怒る官兵衛
僕の一世一代の演技を見せたというのに、蘭丸には何も通じなかった。
あんな澄んだ目は、そんじょそこらの子役には見られないと思うのだが。
長可さんは誰かと入っても良いと言ったのに、結局は蘭丸が一緒に行くという事で決着した。
風呂から出た僕達が見たのは、長可さんと一緒に風呂に向かった蘭丸の姿だった。
彼は風呂の前で見張りをしていただけで、結局入っていないらしい。
前田兄弟の計らいで、蘭丸も大浴場を堪能出来たのは良かった。
僕達がホテルで待機していると、ようやくキルシェが到着した。
最上階から見ても分かる、真っ赤な騎士団を引き連れたキルシェは、僕の部屋へやって来た。
しかしそこで問題が発生する。
彼女の護衛のイケメンが、どうやら僕に喧嘩を売ってきているらしい。
イケメンを追い出すと、ダルいかったるいの連呼で彼女は素を見せ始めた。
そこへ呼び出した官兵衛がやって来て、ようやくこの前話していた、二つ目の問題の内容に触れる事になる。
その内容は、キルシェが敵対している魔族嫌いの貴族に、僕達の情報を流しているという事だった。
えーと、どういう事?
わざわざそんな事をして、何のメリットがあるんだ?
「それ、冗談で言ってないよな?」
「官兵衛くんだっけ。キミ、最初に謝れば許してもらえると思ってる?」
キルシェも少しお怒り気味なんだけど。
しかし、その態度を見た官兵衛が確信したようだ。
「そうですね。まず間違いないと思います。最上階は我々しか居ないと宿の従業員からは聞いていましたが、明らかに別の視線を感じる。それが件の貴族一派の手先でしょう」
「視線を感じる?僕が見掛けるのは、宿の従業員だけだったよ」
「偽者が混じっていると思われます。この三日で、決まった時間に現れる人と、そうでない人が居ましたから。おそらくは、我々の様子を伺う為だと思われます」
マジかー。
全く考えてなかったな。
部屋に居ても暇だから、蘭丸とハクトの三人で明鏡止水の修行をしていたし。
でも、それの何処に僕達の情報を流した事に繋がるんだ?
「キミ、証拠があって言ってるんだよね?」
「勿論」
お互いに顔色を変えずに言ってみせる二人。
僕だけが会話に入れない。
「証拠不十分だと判断したら、不敬罪で捕まえるから」
「どうぞ、ご自由に。ではまず一つ目。我々はこの宿に来る時、貴女の手の者に案内されましたよね。それなのに何故、身元の分からない者に監視されているんでしょうか?」
「調べたんじゃない?」
キルシェはあくまでも、しらばっくれるつもりらしい。
しかし官兵衛も顔色一つ変えず、続きを話し始める。
「二つ目、このホテルの外にも、貴族が依頼したと思われる刺客がウロウロしています。上から見ていると、中の様子を伺う男が複数人、意味も無く往来しているのは確認済みです」
「暇な人かもしれないし」
「三つ目、貴女の部下が言ってましたよ?魔族を嫌悪している貴族の連中が、狙っているとね。部下が知っている事を、貴女が知らないわけないですよね。それなのに招待したのは、そういう理由があるからとしか思えないんですが」
ん?
それは言ってなくないか?
