暗殺の一族
黒薔薇組は置いといて、蘭丸達を襲った彼等は素人同然だった。
黒薔薇の連中が依頼したのかとも思ったのだが、それも違った。
官兵衛の話によれば、彼等は別々に依頼されたのではという結論になった。
官兵衛は依頼者を炙り出す為に、彼等を餌として使うと提案した。
彼等には又左達の毛を持って、依頼者に嫌がらせの成功を報告してもらう事にした。
慶次が倒した仲間の死体を見せると、彼等は途端に従順になった。
翌日に会うというので、彼等を尾行するという作戦らしい。
何故かイッシーも髪の毛を提供してきたが、泣くなら切らなければいいのにと思ったのは内緒だ。
それと短過ぎてゴミにしか見えないのも・・・。
彼等には三人の髪を受け取り、依頼者と会ってもらう。
彼等を屋根上から尾行していると、とうとう四人が依頼者と接触した。
又左と慶次が依頼者を囲むと、そこにハクトが大声で跪けと叫ぶ。
どうやら仲間が居たらしい。
そしてハクトが依頼者のコートを脱がせると、そこには見覚えのある物があった。
依頼者達にも花の刺繍が入っている事で、黒薔薇の連中と関係があるのではという結論に至ったのだった。
「この花、何だか分かりますか?」
「拙者が花なんか詳しいわけないでござる」
「私も同じく」
又左と慶次も刺繍を見るが、全く分からないと即答している。
そんな中、元刺客の一人が花を見て答えた。
「それ、睡蓮の花ですよ」
「知ってるのか?」
「えぇ。俺が昔住んでた村の池に、咲いてたんで」
まさかのコワモテが、花に詳しかった。
たまたまかもしれないが、それにしても予想外だった。
「子供を入れて五人か。お前等、さっきの報酬は全額やるから、私達の手伝いでコイツ等を一緒に宿へ連れてってくれ」
「アイアイマム!」
ビシッと敬礼した男達は、跪いた睡蓮組を縛っていく。
意外と仕事が早い。
「手慣れてるな」
「へへっ。あっしら、これでも元警備隊だったんでね」
「警備隊?」
その割には弱かったと思う又左達だったが、それは口にしなかった。
彼等はキーファー達が城に居る時の警備隊だったらしく、キルシェ体制になった際、周りからの圧力で辞めざるを得なかったという。
キルシェ本人が悪いわけではないのだが、そういう理由もあってキルシェを困らせるならと嫌がらせに参加したと言った。
「こんな所でチンピラやってないで、他の仕事すれば良いのに」
「それもそうなんですがね、王都に仕事なんかほとんど無いんですよ」
「あっても経験者のみとか、元警備隊勤務が就ける仕事は、なかなか無いんですよね」
「王国は大変だなぁ」
「拙者なら、国を出て武者修行に出るでござるよ」
ハクト達は言いたい放題だったが、四人には死活問題でもある。
国を出るにしても、弱い彼等では次の街まで行くのも大変だ。
結局は街の隅で、こうやってチンピラ裏稼業しか出来ないのだと言った。
しかし、そこでハクトはある提案をする。
「料理出来る人は居ますか?」
「料理?全員独り身だから、簡単な料理くらいは全員出来ますよ」
「食事は当番制だったしな」
彼等の返事を聞いたハクトは、安土へ行かないかと誘った。
そして、上野国や長浜で、独立して店舗を持たないかと。
「そ、そんな夢のような話、信じていいんですかい?」
「この前の領主会議の時、他の領主様達から要請があってね。出来れば店を増やしたいんですよ」
「やります!頑張ります!」
「一生ついていきます!」
彼等は大きく頭を下げて、ハクトの提案に乗る事にした。
やる気を出し始めた彼等は、捕縛した五人を威勢良く連れていった。
「本当に良いでござるか?」
「何がです?」
