刺客
官兵衛は、キルシェが情報を流していると確信していた。
理由を軽く流していくキルシェだったが、最後の質問だけは違った。
それは官兵衛の嘘だったのだが、それにまんまと引っ掛かったキルシェは、自ら墓穴を掘ってしまう。
情報を流した事を認めたキルシェは、開き直った。
その態度にイラッとしていると、官兵衛が知らない話を始める。
僕達を利用した罰として、今後はしばらくミスリル製品の輸入制限を敷くという。
官兵衛の策に怒るキルシェだったが、それはおあいこ様。
キルシェの大声を聞いたドルヒが部屋で剣を抜いたが、太田にあっけなく制圧され、気を失った。
それを見たキルシェはすぐに止めに入り、彼女は慌てて謝罪した。
彼女の謝罪を受け入れると、彼女は溜まっていた物をぶちまけるように、思っている事を話し始めた。
頼れる味方が居ない事。
その点、仲間に恵まれている僕が羨ましいという事。
色々な思いがあったらしい。
くたびれたように酒を飲む彼女に、官兵衛はこう言った。
ミスリルの件は冗談で、黙って利用しようとした事に対する罰だったと。
顔を上げて、目をパチパチと瞬きさせるキルシェ。
官兵衛の口元を見た彼女は、自分がハメられた事に気付いた。
「コイツ、性格悪いな」
「それはお互い様でしょう?」
「ハッ!確かに。まさかこんな形で返されるとはね。・・・お前、獣耳が見えないが、エルフか?」
「違いますよ」
官兵衛に興味を持ったキルシェは、立ち上がり彼の身体を見回している。
そして彼女は、とんでもない事を言い出した。
「もしかしてヒト族?だったらお前、王国に仕える気はないか?安土の倍、いや五倍は良い待遇を用意したい」
「ちょっ、ちょっと!何を目の前でヘッドハンティングなんかしてるのさ!」
「さっきも言っただろう。ライプスブルグには人材が足りないんだ。例え素性が知れなくても、それを上回る能力を持っているなら、俺は重用したい」
これはヤバイ。
完全に本気の目だ。
ここに居る連中だと、ハクトや長谷部以外は官兵衛の素性を知らない。
アデルモの親類だという話になっているから、皆はヒト族だと思っている。
そのせいか、彼等からもそこまで反対するような意見が出ない。
ただ一人を除いて。
「オイオイ。官兵衛さんはさっきの話、安土の為に言ってたんだぜ。何で皆、黙ってるんだよ」
「長谷部くん、良いのだよ。オイラはオイラのやるべき事をやるだけだから。そしてオイラのやるべき事は、魔王様を支える事。だから女王陛下、ありがたい申し出ですが、お断りします」
「むぅ、惜しい。本当に惜しい」
どうしても諦めきれないのか、僕に愛想が尽きたら是非来いと誘っている。
苦笑いで応える官兵衛だったが、これで少しだけハッキリした。
官兵衛と皆の間には、半兵衛の時と違って壁があると。
「ちなみにドルヒ殿は、ハクト殿に頼んで治療してもらってます。太田殿にも話してあったので、かなり手を抜いてもらっていますから、思ったより傷は無いと思いますよ」
「えっ!?そうなの?いつそんな話を?」
知らない間に始まった、キルシェを騙すドッキリ。
どうやら太田が官兵衛を呼びに行った時に、皆に話をしていたとの事。
太田は激怒したフリを。
他の皆は、傷付けないように赤騎士達を気絶させるようにと言われていたらしい。
「という事は、この中で知らなかったのは僕とキルシェだけ?」
「ですね」
何という事だ。
知らなかったせいで、僕も騙された気がする。
キルシェが僕を見てニヤニヤしているし、ザマァとでも思っているのだろう。
「とにかく、こういう事は無いように!」
「はい、すいません」
「反省したそんなお前に、はいプレゼント」
本当は進水式の時に渡す予定だったが、さっきの話を聞いてちょっと可哀想に思ったので、このタイミングで出してみた。
「これは・・・携帯電話?」
「今のところ、登録されているのは僕だけしか居ないけどな。お前が他の領主達とも仲良くなれば、連絡先教えてくれるんじゃない?」
魔力が必要なこの電話だが、ライプスブルグには真田家のドワーフ達を筆頭に、魔族も少数滞在している。
