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魔王の名前と捕虜

 お見合いから数ヶ月、この町にも平和が戻った。

 しかしお見合いをしたものの、実は問題も残っていたりした。

 オーグが帰ると言い出すかもしれなかった事だ。

 お見合いではダビデが選ばれたが、交際が進むにつれ、どんどんとその事が聞きづらい状況になっていってしまった。

 俺達もそろそろ旅に戻る予定だ。

 いい加減覚悟を決めて、聞かなくては!


「アタイはこのまま、この町に住む事にするよ。もうダビデとは話してあるんだ。いつかは実家に顔を出したいけど、それはまだ先の話だからね」


 なんて、当人同士ではもう済んだ事だった。

 一応ね、お見合いを主催した側としては、投げやりになるのは嫌だったんだよね。

 でも普通は将来の事を考えれば、そういう話もするか。

 この世界みたいに電車も車も無くて、町から町へ移動するのにも魔物の危険がある事を考えれば、結局は同じ町に住むのが普通なのかもしれない。

 俺、あんなに悩んでたのが、今思えば馬鹿みたい。


「魔王様のおかげで、新しい人生を見つける事が出来ました。異性との交際なんて、ほとんど諦めていたのに。ハンターを辞める気は無いけど、それもダビデは受け入れてくれました」


 今後の人生に希望が持てるのは良いことだと思うよ。

 元々は帝国出身でもないわけだし、町の人達ともしがらみ無く付き合っていけるだろう。


「そのうちダビデとの間に、ハーフオーガが生まれるかもしれないね」


 子供の話はまだ早いか。

 顔が赤くなってしまった。


「でもその時は、魔王様に命名、もしくは魔王様の名前を頂きたいです!」


「俺が名前決めるの?でも、俺達もうすぐ此処を離れる予定だからなぁ」


「では、名前を使わせていただけると嬉しいです。阿久野と」


 ん?

 名前だよね?

 苗字じゃなくて名前だよね?

 アレ?もしかして阿久野って名前だと思ってる?


「俺の名前は阿久野じゃないよ。阿久野は苗字だ」


「な、なんですと!?ワタクシ初耳でございますよ!」


 おわっ!大きい声で驚かすなよ!

 いつの間にか太田達が後ろに居た。


「おい、俺も阿久野って名前だと思ってたぞ」


「僕も最初に阿久野って言われたから、名前だと思ってた」


 何で皆、名前だと思ってたんだ?

 特にハクトなんか、もう長い付き合いなのに。


(この世界って、苗字持ちの方が少ないんじゃない?信長が命名した人以外で、苗字持ちって会った事無いと思うよ)


 前田さんと森さん、因幡もそうか。

 そういえばそうかもしれない。

 それ考えると、阿久野しか名乗ってなかったな。


「今更だけど、阿久野は苗字だから。名前は・・・」


 名前?

 健一じゃ俺だし、康二が出てる時は使えないな。

 じゃあ阿久野健一康二?


(それじゃ、昭和のお笑い芸人だよ。でも本当に考えてなかったな。どうしよう)


 黙って考え込んでしまったせいで、皆がこちらを窺っている。

 オーグなんかちょっと心配そうだ。


「あの、そんなに名前を言うのが嫌であれば、別に構わないんですけど・・・」


「いや、ワタクシも気になります!ワタクシが書くのは、信長公記に続く新しい魔王様の伝記ですから!」


「ちょっと待って。この町を出るまでに答えるから。ちょっとね、神様に名乗っていいか確認が必要かな~って、思っちゃったりしたんだよね」


(ナイスな判断だ!神様って便利だな!)


 咄嗟に口に出たデマカセだったけど、これで何とか誤魔化せただろう。

 四人とも、なるほどって顔してたから。


「ちょっと外へ行ってくるから、またね」



 さっきの言い訳で誤魔化せたか分からんが、今のうちに考えよう。

 二人の名前を合わせるか?


