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潜入ローマン邸

 イッシーは僕と、ローマンという貴族の屋敷に忍び込むと約束してくれた。

 しかしその前に、彼は髪を切るという事に神経を研ぎ澄ませていた。

 日本の某アイドルのような髪型にしてくれ。

 美容師にスマホで画像を見せて、同じような髪型にカットさせると、彼は満足したのか鏡をずっと見ていた。

 新イッシー誕生。

 本人はそう言っていたが、ぶっちゃけ毛先を切って遊ばせたような髪型で、何が変わったのか分からなかった。


 クラッペンという貴族が依頼したと、キルシェからの報告があった。

 それに伴い、ようやく睡蓮も本腰を入れるようだ。

 睡蓮の長は、猿人系の女性獣人だった。

 彼女はスラムに住む子供や表世界で生活出来なくなった人達をまとめ、睡蓮という組織を仕切っていた。


 彼女は早速、クラッペンを始末しに行くようだ。

 僕達もローマンという男の屋敷に、契約書を盗み出しに行こうと変身していた。

 結局、肌の色と耳の形を変えた子供の姿で行く事になったのだが。

 問題はイッシーだ。

 彼は洗面室に行くと何やら準備して、仮面を外して出てきた。

 そこに現れたのは、僕の記憶に無いおっさんの姿だった。






「おいおい〜、冗談はやめてくれよ。ん?もしかしてカッコ良過ぎて、驚いちゃった?」


「・・・」


 イラッとしたが、僕も大人だ。

 軽く流しておこうじゃないか。



 というか、本当に誰?