確か、わざわざ狙う奴なんか居ないって言ってたような気がするんだけど。
でも、この嘘は効果があったようだ。
今まではニコニコしながら答えていたキルシェの表情が、少し歪んだ。
「チッ!あの馬鹿が。そこまで教えろとは言ってないのに」
「えぇ、教わってませんよ。オイラの虚言です」
「・・・アハハハ!ムカつくが一本取られたな」
観念したのか、キルシェは自分が関わっていると認めた。
「お前、何が理由で僕達をハメたんだよ」
「別に騙したつもりは無い。ただ、利用させてもらっただけだ」
「利用?」
「オイラ達を餌に、反魔族派の貴族連中を一網打尽にしようと考えているんですよ」
「ハッハッハ!コイツ、半兵衛レベルに頭良いな」
自分の目論見が看破されたのにも関わらず、キルシェは笑っている。
半兵衛レベルというより、半兵衛なんだけどね。
気付かれていないのは助かるな。
「彼女の考えは、魔王様という極上の餌に、反魔族派を炙り出す作戦です。魔族が嫌いな連中からしたら、魔王様は最も始末したいはずですから」
「そりゃそうだ。って、コイツ何をしてくれてんの!」
「何って、罠を仕掛けているだけだが。何か文句あるのか?」
開き直ったキルシェは、ソファに寝転がりながら答える。
自分の部屋かのように寛ぐ彼女に、僕は枕を投げつけた。
「オホホホ。丁度良い。助かるわぁ」
「助かるじゃないわ!」
「そう怒るなよ。お前にだってメリットはあるだろ?」
「どんな?」
「敵が減る」
「それはメリットとは言わんわ!」
わざわざ敵を増やしただけだろ。
普通に考えれば、王国の貴族なんか関わる事の方が少ない。
王国に来なければ、間違いなく会わない人物だ。
敵として戦うとしても、暗殺みたいな形で一方的に狙われずに済む。
「でも、もうお前等が居る場所は既にバラしてるし。他に行く場所なんか無いだろ。このホテルの最上階は安心だと思うから、それで手を打てよ」
何が安心だ。
既に知らない連中が従業員になりすまして来ている時点で、安心なんか無いわ。
そんな事を考えていたら、官兵衛がやってくれた。
「これはオイラ達が、一方的に損をしていますね。それはオイラとしても許せないので、それなりに罰を与えたいと思います」
「罰?」
「まずは真田殿達を、安土に戻してもらいます。そして、今後しばらくは上野国とも連携して、ミスリル製品の輸出に制限をしようかと。加えて他の金属製品への関税も高めに設定。これにより王国は、自国で賄えない工業製品は高く買わないといけなくなります」
前回の領主会議の時に一益からは、上野国と王国の交易はたまにしか行われていないと聞いた。
やはりまだ王国への信用はあまり無いようで、手探りの状態だという。
キルシェが尽力して国交を開いたという話だが、それも僕の一言で全て白紙に戻る可能性もあるというわけだ。
「なかなか良い案を出しますなぁ。官兵衛や」
「ありがとうございます」
「何が良い案だ!テメー、半兵衛と違って非道な策まで用いるとは」
「非道?暗殺されるかもしれない我々に、よく言えますね。黙って殺されろとでも言うのか?」
「魔族の連中が、そう簡単にやられるわけねーだろ!」
「それは戦闘が得意な連中だけだ。長可殿のような方も居る事は、分かっていただろう!」
敬語すら使わなくなった官兵衛。
結構お怒りのようで、一国の王相手にも引かない。
対してキルシェも、ミスリルの事が頭にきたのか、売り言葉に買い言葉状態で、謝るタイミングを逃したっぽい。
お互いに引くに引けない感じになった。
部屋の中の言い合いを聞いたのか、そこへ入ってくるさっきのイケメン赤服。
「貴様!キルシェ様に何という態度だ!やはり魔族は!」
「ほら。このような態度を取る時点で、この国は変わっていない。魔王様、帰りましょう。彼等は私達を、利用しようとしているだけです」
官兵衛の言葉に、キルシェもドルヒも口を紡いだ。
ただ、官兵衛の言っている事は間違っていない。
僕も結構頭に来ている。
【お前がムカつくなら、俺も帰っても良いと思うよ。聞いてる限り、これは怒ってもいい案件だ】
ちょっとだけ冷静になってみよう。
それでも話が通じないなら、僕も帰るべきだと思う。
「悪いけど、今回は僕達に非は無いと思っている。例え何かしらの安全策があったとしても、僕としては騙そうとした時点で許せるものじゃない」
「安全策は考えていたさ!最上階に来る従業員は皆、王都の近衛兵だ」
「でも、その近衛兵が刺客より弱いって考えた事は?僕達は刺客なんかにやられないと自負しているけど、長可さんや官兵衛みたいに戦闘に特化していない人達も居るんだよね。その人達が傷付いたら、どうするつもりだったの?」
「それは・・・」
「あんまり言いたかないけど、お前等がやろうとした事って、キーファー達とあんまり変わらないと思うよ」
僕の淡々とした言葉に、キルシェは黙ってしまう。
しかしその横のドルヒは、キルシェを侮辱されたと激昂している。
「もう許さん!キルシェ様への暴言の数々、万死に値する!」
部屋の中で剣を抜くドルヒ。
官兵衛を僕の後ろへ下げて対峙していると、部屋の外から又左達もやって来た。
外には他の赤い鎧の兵達が居たはずだ。
「外の連中は!?」
「抵抗するから気絶してもらったんですけど。良かったんですよね?」
どうやら既に制圧されていたらしい。
又左、素晴らしいぞ!
