転職
睡蓮は、依頼は成功したにはしたが、どうにも歯切れが悪い。
リーダーが三代目の代わりに、当時の様子を語り始めた。
彼等がクラッペンを殺しに行くと、そこは薔薇の連中が大勢待ち構えていたという。
そこに現れた、謎のヒップホップ系の服装をした男。
彼は踊りながら、部屋へと近付いていった。
劣勢だった睡蓮は、ラッパー慶次の登場で状況は一変。
部屋に入ると、そこには二つ名持ちの有名人が居たという。
慶次が一人受け持つと、中には薔薇のエリート集団が待っていたらしい。
しかしその苦戦も束の間。
敵を倒したラッパー慶次が、再び現れた。
段々とノリノリになってきた睡蓮達は、慶次のラップに乗り始めた。
しかし、赤のナーメントという男を相手にした時、今まで武器として使ってきた簪は、手元に無かったらしい。
そんな彼は細い糸でナーメントを宙吊りにして殺し、とうとう薔薇の頭が待つ奥の部屋へと入っていった。
そこには三代目睡蓮と対峙する薔薇のトップ、リリックという犬の獣人が居た。
ラッパー慶次はそこで初めて、自分の武器を使ったみたいだ。
離れた場所から一撃で顔を穿った慶次に、三代目は何が起きたか分からなかったという。
しかし彼は、納得いかなかったようだ。
弱い!騙された!
彼女が見たのは、不満をぶちまけるラッパー慶次だった。
睡蓮は目を丸くした。
自分達のライバル、そして薔薇の頭として有名だったリリックが、何も出来ずに一撃で瞬殺された。
なのに彼は、それが不満だという。
意味が分からなかった。
「あの!」
「おかしいでござるな。前に長浜に来た商人は、強いと言っていたのに。話半分に聞いておけば良かったでござる」
ラッパーの独り言を少し聞き耳を立てて聞いていたが、それがバレたみたいだ。
彼は急にこちらを向いた。
「・・・へば!」
「へ、へば?」
また踊って帰るのかと思ったら、帰りは違うらしい。
スタスタと普通にドアを開けて、出ていった。
彼は一体、何がしたかったんだ?
「謎の人!こんなに早く、どうしたんですか?まさか、奥の部屋の戦闘は終わってたんじゃ・・・」
「馬鹿な!?早過ぎる!」
さっき部屋に入ったばかりなのに、すぐに出てきたラッパーを見たリーダー。
そして薔薇の残党もラッパーの強さを見ていた事から、奥の部屋の様子が気になっていた。
全員が手を止めて、ラッパーの言葉を待っている。
しかし、ラッパーの様子がおかしい事に、彼等は気付いていない。
入る前と違って、踊っていないのだ。
その視線を集めたラッパーは部屋の出入り口の前で立ち止まり、そして振り返った。
「へばな!」
「へ、へばな?」
そのままドアを開けると、彼は出ていってしまった。
しばらくはお互い、何が起きたか分からずに呆然していた。
「へばなって何だ?」
「知らん。暗号か?」
睡蓮も薔薇も分からない不思議な言葉。
しばらくすると彼等は手が止まっている事に気付き、再び攻撃を開始した。
その後、薔薇を壊滅させた睡蓮は、別の階で酒を飲んでいたクラッペンを発見。
人が多かった事もあり、酒に毒物を混入して始末したという事だった。
「というのが、コトの顛末になります」
「なるほど。三代目が言いたいのは、けい、んん!この謎のラッパーがほとんど倒してくれたから、半分しか依頼を達成してないって事ね」
「恥ずかしながら」
頷く睡蓮達だったが、彼等はラッパーに感謝しているという。
数の上でかなり劣勢だったにも関わらず、怪我人は多くとも死亡者が出なかった。
それは紛れもなく、ラッパーによる無双のおかげだと言っている。
「ただいま戻ったでござる」
おっと、救世主のお帰りだ。
その格好で帰ったら、ラッパーが誰かすぐに・・・。
「アレ?出ていった時と服装が違う」
「服でござるか?汚れたので途中で捨てて、着替えたでござる」
今の慶次は、ラッパーというよりもちょっとしたサラリーマンスタイルだ。
何処で買ったのか分からないが、スーツにワイシャツを着て、首元には緩めたネクタイがしてある。
靴も黒い革靴に似た物になっていた。
「彼は何処に行っていたのですか?」
「え?えっと、掃除・・・かなぁ?」
本人が言う気も無いのに、僕からバラすのはなぁ。
他の人も静観を決め込んでいるし。
ただ一人を除いて。
「ヨーヨーへいよー」
「・・・イッシー殿、何でござるか?」
「ラッパー慶次は何処行った?」
「ラッパー?意味が分からないでござる。拙者、ちょっと機嫌が悪いので、メシまで寝るでござる」
「あら?」
長可さんに怒られていたイッシーは、慶次も巻き込んで有耶無耶にするつもりだったようだ。
その意図がバレたイッシーは、首筋に汗が流れているのが見える。
長可さんどころか、又左もちょっと怒っている気がする。
「イッシー殿。今のはどういう考えなのですかな?慶次を愚弄するのは、やめていただきたい」
「あ、はい。本当に申し訳ありません」
イッシーは自ら、壁に向かって正座を始める。
もう誰とも向き合いたくないという事なのか?
