進水式
慶次の行動は、睡蓮を守るものではなかったらしい。
一撃で瞬殺された薔薇の頭領リリックに、逆に苛立ちを感じる程だった。
慶次のおかげで薔薇を壊滅させた睡蓮は、標的だったクラッペンを毒殺する事に成功したのだった。
僕の依頼に依頼が半分しか達成していないと言った理由が、慶次のせいだと分かった。
彼女の成功は紛れもない事実。
どうせだから、もっとその力を活用してもらいたい。
僕は彼女に、新しい仕事をしないかと提案した。
裏の仕事だけでなく、表の仕事もこなす。
金額次第で何でもやってきた彼等には、表の仕事も出来る能力があると判断した。
キルシェという国を後ろ盾にすれば、表の仕事も簡単に請け負う事が出来る。
彼女の懸念だった報酬も、中抜きをしないというキルシェの言葉を信じて、彼女は快諾した。
キルシェの思惑は、とにかく人材不足であるこの国で、何でも屋を使って人材育成と確保をしたいという事だった。
そんな睡蓮も、滅亡を司るという意味から脱する為に、新しい名前が必要だった。
キルシェが新たに決めたのは、撫子という名前だった。
撫子?
何故、また花の名前?
「撫子にした意味は、ちゃんとありますよ。撫子という言葉は、古来から子供や女性らしい表現に使われています。三代目は女性ですし、これからは子供にも働いてもらいます」
「それだけ?」
僕の言葉にまたムッとするキルシェ。
やはり僕の時だけ当たりが強い。
僕、愛されてるな。
中身おっさんの美女に愛されても嬉しくないけど。
「撫子は他にも、器用という花言葉もあります。何でも屋をしてもらうわけですから、器用に何でもこなしてもらいたいという希望も込めてあります」
意外と博識なキルシェに、僕は結構感心した。
官兵衛もなるほどと小さく漏らしているし、なかなか考えられた名前なのかもしれない。
「ありがとうございます!我等睡蓮改め、撫子。今後は何でも屋として働く所存でございます!」
「詳細は進水式が終わってからにしましょう。今日は皆さんお疲れだと思います。お休みになって下さい」
連絡役として再びテアが残る事になり、三代目達は部屋を後にした。
キルシェは笑顔で見送り僕の方へ向くと、進水式の話をしながら朝食を一緒にと誘ってきた。
「皆さんもどうぞご一緒に」
「えーと、ちょっと休みたいかな。悪いんだけど」
あら?
有無を言わさない感じですか。
朝食が続々と並べられているんですけど。
「皆さんも食べましょう」
「あ、はい。もうそれで良いです」
断らないよね?
そうは言わせないとばかりに、席に着くキルシェ。
皆が座らないと、話が進まないらしい。
渋々と言った感じで、全員が席に着いた。
全員?
「そういえば、途中でイッシーが、長可さんから逃げるように見張りしてたよね?知らない間にこっちに来て、慶次を煽ってたけど。薔薇の残党くんはどうしちゃったの?」
「逃げてないですよ・・・。というより、さっきの話はアイツ等にも筒抜けだったから。リリックという男が一撃で殺されたと知って、諦めたみたいだぞ」
「諦めた?」
どうやら朝食時に話すものではないようだ。
後から確認すると、舌を噛み切って死んだという話だった。
やはり薔薇の連中は、一味違う。
恨みという強い念が根本にあるせいか、簡単に寝返ったりはしないらしい。
むしろ死を選ぶとは思わなかった。
「全員で食べられるんですね。それは良かった」
隣の部屋では死んだ連中が居るというのに。
キルシェはこういうところは冷徹というか、無関心というか。
まあ僕も似たような感じだし、進水式の事を聞こうかな。
「それで、どうなのよ」
「まず一つ、先に謝罪しなければなりません」
彼女が言うには、進水式の式典に公に参加出来るのは、僕だけらしい。
だから他の皆は、違う場所から見守る事になる。
護衛という観点からそれは駄目だと皆が反対したが、キルシェはそれについても話を始めた。