(阿久野健康って事?まあ悪くはないけど、でも太田は健康公記を書くって事だよね)


 なんかダイエットマガジンみたいだな・・・。

 後世に魔王が、ダイエット本でも残したかのような扱いになりそうだ。

 何かないかなぁ。


(もう名前関係しなくていいんじゃない?)


 じゃあ魔王にしちゃうか、阿久野魔王。


(それは安直すぎでしょ。それなら名前縮めて、マオとかね)


 マオか、悪くないんじゃない?

 阿久野マオか。


(だったらこんな字で。帝国の偽りの魔王とは違う、真の魔王。だから真の王でマオ)


 おぉ!なんかそれっぽい!

 じゃあ俺達は今から、真王でマオだ!


(慣れるまで大変だけどね)



 そして、外へ出たもう一つの理由。

 それは隊長に会う事だ。

 実は帝国の隊長、まだ町に居たりする。

 正直な話、100人に満たないとはいえ、そんな数の捕虜を養えるほどこの町は大きくない。

 衣食住のうち、衣と住は何とかなる。

 衣は元々着ていた服や古着を。

 住は俺の、というよりは弟の出番か。

 創造魔法でログハウスを作った。

 以前と違い、今回はガッチリとした家という作りのログハウスだ。

 実はこれ、実験も兼ねている。

 スマホでログハウスの作り方を検索して、創造魔法を使ったわけだけども。

 この魔法で、帝国兵の心に信仰心を植え付けられるかという実験だった。

 もし彼等に信仰心が芽生えたのなら、その場合に神ポイントは発生するのか?

 その神ポイントも魔族と同じだけのポイントか、もしくはボーナス発生で2倍になったりするのか?

 そういったところを調べたかったのである。

 そして実際に彼等には、神器という名のスマホを使って、ログハウスが目の前に現れたように見えたわけだ。

 隊長を含め、結構な数の人達が神の御業だと信じたようだった。

 そしてその結果が、ポイント2倍である!

 神様ありがとー!

 彼等だけで695ポイントも貯まった。

 とてもありがたい。


 というわけで、捕虜として住んでもらう場所も確保したわけだが、食事だけはどうにもならなかった。

 だから食料に関しては、自分達で用意してもらうしかないのである。

 その為に彼等には、鉄で作った剣だけは用意した。

 人数分ではなく、十本ほどだけどね。

 十本しかない、しかも鉄の剣。

 どう考えても反乱など起こせるわけがない。

 逃げようにも、周りは魔物が生息している森である。

 オーグというハンターの力を使って此処までやって来たのだろうが、彼等だけでは魔物の相手は困難だろう。

 だから渋々ながら、この捕虜の生活を続けるしかないわけだ。


 しかし、その生活も十日ほど経った頃には変化が表れた。

 やはり人数分の食事を取ることが出来ず、やつれ気味になってきたのである。

 しかしオーガ達の差し入れで、少しずつ回復。

 人数が多過ぎるとの判断で、町長オグルとの話し合いの結果、希望者は町を出る事となった。


 最初はほぼ全員が、帝国へ戻りたいと言ってくるのだと思っていた。

 しかしその希望者と町へ残る者とが、ハッキリと分かれたのである。

 希望者は分かりやすく、魔族を忌み嫌う者達だった。

 町へ残る者達は、今の生活に馴染みつつある者達。

 オーガ達からの施しを受け、彼等の中で変化があったようだ。

 予想外だったのが、隊長が残るという事。

 隊長は何か思案した様子で、こちらを選んだようだ。


 そして戻る者達には鉄製の剣と鎧を渡し、町から出ていってもらった。

 生きて帰れるかは自分次第。

 そこまでは責任なんか取れないからね。



 そしてひと月ほど経った頃、隊長から話し合いがしたいと連絡があったのだ。

 勿論、この時は難しい話になると思い、中身は入れ替わっている。


「話し合いに応じていただき、感謝する」


「いえいえ、それほどでも。そしてどのようなお話で?」


 隊長は頭を下げた後、すぐに本題に入った。


「こちらから仕掛けておいて言いづらいのだが、実は何故あのような蛮行をしたのか、自分でも分からないのだ」


 彼が冗談なんか言えるような立場ではないのは分かっている。

 それを考えると、本当なのだろう。


「王が病に臥せ王子が表に出てきてから、帝国内で大きく派閥争いが起こったのは知っているかね?」


「以前、エルフの町で少しだけ伺いました」


「ならば話は早い。私は王派閥の人間だ。魔族と争う事は避けるように、王から言われてきていた。しかし、気付いたらこのような戦を起こしていた。信じてもらえないのは重々承知している。しかし、自分でも何故だか分からないのだ」


