潜入ローマン邸その2
元ハゲのおっさんの勘違いは痛かった。
そもそも僕は、斎田本人の顔が思い出せなかった。
蘭丸等に聞いても、初対面だと言うレベルだ。
不貞腐れた斎田は塞ぎ込んだが、僕等の機転で立ち直ると、いよいよ目的の契約書探しへと出向くのだった。
テアの案内で街に出ると、そこはお祭り騒ぎだった。
進水式のおかげで、人が集まっているらしい。
そしてローマンの屋敷の前まで来ると、そこは予想外に大きな建物だった。
ローマンは王都からこの街の警備担当へ、追いやられたという。
元々キーファーを支持していたのがキッカケで、転落していったようだ。
ローマン邸の敷地内に入る前に、僕はどうしても白タキシードが着たかった。
単眼鏡を着けて、カッコ良く登場したかったのだ。
しかし現実は無情。
テアから渡されたのは、全身タイツだった。
敷地内に潜入した僕達は、屋敷の中には屋上から入ろうという話になった。
屋根へ登った僕は見つからないように忍び足で歩いていると、床が抜けて屋敷内へと落ちてしまう。
そこで見たのは、埃だらけの汚い物置だった。
【アハハハハ!マジか!ここまでコントみたいに落ちる奴、居るとは思わなかったわ】
うっさい!
【抜き足差し足忍び足って、音は鳴るわ床抜けさせるわで、わざとじゃないよな?】
んなわけあるか!
バレてたらどうしよう・・・。
「大丈夫?怪我はしてない?」
「汚れただけで問題無い。これ、バレちゃったかな?」
「多分大丈夫じゃない?」
テアはあっけらかんとした顔で、別に問題無いと答えた。
気を遣ってくれてるのかと思ったが、僕が落ちた穴を広げてるところから、本当に問題無いと実感した。
「大人も通れるくらいにはなったかな?丁度良いから、ここから入ろう」
二人が僕と違って綺麗に着地を決めると、部屋の中を物色し始める。
「埃っぽい部屋だなぁ」
「しばらく入ってなかったみたいだよね」
僕と斎田が咳き込んでいると、テアは目的の物が見つかったのか、立ち上がった。
「というか、この部屋何なんだ?」
斎田がテアに聞く。
「物置だと思うけど、同じような部屋はもっとあると思うよ」
「物置がもっとあるの?そんなに使わない物があるなら、処分すれば良いのに」
「違う違う。そういう意味じゃない。使われてない部屋が、沢山あるって事」
テアの説明によると、普段から使っている部屋は金を掛けて綺麗に見せていて、他の部屋は閉め切っているとの事。
要は表面は見栄え良くしておいて、裏はハリボテみたいな感じらしい。
貴族って言っても、金を持っている貴族か余程やりくりが上手い人じゃないと、こういう感じの屋敷は多いと話してくれた。
「俺みたいな奴が言うのも烏滸がましいかもしれないけど、ライプスブルグって貧乏?」
「一部の貴族は金持ち。残りはそうでもない。もっと言えば、農家の方が金持ってる」
「えっ!?そうなの?」
「貴族を通さないで、直接他国と売買のやり取りしてる人はね」
なんか日本でも聞いた事あるような話だな。
でも金持ちだとか、そういう話までは詳しくは知らない。
たまに聞くのは、台風とか異常気象で大変だという話くらいだった気がする。
「そろそろ行くよ」
「でも、このドア開かないぞ」
斎田は不用心にも、ドアノブをガチャガチャと捻っている。
外に人が居る可能性だってあるというのに。
「その為に、これを探してたんだ」
テアが持っている物。
それは二本の針金だった。
まさか、テレビとか漫画でよく見るアレをやるのか?
