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視線の相手

 俺は見た。

 振り返った瞬間に、奥の草むらが微かに動いたのを。


「とりゃー!」


 動いた場所を確認し、物凄い勢いでダッシュ。

 そのままヘッドスライディングのように草むらに飛び込んだ。

 絶対に逃がさない!

 両手を前に出し、相手の身体を掴もうと手を伸ばした。

 が、しかしそこには誰も居なかった。


「うわぁぁぁ!!」


 顔面から着地して顔を擦る。

 痛い・・・。


「おかしいな。さっき見た時は、絶対に誰か居ると思ったのに」


「大丈夫ですか?やはり勘違いだったんですかね?」


 チトリがそう言って、周りを見回している。

 しかし誰も居ないようだった。


「でも草が擦れた音も聞こえたし、間違いないと思うんだよなぁ」


 でも見つからなかったし、他の人に絶対とは言い切れない。

 分かってもらえないこの悔しい気持ちを乗せて、その辺の小石を草むらに投げ込んだ。


「ニャッ!?」


 バッと全員が振り向く。

 そう、俺だけが反応したんじゃない。

 全員が反応した。

 これはもう勘違いとは言えない。


「お前等も聞いたよな?」


「はい、聞こえました。やはり何かが居ますね」


「僕もようやく聞こえた。でもおかしいよ?聴力に優れているウサギの獣人の僕が、足音も何も聞こえないなんて」


 この中で一番大きい太田が、上から覗き込むように周りを探っている。

 そしてハクトが重要な事を言った。

 足音すら聞こえない相手とは、一体どんな存在なんだ?

 敵だとしたら、俺達は気付く事無く一方的に攻撃をされてしまう。

 いつ来るか分からないのだ。

 それは索敵に気を張り続け、休む暇すら与えてもらえないという事を示唆している。

 敵が分からないという事が、こんなに恐ろしいとは・・・。


「もう一度、石を投げてみるか?」


「いや、今度は一斉に八方に投げよう。ハクトだけが索敵に力を注いでくれ」


 蘭丸の提案で皆で投げる事にした。

 何処かで違和感を感じたら、ハクトが方角を指示。

 それに向かって俺が全力ダッシュする作戦だ。


「よし、行くぞ?いっせーの、せっ!」


「・・・南西!」


 よし!今度こそ!


「とりゃー!!」


 俺はガッチリと掴むべく、今度は大人の腰辺りを目掛けて飛び込んだ。

 しかし、やはり誰も居ない。

 誰も居ないんだが、代わりに違うモノを見た。


「ニャー!」


 飛び込んだ反対の方向に走っていく猫。


「猫だ!」


 皆して同じ事を言っている。

 そりゃ見れば分かるよ。

 俺もすぐに起き上がり、その猫を確認した。

 白と黒の長毛の猫。

 これが俺達を監視?していた犯人のようだ。


「この猫、普通の猫だよな?」


 ラコーンが皆に問い掛ける。

 が、それは無い。

 何故ならハクトが気付かない猫だ。

 普通ではない方なんだよ。


「残念ながら、普通ではないですね。獣人の僕が気付かない動物なんて、魔物じゃない限りありえませんよ!」


 ハクトは自分が言った事を噛みしめるかの如く警戒している。

 見た目はただの猫に対して、額に汗を流すほどの警戒っぷりだ。

 それほどまでに異常だと感じているらしい。


「でも可愛いですよ。ほら、おいで」


 シーファクは見た目で判断しているのか、無警戒に手を差し出している。

 その猫も知らない人からの手を警戒してか、ちょっとだけビクッってなった。

 近付こうともしない猫に痺れを切らし、捕まえようと躍起になり始めた。


「この、ちょっとは撫でさせなさいよ!」


「なんか綺麗な顔の人の割に、子供っぽい人ですね。もっと大人の人だと思ってました」


 ハクトが追い掛け回す様子を見て、感想を述べる。


「まあそれなりにまだ若いから。それに十代の時から軍に入っていたし、周りは大人だらけだったから気を張っていたからね。こういう姿は普段見せない奴だから。俺達には隠さないけど、軍の人間にはそれなりに怖い娘だと思われているんだよ」