彼等を頼れば、魔力切れで使えないという事は無いだろう。
「相談事や愚痴なら、これで聞いてやる。国の方針とかは、あまり口出し出来ないけどね。あと、愚痴はあんまり聞きたくないから。たまにって感じでお願いします」
「魔王・・・お前はやっぱり良い奴だなぁ」
「ハッハッハ!もっと褒めても良いんだよ?」
なんて言いつつも、これはこれで狙いもあるんだけど。
今はそれを話す時じゃない。
「今日はドタバタしたし、俺も自分の部屋に戻るわ。俺の兵達、起こしてもらえる?」
彼女はそう言って、赤騎士達を引き連れて戻っていった。
「二つ目の内容は、結構衝撃的でしたね」
「俺もビックリしました」
ライプスブルグの人達が居なくなった今、皆はさっきの出来事に驚いていた。
とは言っても、官兵衛から事前に聞かされていたからか、本人の前では驚いた様子を見せなかったが。
「ここまでの流れで、彼女はオイラ達に負い目を感じました。そしてさっき渡した電話で、恩も感じているでしょう」
「それがまた、何かに繋がると?」
「ハイ」
その策が何かはまだ分からないが、彼の話では上手くいくかは半々らしい。
「さっきの茶番劇が、何かに繋がるのは分かった。しかし私達の問題は、貴族派の刺客だ」
又左の言葉に、佐藤さんやイッシー達が頷く。
今までは見知らぬ従業員でも、手を出さないように泳がせていた。
下手に警戒されて、尻尾を掴む前に逃げられるのが嫌だったからだ。
「おそらく進水式までに、手を出してきます。一番可能性が高いのは、今日。むしろ今夜です」
アレだけの揉め事をしていたのだ。
スパイ活動をしていた連中も、気付いているはず。
揉めた直後に暗殺すれば、その目はキルシェ達に向けられるというのが、官兵衛の説明だった。
「なので皆さん。今夜は熟睡しないようにお願いします」
「やっとでござるな」
慶次はやる気満々だ。
それを見た官兵衛は、一言付け加える。
「生かして捕縛してもらえると、助かります」
「・・・面倒でござるな」
「とても助かります」
「・・・了解でござる」
渋々承諾する慶次に対し、他の連中は笑っている。
緊張感はあるけど、気負いは無い感じか?
「長可殿は特に警戒を」
「分かりました。蘭丸、よろしく頼むわね」
「任せて下さい!」
蘭丸は頼られた事が嬉しいのか、顔が緩んでいる。
うーん、なんとなく気になる。
「ハクト、お前も蘭丸達の部屋で休んでくれない?」
「僕も?二人が問題無ければ、良いけど」
勿論、二人はそれを受け入れた。
一番狙われる可能性がある長可さんには、もう一人護衛を付けたかった。
佐藤さんとイッシーは論外だし、又左達はなんとなく二人一緒が良いと思った。
太田は僕達の部屋で、官兵衛は長谷部が居る。
必然的にハクトが残ったのだが、それ以外にも理由もある。
「音魔法なら、大人数でも制圧出来るでしょ」
「そうだね。逃げる時間を稼ぐにも、丁度良いと思うし。頑張るよ!」
ガッツポーズのハクトに、佐藤さんとイッシーの視線が刺さる。
しかしハクトがそれを妬みだと気付く事は無かった。
「では、我々も休みましょう」
本当に今夜来るのかな?
最上階のこの部屋に、どうやって来るんだろう?
僕はベッドで寝転がりながら、そんな事を考えていた。
「ワタクシが起きているから、お休みになられても良いですよ」
太田は厳戒態勢といった様子で、窓やドアの前を行ったり来たりしている。
そんな事をしていたら、逆に来ないのでは?
と思っていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
「魔王様」
「分かってる。後は頼んだよ」
屋上から降りてきたのか。
それとも下から登ってきたのか。
窓の横に複数人の気配を感じる。
「多分、襲うなら全部屋同時だよな」
「キャプテン、ワタクシが窓の近くで隙を見せます」
「分かった」
太田は窓を背に、急にストレッチを始める。
これが隙なのか?
「いや〜、ずっと宿から出ないと、身体が鈍って仕方がないですね。もうマトモに動きませんよぉ」
大根だ!
