刺客その2
キルシェはハメられたのに、怒りよりもその能力に感心した。
そしてあろうことか官兵衛を、僕の目の前でスカウトし始めたではないか!
本人は軽く流して丁重に断っていたが、あの言いようではまだ諦めていないと思われる。
認められるのは嬉しいが、それよりも気になったのは、誰も官兵衛を引き止めようとしなかった事だった。
キルシェは赤騎士達を引き連れて、帰っていった。
その後に僕達に残された問題は、刺客のお出迎えである。
一人にはならない事。
それを考慮しても、長可さんと官兵衛だけは厳重に警戒する必要がある。
僕はハクトにも長可さんの護衛を頼み、承諾してもらった。
部屋で寛いでいると、とうとう窓の外に不穏な気配を感じた。
太田の大根芝居に引っ掛かる刺客。
煙幕の中で二人を分断させて、各個撃破するつもりだったようだ。
二人は大人数を相手に防戦一方だったが、それも作戦のうち。
しゃがんだ僕が煙幕の中で電撃魔法を使って、麻痺させていたのだ。
それを兄は、全自動スタンガンと呼んでいた。
全く失敬な男である。
「しかし、煙玉を入れてきたのは予想外だったな」
「彼等は煙の中でも見慣れていて、優位に立ったと思ったでしょうね」
「おかげで楽に制圧出来たけどね」
攻撃はされると分かっていても、まさか最初に煙幕が張られるとは思わなかった。
太田も視界が悪い中で六人も相手をしていて、多少の傷は負っている。
相手はすぐに決着するとでも思ったのかもしれないが、相手が悪かった。
タフネス太田には、ナイフでチマチマ攻撃しても、倒すのに時間が掛かる。
向こうは兄を足止めしている間に、大勢で太田を倒すのが目的だったんだと思った。
「太田は奴等の事をどう思った?」
「連携はとても上手いと思いましたが、それだけですね。それもイッシー殿の部隊には、大きく劣りますし。一人一人の実力は、中の中くらいかと」
辛口コメントをありがとうございます。
連携面で増毛協会には負けるんだな。
そう考えると、イッシーの部隊は何気に強いんだと知った。
「お前はどうだったんだ?」
「僕?煙の中を四つん這いで移動して、目の前に足が見えたら電撃を浴びせてただけだしねぇ。強いか弱いかというより、僕に気付いた人が誰も居なかったよ」
強いて言えば、皆の苦痛の悲鳴にバリエーションがあって、面白かったくらい。
僕に気付かなかったから、大した事は無いのかな?
「他の部屋も静かになった。見に行ってみよう」
結論から言おう。
官兵衛の指示を守ったのは、僕達以外に蘭丸達の部屋しか居なかった。
「これはどういう事かな?」
「えーとですね、これには深いワケがありまして」
目をバタフライのように泳がせて言い訳をする又左。
慶次も口笛を吹きながら、全て又左任せで目を合わせてこない。
「とりあえず言い訳をどうぞ」
「刺客は窓と天井裏の二手からやって来ました。窓を破られた瞬間、私は中に入られないように窓全体に高速で連続突きをしました」
「その結果、奴等を下に叩き落としたと」
「アレくらいは避けるかなと思ったんです!」
又左は必死になっているからか、かなり汗を掻いていた。
対して慶次は、自分のせいじゃないと言いたげである。
「拙者は兄上を守ろうと、天井の二人を突いたでござる。外して兄上に危険が迫らないように、頑張ったでござる」
「だから、一撃で葬ったと?」
「結果的にそうなっただけでござる」
反省の色は無い。
かと言って、慶次のやった事は間違ってもいない。
二人とも最善を尽くしたとは言い難いが、無傷なので文句は言えなかった。
次の部屋。
官兵衛、長谷部組の部屋である。
「お前、これミンチみたいになっとるやんけ」
「これは・・・肉は食事出来ないなぁ」
二人は首の骨が折られて死んでいたが、それよりも問題は残る二人。
こっちは長谷部の圧力に耐えきれず、物凄い重い物で押し潰して、更に擦ったような肉片になっていた。
見た事は無いが、電車の人身事故とかってこんな感じなのかなと思う。
「すいやせん。官兵衛さんは生かしてって言ってたんですが」
「部屋中に煙が撒かれて、何も見えなかったんです」
どうやら官兵衛の説明によると、部屋の隅まで移動した後、長谷部の後ろに官兵衛を配置。
その後、長谷部はとにかく木刀を振り回したらしい。
物凄い手数で当たったのだろう。
腕はひしゃげて、腹は大きく凹んでいる。
顔は原形が分からないくらいに、圧縮されていた。
その上に転がる、首が折れた死体。
多分、先に襲った二人の死体に躓いて、その瞬間に首に一撃が入ったんだと思う。
「・・・仕方ないって事にしよう」
佐藤さんとイッシー部屋。
ここは佐藤さんが普通のグローブだったから、殺すとかっていう感じではないと思っていたんだけどな。
僕達が行くと、何故か二人は喧嘩をしていた。
「窓が割れただけで、全く荒らされてないね」
「入ってくる前に、全員落としてしまったからね」
「タイミングが悪かったんだ。タイミングが」
タイミングって何だ?
