡単にやられたもんだ。
「魔王様、中はどないでっかー?」
「バラバラだー。どの身体が誰の腕と足だか分からないな。見たいなら壁の上まで案内するけど」
僕がそう言うと、ニックは顔を青くしてハクトの後ろへと下がった。
まあ、こんな光景は見たくて見るもんじゃないな。
「マオくん。どうするつもり?」
「うーん、どうしようかな」
肉片をズルズルと引き摺りながら、俺から少し離れていく。
最初は逃げる為にこっちに来ていた、ローマン一行のバラバラの死体でも食べるのかと思ったのだけどな。
死体はお気に召さないのか、別の意図があるのか。
距離を取る意味が分からない。
俺、化け物に避けられてる?
化け物にすら嫌われるのは、微妙な気分にさせられる。
(違う!これは)
弟が何かを言おうとしたが、その意味は全て聞かずとも分かった。
「やばっ!」
俺から離れたのは、ヤツが助走距離を取る為だった。
長方形の形に壁を覆ったのがマズかったか?
ヤツは目一杯後ろまで下がると、振り返り急にダッシュし始めたのだ。
あの巨体で、どれだけ飛べるのかは分からない。
だけど飛び越える自信があるから、助走したんだと思う。
俺は咄嗟に、壁の一部から丸い石を作り出していた。
「えいっ!」
やはりお世辞にも、俊敏性があるとは言えない。
俺の投げた石が頭らしき場所に命中し、ヤツはひっくり返った。
そして、当たった場所から肉片が飛び散っている。
「ウエェ・・・。アレの中に手を突っ込むなんて。これはマジで苦行だぞ」
誰か手伝ってくれそうな人は・・・。
壁で覆った事で休息している皆の方を見ると、視線に気付いた誰もが目を逸らす。
分かっていた事だが、これはこれで悲しい。
だが、一人だけ俺と視線が合った奴が居た。
「キャプテン!」
「お、太田ぁ!手伝ってくれるのか!?」
やっぱり奴は素晴らしい。
俺が頑張って仕込んだだけの事はある。
「ワタクシがあの化け物を、バラバラにしてやります!粉々に砕けば、再生しないと思われます」
「粉々に砕くって、俺の欠片も壊れるだろうが!手を突っ込んで探すんだよ!」
「そ、それはちょっと・・・」
触りたくないからバルディッシュで壊します。
奴の考えはそういう事なんだろう。
使えねぇ!
(流石は兄さんが仕込んだ太田だね。ププッ!)
この野郎、馬鹿にしてんだろ!?
(自分がやりたくないんだから、他人だってやりたくないんだよ。それは太田も同じだったね。兄さん、ねだるな。勝ち取るんだよ!)
お前が一番他人事じゃ!
このボケ!
頭の中の声が一番ムカつくって、どういうこっちゃ。
「魔王様。少し考えがあります」
「官兵衛!流石は官兵衛!何か良い案が?」
「効果があればの話ですが」
俺は多分、今満面の笑みを浮かべていると思う。
それくらい嬉しかった。
「どういう案なんだ?」
俺は壁から降り、休憩を終えた連中と交代した。
牽制だけしてくれと頼み、特に手出しはしない方向で頼んでおいた。
理由は、攻撃を仕掛けて官兵衛の作戦に支障があると困るからだ。
「オイラが考えたのは、動けなくしてから欠片の位置をじっくりと探すという案です」
「動けなく?手足を斬り落とすのか?」
「いえ、そこはハクト殿に頼りたいと思います」
「僕?」
「アイター!」
ハクトも自分の名前が出てくるとは思わなかったようだ。
気を抜いてたのか、後頭部をニックの顔にぶつけた。
涙目のニックに謝るハクト。
怖いからと、ずっと後ろに居るのが悪いのだ。
「ハクト殿の音魔法で行動不能にします。その後、動けなくなったヤツを観察して、蘭丸殿と魔王様の二人で欠片の位置を見つけるのです!」
「それは分かった。でも、何故ハクトに音魔法を頼むんだ?」
「音魔法に関しては、魔王様よりハクト殿の方が精密だからです」
官兵衛の説明でハクトは照れている。
(その説明を補足しよう。僕が使うと、多分聞こえる人全員が動けなくなる。加えて、化け物が言葉の意味が分からなければ、ヤツが止まる事は無い)
それって、俺達全員の動きが止まって、化け物は動けるかもしれない?
(最悪の場合、その可能性がある)
そりゃハクトに頼むしかないな。
うーん、魔王なのに使えませんなぁ。
(うるせー。他人にばかり頼ってないで、自分の手で探せよ)
さてと、空耳は無視して。
「ハクト、頼むぞ」
「任せて!」
「ハクトはん!行かんといて!」
ハクトが居なくなって、前が心細いニック。
両手が誰かの背中を掴もうと、慌ただしく動いている。
勿論、長可さんは笑顔でお断りしていた。
「ハクト!」
「異形の虎よ、その身体を地に伏せるが良い!」
化け物の身体が、地面へとへばりついた。
これが寝ている体勢なのか?