「・・・もしかしてだけど、洗脳された可能性はありませんか?」


「せ、洗脳!?」


「精神魔法の洗脳です」


 唐突に魔法をかけられてないかと言われ、動揺していた。

 だが、自分の考えと真逆になるなんてそうそうある事じゃない。


「異世界人はご存知ですよね?以前、獣人の村に侵攻してきたのは異世界人でした。しかしこの人は、自分で戦う意思があるわけではなく、呪縛という精神魔法のせいで戦っていました。私が解除しましたが、あのような魔法を唱えられる者が、帝国には存在します」


「あぁ、異世界人は王子が何処からか連れてきているという噂だ。どうやって連れてきているのかは分からないが、そのような魔法をかけられていたのか!?」


「そしてその精神魔法の一種に、洗脳があります。そこまで強力ではないのか、もしくは定期的にかけないと効果が薄れるのか。そこはちょっと分かりませんが、もしかしたら既に解けているのかもしれません」


「そうか。そういう事だったのか!王子が指揮を執ってから、軍の訓練所では必ず黙想があった。あれが洗脳の魔法だとしたら、軍の人間はほぼ全員魔法にかかっていたことになる!」


 何か思い当たる事があるようだ。


「しかし、そうなると私と同じように、自分の意思と反して戦っている連中もいるという事か!?マズイな、王派閥は既に捨て駒なのかもしれん」


 なるほど。

 王派閥は洗脳して、遠い地の制圧を任せる。

 失敗しても王派閥が消えるだけ。

 成功しても失敗しても、王子派閥には被害は無いって事だな。


「これがもし本当なら、大きな問題ですね。王派閥の人が消えれば、戦争を止める人も居ない。そして王が病で亡くなったら、和睦の道は完全に途絶えるでしょう」


「・・・私を仲間の元へ行かせてはもらえないだろうか?」


 神妙な面持ちでこちらへ問いかけてくる。

 しかし、これは大きな決断だ。

 もし彼が嘘をついていたら、敵の隊長を逃がしこちらの内情を知られてしまう事になる。

 内情と言っても、大した事なんか無いんだけど。

 でも敵を逃がしたって事が大きな意味となる。

 魔族は捕虜を逃がしてくれると侮られるし、敵は隊長が戻ってきて大いに沸くだろう。

 うーん、難しい。


「難しい質問ですね。私の一存では答えられないですし、貴方の言っている事を全て信用していいのか迷うところでもあります。しかし、もし本当なら急がないと手遅れにもなりかねない」


「真の魔王よ、これはどうだろうか?貴方は精神魔法を解除したと言った。では唱える事も出来るだろう?私にかけてくれればいい。そして私の事を監視してくれれば、疑いも晴れると思われるが」


 なるほど。

 自分が犠牲になる事で信用を得ようという事か。

 でも僕は解除は出来ても、まだかけるのは練習してないんだよね。

 それにそんな魔法、使いたくもないし。

 ここまで言うんだから、信用していいんじゃないかと思ってる。


(俺はお前が決めたなら、何も言わないよ)


 分かった。

 じゃあちょっとした賭けに出るとしよう。


「分かりました。貴方の要望に応えるとしましょう。しかし、精神魔法は駄目だ。私は、帝国の魔王を僭称する偽物とは違うのだから。だから貴方を信用します」


「よろしいのか!?もし私が裏切っていたとしたら?」


「そしたら私の人の見る目が無かったという事でしょう」


「・・・魔王様の寛大な処置に感謝します」


 跪く隊長。

 エルフや獣人にはこういうの多かったけど、とうとうヒトからもされるとは。

 いつまで経っても慣れない。


「私はもう少ししたら、北のドワーフの都市に行くつもりだったんですが、隊長殿は何処へ向かうつもりだったんですか?」


「魔王様、隊長ではなくズンタッタとお呼びください。私の名は、ズンタッタ・ヒポポタマス。帝国では子爵位を戴いております」


 ズ、ズンタッタ・・・。

 これはあかん。

 笑っちゃいけないのは分かってるけど、我慢が!