「私、もう何も言いません。誰にも迷惑掛けません。あ、テアちゃんお菓子どうぞ」
変な事をしているイッシーを覗き込むテアに、彼はポケットからチョコを出した。
しかし・・・
「これ、溶けてるよ。なんか不味そうだから要らない。こっちの綺麗な方もらうね」
「・・・」
子供にも見捨てられたイッシーの肩は、震えていた。
明日、僕も大人のヒト族の姿になって、一緒に飲みに行こうと思う。
彼は言われた事をこなしただけなのに、流石にこれは可哀想な気がした。
「それでは、我々はこれで」
「あ、ちょっと良いかな?キミ達と連絡を取る方法ってある?」
「・・・あまり我々と関わるのは、やめた方がよろしいと思うのですが」
三代目は、自分達とは住む世界が違うと言いたいのだろう。
だが、僕達も変わらないと言えば変わらない。
ここに居る連中全員が、人を殺めた経験がある。
彼等の仕事が卑しいなんて、僕達は誰一人思っていない。
それと睡蓮の仕事からして、暗殺だけでは無さそうだ。
だからこそ、ちょっと考えがあった。
「睡蓮は薔薇と違って、どんな仕事でも請け負うんだよね?」
「はい?えぇ、金額次第ではそうなりますね」
「それは暗殺以外にも手を汚す、って考えて良いのかな?」
「・・・そう思ってもらって構わないです」
三代目は少し声のトーンが低くなった。
卑下しているつもりはないが、僕がそう言っていると思われているようだ。
でも、これでハッキリした。
「睡蓮の皆、その仕事を一旦辞めない?」
「無理ですね」
「何故?」
「・・・」
三代目が黙ると、慌ててリーダーが口を挟んできた。
「我々の稼いだ金が、スラムの子供達を養っているんですよ。金に綺麗も汚いもないでしょ。金払いが良い仕事をすれば、飢えるガキも減るって話です」
「この街は新しいから、そこまで酷くない。だけど、王都や他の街は違う。アンタ等みたいに良い暮らしをしていたら分からないと思うが、私達には死活問題だ!」
「三代目!」
溜まった鬱憤を吐き出した事に気付いた三代目は、口を慌てて押さえた。
だけどそんな事で怒る人は、ここには居ない。
そもそも僕と兄は、森の中で犬小屋よりボロい小屋を建てて生活していた。
イッシーも食い逃げ常習犯に加え泥棒をしていて、その日暮らしをしていた経歴もある。
他の人はそうでもないけど、彼等を非難するような連中ではない。
「じゃあ質問。その子供達は大人になったら、睡蓮に入るの?」
「真っ当な仕事に就く者もいます」
「選択出来るんだね。それなら僕がキミ達に、職業斡旋しようと思うのだが。如何かな?」
意味が分かっていないらしい。
もう外は明るい。
既に陽が昇っており、外も少しずつ賑わいを見せている。
「どういう意味ですか?」
「確かに暗殺みたいな危険な仕事は、金払いが良いだろうね。でも、毎回そんな仕事があるわけじゃない」
「だから他の仕事も請け負っていると」
「それでも、裏稼業に頼ってくるのは少数でしょ?」
僕がそう言うと、彼女は黙った。
リーダーは僕の言葉に賛同しているらしく、頷いている。
「私達にどうしろと言うのです?」
「だからさ、裏稼業だけじゃなくて、表の仕事も請け負わないかって話だよ」
「私達みたいな者が無理でしょう。まず、信用が無いです」
「確かにね。だけどそれも、後ろ盾があれば問題無いんじゃない?」
「後ろ盾?魔王様がそうなると?」
「違うよ。この国で最も強い後ろ盾があるでしょ」
「それは、私達の事ですわね」
扉の方から声がしたので振り向くと、手を振って近付いてくるキルシェの姿があった。
昨日の話の経過を聞くついでに、朝食の誘いに来たらしい。
「じょ、女王陛下!」
跪く睡蓮の連中だったが、キルシェはそれを起こし、さっきの言葉の続きを言う。
