仕事人慶次
あのおっさん、僕の事はどうでも良いと言わんばかりに逃げたな。
テアの指示通りとはいえ、まさかこんな簡単に見捨てられると思わなかった。
テアにも逃げるように促し僕は一人になると、いよいよ二人を逃す為の独壇場の始まりだ。
目潰しをした僕はまずあの格好に着替え、そして高い場所へと移動した。
白いタキシードを着て単眼鏡を装着。
まさに僕は怪盗!
グライダーに乗り、華麗なる脱出を謀ろうとしていたところ、奴等は問答無用に銃弾や弓矢を放ってきやがった。
空気の読めない奴等だ。
日本ではこんな事あり得ない。
敷地内からの脱出に成功した僕は、颯爽と赤いジャケットに着替えた。
天下の大泥棒、阿久野三世に扮した僕だったが、警備員からは見向きもされずにトボトボとホテルに帰ったのだった。
ホテルに戻ると斎田は、長可さんに説教されていた。
テアの指示通りに動いたのだが、子供を置いて一人で帰った罰らしい。
僕達が帰ってきても、まだ睡蓮は戻っていない。
暗殺に関係するのか分からないが、睡蓮を心配した慶次は変装して後を追ったと伝えられた。
陽が昇る前に戻ってきた彼等だったが、リーダーである睡蓮はこう言った。
半分しか依頼を達成していないと。
んん!?
半分って事は、もしかして失敗した!?
それってかなりヤバイんじゃないか?
自分を暗殺しようとする輩が居ると分かれば、もっと警戒するだろうし。
これはキルシェに謝らないと駄目かも。
「魔王様?」
「いやぁ、失敗したならどうしようかなと思ってね」
睡蓮が僕の顔を伺ってきたが、それどころではない。
しかし、彼女は少し吹き出した後に説明を付け加えた。
「失敗はしておりませんよ。クラッペンの始末には、成功しました」
「それじゃ、依頼が半分しか達成していないというのは?」
「それは・・・」
ちょっとバツが悪い感じで、口籠る睡蓮。
後ろのリーダーが、続きを話してくれた。
「実は我々も知らない誰かが、手伝ってくれまして」
「知らない誰か?他にも違う暗殺者か始末屋みたいな者が、クラッペンを狙ってたって事?」
「おそらくはそうなりますね」
誰だろう。
凄い気になる。
「どんな人?」
「頭にはキャップに顔にはマスク。ダボダボの服を着ていました」
「ブーッ!ゲホゲホ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
その話を聞いて、ここに居る全員は誰だか分かっていた。
誰もそれを口にしないのは、慶次本人が言ってない事を他人が口にするべきではないと考えているからだ。
そして、それは僕も同じ考えなので、敢えて何も言う事は無い。
だが、彼等は尾行をされていたとは気付かなかったのだろう。
彼等も尾行する事はあっても、される事には慣れてないのが分かった。
「その不審者、ダボダボの服にキャップか。ヒップホップ系っぽいから、仮にラッパーとでも呼ぼうか」
「ラッパーですか?」
聞き慣れない言葉に、彼等も不思議そうな顔をしている。
王国というか、この世界にはヒップホップやラップは存在しないのかもしれない。
とは言っても、僕もそこまで詳しくない。
神様が妙に得意げだったけど、あまり上手くはなかったな。
「その謎の刺客ラッパーは、何をしたんだ?」
「いやぁ、なんと説明して良いのやら」
彼等も説明に困るらしい。
慶次よ、何をしたんだ?