 声で誰なのかは分かっている。

 しかし敢えて言うと、こんな顔だっけ?というのが本音だ。



「・・・そんな顔だっけ?」


「少し太ったかな?あの頃は盗み食いだったから、量も食べられなかったし」


「そういう意味じゃないんだけど。ちょっと待ってて」


 そういえば、イッシーもとい斎田の顔を知っている人物が、ここには三人も居るじゃないか。

 太田は見張り中だから無理としても、蘭丸とハクトならこの部屋に来てもらえる。



 二人を呼んだ僕は、前置きなく彼が誰だか聞いてみた。



「・・・はじめまして、ですよね?」


「すまんが、俺も初対面だと思うんだが。以前会ってるんだよな?」


 二人とも声を出さない斎田が誰か、全く分からないようだ。

 僕が思い出せなかったのも、あながち失礼ではなかったんだな。



「やっぱり覚えてないか」


「あの時の俺は、ただの盗人だもんな。仕方ないさ」


「えっ!イッシーさん!?」


「マジかよ!そういえば、ヒト族がどうとかって・・・。イッシーを連れていくのか!?」


「真イッシー改め、新しいイッシー。新イッシーだ!」


 ポーズ付きで決めゼリフを言ってくれたが、誰も耳に入っていなかった。

 それよりもイッシーの素顔に、皆は驚いている。



「アレから何年も経つけど、そこまで覚えてないものなの?」


 斎田は自分の顔が忘れられていた事が、ちょっとショックのようだ。

 石仮面の強烈な印象が強いのと、元の顔を見たのはそんなに長くなかったのも原因だと思う。

 ただ、それよりも・・・。



「頭は覚えてるんだわ」


「僕も髪型は覚えてる」


「俺も頭は薄ら覚えてるな」


「ハゲがそんなに珍しいか!こんちくしょー!」


 やっぱり怒った。

 二人は今はフサフサじゃないかと宥めているが、涙目の斎田は過去を思い出して塞ぎ込んでしまった。



「ねぇ、そんな事より早く行かないと。先に行った睡蓮様達が帰ってきちゃうよ?」


「そ、そうだよ!イッシー、手伝ってくれるんだろ!?ほら、素顔で外に出たら、モテるかもしれないじゃんか」


「む?」


 壁に向かって体育座りをしているイッシーが、少し動いた。

 蘭丸達もそれを見て頷く。



「夜の繁華街に行ったら、噂になっちゃうかもしれないな」


「そうだね。女の人に声を掛けられる可能性だってあるし」


 明らかに動揺している。

 というより、座ったまま近付いてきた。

 器用に動く人だな。

 トドメは僕が決めるかね。



「蘭丸やハクトとは、違うフェロモンが出てるしね。ワイルド系の危険な大人の男?そういうのが好きな人には、堪らないかなぁ」


「ハッハッハ!そうか!そこまでか!よし、さっさと仕事終わらせて、そのまま飲み行こうぜ!」


 行かねーよ。

 子供二人連れて行ったら、それこそ子連れでモテないぞ。

 なんて事を思っても、敢えて言わないのが大人である。

 蘭丸とハクトはため息を吐いて、部屋を後にした。

 後で謝っておこう。



「テア、それじゃ案内を頼む」





 どうするべきか迷ったが、三人ともヒト族の格好だ。

 下手に怪しい動きをするよりも、真正面から出た方が良い。

 僕達は一階のフロントの前を普通に通り、ホテルから外へ出た。



「何も言われなかったな」


「親子に見えたんだろ。もう時間も遅いから、少し怪しまれたかもしれないけど」


「大丈夫だよ。今は進水式直前で、街全体がお祭り騒ぎで盛り上がってるから」


「そうなんだ」


 部屋にずっと篭りきりの僕達は、ホテル前しか見えない。

 夜なのに明るいなとは思ったけど、そういう理由があったとはね。



「ついて来て」



 テアを先頭にゆっくりと歩いていく。

 下手に急ぐと、それはそれで怪しいからだ。


 歩きながらテアは、ローマンの情報を話してくれた。

 ローマンは子爵で、この川の街ツヴァイトフルスには警備を任されて王都からやって来たという。


 田舎の方に小さな領地を持っているが、そこは代理で弟が治めていて、本人は王都へ出世する為に来たらしい。

 王都でキーファーに媚を売りまくった結果、キーファー失脚と共にローマンも追いやられたみたいだった。



「お前、何でそんなに詳しいの?」


「俺は情報収集が仕事だからな。これくらい朝飯前だ」


 テアのような子供には、大人も分からないと思ってか、愚痴と一緒に情報を話してくれるという。

 あんまり役に立たないと思っていたのだが、テアはテアで活躍してるみたいだな。



「もうすぐ着くよ。ローマンの屋敷だ」


「子爵の家ってこんなに大きいのか」


 立ち止まると怪しまれるので、ゆっくりと歩きながら素通りしていく。

 建物の方を見ると、三階建てのちょっとしたアパートのような大きさだった。

 家族で住むにしても、これはかなり大きいと思う。



「大きさだけはね。中は違うから」


「どういう事?」


「入れば分かるよ」


 テアは建物の裏手の方へ向かうと、通りから見えない位置で立ち止まった。



「ここから入ろう」


「ちょっと待った!」


 僕は二人を呼び止めた。

 忍び込むなら、やっぱりあの姿にならないといけないのだ。



 バッグから取り出したのは、白いタキシード。

 いつかは着る日が来るだろうと、かなり昔にスイフトに頼んで作ってもらった物だ。

 あの時から成長していなくて良かった。

 いや、良くないのだが。

 僕はすぐに着替えて、右目に単眼鏡を装着しようとしていると、テアから質問が来た。



「何してるの?」


「忍び込むって言ったら、この姿でしょ。予告状は流石に無理だけど、これでグライダーで飛んで去っていきたいんだけど」


「馬鹿なの?そんなに目立つ格好してどうするの?」


「・・・カッコ良くない?」


「忍び込むのに、カッコ良さなんか必要無いからね」


 めちゃくちゃ正論を言われてしまった。

 せっかく用意したのに・・・。

 再び着替えようと脱いでいると、彼女はこっちを着ろと言って黒い物を手渡してきた。



「目立たないように、二人ともこっちに着替えて」


「何これ?」


「早く」


 小さくてもプロだ。

 素人の僕達は言われるがまま、着替える事にした。



「マジかよ・・・」


 斎田も引き気味に愚痴を溢す。

 僕も着替えて、ちょっと悲しくなった。


 黒い全身タイツである。

 僕の水鉄砲はそこまで目立たないが、斎田の股にはそれなりのニューナンブが備わっていた。

 あくまでもニューナンブ。

 そこはマグナムではない。



「着替えたね。入るよ」


 周りを見回した後、サッと敷地の壁を飛び越えるテア。

 三メートル以上はあるのに、簡単に飛び越えたのを見て、僕と斎田はちょっと驚いた。



「それじゃ俺も」


 斎田もそれに続いて、壁を越えていく。

 マズイ。

 二人とも簡単に飛び越えていったが、僕の身体強化では、五分五分の成功率だろう。

 しかも早くしないと誰か来てしまう可能性がある。

 覚悟を決めろ!