 ラコーンが丁寧に説明してくれた。

 この人、見た目は大きくて威圧感あるけど、多分人柄は一番温厚そうだ。

 隣のチコリもさっき少し話したけど、ちょっと幸薄そうな顔してるけど愛想は良い。

 ただ、スロウスだけはよく分からない。

 めっちゃ無口なのだ。

 たまにボソッと何かを喋っている気もするけど、そっちに気を向けてないと聞こえない。

 ほら、今何か喋った!


「可愛いな・・・」


 おい!どっちだ?

 猫かシーファクか?

 お前どっちに対して言ってるんだ!?


「あーもう!この子速過ぎ!」


 追いかけっこは終わったようだ。

 シーファクでは無理だったようだな。


「今度は俺がお相手しよう。俺のターン、出でよ!雑草の根っこ!」


(雑草の根っこって・・・。言い方がちょっとしたドラゴンが出そうな言い方だったよ)


 そこはカッコよく言いたかったのだ。

 フッフッフ、これでお前も根っこの誘惑には勝てまい。

 根っこをユラユラと揺らし、猫の前に持っていく。


「・・・フッ」


 コイツ、鼻で笑わなかったか?

 俺の事を馬鹿にしただろ!?

 この野郎、絶対に許さん!


(まだ野郎か分からないけどね。メスかもしれないんだから)


 そういう事はいいんだよ!

 ちくしょー!

 まだ俺のターンは終わらないぜ!


「太田!ちょっと来い!」


「何でしょう?」


「お前、牛乳出せ!ほら、その大胸筋なら沢山出るだろ。出せ!」


(兄さん、もうターンエンドだよ・・・。流石に皆呆れてるよ)


「それはちょっと・・・。頑張っても無理かと」


「・・・魔王って、こんなアホだったっけ?」


 チトリくん、キミは後で太田と同じ筋トレを課そう。

 ズンタッタも苦笑いしてないで、追うんだよ!


「どうにかしてモフりたいな。絶対に捕まえてやる」


「魔王様、私もお腹に触りたいです!」


「よし、二人で肉球もプニプニしよう!」


 シーファクとの友情を感じながら、挟み撃ち作戦だ。

 ゆっくりと間合いを詰めて、


「このやろ!ダアァァ!速いな!」


 どうしても逃げられる。

 もう無理かな・・・。


(交代だよ。多分捕まえられると思うんだけど)



「ちょっとだけ動かないように見てて。上から網を落とすから」


 創造魔法でこういうの作れば、一発でしょうよ。

 本当に何やってんだか。


「スリー、ツー、ワン、それ!」


 見事に猫の真上に投網成功。

 簡単じゃないか。

 って、え?


「今、網の中に居ましたよね?何で出てきてるの?」


「俺も確認したが、見間違いではないはずだ」


「私も見ましたよ。これは、魔物の類の猫なのでは?」


 今まで傍観していたズンタッタまでもが、驚いていた。

 僕の作戦が失敗というより、この猫の異常性に驚きを感じる。



 それから一時間、どんなに頑張っても捕まらなかった。

 僕の魔法も全てすり抜けるし、兄さんの身体強化でも捕まえられない。

 詰みだなこりゃ。


「あ~!もう降参だ!お前は凄いよ。僕の負け」


 疲れた僕は、地面に寝転がった。

 この世界に来て、本気で負けを認めた瞬間だった。

 今まで野球や勉強、そして戦闘もしてきたけど、負けた事なんて無かったからね。

 蘭丸とハクトの人気に負けている?

 負けてないです。

 だってオーガには僕の方が人気あったし!

 子供だったけど、僕の方が人気者だったし!