「貴女が睡蓮ですか。噂は聞いております」
「恐悦至極でございます!」
キルシェも途中から、話を聞いていたらしい。
僕の考えが分かったらしく、続きは自分で話すと目で訴えている。
「では改めてお願いします。睡蓮、貴女は国直轄の何でも屋をやるつもりはありませんか?」
「何でも屋、ですか?」
「言葉の通り、それは何でもです。それは暗殺のような汚い仕事も頼むでしょう。しかし、普段は表の仕事をしてもらい、望む者には一般の仕事のみを斡旋します」
「それは子供もですか?」
「当然です。子供達にも、働きながら勉学に励んでもらいましょう。優秀ならば、城勤めや騎士として受け入れる事もあると思いますよ」
「騎士だって!?三代目!」
リーダーはこの話に乗り気だ。
後ろの連中も鼻息は荒い。
今まで裏稼業以外の仕事が出来ないと思っていた彼等が、表の仕事どころか国を後ろ盾に仕事が出来るというのだ。
こんなに良い話は無いと思う。
ただし、一つだけ懸念がある。
「一つだけ。一つだけ気になる事があります」
「何でしょう?」
「それは・・・」
「?」
何も言わない三代目に、キルシェが首を傾げる。
後ろの連中は、何が言いたいか分かった連中と理解していない連中、半々のようだ。
僕はなんとなくだが、分かった気がする。
そして、それは彼女の口からは、とても言いづらい事だとも思った。
【何が気になっているんだ?】
多分だけど、報酬の話だと思う。
彼女からしたら王様に当たるキルシェに、金の話なんかしづらいんだよ。
例え今までの体制と変わって新しい国になるって言っても、彼女達みたいな裏の仕事をしてきた連中に、ちゃんとした報酬が支払われるかは不明だ。
何でも屋を勧められたと言っても、薄給ではやってられないんだと思うよ。
【なるほど。それは確かに言いづらいな。お前、手助けしてやれよ】
「キルシェはさ、彼女が何を言いたいかは理解出来ないと思うよ」
「何故です?」
理解出来ないと言われた彼女は、ちょっとムッとした。
僕の時だけ顔に出るのは、心を許しているからなのか。
それとも、ただ単にムカつくからなのか。
「三代目が言いたいのは、金の問題だよ。何でも屋をやっても、国が間に入れば金を抜かれるって事でしょ?その金額も気になるし、彼女達からしたら生活出来る程なのかも気になる。そうだよね?」
「すいません」
謝るって事は、多分合ってるんだろう。
キルシェはそれを聞いて、少し悩んでいる。
「細かい事は話し合わないと駄目だと思いますが、基本的には仲介料などを請求するつもりは無いです」
キルシェの考えは、とにかく人材確保と育成が主だという。
それには平民どころかスラムに居るような子供でも、優秀なら確保したいというのが目的らしい。
だから何でも屋という仕事で、何に向いているかを判断材料にしたい。
三代目の仕事は、使える人材を育てるという事になると思われる。
「うん。僕はそれなら良い話だと思うよ」
「そうですね。金額設定など難しい問題もありますが、真っ当な仕事に就けるのなら、それが一番ですから」
三代目もキルシェの言葉を聞いて、快く承諾した。
「どうせだし、何でも屋は睡蓮から名前を変えたら?」
「裏稼業、睡蓮は卒業ですか。しかし、何が良いですかね」
滅亡を司るとかいうくらいだし、印象を変えるにも名前は変更しても良いと思う。
ただし!
僕は提案しただけで、考えないけどね。
「ほら、そこはキルシェの出番でしょ」
「私ですか!?」
「彼女達の新しい船出になるんだから。相応しい名前をよろしく」
いやぁ、他人事って最高だ!
キルシェは手を顎に当てて考えていたが、すぐに思いついたらしい。
「撫子。新しい名前は撫子にしましょう」