「俺、これで開けるの初めて見るよ」
斎田も同じ気持ちらしく、ちょっと興奮気味だ。
テアがドアノブの鍵穴に針金を入れているところを、二人で食い入るように見ている。
「やりづらいんだけど・・・」
「え?駄目?」
「二人して月の光を遮るから、見づらいんだよ」
テアに注意された僕達は、光が遮らない立ち位置へと変更した。
元々おっさんの斎田に、中身はおっさんの僕。
いくつか分からないけど、お菓子で喜ぶ子供に怒られてしまった。
色々な意味で反省しよう。
「開いた!」
「おぉ!」
静かな歓声を挙げたところで、テアは少し扉を開ける。
周りに誰も居ないのを確認し、僕達に待機と言ってから部屋を出ていった。
一分もせずに戻ってくると、鍵が開いている他の部屋へ移動を開始。
突き当たりの部屋まで静かに早歩きで移動すると、そこは女性の衣装部屋になっていた。
「さっきの並びの部屋は、ほとんど鍵が閉まっていた。外から見えないような部屋は、ほとんど閉めてるんだろうね」
「それって、これだけの大きななのに半分しか使ってない?」
「そうだよ。住み込みの使用人の部屋があるかは分からないけど、普段使う部屋なんか両手で足りるって事だね」
「俺なんかワンルームで充分だしな」
冴えないおっさんの独り言は無視として。
テアの言う通りだとしたら、探すべきは残りは八部屋程度になるのか。
「八部屋くらいなら、結構簡単に終わりそうだね」
「何言ってんのさ。ここからが大変なんだよ」
「部屋を探すのが大変なのか?」
「違う。契約書だからといって、ローマンの部屋や書斎にあるとは限らないんだから。色々な場所に隠す可能性を考えないといけないんだよ」
流石はプロ。
僕達とは一味違う考えだ。
「いや、ホントに凄いわ。俺よりもしっかりしてるよ」
「俺だって睡蓮の一員なんだ。いくら魔王達とはいえ、こういう仕事では負けないよ」
「あぁ、頼りにしてる。それで、テアはこの部屋が怪しいと思うのか?」
「ここには無いと思う。もし契約書を取りに来た時、夫人か娘がこの部屋に来たら。彼は婦人服に興味がある、怪しい人だと思われる。人の目を気にするローマンなら、あり得ないかな」
意外にも論理的に説明するのも上手い。
今更だけど、この子思っているより精神年齢が高そうだ。
「でも、下の階にはどうやって行くんだ?」
「窓を伝って降りよう。階段を使うと、鉢合わせした時に逃げられない」
また身体を使うのか。
だったら安全に、窓から梯子を作ろう。
そう簡単に落ちる心配も無いしね。
「あの窓からにしよう」
外に梯子を作ると、テアが予定通り先行して二階の廊下の様子を伺っている。
ゴーサインが出ないという事は、誰か人が居るのかもしれない。
「廊下は無理だ。人の出入りが多くて、入るタイミングが無い」
「分かった。それならこうしよう」
梯子の途中で足場を作ると、そのまま隣の窓や他の窓まで足場を作ってみた。
そのままだと危ないので、一定間隔で手すりも用意してある。
足場の幅は斎田でも通れるように、三十センチ以上にはしておいた。
「本当に魔法って便利だね。俺も魔族に生まれたかった」
「ヒト族だって魔力はあるらしいぞ。既成概念さえ持たなければ、ヒト族でも魔法は使える。現に安土には、影魔法っていう魔法が使えるヒト族の女の子も居るからな」
「そうなの!?だったら俺も使えるかな?」
「テアなら、良い友達になれるかもね」
「そうなんだ。頑張ってみようかな」
テアは足を踏み外さないように下を見ながら、そんな事を言ってきた。
斎田は流石にそんな余裕は無いらしく、真剣な顔で下を見ている。
もしここで驚かせたら、怒られる事間違いなしだと思う。
「ここなら大丈夫。しかも丁度、書斎に着いたのかもしれない」
「やっぱり書斎が一番怪しい?」
「後は自室とか、人目につかない所だよね。窓、開いたよ」
ドラマでよく見るような、円を描いて窓に穴を開けるのかと思っていたのに。
実際は窓ガラスに傷を付けて、割るような感じだった。
音が鳴らないようにゆっくりと叩くと、その範囲だけが静かにズレていた。
「コソ泥も出来そうだ」
「コソ泥って言うな!暗殺者には必要な技術だからな」
部屋の中に入ると、そこはインクの匂いがした。