 認めたくないものだな、って赤い人も言ってるぞ。


「ニャァ」


「ん?」


 さっきまでの追いかけっこは何だったのか。

 自分から近付いてきて、寝転がる僕の顔を舐めた。


「なんだよ・・・。待っていればよかったのか」


 猫を抱き上げて、ひとり呟く。


「魔王様、私も触りたいです!」


 二人で頭を撫でながらニヤけていた。

 すると、猫の身体が急に透けて居なくなってしまった。


「うーん、やっぱり特殊な魔物だったんでしょうか?」


 シーファクは名残惜しそうにしながらも、こちらに聞いてくる。

 あの猫は何だったんだろうね。


「魔王様、その右手に持っている紙は?」


 ん?紙?

 契約書って書いてあるんだけど。

 何だろ。

 あ!マジか!!


「今の猫、召喚獣らしい。何もしてないんだけど、契約してもらえた・・・」


「エエェェェ!!」


 そりゃ驚くよね。

 ズンタッタ達は勿論、魔族である蘭丸達だって初めて見たのだから。

 そして、とうとうアレを言う時が来たようだ。


「召喚獣ゲットだぜ!」


「おめでとうございます!魔王様!」


 太田は初めての仕事と言わんばかりに、今の出来事をメモしている。

 いつか本にする為に、記録として取っているのだろう。

 それで、この猫はどんな召喚獣なのかな?


「なになに?召喚獣、まねき猫!?」


 まねき猫って召喚獣なのかよ!

 まねき猫に攻撃手段って、噛みつくか引っ掻くしか思い当たらないぞ!?


「まねき猫、それは貴方に色々な人物や出来事を招きます。どんな人物や出来事かは分からない。大金をもたらす人物かもしれないし、災厄を招く出来事かもしれない。人だけでなく精霊悪魔に事象まで、なんでもござれ!まねき猫が現れた時、それは何かを招いた証拠。何が来るかは運次第。招かれざる悪魔でも、貴方が招いたのです。さあ貴方もレッツまねき猫!」


 レッツまねき猫って何だよ!

 コイツ召喚獣なのに、召喚出来ないし。

 勝手に出てくるらしい。

 野生動物と変わらんじゃないか!


「ヒト族の我等でも、その契約書って読めるんですね。しかも召喚獣って、思ってたのと違うし。読んだ感じ、ある意味強制的な賭け事ですよね」


「俺も同じ事を思った。自分の意思で出せないとか、怖いにもほどがあるぞ!」


 ラコーンと蘭丸は同じ意見のようだけど、ちょっと反論させてほしい。

 僕の意思で契約したわけじゃない!

 気付いたら契約書持ってたんだから。

 この紙破るとどうなるか気になるけど、流石に怖くて出来ないし。

 もしまねき猫が死ぬとかって意味だと、後味悪すぎる・・・。


「皆もあの猫を見かけたら、何かが起きると思っておいた方が良いんじゃないですか?僕等でも確認出来ましたし」


「ただ、足音も無く忍び寄ってくるのを考えると、怖いですよね」


「知らずに振り返ったら頭をスリスリしてきたり・・・。あぁ、可愛い!」


 皆思うところはあるようだけど、まあ受け入れてもらえたって事にして。


「いつ出てくるかも分からんしな。皆も頭の片隅に仕舞っておいてくれ」


 さて、早々簡単に出てこない事を祈るよ。




 東を目指して一週間ほど経ったか?

 とうとう出ました!まねき猫。

 白黒の長毛で、尻尾をフリフリしながらこちらを一瞥。

 お前等の運命はこれだよ?的な、上から目線が垣間見える。

 俺達、精霊になめられてるのだろうか?


「見ちゃいましたよね?皆、見えちゃいましたよね?」


 おいおい、そんなお化けが見えちゃったみたいな反応やめてくれよ。

 一応は俺の召喚獣なんだから。


「また頭撫でさせてくれないかなぁ?」


 その仕草も可愛いけど、もうちょっと警戒してね?