「出ないという選択肢もあります。しかしその場合、エーレンフリートが喜ぶだけでしょうね。むしろ魔王様を、護衛無しでは参加出来ない小心者と嘲笑するかもしれません」
「参加しましょう」
太田はそんな奴に調子に乗らせるなと、参加しようと即答している。
コイツの場合は、僕が馬鹿にされると脊髄反射で答えるから、役に立たない。
「僕は別に、知らん奴に笑われても困らないけど。他の皆はどう思う?」
「私も参加した方が良いと思いますね」
「オイラも同意見です」
長可さんと官兵衛も参加派か。
だったら、ほぼ決定かな。
「ちょっと良いですか?」
珍しく佐藤さんが手を挙げる。
キルシェに質問があるらしい。
「何でしょうか?」
「魔族だから護衛が駄目って事ですか?それとも、護衛自体が駄目って事ですか?」
「非常に申し難いのですが、魔族だからという理由が大きいです。今回参加する貴族には、エーレンフリート率いる反魔族派も来ます。彼等が騒ぎ立て、式がめちゃくちゃにされる可能性もあるのです」
「なるほど。だったら、俺とイッシーなら問題無いですよね?」
「そうですね。ヒト族の護衛で文句を言ってくるのであれば、私からも言い返せますので」
佐藤さんの提案に、キルシェからの反対は無い。
長可さんと官兵衛も、それならと安心している。
問題は又左と太田だ。
「羨ましい!私も式典の護衛とか、やってみたいんですけど」
「ワタクシも並んでは駄目なのですか?だったら安土に戻ったら、式典をお願いします」
何の式典をやれというのか?
二人とも、ただ式典の護衛がやってみたいだけな気がする。
「それでは、お二人に護衛をお願いします」
「お、おぉ!頑張ります」
キルシェから手を握られ、お願いされたイッシー。
めっちゃ声がうわずっている。
「それと魔王様。ちょっと二人でお話が」
来たよ。
二人でというと、素に戻りたいモードの時だ。
面倒だが仕方ない。
話くらい聞いてやるか。
「お前、やるやんけ!」
部屋に入った途端に言われた言葉がこれだ。
「睡蓮の事か?」
「そう!人材不足とは言ってあったが、確かに金次第で何でもやる彼等は、うってつけの連中だわ。人材ゲットだぜ!」
ボールでも投げて、野生の人でも捕まえてろよ。
そんな事を思いつつ、僕は彼女へ恩を感じるように説明を付け加えた。
「お前の国が発展するように、僕からのお祝いとでも思ってもらいたいな。睡蓮は各領地に存在するらしいから。探せば本当に色々な人材が集まるかもね」
「それは助かるな!お前にも何かして、返さないといけないかもな」
「そうね。それはまた今度頼むよ」
フフフ。
既に術中にハマっているとも気付かずに。
キミへの頼みは決まっているのだよ・・・。
今は言わないけどね。
とうとう進水式当日になった。
王国に来てから、結構長かった気がする。
というのも、トライクで来たから早く着き過ぎただけなのだが。
「それでは皆さんはこちらへ。魔王様と護衛の方は、上の方へお願いします」
どうやら僕達は、船上へ向かうらしい。
船を作った人が説明をしながら、僕達を案内してくれるという。
非常に楽しみだ。
他の皆は、街のどちらかから見ているのだろう。
船の上から見えたら、手でも振ってみたい。
「やっぱりデカイな」
「お、俺、こんなデカイ船乗るの初めてだわ!」
「同じく。テレビとか映画で見る、豪華客船並みのサイズに感じる」
僕も含め、船の大きさに感動していた。
ただ佐藤さんの言う豪華客船とは大きく異なる点がある。
あくまでも、外洋に出る為の船なのだ。
客船というよりは、漁船と戦艦を足して割ったような船になっている。
「アレは大砲かな?」
船の先端にある大きな黒い筒を見つけた佐藤さんだったが、どうやら違うらしい。
「アレはビッグパイルですね。外洋に棲む大型の海獣に向かって放つ、決戦兵器です」
「パイルって事は、杭か。あんなサイズの杭をぶち込むんだ。大型海獣って相当大きいんだね」