「魔族の領地にヒト族を送るのは、向こうは了承しているのかという事だろう」
ハクトはそこまで考えていなかった。
今更駄目とも言えないので、後で確認してみようという事にした。
「とにかく、宿へ連れて戻りましょう」
前日とは変わって、今度は僕がキルシェ達を訪ねた。
「ごきげんよう、魔王様。どのような御用でしょうか?」
キルシェはドルヒ達が居るので、外面スタイルだ。
赤騎士の連中が知っているかもしれないので、今日は二人きりで会うとかは無い。
部屋に入ると僕は驚いた。
中層階ながら、部屋の豪華さでは僕達より上なのだ。
最上階はビジネスホテルみたいだったのに、この階はロイヤルスイートと呼べる部屋だった。
ちなみにこの階を使っているのは、キルシェとドルヒ達赤騎士の女性らしい。
赤騎士でも男性は一つ下の階だという事だが、これで同じようなグレードだとしたら、少し凹むモノがある。
・・・流石王族、羨ましい。
「魔王様?オイラが聞きましょうか?」
「あぁ、よろしくね」
いかんな。
部屋を見ていてボーッとしてしまった。
早速、本題に入ろう。
「昨晩、貴族の手の者だと思われる刺客が現れました。その件について、お聞きしたい事があります」
「・・・そうですか。私が知っている事であれば、何なりとお答えします」
誰が手を出したのか。
彼女なりに考えているのだろう。
返事があるまで、少し間があったように思えた。
「オイラが思うに、刺客を送った者は一人ではないと思われます」
「一人ではない?」
どうやらこれは予想外らしい。
彼女は眉を顰めた。
僕は後ろで聞いていたドルヒも、それを聞いて指が少し動いたのを見逃さなかった。
そして、ドルヒが口を挟むと前置きしつつ、僕達に声を掛けてきた。
「何故、一人ではないと言えるのですか?」
官兵衛は、僕達の部屋を襲った黒薔薇の刺繍が入った者達と、他の部屋の刺客について話をする。
するとキルシェとドルヒは、その表情を変えた。
「薔薇、ですか?間違いないですよね?」
「薔薇の花は、オイラ達でも分かります。それに長可殿にも確認しました」
「薔薇の刺繍・・・。そうなると間違いないですね」
「知っているんですか!?」
どうやら二人とも知っているらしい。
話をしようというタイミングで、他の赤騎士がやって来た。
「魔族の方々が、魔王様を訪ねていらっしゃっています」
「誰ですか?」
「獣人の方々が三人です」
ハクト達らしい。
どうやら刺客の情報を得られたっぽいな。
キルシェに確認してから、三人も部屋へ入れてもらった。
「あの四人に依頼した者達が、分かりました」
又左達にも椅子が用意され、三人も座った。
先にどっちの話を聞くか迷っていると、キルシェから又左達に話を振る。
「何かお分かりになられたのでしょうか?」
又左がスラム街で、顔を隠して四人と接触した連中を拘束。
そして最上階に連れ帰った事を報告した。
「その者達なんですが、黒薔薇ではなく、睡蓮の花が刺繍されていました」
「す、睡蓮ですって!」
ドルヒが驚きのあまり、大きな声で立ち上がる。
その顔は真っ青で、汗も出ていた。
「黒薔薇と黒い睡蓮は、どんな意味があるんだ?」
「黒薔薇と黒い睡蓮ではなく、薔薇と睡蓮ですね。服が黒いからそうなっただけだと思われます」
「えと、その薔薇と睡蓮は、どのような連中なんですか?」
ハクトが聞くと、キルシェはドルヒの方に視線を送り、ドルヒが説明を始める。
「その二つは、暗殺者の一族です」
暗殺者。
それを聞いて僕は納得した。
太田は中の中と評価していたが、それは魔族視点だからそれくらいなんだと思う。
これが一般的なヒト族の強さで考えると、相当な腕前に入るのではないだろうか?