「踊ってたりして。まさかね」
「何故分かったんですか!?」
「踊ってたのかよ!」
「イマイチ、行動がよく分からない人でした」
彼の説明によると、クラッペンは別の宿に泊まっていたという話だった。
そこは会員制のような場所らしく、普通の人なら入れないホテルらしい。
僕達を襲った時のように屋上から侵入したものの、やはり薔薇の連中が待ち構えていたという。
「それで、けい・・・んん!ラッパーは何処で登場するの?」
「もう少し先です」
ホテル内の薔薇を順次始末しながら進むと、厳重に警戒された階に辿り着いた。
調べてみるとそこはクラッペンが泊まっている階ではなく、あの反魔族派の筆頭であるエーレンフリートの宿泊する階だったという。
更に下へ降りていくと、今度こそクラッペンの泊まる部屋がある階だと分かった。
分かった理由は、薔薇の連中が大勢で守っていたからだった。
「薔薇の連中は何故、そんなに警戒してたんだろうな?」
「この部屋で監禁している連中が、帰ってこないからでしょう。死体で見つかったとかなら未だしも、彼等は戻ってこない。裏切ったと勘繰って、守りに重点を置いたのかもしれませんね」
官兵衛の説明は、睡蓮の連中の考えと合致していた。
あまりの薔薇の連中の多さに、一度戻って援軍を呼ぼうと考えていた彼等は、そこでラッパーと出会った。
「ラッパーはどんな登場の仕方をしたの?」
「普通にエレベーターで上がってきました」
「何だそれ!」
ちなみに王国の大きなホテルには、帝国製のエレベーターが完備されている。
勿論このホテルにもあるのだが、エレベーター付きのホテルに泊まれるのは、貴族か余程の金持ちくらいらしい。
「エレベーターでラッパーが上がってきたら、そりゃ不審がられるでしょうよ」
「その階は貸し切っていたのでしょう。まさかエレベーターが止まるとも思わなかったようで、開いた扉を見て驚いてましたから」
しかし、それがキッカケで戦端は開かれたという。
不審者に注目する薔薇の連中を、急ぎ始末していく睡蓮組は、やはり敵の数に押されていったらしい。
次第に劣勢となり、少しずつ斬られる事も増えていったその時!
彼は動いた。
「ヨーヨー!へいよー!」
「何だ貴様!」
「ヨーヨー!へいよー!」
「それ以上踏み入ったら殺す」
「ヨーヨー!へいよー!」
「死ね!」
ヨーヨーへいよー。
それしか言わないラッパーは、薔薇の一人にナイフを突かれた。
しかしラッパーは、スルッと片手を床に付いたと思ったら、足を彼の腹へと突き出した。
「うっ!」
「ヨーヨー!へいよー!」
「貴様!殺す!」
その後も何度かナイフを突かれるラッパーは、奇妙な動きで翻弄をし続けた。
そして背後に立ったと思ったら、雰囲気が変わったという。
「恨みは無いが、死んでくれ」
何やら金属が擦れる音がしたと思ったら、首筋にブスリと何かを刺していたのを見た。
殺されたと一目で分かった薔薇の連中は、一気に緊張感が増したという。
そして睡蓮の連中も、同じように殺されるのではと、両方を警戒しなくてはならなかったらしい。
「ヨーヨー!へいよー!」
彼は再び踊りながら、部屋へと接近していく。
ラッパーを倒そうと数人が向かうが、その度に何かで一突きで殺されるのを見たリーダー。
それが簪だと気付いたのは、自分達の前に薔薇の連中が居なくなったと分かってからだった。
「つ、強い。次は俺達が、アレで刺されて殺されるのか?」
緊張感が走る睡蓮組。
もしかしたら、頭領である三代目より強いかもしれない。
そう感じた彼等は、死を覚悟したという。
「ヨーヨーへいよー。俺の目的、薔薇の犬。強いと聞いて、やって来た。お前の目的知らねーが、邪魔しないならサヨナラだ」
「え?」
踊りながら部屋へと向かうラッパー。
すると壁の向こう側から、剣が突き出てくる。
それを片手で逆立ちしたようなポーズで避け、足で剣を挟むと捻って剣を折った。
「ヨーヨー!次の強者が現れた。俺はこれから相手する。お前等今なら部屋にスルー」
それを聞いた彼等は、部屋に入ったラッパーに続いて、皆で入っていった。
「行け!」