そう彼等に尋ねると、どうやら口喧嘩をしていた最中だったらしい。
その口喧嘩の内容もくだらないのだが。
長可さんと一緒の部屋になれなかったのは、お互いのせいだと言い合っていたとの事。
窓際で言い合っていたところ、窓を割って入ってきたとの事。
その瞬間、佐藤さんは素手で二人を殴り倒し、イッシーは剣で攻撃。
突き刺した剣ごと叩き落として、誰一人入れる事はなく口喧嘩の続きをしていたと言っている。
まさか刺客があんなに弱いとは思わず、アレは貴族の刺客とは別の連中に雇われた敵だと思っていたようだ。
「キミ等、喧嘩するなら今後長可さんと接触禁止ね」
「我等仲良し!」
「おぉ!心の友よ!」
肩を抱き合う二人は、笑顔で僕にこう言った。
最後が蘭丸ハクト、そして長可さんの三人部屋だ。
ここは官兵衛の指示通り、四人が床で拘束されていた。
この部屋は外からの侵入ではなく、天井裏とピッキングによる扉からの侵入だったようだ。
部屋で争った形跡は無く、ハクトの一言で全て片付いたと言っている。
「どうやって油断させたんだ?」
「簡単だよ。普通に明かりを消して、寝たフリをしていただけ」
「天井から人の気配は感じていたし、寝れば襲ってくるなと思ったんだ」
「まさか、正面の扉も鍵が開けられてるとは思わなかったけどね」
油断をさせて罠に誘い込んだか。
この二人が一番マトモだ。
「部屋に入ってきたのを感じたから、寝言のフリで寝ろってね」
「寝てるフリをしていて静かだったから、小さな声でも全員聞こえてたし。俺と母上も聞こえてたけど、元々寝てたから関係無かったからな。バタンッ!って誰かが倒れたから、コイツ等が刺客だなって思ったワケだ」
「こんな簡単に制圧するとは、思いませんでした」
長可さんは二人の手際の良さに、とても驚いていた。
子供の頃から知ってる蘭丸とハクトが、こうやって活躍しているのを間近で見たのは初めてだろう。
二人もちょっと誇らしげな感じがする。
「よし、その四人。こっちに連れてきてくれ」
一旦、最上階の中央スペースに、拘束している刺客を全員集めてみた。
そして、違和感に気付く。
「俺の部屋に来た刺客と蘭丸達の刺客、服装が少し違ってる」
「気にしてなかったけど、本当だ」
共通しているのは、黒服に目出し帽という格好。
だが、黒服のポケット位置や目出し帽の形が違う。
そして一番違う点が、僕達の方にはハッキリと見ないと分からないが、胸に小さく薔薇の模様が入っていた。
「黒薔薇?」
「おい、お前等。こっちの連中とそっちの連中。知り合いか?」
流石は刺客というべきか。
誰一人として口を開こうとしない。
ここは拷問をしてでも、吐かせるのが良いだろう。
「太田、例の物を」
「ぎ、御意」
厳重に縛られた袋を持ち出してくる太田。
それを見た刺客達に、一筋の汗が流れる。
内心、何をされるか分からないからビビっているのだろう。
「鼻栓用意!」
皆は鼻栓をして、それに備えた。
ちなみに長可さんは、口にハンカチを押さえている。
「行け!」
太田が取り出した物。
それはライプスブルグまでずっと履き続けた、太田の靴下である。
雨で濡れても履き続け、軽く変色している気もする。
「さて諸君。言わないとなると、今からこれが諸君の鼻の中に入る事になる。その威力は僕達にも計り知れない。話すなら今のうちだぞ」
失笑をする刺客達。
まさかそんな事で話すわけが無い。
彼等はそう思っていたのだろう。
だが、その本当の威力を知らないから笑えるのである。
「一番最初に笑ったお前からな」
口をテープで塞ぎ、呼吸を鼻でしか出来ないようにする。
そして動かないように、太田がガッチリと身体をロック。
目指せ、くさや!
