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目には目を

 捕まえた連中にも、花の刺繍があった。

 それは睡蓮の花で、ホテルに残した者達の仲間かもしれない。

 ハクトの提案で料理人になる事を決めたチンピラ四人組は、子供を含めた五人を拘束してホテルへと戻ったのだった。


 その頃僕は、キルシェを訪ねていた。

 彼女に黒薔薇の刺繍をした者達について話を聞く為だ。

 彼女達はそれを知っているらしく、話を切り出そうとした時、ハクト達が報告にやって来た。

 どうやらハクト達の捕まえた睡蓮の刺繍を持った者達も、心当たりがあるらしい。

 彼女はその二組を、暗殺者の一族だと告げた。


 彼女の話によると、その二組の一族は別々らしい。

 薔薇の一族は恨みによる理由で受け、睡蓮は金で動くという。

 話を聞く限り、睡蓮は弱そうな気もする。

 二組が手を組む事はほとんど無く、お互いに依頼者は違うようだった。

 しかしその依頼をした人物を探すのは、容易ではない。

 僕達でも難しいと思ってると、キルシェは嬉しさを噛み締めたように唇を震わせていた。


 彼女には、各有力貴族に潜入させている特殊工作部隊があるらしい。

 僕達では探す事は出来ないと言うと、彼女は探し出す役目を引き受けると言った。

 どうせだから任せようかな?

 そう言ったのが間違いだった。

 彼女はその代わり、依頼してきた貴族の始末を、僕達に押し付けようという魂胆だった。





 やられた!

