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進水式その2

 睡蓮改め撫子となった彼女達は、キルシェに感謝して帰っていった。

 僕としてはキルシェ達にもお帰りいただいて寝たかったのだが、朝食を無理矢理勧めてきた挙句に進水式の話をしながら全員で食べる事になった。


 進水式では僕達は、別々に行動する事になるらしい。

 魔族が大勢で現れるのは、貴族を刺激してあまり良くないという。

 大勢と言っても十人に満たないのだが、それでも反魔族派がうるさいとの事だった。

 不参加でも構わないと僕は思ったのだが、反魔族派に笑い物にされるだけと言われると、皆が参加を希望する。

 結局、佐藤さんと斎田の二人が護衛役をやる事で、この話は落ち着いたのだった。


 船は予想以上に大きかった。

 先端には大きな杭があり、海獣を倒す為だという。

 キルシェはこの船に、王国の命運を賭しているようだ。


 甲板で待っていると、反対側から大勢の貴族達が上がってきた。

 彼等が反魔族派らしい。

 その一人のバッファ子爵とやらが、ちょっかいを出してきた。

 取り巻き貴族なんか、僕の敵ではない。

 彼を言い負かすと顔を真っ赤にした子爵だったが、それもすぐに青くなった。

 エーレンフリート本人が、彼をたしなめたからだ。





 言い負かされた彼は、エーレンフリートの言葉通り下がった。

 しかし彼は、顔を上げる事が出来ていない。



「バッファ子爵。良い事を教わったではないですか。相手を知らずに剣を向けるなとは、確かにその通りですよ」


「は、はい・・・」


 彼の肩に軽く手を置くと、バッファ子爵の耳元で何かを囁くエーレンフリート。

 その後バッファ子爵は、顔面蒼白で取り巻きの中に戻っていった。



「いやぁ、私の友人が失礼な事を申してすまない」


「気にしてないですよ。そもそも、気にする程の相手でもないのでね」


 僕の言葉のジャブに、彼はどう対処するか?

 様子見で言ってみたのだが、やはり歯牙にも掛けなかった。



「魔族のトップである貴方には、王国の子爵など関係無いですからな。当然でしょう。自己紹介が遅れました。私はエーレンフリート・フォン・ウルリッヒ侯爵。以後、お見知りおきを」


「はじめまして侯爵殿。僕は安土の領主にして魔王」


「阿久野マオ。真の王と書いて、マオ殿ですよね」


「ご存知でしたか」



 うーむ、ちゃんと字まで知ってるとは。

 意外とフレンドリーな気もするんだが、僕騙されてる?



「ところで魔王殿は、安土が燃やされたとか?」


 うぐっ!

 こう来るか。



「え、えぇ。不在の時にちょっと・・・」


「部下の方々では、守りきれなかったので?」


「奇襲だったのもありましたから」


「奇襲程度で燃やされると?安土はセキュリティーが甘いですな。そんな事では部下も失い、領民を守れませんぞ」


「いやぁ、耳が痛いですね。ハハハ・・・」



 ぐうの音も出ません。

 あまりに正論で、僕では太刀打ち出来ない。

 百戦錬磨の腹黒貴族に口で勝とうなど、考えが甘かったらしい。


 しかしその後に出てきた言葉は、僕も少し耳を疑った。



「とは言うものの、我が国も変わりませんがね」


「変わらないとは?」


「王族同士で潰し合い、その隙を突かれて他国からの侵略まである始末。これでは我々貴族は、国を守ろうなどという気はサラサラ起きませんよ」


「ほぅ。エーレンフリート侯爵は、キルシェ陛下が国王に向かないと?」


「私の口からは、そこまでは言いません。しかし、周りの皆さんはどう思っているのやら」


 なるほど。

 自分では言わずに、周りを煽動するという感じかな。

 まあ言わないようで言ってる気がするけど、彼の中ではそういう事なんだろう。



 でもそうなると、誰が王に相応しいと思ってるんだろう?

