イッシー、ワイルドになる
どうやら捕まえた薔薇の中には、灰色のなんちゃらという強者が居たらしい。
リーダーは薔薇の戦力が減った分、成功する確率は増えると言い、子供であるテアを残して去っていった。
僕は残ったテアに話し掛け、テア達睡蓮に依頼した貴族が誰か聞き出す事に成功。
しかしテアに話し掛けていた僕が、長可さんにはナンパでもしているように見えたらしい。
流石に僕は憤った。
男に興味は無い。
と思っていたら、テアは女の子だった。
冗談で済ませたのだが、何処まで信用されたかは不明だ。
ローマンという貴族が犯人である。
キルシェにそう伝えたところ、証拠があれば奴を断罪出来ると言った。
証拠なんか残しているのかと不安に思っていると、再びテアが現れて必ず持っていると断言した。
彼女が言うには、睡蓮との契約書が手元にあるはずだという。
魔族である僕達が動き、もしバレたら大問題になる。
その事からヒト族しか動けない。
テアが案内してくれるという事だったが、変身した僕を含めても、あと一人必要だった。
そんな時現れたのは、仮面の上でボサボサに伸ばした長髪の、イッシーだった。
「散髪・・・何という甘美な響き。カリスマ美容師を用意してくれ」
「そんなもん居るか!」
「美容師ですか?王家が雇っている者で良ければ、お呼びしますけど」
「王族様の髪をカットする美容師だって!?是非ともお願いします!」
キルシェの計らいで、何故か怪しい仮面男の散髪の為に、大勢の人が動き始めた。
美容師を呼び出す人に、散髪する場所の準備をする人。
大きな姿見を用意して、準備万端といった様相だ。
「ここまで準備してもらって申し訳ないが、先に僕の話を聞いてからにしてもらいたい。しかも二人きりで話がしたい」
「どういう事?ここじゃ駄目な話なの?」
彼は意味が分からずに困惑している。
しかし説明は後回しだ。
まずはイッシーを、空いている部屋へと連れて行った。
「単刀直入に言おう。僕とあのテアという子供と三人で、貴族の屋敷に忍び込んでほしい」
「ふーん。何故、自分が選ばれたんだ?」
「万が一見つかった場合、魔族だとバレると外交問題に発展する。だから僕もヒト族に変身して行くんだけど。佐藤さんは官兵衛から止められてしまって、人手が足りないんだ」
「それで俺にお鉢が回ってきたのか。・・・分かった」
返事が来るまでが遅かった。
彼の中で、何かしら考えていたのかもしれない。
「作戦決行は、睡蓮の皆が動くと同時に行う。そのつもりで準備していてくれ」
部屋を出ると、そこには散髪の準備が整っていた。
恐る恐る席に座るイッシー。
美容師だと思われる人が、イッシーに声を掛ける。
「どのような髪型にしましょう?」
「え?」
イッシーは返事に戸惑っていた。
予想だが、今まで整えるくらいしかしなかったのだろう。
髪型なんて、考えていなかったと思われる。
「似合う髪型でお願いしゃふ!」
思いきり噛んでいた。
そもそも、石仮面の顔に似合う髪型とは何ぞ?
美容師も流石に答えに困っている。
「えっと、私のセンスではご要望にお応えしかねるので、決めて頂けると幸いです」
上手い切り返しだ。
自分のせいにすれば、断る口実として相手を不快にはさせない。
しかしイッシーもそれでは困るらしく、仮面の奥から返事が無い。
「誰か見本となる芸能人とかは?」
見かねた僕がアドバイスを出すと、よりによってそんな風にするのかと聞き返したくなる髪型を選んできた。
「あ、アイドルだ!あのアイドルグループのセンターだった人が良い!」
彼が言うのは、花鳥風月や僕に扮したラビの事ではない。
日本に居た時のアイドルグループの事だった。
そんな人はこの世界で誰も知らない。
キルシェも転生した後のアイドルだったからか、知らないと言っている。
仕方ないので、スマホで画像を検索して、彼のアップ画像を美容師に見せた。
「承知しました。すいませんが、この精巧な絵を、このまま見せてもらってもよろしいですか?」
「どうぞ。同じような髪型にして下さい」
一時間後。
うたた寝をしていた僕に、終わったと報告が来た。
そこには、長髪ながらワイルドな髪型のイッシーが立っていた。
なかなかカッコ良い・・・のか?