「この人も気絶してもらうでござるか?」
「慶次がやるか?」
「遠慮するでござる」
珍しく断る慶次に、僕はちょっとだけ違和感を覚えた。
いつもならすぐに戦いたがるのに。
「この人、嫌いなの?」
「拙者、弱い女子を虐める趣味はござらんので」
「女子!?えっ?ドルヒって女子なの?」
「気付いてなかったでござるか?」
マジか。
慶次に教えられるとはな。
って思ってたら、横の又左も口が開いている。
多分知らなかったっぽい。
「女で何が悪い!」
「別に悪くはないけど。でも剣を抜いているなら、男女関係無く、殺されてもおかしくないのは分かってる?」
「私はそこまで弱くない!」
僕に襲い掛かろうと動くドルヒだったが、たった一歩前に出ただけで吹き飛ばされた。
「貴様!魔王様に手を出そうとするとは、笑止千万。地獄で悔やむが良い」
太田の裏拳が胸へと炸裂し、壁に叩き付けられた。
ドルヒは呼吸困難に陥り、立ち上がれない。
そこへ進んでいく太田。
頭を掴むと、ドルヒは震え始めた。
「地獄で詫びろ」
頭を地面へ叩き付けようとする太田。
そこにキルシェが割って入る。
「やめろ!全て私が悪かった。この通り、頼む」
僕に頭を下げるキルシェ。
太田は寸での所で手を止めた為、ドルヒは死んでいない。
ただ恐怖で気を失ってしまったらしく、一切反応が無い。
「太田、頭を離してやってくれ」
「ドルヒ!」
気絶している彼女に急ぎ近付くキルシェ。
そのまま抱きしめて、ゆっくりと床に寝かせた。
「太田、可哀想だから隣の部屋に寝かせてきて」
「分かりました」
彼女を寝かせて戻ってくると、そこはキルシェ以外魔族だけの空間となった。
「俺が悪かった」
周りには王国の人間が居ないからか、体裁を気にしないキルシェは、僕と居る時と変わらない言葉遣いで話している。
「以前のお前なら、こんな事は無かったのにな」
「言い訳になるかもしれないが、焦っていたんだと思う。周囲に誰も頼れる人も居なくなり、王族と言っても直系は俺だけになった。周りは権力を握りたい連中ばかりで、本当に相談したい事も話す事は出来ない」
下を見ながら話す彼女は、酒を要求してきた。
僕の部屋には勿論無いので、又左は急ぎ自分の部屋から持ち出してきた。
グラスに入れた日本酒らしき酒を一気飲みすると、溜まった物を吐き出すかのように続きを話し始める。
「お前が羨ましいのもある。こうやって信頼出来る味方が何人も居るんだ。俺にはコモノとドルヒくらいか?二人とも政治の世界とは無縁だし、相談も出来ない。お前なら迷惑掛けても許してくれると、何処かで頼ってたんだろうな」
「最初から言ってくれれば、この件も協力出来たと思うんだけど」
「言わなくても許してもらえると、思ってたんだよ。つくづく俺は、自分には甘いな。すまなかった。ちゃんと謝罪するから、ミスリルの件は勘弁してほしい」
この謝罪が、官兵衛の二つ目の件だと全員が理解した。
そして誰も異を唱える者は居ない。
それを確認した官兵衛が、少しニヤリとしながらキルシェに言った。
「というわけで、これが貴女への罰です。ミスリルの件は冗談でした。狙われている事なんか来る途中から分かっていたので、対策はしていますから。これは我々に何も言わなかった、貴女への嫌がらせですね」