超えろ、シュールストレミング!
「ゴー!」
イッシーは手袋をして、その靴下を鼻に押し当てる。
やはりどのような効果があるのか、誰もが気になるらしい。
刺客達も男の様子を、恐る恐る伺っていた。
男は最初の十秒足らずは、耐えていた。
多分呼吸をしなかったのだろう。
だから次の段階へ入った。
「佐藤さん、足くすぐって。又左、暴れないように足を持って」
「わ、分かった」
二人が行動に出ると、ようやく男の顔色が変わる。
くすぐった事で笑い、とうとう呼吸をしなくてはならなくなったようだ。
しかしその瞬間、表情が変わる。
呼吸困難に陥ったような、そんな苦悶の表情だ。
彼は何かを訴えようと唸っていたが、暴れ始めて一分もしないうちに、鼻水を垂らしながら白目を剥いて気を失った。
「お、恐ろしい・・・」
「太田さんの靴下、毒と同じ扱いなんだね」
ハクトの一言で、刺客達の顔色も変わっていく。
誰か話し始めないか少し待ってみたが、誰も話そうとはしない。
「仕方ない。今のは黒薔薇の奴だったから、次は蘭丸達の部屋の男で試そう」
「では、この男で」
足を持ち、引き摺りながら太田の前に運ぶ慶次。
男は無表情のまま、言った。
「そんな事じゃ俺達は喋らないぜ。俺達は死んでも喋らない」
「そういうのは聞いてないです。ゴー!」
今度は最初からくすぐりながら、靴下を押し当ててみた。
途端に顔が真っ青になる男。
涙目で首を横に振っている。
「何か言いたそうだけど?」
イッシーが男の顔を見て、そんな事を言ってきた。
僕はイッシーに靴下を外してもらい、男にもう一度尋ねる。
「ハヒィー!ハヒィー!すんません、無理です。臭いというか痛い。これ履いてた奴、馬鹿だろ!」
「そういう感想求めてないです。ゴー!」
「んんー!やめて!喋るからやめて!」
太田の靴下で、刺客は陥落した。
靴下を再び袋に戻し、彼を僕達の部屋へと連れて行く。
僕と官兵衛、そして護衛役で長谷部の三人だけで対応する。
呼吸を整えて落ち着いたのか、男は話し始めた。
「まず俺達は、金で雇われただけだ」
「誰に?」
「分からん。このホテルの最上階の連中を怪我をさせれば、金は払うと」
「怪我?殺すんじゃなくて?」
「殺しまでは頼まれていない」
んー、どういう事だろう?
官兵衛も少し考え込んでいるし、何か不自然な感じがする。
それと、ちょっと気になる点が一つ。
「お前等、誰が誰を襲うとか決めてたのか?」
「いや。そもそもの話、俺は奴等とは初対面だ。他の奴等は知った顔なのかは知らないが、俺は初めて会った」
「おそらくは、金で雇われたチンピラといったところでしょうか」
言われてみると確かに。
僕等と違ってこっちの連中は、物凄く弱かった。
皆がほぼ一撃で仕留められるような、そんな連中ばかりだ。
対して僕達の部屋を襲った連中は、太田が中の中と評するくらいの強さはあった。
「誰も知らないという事は、あっちの黒薔薇の刺繍がされた奴等も知らない?」
「知らない」
んー、聞いたは良いが、コイツ何も知らないな。
官兵衛も考え込んだままだし。
そこで長谷部が、ちょっと面白い質問をした。
「お前、自分が襲った人達の事、分かってるのか?」
「魔族の金持ちだろ?」
「金持ち?アホか!この人は魔王だぞ」
「魔王!?俺、そんなの聞いてない!俺は魔族の金持ちが調子乗ってるから、嫌がらせをしてくれとしか聞いてないし!」