「ど、どうですか?」
「ワイルドな髪型になりました。とても似合っていると思います・・・よ?」
やはり皆も、語尾に疑問形が入る。
石の仮面に似合う髪型って何だよ!
返事に困るのは当たり前だ。
だが本人は満足しているらしい。
鏡を何度も見ては、ちょっとしたため息を吐いていた。
コイツ、自分に見惚れてないか?
「イッシー、僕との約束を忘れるなよ」
「新たなるイッシー、新イッシーに任せろ!」
聞く限り、何が変わったかサッパリ分からん。
多分新しいイッシーで新イッシーなんだろうけど、誰も気付かないだろうな。
それとどうでも良い話だが、仮面を変えればナマハゲに見えなくもない。
などと言うと怒るので、心の中で秘めておく事にした。
暗殺を依頼した者が判明した。
そう報告を受けたのはたった二日後だった。
赤騎士の一人がキルシェの代理としてやって来て、その者の説明をしてくれるという。
僕達は見張り以外を集め、彼の話を聞く事にした。
「名前はクラッペン・フォン・ヴァイゼル。反魔族派貴族の一人ですね」
「ソイツが反魔族派のトップ?」
「違います。リーダー格はエーレンフリート様になります。彼は侯爵という立場にありながら、キルシェ陛下の批判を公然とされています」
それは許される事なのだろうか?
要は王様批判だろ。
王権で成り立っている国なら、あり得ないはずなんだけど。
「ちなみにそのエーレンフリートってのは、今回の件に関わってるの?」
「彼が関わってる証拠は見つからなかったそうです」
どうせ裏で糸を引いてるのは、ソイツなんだろうな。
そのうち敵対するにしても、実害は受けていない。
まだ放っておいて問題無い。
今は暗殺を依頼した、クラッペンとやらが先だ。
「クラッペンって貴族で確定なら、僕達も行動に移すけど。間違いないよね?」
「キルシェ様の名にかけて、間違いございません」
「分かった」
主君の名前を出すくらいだ。
絶対なのだろう。
彼は後は頼みますと言い残し、再びキルシェの居る中層階へ戻っていった。
「誰が依頼したか、分かったそうで」
「キルシェが教えてくれたよ」
「そうですか。彼が安土の領主をやっている我々の依頼者、魔王になります」
戻ってきた睡蓮のリーダーは、顔を隠した人物を一人連れてきた。
リーダーが敬語を使っている様子から、おそらくこの人物が長なんだろう。
長と言っても、年齢が高いわけでは無さそうだ。
その動きから、老人と呼ぶ程ではないと思われる。
「はじめまして。魔王やってます、阿久野です」
「貴方が悪の魔王ですか。本当に子供だとはね」
「え?女性?」
顔を隠していた布を取ると、そこから出てきた顔を見て、皆が驚いた。
「獣人!?」
「王国に獣人が居たのか!?」
魔族嫌いのライプスブルグ王国に、魔族が居るなんて誰も思わないだろう。
しかも裏の世界では有名っぽいし。
「はじめまして魔王様。私は睡蓮。三代目になります」
「三代目という事は、親と祖父母も獣人?」
「私は拾われたので、父母と血の繋がりはありません」
ちなみに彼女は、自分が何の獣人かも知らないらしい。
見た目からは猿人系なのだが、猿なのかチンパンジーなのかオランウータンなのか。
そこまで気にしていないという話だ。
「合点がいきましたね。我々が捕まえた時、王国の住人なのに魔族である我々に対して、誰も嫌悪な態度を示さなかった。彼女の存在があったからですね」
「又左殿の言う通りのようです。オイラもこのような理由があったとは、全く気付きませんでした」
「睡蓮様はね、凄い強いよ。だから貴族なんかすぐに殺せるよ」
テアは無邪気に言うが、流石に殺すという単語を聞いて睡蓮も苦笑いだった。