 自分自身が向いてるとか言ったら、それこそ国家叛逆罪とかになる気がするんだけど。

 本人に聞いてみようかな。



「キルシェ陛下は、確かに甘い面もある気はしますね。エーレンフリート侯爵なら、誰を推しますか?」


「キルシェ陛下も頑張っておられるのですがね。私なら、ラインダース公爵が相応しいかと。彼が王になられたなら、我々は全力で支える所存です」



 ラインダース?

 誰それ?

 と思ったら、取り巻きの中で一際豪華な服装の人がそうだった。

 照れながら周りの取り巻きから、持て囃されている。

 どうやら、傀儡として扱いやすい人物を準備しているらしい。



「僕はキルシェ陛下を応援しますよ。今回の船に、僕も賭けてますから」


「そうですか。お子様な、失礼。見た目がお子様な魔王様には、政治など分かりませんでしょう」


 おい、何故言い直した。

 逆にもっと酷くなってるじゃないか!

 ここで怒ると負けだ。

 冷静に、あくまでも冷静に。

 アイアムクール。



「しわくちゃなおっさんになるよりは、見た目が子供のままの方が良いですよ。若作りするのも、大変そうですね」


「ハッハッハ!これは痛い所を突かれましたな」


 笑ってるけど、目は笑ってない。

 若作りしてるのは本当らしい。



「魔王様、そろそろ始まりますので、ご自分の席へお願いします」


 案内人が促してくると、向こうも同じ事を言われているらしく、この場はイーブンで終わった。

 多分イーブン。

 言い負けたとは思っていない。





 いよいよ進水式が始まる。

 キルシェが登場すると、左右に見える街からは拍手と歓声が凄い事になった。

 薄い桃色のドレスに包まれた彼女は、喋らなければ綺麗だ。

 桜に合わせて桃色にしたのかな。

 とても似合っている。

 そしてキルシェの人気は、そんなに悪くないようだ。

 愚姫と呼ばれていたのに、実は賢姫だったと分かったからなのか。

 それともただ単に、見た目が可愛いから?

 アイドルのライブで聞くような声も聞こえてくる。



「皆さんお集まりいただき、誠にありがとうございます。これより進水式を始めます」



 キルシェが式の開始を宣言すると、街の連中も甲板に居る貴族も驚いてる。

 理由は、僕達が持ってきたマイクとスピーカーが理由だ。

 大声を張り上げるのではなく、機械で拡声する。

 初めて見た光景に、貴族連中は空いた口が塞がっていない。

 それを見た僕は、エーレンフリートを見ながらイヤらしい顔で笑っておいてあげた。



「次に、テープカットに移りたいと思います」


 キルシェの話が終わると、紅白のテープが用意された。

 どうやらこのテープカットには、僕も参加するらしい。

 キルシェから少し離れた場所で、ハサミを持たされた。

 こんなのニュースでしか見た事無いんだけど。

 どのタイミングで切るの?

 分からんから、隣の人が切ったらで良いか。



「では、お切り下さい」


 ちゃんと言ってくれるらしい。

 テープをカットすると、急に足下が揺れ始めた。

 これには貴族連中も驚いている。



「マオーエリザベス号の発進です!」


「マオーエリザベス号!?」



 ダサい!

 というか、何故マオー?

 そして何故エリザベス?

 これ、漁船だよね?