「薔薇と睡蓮は同じ一族ではない?」
「違います。この二つの一族の大きな違う点は、依頼を受ける理由です」
「理由?復讐なら受けるとか、そういう感じでござるか?」
「薔薇は普通の依頼は、ほとんど受けないと聞いています。その依頼を受ける基準は、恨み。恨みが大きければ、金額に関係無く依頼を受けるという噂です」
「恨み・・・」
そう聞いた僕達は、全員が同じ事を思っただろう。
間違いなく、魔族全体を恨んでいる人物。
それは貴族の誰かに他ならない。
「そして睡蓮ですが、こちらは金額に応じた依頼をしてくれるという話です」
「金額に応じたという事は、安かったから嫌がらせ程度だったって考えれば良いんですか?」
「ウサギの方の仰る通りだと、私は思います」
なるほど。
こっちは有名貴族ではなく、中流階級以下の貴族って考えるのが自然かもしれない。
「おそらくは、相当に恨みが深い貴族と、魔王様に対して嫌がらせをする程度の金額しか出せない貴族の二組が居るのでしょう。ドルヒ殿、薔薇と睡蓮が手を組む可能性はありますか?」
「私は暗殺者に詳しいわけではないですが、聞いた事はありません。コモノ様ならもう少し詳しく知っているかもしれませんが、それでもあの方も正規軍に在籍した方。裏稼業の話には精通していないでしょう」
コモノは昔の事を考えると、知っていそうな気もする。
それでも奴は、自分で始末したいタイプに思える。
そう考えると、ドルヒと同じくらいしか知らないだろう。
「キルシェの中で、魔族に相当の恨みを持っていそうな人物に心当たりは?」
「居ないとは言い切れませんが、証拠がございません。王族とはいえ証拠が無い限り、私達が罰する事は出来ないのが現状ですわ」
「そうなると、証拠集めが必要か。このメンバーでは難しいな」
ラビが居れば簡単に済んだ気もするが、彼女は安土で長可さんの代わりをやってもらっている。
マッツンさえ居なければ、彼女にも来てもらったものを。
マッツンめ!
と、居ない人を頼っても仕方ない。
「猫田さんが居てくれたらなぁ・・・」
「猫田さん、今は帝国なんだっけ?」
「猫田ですか?この前帰ってきましたよ」
「え?」
あの人、全く安土に帰ってこないから、てっきり長期滞在しているのかと思ってた!
又左には連絡しているっぽく、ちょくちょく帰ってきては、すぐに帝国に戻る生活をしているらしい。
彼には王子と召喚者の動きを調べてもらっているので、あまり戻せないという話だ。
「結局、証拠集めは難しいなぁ」
「そうですか。魔王様達でも難しいですか」
キルシェの様子が少しおかしい。
唇が震えて、ちょっと興奮気味っぽく感じる。
「ドルヒ、あの娘の次の定期連絡はいつですか?」
「キルシェ様、流石です。進水式の前日でございます」
話が見えてこない。
彼女達は何を話しているんだ?
「魔王様でも無理なようなので、こちらで証拠を押さえてみせましょう」
「で、出来るの!?」
「キルシェ様は各有力貴族の下に、内通するメイドを送り込んでいます。彼女達からは定期報告だけをさせていますから、次の報告で分かると思われます」
定期連絡って、どれくらいの頻度なんだろ?
それ次第で、既に見破れなかった可能性もある気がするけど。
そんな事を考えていると、ドルヒは自慢げに話し始める。
「彼女達は数年前から潜り込んでいます。屋敷内で見聞きした事を報告させているので、普通のメイドとの違いに気付く者は居ないでしょう。今回は初めて、メイド達に動いてもらいます」
「それ、大丈夫なの?身の安全は?」
僕的にはそれで傷付かれたり、酷い目に遭わされたら困る。
最悪の場合、殺されかねないし。
「彼女達は特殊工作部隊、鬼灯に所属しています。その辺の騎士や剣士よりは強いです」
それって赤騎士よりも?
って聞くのは野暮だろう。
まあ、彼女達が危険だと思っていないなら、一任しよう。
「じゃあ、お任せしようかな」
僕がそう言うと、キルシェはニコッと笑顔になった。
マズイ。
何か間違えたか?
待ってましたと言わんばかりの笑顔で、彼女はこう告げた。
「では私達が犯人だと思われる貴族を見つけ出します。魔王様には、彼等への制裁はお任せしてよろしいでしょうか?」