「獣人は貴方だけですか?」
「そうです。私以外はスラム街で捨てられていた子供や、表で生活出来なくなった者達の集まりです。スラムや裏に住んでいれば、ヒト族も魔族も関係ありませんから」
「魔族を嫌っているのは、一部の王侯貴族だけ。これは事実のようですね」
長である睡蓮を慕っている様子から、官兵衛の言う通り貴族連中だけが嫌っているっぽい。
「睡蓮殿、仕事の話をしてもよろしいですか?」
「勿論です。よろしくお願いします」
クラッペンを始末するのは、官兵衛と睡蓮達に任せた。
僕は彼女等がクラッペンの暗殺に向かっている間、テアとイッシーの三人でローマンの屋敷から契約書を盗まないといけない。
睡蓮は官兵衛との作戦会議をスムーズに終え、すぐに行動を開始すると言った。
「睡蓮殿、最後に一つ確認が。薔薇の連中の首領を知っていますか?」
「いえ、噂だけです。向こうも実は魔族ではという話を聞いた事があります」
「勝てますか?」
官兵衛の失礼な質問に、睡蓮は即答した。
「私は睡蓮。滅亡を司る花として、どのような人物も始末しますよ」
さっきまでの温和な顔から、裏稼業をしてきた自負を見せる、強烈な目をした顔になった。
コレを見せられて、本当かよ?とツッコミを入れるほど、僕は心臓に毛は生えていない。
「それでは、成功の報告をお待ちしています」
「翌朝、報告に参ります」
彼女はそう言うと、リーダーや他のメンバーを引き連れて、窓から飛び降りた。
下を見ると、その姿はもう見当たらない。
「行ったか。今夜で決めるつもりみたいだな」
「魔王様も頑張って下さい」
「とりあえず、僕達も準備するわ」
誰も居ない部屋に三人で入った後、僕はまずダークエルフだと思われる姿から変身する事にした。
思い浮かぶヒト族といえば、まずはこの姿になる。
「誰?」
「自分だよ。この姿になる前のね」
「へぇ。お前、そこまで顔悪くないんだな」
イッシーからはお褒めの言葉をもらったが、この姿は駄目だと分かった。
「マズイね。背が違い過ぎて、歩く感覚がおかしい」
「何も無い所でコケるのは、潜入には向かないな」
ダメ出しももらったし、この姿は封印となってしまった。
自分なのに・・・。
【元の身体と言っても、何年も小さいこの姿だからな。歩く事すらままならないんじゃ、忍び込むどころじゃないだろ】
兄さんも経験出来れば良いんだけど、変身はまだ兄さんのまま使うのは難しいからなぁ。
兄さんなら忍び込むくらい、簡単に出来そうなのに。
【俺もそう思うが、この辺りで見掛けないダークエルフのガキなんか見つけたら、即俺だってバレる。だからお前が頑張るしかない】
分かってる。
何とかしてみるよ。
「とりあえず、慣れた身体でどうにか出来るように、肌の色と耳の形を変えてみた。これならヒト族に見えるでしょ?」
「そうだな。そっちの方が見つかっても子供の印象が強くて、バレない気がする。それじゃ、俺もそろそろ準備しますか」
イッシーはそう言って、洗面室へ入っていった。
仮面取るだけなのに、何を大袈裟な。
と思っていたのだが、髭でも剃るのかな?
そう考えると、準備が無いとも言い切れない。
「なあ、あの仮面の男は何故連れていくんだ?」
「イッシーは実はヒト族なんだ。ワケあって、素顔を晒したくないから、あの仮面を着けてるんだよ」
「そうなのか。仮面の化け物だとばかり思っていた」
テアはイッシーに近寄らなかったのは、化け物だと思っていたからだった。
子供の思い込みって凄いね。
「終わったぞ」
洗面室の扉が開き、彼は仮面を左手に持ち、出てきた。
イッシーではなく、斎田として久しぶりに人前に姿を現したのだった。
だったのだが・・・
「誰?」