 普通は第一何とか丸とかでしょ。

 もしくは戦艦の方だと、川の名前とか山の名前とか。

 これじゃ豪華客船じゃん。



「街を出たら、すぐに船は止まりますので。そこから馬車で街にお戻り下さい」


 案内人の先導で船から降りようとすると、キルシェが声を掛けてきた。



「魔王様、キャプテンと会っていかれませんか?」


「そうだね。今はどうなってるか、会ってみたい」


 案内人はここでお別れし、キルシェ達と操舵室へと向かった。



「こんにちは。魔王様をお連れしました」






 案内された部屋には、変なジジイが待っていた。

 アロハシャツとサングラス、短パンにサンダルという出立ち。

 そして片手にはウクレレみたいな楽器を手にして、僕達を出迎えた。



「へいへいへーい!お久しぶり」


「テンション高いなぁ。久しぶりですね」


 頭の帽子を取ると、キラッと光る皿が見える。

 これが先代九鬼嘉隆だ。



「爺さん、キャプテンになれたんですね」


「おうよ!今はキャプテン・クキッドって、呼ばれたり呼ばれなかったりしてるぞい」


 ダサい。

 本当に呼ばれてるのかとキルシェを見たが、両手を軽く上げている。

 分からんという事らしい。

 多分呼ばれてないな。



「ヨッシー、エンジンの回転数が片方上がらないんだけど」


「あいよ!」


 女の人が操舵室に顔を出したらと思ったら、彼はそそくさと言ってしまった。



「クキッドじゃなくて、ヨッシーね」


「しかも言われ慣れてましたわね」


 自称キャプテン・クキッド、他称ヨッシー。

 彼には良い魚を、沢山捕まえてもらいたいものだ。





 船を降りた僕達は、キルシェと共に馬車に乗り込み、街へ戻ってきた。



「式は終わりましたが、いつ頃までこの街に?」


 決めていなかったが、どうせエーレンフリート達が居る限り街の散策も出来やしない。

 楽しみも無いし、長居しなくても良いかな。



「明日まで休んで、二日後には出ようかな。エーレンフリートとかち合いたくないし」


「・・・すいません」


「別に気にしなくて良いよ。なかなか頭が良さそうな若作りおっさんだったけど、口では勝てなさそうだし会いたくない」


 僕が彼の印象を話すと、キルシェは少し笑った。



「ところでさ、ラインダース公爵ってのは何者なの?」


「ただの無能ですわ」


 彼女によると、父の従兄弟に当たる人物らしい。

 しかし政治力は全く無く、領地も他の者に任せきりで権力だけはあるとの事。



「エーレンフリートは彼を推してたよ」


「でしょうね。ハッキリと申しまして、馬鹿ですから。扱いやすさでは最高でしょう」


「ハッハッハ!ストレートに馬鹿って言われるって、余程だな」


「真顔で馬鹿って言われる人、そうそう居ないぞ」


 斎田のツボに入ったらしく、腹を抱えて笑っている。

 佐藤さんも同じらしく、ラインダースと話してみたいと言っていた。



「あまり居ない人を笑うもんじゃないよ。それに、キルシェの親戚にもなるんだから」


「良いですわ。本当に無能ですから。それよりも考えたのですが、このまま街でブラブラして行きませんか?」


「ホテルに戻る前に、買い物でもするって事?」


「私と一緒なら、エーレンフリート侯爵も直接手は出してきませんよ」


 確かに王の客人に対してなら、ちょっかいも出してこないかも。

 でも長可さん達を置いてって考えると、悪い気もするなぁ。



「長可さん達がホテルに戻ってるなら・・・って、アレ?」


「太田殿が見えますね。今から戻るなら、彼等も一緒に誘いましょう」


 キルシェは太田達の前で馬車を止めて、そこから歩くと言って馬車を出した。



「皆さん、街で遊びましょう!」




 キルシェの発案で始まった街の散策。

 ずっとホテルに缶詰だった皆には、良い気分転換になっているようだ。



「見た事の無い果物とか、沢山ありますね」


「魚もそうだけど、これは食べられるのかな?」



 食べ物ばかりに目が行くが、その中でも異彩だったのが、ドリアンとパイナップルだ。

 両方とも見た事が無い果物だが、トゲトゲで似た形をしている。

 又左が興味本位で手に取るとドリアンだったらしく、あまりの臭いに涙を流していた。



「そこに居られるのは、陛下ですかな?」


 後ろから男に声を掛けられた。



「知ってる人?」


「いえ」


 知らない男が王族に声を掛ける。

 護衛で一緒に歩いていたドルヒが、警戒して間に入った。

 それを見た彼は、慌てて自己紹介を始める。





「驚かせちゃって、えらいすんません!ワタシ、フォルトハイム連合のニック言います。王国がめっちゃ凄い船作った聞いて、来たんです。どうぞ、よろしゅう」

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