見た事の無い生物を想像しながら、僕達は船の説明の続きを聞いた。
思ったよりこの船凄い。
案内人の説明を聞いていたところ、以前僕達が聞いた話とは少し違う点があった。
僕の希望は海鮮類の捕獲で、マグロや鯛を獲ってこいっていうのがメインの考えだった。
しかしキルシェはこれに加え、海獣もとっ捕まえようとしている。
どうやら海獣の牙や皮等を使った武具や道具を開発して、出回っていない物を作ろうとしているようだ。
勿論それ等を販売するのも視野に入れているんだろうが、そんな事をしている国は無い。
独占禁止法など存在しないこの世界だ。
そんな珍しい物は高くても売れるだろうし、おそらくはガッポガッポ金が入るだろう。
こっちもラーメン屋で儲けているから、文句は言えないけどね。
ちなみに最近は、映えを意識したパンケーキなどを作ろうかとも考えている。
ただ、スマホもカメラも無いこの世界に、映えは必要か?という疑問もあったりする。
そんな事を考えていたら、とうとう甲板に着いてしまった。
「魔王様はこちらへ」
どうやら船の先端で、キルシェの演説があるらしい。
僕達が持ってきたマイクとスピーカーは、役に立ったようだ。
重かったけど、持ってきた甲斐があった。
「そういえば、この船の船長ってどうしてるの?」
案内人聞くと、彼は少し困った顔をしている。
誰かは知っているが、答えて良いのか決めかねている感じだ。
「申し訳ありません。口止めをされていまして」
「・・・船長が魔族だから?」
小声で聞くと、彼は小さく頷いた。
案内をしている彼は、一緒に船を作った仲なので忌避感などは一切無い。
しかしこの場には、エーレンフリートの一派も来ている。
その為、余計な事を口にしないように指示されているみたいだ。
「反対からも誰か上がってきたみたいだよ」
白髪混じりの頭に、カイゼル髭が目立つ男。
背も大きく、その大きな態度から威圧感がある。
その男を取り巻くように、複数の男達がヨイショをしながら話していた。
「あの方がエーレンフリート様です」
「なる。反魔族派の一行さんね」
こっちを一瞥した後、鼻で笑うかのような態度で視線を外す。
この身体小さいし、馬鹿にされてるんだろうな。
「何だよアイツ、態度でけーな」
「イッシー、アンタも護衛の割にデカイよ」
「あ、そう?長可さんにまた怒られたくないし、改めます」
イッシーが一通り笑わせてくれると、それが気に食わなかったのか。
エーレンフリート一派の一人が絡んできた。
「これはこれは魔王様。このような場所に何をしにおいでで?」
「何をって、進水式にゲストとして呼ばれたんですけど」
「ゲスト?魔族なのに、よくそんな言葉を知ってますね」
エーレンフリートの周りの連中が、馬鹿にしたようにニヤニヤしている。
そういえば、魔族って英語使わないんだっけか。
佐藤さんは無表情で目を閉じて無視しているが、斎田は駄目だな。
眉がヒクヒク動いているのを見ると、気になって仕方ないらしい。
まあ僕も斎田と変わらないかな。
言われっぱなしも癪なので、少しだけ言い返そうと思いますがね。
「異文化コミュニケーションを取るには、まずは自分の文化や慣習を熟知して、それから相手の文化を知るべきなんですよ。貴族、で良いんですよね?そんな事も知らないんですか?」
「なっ!?私はバッファ子爵ですぞ!」
「子爵殿でしたか。その割には勉強不足のようで」
「馬鹿にするのか!」
「良い事を教えましょう。敵を知らずに攻撃するのは、愚策ですよ。貴方は獅子だと知らずに、剣を突きつけますか?いくら嫌いでも、魔族の事くらい覚えましょうね」
それを聞いた後ろの二人は、とうとう笑いが堪えきれずに、吹き出してしまった。
それを見たバッファ子爵は、顔を真っ赤して怒っている。
が、それもこの一言で赤から青に変貌した。
「バッファ子爵!貴方は魔王様の言う通り、無知が過ぎるようです。このエーレンフリートの顔に泥を塗りたいのですかな」