 満面の笑みを浮かべる彼女に、僕は苦笑いで応えた。

 昨日と違って、一方的に利用するという考えではない。

 彼女達も、リスクを冒して相手を調べるのだ。

 役割分担と言ってしまえばそれまでだが、まさかこんな形で返してくるとはね。



「お断り、しませんよね?」


 官兵衛の方を見て確認したが、彼も仕方ないといった表情をしている。

 もしかしたら官兵衛は、こう来る事を分かっていたのかもしれない。



「お受けしましょう。ただし!少し問題があります」


「問題ですか?」



 僕が問題している事。

 それは、内密に処理出来ないという点だ。

 又左や慶次、更に言えば太田は、暗殺など全く向いていない。

 かと言って蘭丸やハクトを出すかと言われたら、ちょっと違う気もする。



「貴族に制裁を加えると言っても、僕達が動くと王国中に知れ渡るような動きしか出来ないと思うんですけど。それでも良いですか?」


 僕の発言に、キルシェは考え込んでいる。

 考えてはいるが、僕は駄目だと考えている。



 まず僕達がその貴族を、大々的にやっつけたとしよう。

 如何なる理由があっても、王国の民は魔族の報復怖いよねって考えると思う。

 そして僕達を招待したのはキルシェだ。

 彼女の評判も僕達と共に、多少なりとも下降するのは目に見えている。


 そう考えると、この案はあまり得策ではない。



「難しいですわね。いかなる証拠を提出しようと、首謀者のような反魔族派は非難するでしょう」


「どうします?」


 彼女は窓際に移動し、外を見ながら考え始めた。


 天気は良い。

 狙撃するにはピッタリのシチュエーションだな。

 僕の厨二的な頭が、そんな事を考えてしまった。



「定期連絡は早める事は出来ますか?」


 官兵衛の言葉に、振り向くキルシェ。

 彼女はドルヒを見て確認したが、ドルヒは首を横に振る。



「では、その工作部隊の面々を教えてもらう事は?」


「あまりしたくないですわね」


「進水式前日まで、彼女達からの連絡が無いというのが問題です。首謀者が分かり次第、こちらに連絡が来れば問題無いのですが」


 ドルヒはそれを聞いて、キルシェに耳打ちを始めた。

 緊急措置の連絡方法が、あるのかもしれない。



「分かりました。分かり次第、こちらから連絡致します」


「ありがとうございます。では、我々はこれで」



 官兵衛が最上階へ帰ろうと、席を立った。

 あまり状況が理解出来ない僕達は、とりあえず彼に続いて席を立つ。


 しかしキルシェは、その後どうするのかを聞いていない。

 緊急措置を取るというリスクを冒すのだ。

 何も説明しないままでは、彼女も納得出来ないらしい。



「あの!その貴族を特定出来たら、どうされるのですか?皆さんでは難しいのでは?」


「考えがあります」


「教えていただく事は出来ますか?」


 彼女はそう言うが、それより先に僕に教えてくれ。

 何も知らないままだと、どう動いて良いのか分からん。



「ちょっと待って下さいね」


 官兵衛と部屋の隅へ行き、彼の作戦を聞いた。

 出来るのかと確認すると、自信はあると言う。

 僕はいつものように、彼を信じる事にした。



「大丈夫!出来ます」


「いや、だから教えて頂けると助かるのですが」


「目には目を、歯には歯を。これがヒントです」



 ハンムラビ法典で有名な言葉だが、この世界にはそんな言葉は無いらしい。

 キルシェと長谷部以外は、ポカンとした顔をしていた。

 まあ、長谷部がこれを知っていたのは意外な気もするけど。


 そしてキルシェは、ハッとして何かに気付いたようだ。

 少し悪い顔をして、こう言った。



「目には目を、歯には歯を。暗殺者には暗殺者を、ですか?」


「素晴らしい!陛下は本当に聡明でいらっしゃいます」


 意味が分かった官兵衛は、キルシェをベタ褒めした。

 他の連中はまだ理解していないようだが。

 そんな中、ドルヒはキルシェが褒められて得意満面といった顔をしている。

 こんなすぐに分かるとは思わなかったので、僕としては負けた感じがした。



「では、我々も準備がありますので。今度こそ失礼します」


「私達も判明次第、すぐに連絡します。最上階でお待ち下さい」





 最上階に戻った僕達は、又左達をそのまま引き連れて、元刺客だった連中が見張っている睡蓮組の下へ向かった。



「マスターハクト!お待ちしてました」


 いつからハクトはマスターになったのだ?

 困惑するハクトをよそに、彼等は笑顔で迎え入れる。

 それだけ彼等にとって、職は大事なのだろう。



「それよりもお前等、睡蓮の刺繍入りの連中は暴れてないよな?」


「大丈夫です魔王様。あっしら以外に、彼等が見張ってますから」


 中には佐藤さんとイッシーも居た。

 誰も暴れてなければ、怪我をさせたりもしていないはず。

 だったら会話をする事も出来るだろう。


 僕達は彼等の前まで行き、五人に尋ねた。



「この中のリーダーは誰かな?」


「・・・俺だ」


 警戒しているのか、子供の前に少しだけ出てきた。

 別に罰を与えようというわけではないんだが。



「提案があるのだが、聞いてもらえないかな?もしこの提案を受け入れてくれたなら、全員を無事に解放しよう」


 流石に怪しまれているな。

 誰も提案を飲もうとは言わない。



「じゃあそのまま聞いてほしい。キミ達に依頼した者を教えろとは言わない。逆に、キミ達に依頼をお願いしたい」


「依頼?」


 おっと、少し興味を持ってくれたかな?



「僕達は命を狙われている」


「命までは狙ってないぞ!」


「馬鹿!黙れ!」


 子供は素直だなぁ。

 やはり彼等は、僕達に嫌がらせまでしかチンピラ四人に頼んでいないようだ。



「この子の言う通りだね。この四人にも確認したが、キミ達は嫌がらせまでしか頼まれていないらしい。それは金額的に暗殺までは無理だったから?それとも最初から嫌がらせを依頼された?ま、それは今はどうでも良いんだ」