「蘭丸!今なら化け物は動かない。近付いて、俺の欠片の位置を探るぞ!」
「了解だ」
俺と蘭丸は壁の内側へ飛び降り、化け物の方へと近付いていく。
さっきの助走でヤツが蹴飛ばしたローマン達の頭や手足が、そんじょそこらに転がっていた。
これはその辺のお化け屋敷なんかより怖いな。
「見つかったか?」
「身体の上の方じゃないな。下から反応がある」
蘭丸も俺と同じ意見のようだ。
となると、寝ているようなこの状況は、少し確認しづらい。
しかし体勢を変えてくれとは、化け物に言っても通じるわけがない。
俺は集中して、自分の魔力を探った。
「ん?」
「気のせいか?」
「もしかして、蘭丸も感じた?」
「お前もか」
蘭丸もという事は、気のせいではないらしい。
どうやら欠片の位置が、身体の中で動いているっぽい。
どうやって動いているのかは不明だが、段々と身体の後ろの方へと移動しているのだ。
速度的には物凄く遅い。
もしかして、消化されてる?
「糞と一緒に出てこないよな?」
「それは・・・無いとは言い切れないけど。でも、位置は大体分かった」
「マオくん!そろそろ魔力が!」
流石に長時間止め続けるのは、無理があった。
ハクトの魔力が、そろそろ危険水域に入ったみたいだ。
「マオ、早く欠片を取るんだ」
「お、おう・・・」
「ハクトの魔法が解けたら、もう機会は無いぞ!」
「分かってる!」
分かってるけども、この中に手を突っ込む奴の気持ちになってくれ!
あまり直視しないようにしていたが、いざ欠片を探す為にじっくりと見てしまったんだよ。
それは少しピンクがかった内臓のようなテカリを発して、ヌメヌメと動いている。
攻撃した箇所は血が夥しく流れていて、飛び散った肉片が再生しようと戻っていく。
それを見ていると、俺の手も取り込まれないよな?という不安が、俺の心を押し潰そうとしてくるんだよ!
「マオくん早く!」
「くそがあぁぁぁ!!南無三!」
俺はピンク色の内臓のような身体に、おもいきり手を突っ込んだ。
いや、それは正確な答えじゃないな。
ヤツの身体が大き過ぎて、俺は身体ごと中に入ったのだ。
生の鶏肉に頭から突っ込んだような、何とも言いようが無いその感触。
生きているからなのか、肉壁が俺を押し出そうとしてきたりもした。
とても気持ち悪い。
見つけた!
俺の魔力が後ろへと移動しているのが、ハッキリと分かる。
手を伸ばしてそれを掴む事に成功!
しかしその直後、俺は驚かされた。
欠片が逃げようと、ジタバタと暴れるではないか。
おとなしく俺に戻りやがれ!
暴れている欠片ごと手を引っこ抜き、俺は肉壁から身体を出した。
右手に自分の魔力があるのを感じる。
「取り戻したぞ!」
「やったなマオ!ってお前、何だそれ?」
「あ?何か暴れてるんだが」
右手には、血だらけ肉片まみれの何かが蠢いていた。
とにかく欠片を抜こう。
俺は爪で欠片を取り出すと、それは徐々に弱々しくなっていく。
「何だろう?」
血を拭いて肉片を取っていき、中の動く物を見た。
「何かの生き物?子猫?」
「ちょっと水をかけてみるか」
蘭丸の水魔法で血を流すと、そこには片手サイズの猫のような生き物が居た。
「死にかけてるな」
「か、回復魔法!」
俺は慌ててハクトを呼ぼうとしたが、そういえば魔力がヤバイんだった。
誰か!
誰か此奴に回復を!
(誰かって、自分でやりなさいよ)
僕は回復魔法を右手に向かって使用した。
しかしなかなか回復しない。
弱々しく手足が動くものの、起き上がるほどではなかった。
「あんまり効果が無いな」
「欠片を当ててみたらどうだ?」
蘭丸のアドバイス通り、左手に持った欠片を頭に軽く当てながら、回復魔法を使ってみた。
すると手足が普通に動くようになってきた。
凄い回復力だ!
もう少しこのまま回復させ続ければ、普通に立てるかもしれない。
回復をしている間、蘭丸は残った大きい方の肉片を警戒していた。
僕の考えが正しいなら、このチビが居なくなった肉片はもぬけの殻になっているはず。
動くはずはないのだが、それでも万が一を考えると、警戒は怠れない。
「おぉ!元気になった。イテッ!いや、痛くない?」
指に噛みついてきたが、甘噛みされているような感覚だ。
そしてしばらく動かない肉片を見て、皆も降りてきた。
どうやら、右手にある小さいコレが気になるらしい。
「正体は何だったんですか?」
「分からない。こんな魔物見た事ある?」
「俺は知らないな。佐藤は?」
「知らないですね」
子猫のような魔物なのだが、誰も知らないという。
とりあえず壁も必要無くなった。
全部取り壊して長可さんや官兵衛達の下に戻ると、そこには情けない姿の男が居た。
官兵衛の後ろに隠れているニックだ。
壁が急に崩れた事に驚き、官兵衛を盾にしていたらしい。
苦笑いの官兵衛だが、これはダサ過ぎる。
「コレが欠片の持ち主だったらしいんだけど」
「猫ですか?可愛いですね」
長可さんが人差し指で頭を撫でている。
どうやら彼女も知らないようだ。
「猫?ワタシが恐れていたのが猫だと?こいつぅ!ビビってなんかおまへんで!」
長可さんの言葉を聞いて、急に強気になるニック。
なかなかのダサさだ。
僕の右手を覗きにきたニックは、ジッとそれを見つめた後に、真顔になって言った。
「どれどれ?んー?ちょいコレ、ワイルドタイガーの子供ですわ!でもこんな小さいのは初めて見るし、変異種ちゃいます?」