「ちょえぇぇい!ぐはっ!」


 壁の上で引っかかってしまった。

 慌てて飛び降りたが、下に居た二人は笑いを堪えている。



「魔王ってそんなに身体能力無いの?」


「たまたまだ!今は身体強化よりも、魔法特化した姿だから仕方ないの」


「よく分からないけど、足引っ張らないでね?」


 くうぅぅ!!

 子供に言われるとは!

 これも全身タイツが悪いんだ!

 白いタキシードなら、僕だって華麗に越えられたのに。



「うーん、窓から入るのはやめた方が良さそうだ。屋根に上がろう」


「屋根に!?」


「さっき正面から見た時、犬か魔物っぽいのが庭先に居たのが見えた。あまり下でウロチョロするのは見つかる可能性が高いよ」


「俺も動物が居たのをチラッと見た。ここはこの子の言う通りにしよう」


 二人はそう決めると、軽やかに二階へ上がる。

 窓から誰も居ないのを確認して、更に三階へ。

 そしてそのまま、屋根へと上がっていった。



 二人は早く来いと、手招きしている。

 あんな動き、僕に出来るわけがないじゃないか!



【さっきから見てると、あの子も結構やるなぁ。お前が一番運動神経無さそうだ】


 悪かったね。

 でもこれでも人並みだし、あの二人がおかしいんだよ。

 ヒト族なのに、身体強化した僕より動けるんだから。



【どうやって上がるつもりだ?ここだけ代わるか?】


 いや、別にジャンプして上がる必要は無いから。



 僕は窓から遠く離れて、誰も見えない場所に移動。

 そして屋根まで一直線になっている壁を見つけ、そこに手を突いた。



【なるほど。頭良いな】


 こっちの方が僕向きだ。

 創造魔法で壁に梯子を作った僕は、そのまま足を滑らせない程度に急いで屋根へと上がる。



「す、凄いよ!俺、そんな魔法初めて見た!」


 梯子を作った瞬間、身体を乗り出して見ていたテアは、斎田に注意されていた。

 興奮気味に僕に語るテア。



「創造魔法は魔王しか使えないのさ。これが魔王の力だ!」


 胸を張って堂々と言う僕に、テアは凄いの連発である。

 さっきまで馬鹿にされていたから、ちょっと気持ち良い。



「え?」


 上に登って気付いた事がある。

 屋根、ボロくね?



「驚いた?」


「うん。何というか、汚いね」


 補修された跡くらいなら良いのだが、元から造りが荒い。

 建物自体は白を基調とした、小綺麗な屋敷なのに。



「見栄っ張りなんだろうね。表向きは綺麗でも、見えない所はこんなもんなんだよ」


「貴族って皆、こんな感じなの?」


「流石に全員じゃないよ。王都の貴族なんかは、屋根でも綺麗だし。大貴族になると、もっと大きな屋敷だからね。上からボロボロの屋根なんか、偉い人に見せられないでしょ?」


 彼女の話を聞いて、僕達はなるほどと感心してしまった。

 貴族も大変だなぁ。



「子爵の家にしては少し大きいけど、ここは王都じゃないからね。それなりに見栄を張ってるんだと思うよ」


「クラッペンって貴族の屋敷は?」


「クラッペンはこの街に住んでないから。王都に屋敷と、他に領地を持ってるよ」


 睡蓮の連中が何処で襲撃するか分からないが、向こうは任せたのだ。

 成功を祈って、待つしかない。



「ところで、どうやって降りるんだ?」


「向こうに行けば中に入れるよ」


 テアはゆっくりと、指定した場所へ向かう。

 斎田も音を立てないように、後ろを歩く。


 僕もここは音が鳴らないように、静かに。



「抜き足」


 ミシィ・・・


「差し足」


 ミシィ・・・


「忍びバキッ。バキ?あぁぁぁぁ!!!」


 足下に大きな穴が空き、僕は落ちた。





「イテテテ。なんだこの部屋?物置?」

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