「何が言いたい?」


「キミ達以外にも、暗殺者が狙ってきている。薔薇の刺繍が入った連中だ」


「薔薇の連中が!?」


 この驚きようだと、まさかターゲットが被っていたとは知らなかったようだ。

 しかも向こうは暗殺を依頼してきている。

 おそらく、彼等も薔薇の連中がどんな連中なのか、知っていると思われる。



「ここで本題だ。キミ達に薔薇の連中を雇った依頼者を、暗殺してほしい」


「無理だ」


 即答するリーダー。

 又左と慶次がそれにイラつきを感じているが、佐藤さんに抑えられていた。

 下手に口を挟まれて機嫌を損ねられたら、この作戦は終わりだ。

 佐藤さんもそれが分かってか、二人を部屋から連れ出した。



「何が無理なのか教えてほしい。金の問題?それとも狙うターゲットが分からないから?」


「両方だな。まず薔薇と衝突する可能性があるなら、その金額は増大する。お前等に払えるとは思えん」


「んー、ちょっと待ってね」


 ハクトと官兵衛は、部屋を出て行った。

 ちょっとしてから戻ってくると、部屋の外には台車に布を被せた金貨を運んできていた。

 そのまま見せると、全て支払わなくてはならない。

 僕は部屋の外から、少しずつ持ち出す事にした。



「金貨十枚なら?」


「話にならん」


 その程度では無理か。

 じゃあ追加。



「五十枚」


 反応が無い。

 見向きもしない事から、この程度では動かないと言いたいのだろう。



「百」


 駄目か。

 ちょっと勢いよく跳ね上げてみよう。



「五百」


 おっ?

 リーダー以外の連中が動いたぞ?

 この金額なら、引き受けそうな感じだな。

 リーダーが承諾しないと駄目っぽいけど。



「そうだな。薔薇と衝突する可能性があるなら、もうちょい乗せよう。八百」


「八百!?」


 とうとう後ろの連中は声を上げた。

 というよりリーダーも、目の前の金貨に釘付けなっている。

 これは四桁で落ちそうだな。



「成功報酬でプラス二百枚だ」


「・・・我々をそこまで評価されるのであれば、協力するのもやぶさかではないな」


 落ちたな。





「では、依頼内容をもう一度言う。薔薇の連中に依頼した貴族を、始末してほしい。出来るだけ隠密で頼みたい」


「それは承知した。問題は相手が誰か分からない事と、薔薇の連中が貴族を守っている可能性があるという点だ」


「ちょっと聞いていいか?」


 珍しくイッシーが手を挙げた。

 何か気になるようだ。



「その薔薇の連中ってのは暗殺者だろ?護衛みたいな仕事もするのか?」


「それは我々にも分からない。逆ならよくあるのだが」


「それは薔薇が狙って睡蓮が護衛という事?」


「そうだ。我々は暗殺が生業と言われているが、実際はそうではない。護衛もすれば運び屋にもなる」


 さっきキルシェに聞いていたのとは、ちょっと違うらしい。

 要は金次第で動く、何でも屋なんだろう。



「暗殺は基本的に、恨みや妬みが多い。そういう仕事は薔薇に持ってかれちまうんだ。だからそれだけだと、やっていけないというか・・・」


「それは喋る必要無いだろう!」


 勝手に話した子供に、リーダーは怒鳴っている。

 ありがとう子供よ。

 キミ、この仕事向いてないんじゃないかな?


 実情は、ライバル会社の薔薇商事に仕事を持っていかれるから、他の商売にも手を出し始めたってとこか。

 暗殺稼業も世知辛い世の中ですなぁ。



「と、とにかく!狙う相手が分かれば問題無い」


「もう一つ質問良いか?」


「イッシー、まだ気になるの?」


 また手を挙げるイッシー。

 ただ、次の質問はこの作戦に関わる大きな質問だった。



「睡蓮と薔薇、どっちが強いんだ?それ次第では、失敗しないか?」


「確かに。薔薇が護衛してたら、最悪返り討ちもあるのか」


 この質問は、睡蓮の連中が怒ってもおかしくないと思っていた。

 しかしそういう反応は無い。

 どうやら相当シビアな話らしい。

 リーダーも言葉を選びながら、答えてくれた。



「薔薇に強い奴も居る。だが、うちの最強メンバーなら勝てると思う。しかしその強い奴が、薔薇の最強かは分からない」


「その最強メンバーさんは、今回の作戦に参加してくれるのかな?」


「金貨千枚だからな。長に失敗しないメンバーを揃えさせるつもりだ」


「千枚っつったら、破格だもんね!失敗したら俺達がクビになっちまうよ」


「だから余計な事を喋るな!」


 この子、余程喋りたいらしい。

 知らない情報が沢山出てくるよ。

 後でお菓子とか渡したら、嫌がらせの依頼者とか教えてくれそう。



「失敗はしない。我々にもプライドがある。これだけの金額を提示していただけたのだ。絶対に成功させる」





「交渉成立。縄を解くから、長に連絡をしてほしい。頼んだよ」

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