なんという大根芝居!
ドルヒに対して攻撃した時と、大違いなんだが。
「ワタクシの腕が、これくらいしか上がりません」
両手を上に伸ばす太田。
これに引っ掛かるのは馬鹿だろうと思ったのだが、何故か引っ掛かった。
「覚悟!」
窓が破られて、煙幕が焚かれる。
俺は窓の方に向かって、斧を二本投げた。
「太田!」
「何!?」
斧を掴んだ太田は、振り向き様に両手を振るう。
それを避けた刺客は、太田をすり抜けて俺の方へと向かってきた。
「死ね!」
「馬鹿だなぁ。声を出したら煙幕張ってるのに、居場所が分かるだろ」
俺はバットを横にして頭を防ぐと、敵がナイフを持っている事が分かった。
「すいません。二人そっちに行きました」
「そっちは何人だ?」
「多分六人です」
魔王だからか?
俺と太田二人に対して、八人の刺客を送ってきたらしい。
「おっと!」
「気付いていたか」
背後からの攻撃を避けると、前のナイフを持った刺客が言ってきた。
後ろの奴は剣を持っているっぽい。
「八人とは、俺達に対して大盤振る舞いなのか。それともナメてるのか。どっちなんだ?」
「死ぬ前に教えてやろう。他は四人だ」
俺達はそれだけ、念を押して殺そうとしているって事か。
太田の方からは、金属音がかなり鳴っている。
両手で持った斧で、防ぐのが手一杯みたいだ。
「煙で何も見えまい」
「そうでもないぞ」
「その割には、相方は苦労しているみたいだが」
「まあ、アイツは苦労するかもしれないけど。っとと!」
なるほど。
仕組みが分かったぞ。
前の男が、喋って気を逸らしながら攻撃。
後ろの男?女?
どっちか分からんけど、ソイツが音を立てないように俺を狙う作戦みたいだな。
「窓をブチ割って入ったのに、煙が晴れないな」
「トリモチですぐに塞いださ。じゃなければ、何の為の煙幕だ」
あの一瞬でそこまでしてたとは。
役割分担がしっかりしてるなぁ。
「しかし魔族と言えど、我々が相手では勝てないかね?」
「随分と自分達を、過大評価しているんだな。別にそんなわけじゃないけど」
「相方はそろそろヤバイんじゃないか?」
「そうでもないと思うけど」
「強がりを言っていられるのも、今のうちだ!」
太田はたまに呻き声が聞こえる。
攻撃を食らっているんだろう。
しかし、コイツ等が特に強いわけではない。
殺さないようにするのが、難しいのだ。
特に太田の場合、一撃で敵を殺す可能性の方が高い。
だからこそ、当たらないように手を出しているんだと思われる。
でも、人数が分かった今、それも終わり。
そろそろこっちも、反撃を開始しないとな。
「ぐあぁぁ!!」
「ど、どうした!?ぐおぉぉ!!」
太田を攻撃している連中のうち、二人がその場で倒れた。
未知の攻撃でやられた刺客達は、慌てて陣形を組み直す。
「魔法か!?」
「いや、おかしい。ミノタウロスが魔法を使うという情報は無い」
「では一体何が!?グワアァァァ!!」
「クソッ!一体何が!?ギャアァァァ!!」
六人中四人が倒れ、残る二人は咄嗟に判断を変える。
「魔王様!」
「うわっと!三人に増えたな」
「ご名答。お前だけは差し違えても殺すようにと、上から言われてグババババ!!」
「何だ!?何が起きている?ギョボボァァア!!」
俺の目の前で倒れる二人。
残ったのは太田が相手をしている奴と、俺の背後の男だけ。
と思ったら、背後の男も倒れた。
「太田、残るはお前の相手だけだぞ」
「殺しても良いので?」
「うーん、俺は良いと思うけど。でも駄目って言ってるから、待ってろ」
「御意」
太田が斧で剣を捌いていると、再び叫び声と共に男は倒れた。
ゆっくりと太田の方へ歩いていくと、倒れた連中は全員縛られていた。
「これで全員ですな」
「流石は全自動スタンガン」
俺が褒めると、逆に怒りながら反論してくる。
「誰が全自動スタンガンだ!僕はただ、しゃがみながら移動して、魔法で電撃を浴びせただけだぞ!」