三代目の指示で、奥の部屋へ向かう睡蓮達。
中に居る薔薇の連中は、外と比べ物にならないくらいに強かった。
「なっ!赤のナーメントだと!」
「白のケッターが、扉の前に居たはずだが?まさかお前等が倒したのか?」
「アレがケッター!今は謎の男と戦っている。おそらくケッターは死ぬぞ」
「ほざけ!」
赤のナーメントが赤い装飾がされた剣を持ち、睡蓮の連中に襲い掛かる。
彼等は劣勢の戦いを強いられたが、それもすぐに逆転した。
「ヨーヨー!へいよー!」
「来た!」
謎の男が、部屋の奥へと入ってきたのだ。
その口ずさむ声に、睡蓮の連中も段々と乗ってくる。
「ケッターはどうした?」
「ケッター?」
「ドアの前で警備させていた。白い剣を持つ男だ!」
赤のナーメントは怒気を含んだ声で、ラッパーに聞く。
ラッパーは少し間を置いて、また歌い始めた。
「ヨーヨーへいよー。白い剣持った男ケッター。俺がその手を蹴ったー。トドメは首に刺してやったー」
「あの短時間でケッターを倒しただと!?」
どよめく部屋の中で、一人冷静なラッパー。
しかし、それが攻勢のチャンスと見た三代目。
自分がクラッペンを殺しに行くと言って、奥の部屋へと向かった。
「馬鹿め。奥の部屋には、薔薇の頭が待っているとも知らずに」
「クラッペンは何処だ?」
「今頃は風呂でも入っているだろうよ」
薔薇の連中の説明を聞いたリーダーは、この部屋を厳重に警備していたのが罠だったと分かった。
「だが、もうお前達に勝ち目は無いぞ」
「リリック様が居れば、お前達など有象無象に過ぎんよ。俺達は、奥からリリック様が出てくるまで粘れば勝ちだ」
「ヨーヨーへいよー。奥の部屋には薔薇の犬。奴が居るのか聞いている」
突然会話に入ってきたラッパーに、リーダーは焦った。
まさか、この場を見捨てて奥に向かうのでは?
そうなれば、戦力的に劣勢になってしまうと。
「何だこの変人は?お前は奥には行けないな。ここで死ぬからだ!」
突然ナーメントが、ラッパーへ剣を投げた。
それは赤い装飾が入った物ではなく、死んでいた仲間の剣だ。
それは簡単に避けたが、その後も続く剣の投擲に、次第に避ける場所が無くなる。
ラッパーはジャンプすると、待ってましたとナーメントは自分の剣を振った。
「何!?」
天井の梁を掴むラッパーはナーメントの攻撃をやり過ごし、彼の背後を取った。
しかし簪は手に無い。
リーダーは、ラッパーの動きを見逃さないように見ていた。
「その命、頂戴します」
いつの間にかナーメントの首には、細い糸のような物が食い込んでいる。
ラッパーは再びジャンプすると梁の上を通り、他の薔薇の連中の近くへ降りた。
「ナーメント様を離せ!」
宙吊りにされたナーメントを助けようと、薔薇の男達が迫っている。
睡蓮の連中もそれに応戦しようと前に出ると、ラッパーはその糸を軽く弾いた。
鈴の音が鳴り響くと、もがいていたナーメントはだらんと手足を垂らして静かになった。
「良い音色だろ?」
「貴様ぁ!」
「行け謎の人!三代目を頼む!」
リーダーはラッパーに頼んだ。
奥の部屋へと向かうラッパーは、少し踊りが速くなっていた。
「ヨーヨーへいよー」
一番奥の寝室だと思われる部屋の扉を開けると、そこには対峙したまま動かない犬の獣人と三代目の姿があった。
「誰だ?」
リリックと思われる人物がラッパーに声を掛けると、彼は今までと雰囲気をガラッと変える。
「お主の名前はリリックで合っていると?」
「いかにも」
「だったら話は早いだに。その命、頂戴するでな」
ラッパーは両手を一気に引くと、片手を大きく前へ突き出した。
「え?」
三代目は目を疑った。
何かが自分の横を通り過ぎて、リリックの顔を直撃。
リリックの頭は潰れ、一瞬で絶命したのだった。
「あ、ありがとうございます」
三代目はラッパーにお礼を言ったが、彼は震えたまま何も言ってこない。
このまま動くと、自分も謎の攻撃の的にされるのでは?
そう思った彼女は動く事が出来なかった。
しかし次の瞬間、彼女はラッパーのこころの叫びを聞いた。
「弱いっぺ!騙されたべ!」