(ヒポポタマスってカバだっけ?ズンタッタなカバか。随分と陽気だな)


「アハハハ!!駄目だ!陽気とか言うな!」


 兄さんのセリフでトドメを刺され、笑いがこらえきれなかった。

 わざとじゃないだろうな!?

 ズンタッタさんは不思議そうな顔をしているが、自分の名前で笑われたという事が分かっていないようだ。

 もし分かっていたら、子爵にあたる人にとても失礼な態度を取った事になる。

 今度からは気を付けないと。


(ズンタッタ)


「アッハッハ!クソッ!絶対わざとだろ!」


「何かおかしい点でもありましたか?」


「すいません。思い出し笑いなので、気にしないでください」


 この野郎!

 絶対に同じ事してやる。


「ズン・・・隊長。先程の質問ですが。どうでしょう?」


 僕はズンタッタを諦めた。

 これからは隊長だけで通す事にする。


「そうですね。他の部隊が向かった場所に行くのがよろしいかと?私の部下が侵攻した町村を全て把握しております。この町の制圧後に、他の場所に向かう手立てだったので。私と同じ王派閥の者が居るかは分かりませんが、どちらにしろ占拠されていたのなら、解放して回るのが得策だと思われます」


「全て分かるのですか!?それは凄い。ちなみに魔族を王子派閥に捕らえられると、どのような事をされるか分かりますか?」


「おそらくですが、獣人は肉体労働かそのまま処分。エルフ等の魔法使用者は、おそらくクリスタルの工房へ連行されていると思われます。後は女性ですが、エルフのような見目麗しい方だと、慰み者にされている場合も・・・」


 申し訳なさそうに言ってくるが、なんとなく想像はついていた。

 しかし、クリスタルというのは何だろう?

 武器か何かに使用すると考えるのが普通だけど。


「クリスタルって何ですか?」


「クリスタルをご存じではないと?まあ魔族の方々は、自分で魔法を使えますからな。クリスタルは一言で言えば、携帯式の魔法ですね。魔法を使えない者でも使用できます。ただし、クリスタル内に魔法を封じる必要があるので、どちらにしろ魔族の協力が必要な道具です」


 なるほど。

 そんなアイテムがあるのか。

 もしかして、これも産出される場所が襲われているんじゃ?


「クリスタルの産出地が襲われる事は考えられないですか?僕の考えだと、ミスリルの鉱山がある場所が襲われていると思うんですけど」


「ミスリルは仰る通りですね。しかしクリスタルは無理でしょう。あの地を守る魔族は、非常に強力です。そして同じ魔族と言えど、その門を閉ざしていると聞きます。おそらくは今我々が行っても、門前払いか攻撃対象にされると思われます」


 同じ魔族でも、そんな事している連中も居るんだ。

 初めて知ったな。


「あの都市に向かった帝国軍は、全滅したそうです。同じ魔族に攻撃を仕掛けるとは思いませんが、それも確実ではないので、今はそっとしておいた方が得策でしょう」


 子爵という立場だからか、色々な情報を持っているな。

 それに頭も回るし、思い出せば戦術も見事だった。

 彼は今後とも必要な人間かもしれない。


「分かりました。隊長は私がこの町を出る時に連れていく部下を、見繕っておいてください。オーガの町長に事情を話して、残る兵の処遇改善を提案してきます」


「先の事まで考えていただき、感謝致します。では、その出発はいつ頃に?」


「ミノタウロスの卒業試験が終わったらかな?」



「・・・卒業試験?」

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