 こちらを見るなり、明後日の方向に走っていくまねき猫。

 追ってこいって事かな?

 追わなければ、その人物や出来事に遭わなくて済むのかな?

 でもイイ事だったら惜しいし。

 あー、ホントにギャンブルだな!


「よし、追うぞ!何かが待っているはずだ!」


 追う事数分。

 これはちょっと・・・。


「お前等、しっかりと仕事しろよ!?コイツ等捕まえたら、一匹につき金貨三枚らしいからな。立派なヤツは更に上乗せしてくれるぞ!?」


 明らかにハズレだろう。

 だって、傭兵達だもの。

 多分、俺達の敵だろう。


「魔物ですかね?捕まえているようですが、魔物が何故あんなに従順なのでしょう?」


「うーん、この角度からだとよく見えないな。何かをしているように見えるけど」


 飛び出して傭兵と敵対するのも簡単だ。

 だけど、その近くの魔物まで暴れだすと話が変わる。

 しかも傭兵に従順な事を考えると、こちらにしか攻撃してこない可能性もあり得るのだ。

 このまま見過ごすという手も無いわけでもないが。

 まねき猫が関係している手前、何かがある気もするんだよなぁ。

 どうしたものか。


「魔王様、私達が参りましょう。おそらくあの傭兵は帝国に雇われた連中でしょう。ミスリルの鎧を着た兵を見れば、帝国軍と勘違いしてくれるはず。詳しく調べてまいります」


 おぉ!ズンタッタ、こういう時は随分と頼もしい。

 ズンタッタ案に乗り、僕等は隠れてやり過ごし、ズンタッタ達ヒト族だけで出ていってもらった。


「お前達、何処の軍の者だ?」


「何者だ!?帝国兵?何故ここに」


 それらしく登場していくズンタッタ。

 警戒されながらも、堂々とした態度のズンタッタに質問を返す。


「私はズンタッタ。ドルトクーゼン帝国子爵のズンタッタ・ヒポポタマスだ」


「貴族様!?ハハァ!」


 流石は貴族。

 ズンタッタの名乗りで、皆信用したようだ。

 そして彼等のやっている事を詳しく聞いている。


「なるほど。軍の依頼でこの輪っかを身体に着けていたと。よく暴れないものだな」


「ヘイ!コイツが調教師持ちなんですよ。完全に操るには時間がかかりますが、おとなしくしてもらうだけなら出来ますので」


「それでおとなしいのか。この輪っかを着けた後はどうするのかね?」


「俺達には知らされてませんな。誰かが回収に来るんじゃないですか?」


「そうか。仕事の合間にすまなかったな。では私達は、リザードマンの町の襲撃を手伝いに向かうとしよう」


 離れた所で待機していた僕等の元へ戻ってくる。

 彼等のやっていた事を確認して、なんとなく思った。


「それ、洗脳じゃないか?もしくは契約か」


「精神魔法ですか!?しかし魔族はおりませんでしたが」


「その輪っか、クリスタル付きなんじゃないかな。最初から精神魔法が付与されていて、装着したら発動するとか」


 多分というかほぼ確定だと思う。

 ズンタッタからクリスタルの話を聞いていなければ分からなかっただろうけど、状況的にそうとしか考えられなかった。

 おそらくはこの魔物を、リザードマンにぶつける魂胆だったんだろう。

 オーガの町とは離れているし、現地調達の捨て駒といった感じか。


「どうします?魔物の輪っかを外しても、今度は命令を聞かずにこちらに向かってくる可能性もあります」


「・・・頂いちゃおうか?」


「え?」


「その輪っかごと、魔物兵としてもらっちゃおう」


「そんな事出来るのですか!?」


「いいかい?神の国にはこんな言葉がある」


「か、神の国の言葉・・・」 


 ゴクリと息を飲み、皆がその言葉を待っている。




「お前の物は俺の物、俺の物は俺の物、だ!」

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