机の上に置かれた途中まで書かれた手紙に目を通すと、自領を治めている弟に向けた物のようだ。
その他にも机の上は、色々な本や紙が置かれていて、誰が見ても汚い。
棚には本が沢山あり、机の引き出しも含めると探さなければならない場所が、本当に多い。
「ここからが大変って言ってた意味が、ようやく分かった気がする」
「俺もだ。この中からたった一枚の契約書を探せとか、無理があるだろ」
うんざりした顔の僕達に、テアは捜索のコツを教えてくれた。
「まずは埃を被っているような本は除外。最近引き出した跡がある、ズレているような本から探すと良い」
ローマンは他人をあまり近付けたがらないのか、書斎は所々埃を被っていた。
契約書があるだけではなく、他にもそういう物が隠されている可能性もありそうだ。
そして、それは案の定だった。
「あっ!と思ったら、違ったわ」
「契約書じゃない?」
「コイツ、街で悪どい事してるな。多分警備の仕事を盾に取って、金取ってるっぽい。小心者だからか金額は少量だけど、いろんな店から貰ってればそれなりの金額になるみたいだ」
斎田の見つけた書類は、どうやら裏帳簿のようだ。
どうせなので、コレもキルシェへのお土産に持って帰ろう。
最悪、契約書が見つからなくても、間違いなく罰せられるようにね。
そうこうしていると、テアが急に振り返る。
ドアの方に視線をやると、僕達に隠れるように言ってきた。
「マズイ。誰か来るよ。見つからない場所へ隠れて」
斎田はすぐに窓から外へ出た。
彼の身体で隠れるような場所は、無かったからだ。
テアと僕は、別々に本棚の隙間へと入り込み、ちょっと間を空けてドアノブが回る音がした。
書斎に入ってくる足音がする。
椅子を引く音が聞こえた事から、机に着いたのだろう。
もう夜も遅いのに、こんな時間から何をするんだ?
「金貨五枚も払ったのに、全く連絡が来ない。役に立たん連中だ!」
明らかに睡蓮への愚痴だろう。
独り言を言いながら、何か書いていた。
ものの数分で終わったのか。
何か作業をして、部屋から出ていったのを確認してから、僕達は再び机の方に向かう。
「金をケチる奴が文句言うなよな!」
テアは逆に愚痴を言っているが、それよりも気になったのは何をしていたか。
「手紙が無くなっている。書き終わったのかな」
「ちょっと待って」
僕は手紙が無くなったくらいしか気付かなかったのだが、テアは違った。
「積み重ねた本が少し動いてる。手紙を書くだけなら、動かす必要は無いよね」
「どかしてみよう」
斎田が五冊くらい積み重ねられた本を、椅子の上に避けると、そこには普通は存在しない物があった。
「やっぱり!」
「鍵穴!?こんな目立つ所にあるのに、分からなかった」
テアはすぐに針金を使い、鍵を開けた。
机の下からカチッという音が聞こえる。
椅子を引き下を覗き込むと、そこには隠し扉のような物が開いていた。
「ビンゴだ!契約書、ゲットだぜ!」
別に赤と白のボールを投げてモンスターを捕まえたわけではないが、テアは妙に言い慣れてる感がある。
「よし、コレでこんな所には用は無い。さっさと帰ろう」
「この裏帳簿と契約書は、アンタが持ってて」
「俺が?」
「この中で一番戦闘力があるでしょ。最悪は俺達を見捨てて、先にホテルへ戻ってよ」
「戦闘力ねぇ・・・」
僕を見ながら斎田は、頭を掻いている。
まあ彼がそういう反応になるのも頷けるが、今の変身した状態で魔法を使えば、ヒト族じゃないと言っているようなものだ。
今は僕よりも強いと言えるだろう。
「それじゃ、急ぐよ」
窓から出ると、さっきと逆の手順で外に出ようと二階の壁沿いを歩いていると、僕の足場が崩れた。
「どわあぁぁ!!イテッ!」
幸いな事に、茂みに落ちた事で怪我はしていない。
上を見ると、二人が心配そうに覗き込んでいるのが分かった。
大きな声を出さないように身振り手振りで大丈夫と伝えると、斎田は僕を置いて走っていく。
テアも慌てているが、何故か分からない。
すると後ろから、知らない男の声が聞こえた。
「このガキ、何処から入り込みやがった!ここはお前達みたいな平民のガキが、入っていい場所じゃない!というより、何だその格好?怪しい奴め、ローマン様に突き出してやる!」