川の街
太田の暴走制御は、本当に出来ているのか?
個別指導の中では出来ているというセンカクは、後は実戦経験だと言った。
個別指導を続けながら、太田に王国へ帯同するようにと伝えると言って、彼は去っていった。
個別指導では、ジジイディープキスが炸裂しているのかと思うと、僕の脳はそれを想像するのを拒否した。
今回は大勢で向かうという事になったのだが、問題はマッツンだった。
彼は長可さんが参加すると知れば、絶対に一緒に行こうとする。
だが奴には、ゴブリン達をまとめてもらわなければならない。
個人的な感情で来てもらっては、安土にとって困るのだ。
決してうるさいからお断りとか、そんな事を考えていない。
マッツンはラビが変装した長可さんだと気付かず、その尻を追い掛けていった。
その間に本物は、魔王人形に変身して安土から出ていた。
彼女は蘭丸のトライクに跨り、自分が運転すると言い出す。
その後部座席を狙う男達の醜い争いは長く続き、長可さんは痺れを切らして官兵衛を乗せた。
そして残った男達はそれぞれのトライクに乗って、王国まで向かった。
太田のトライクに乗ったイッシーは、ザコ軍団になりきっていた。
同じように悪ノリした佐藤さんも、聖帝精神を唱えながら又左が突っ込んでいく。
その結果、僕達は王国で、盗賊認定されるのだった。
ごもっとも。
この隊長さんの言う事は正論である。
ヒャッハー!している太田とイッシーに、省みない精神で直進する又左と佐藤さん。
この二人の行動は、向こうの警備兵からしたら不審者及び危険人物なのは明らかだ。
「二人とも止まれ!」
「御意」
叫んだ僕の声に反応した太田は、ゆっくりと停止。
そして怪しまれないように、ゆっくりと戻ってきた。
だがもう一人は違う。
「又左殿?止まれって言われてますよ」
「槍を地面に突き刺して止めて下さい」
「は?ブレーキ握りましょうよ」
「私のコレ、飾りなんです」
いや、飾りで作ってないから。
ちゃんと止められるから。
奴が使わないだけだから。
後から佐藤さんに険しい表情で迫られた時に、僕はそう説明した。
「何ですか?あのじゃじゃ馬は」
他の人と違って、槍を地面に突き刺して止まる二人に、向こうの兵隊長はじゃじゃ馬だと勘違いしている。
中身は全く同じです。
見た目は太田だけ違うけど、中身は同じなんです。
そうは言っても、トライクを知らない彼等には通じないので、笑ってごまかしたのだった。
「申し訳ないけど、もう一度確認させてもらいますが、本当に魔王様一行で?」
訝しげに伺う隊長だが、彼は職務を全うしていると思う。
あんなのを見せられたら、誰だって疑いたくもなる。
「どうやって証明すれば良いかな?」
「そうですね。確認のしようもないのですが・・・。あっ!キルシェ様の相談役が誰かは知っていますか?」
なるほど。
公に出ていないあの爺さんを知っていれば、キルシェに近しい人物という判断か。
「元九鬼嘉隆でしょ。河童の爺さんだ」
「なるほど。貴方はキルシェ様のお知り合いで、間違いないようです。失礼な発言、誠に申し訳ありませんでした」
頭を下げる彼だが、悪いのはこっちだ。
謝罪する必要は無い。
「謝らないで下さい。うちの馬鹿二人が暴走して、ごめんなさい。以後、気を付けます」
「ありがとうございます。会場まではここから、更に三日は掛かります。ご案内しますので、ついて来て下さい」
進水式を行う場所は、僕達も知っているあの秘密基地らしい。
城とは大きく離れているので、僕達が王都に行く事は無さそうだ。
「ちなみに僕達があの道を通るのは、知ってたの?」
「キルシェ様が安土に向かわれた時と、同じ道でしたので。ですが大きな街道では、我々のような兵が複数お待ちしてました。無論、合流したと連絡は出しております」
色んな人達が僕達の事を待っていたのか。
なんか悪い気がするな。
それなのにこの馬鹿共のせいで、印象悪くなったらどうするんだ。
「王国と言えば魔族嫌いでしたが、私達が伺う事に反対意見は無かったんですか?」
おおぅ!
なかなかストレートに言いやがったな。
官兵衛め、半兵衛の時と違って、こういうところは遠慮が無い。
「・・・無いとは言い切れないんでしょうね。無論、我々は相談役とも仲良くさせてもらってますし、そんな事ありませんが。でも、一定数はそういう連中が居るのも確かです」
「それは、大貴族とか・・・ですよね?」
「驚いたな。魔族の方で王国に詳しい人が居るなんて」
官兵衛の言葉に、隊長は大きく振り返った。
馬上で勢いよく振り返った割に、馬が暴れたりしない。
なかなか操るのが上手い人なんだろう。
それよりも、何故官兵衛は急にそんな事を言い出したんだ?
「オイラがたまたま興味あっただけですから。貴族様の名前までは、知りませんよ?」
「そうですか。彼等も進水式には参加予定です。流石に魔王様に、直接喧嘩を売るような事はしてこないと思いますがね」
「それをしたら、彼等の命がありませんよ」
警備兵の一人がそう言うと、周りの兵達が笑い始める。
まあ貴族程度にやられる僕等ではないけど、少しは気に留めておこう。
「ここです」
「えっ!全然違うじゃないか!」
そこは大きな街になっていた。
川を挟んで二つに分かれているが、これで一つの街という扱いらしい。
「キーファー様やターネン様が失脚された後、造船は秘密にする必要が無くなりました。その為もっと多くの人を集め、作業を早めたのです」
キルシェの兄二人は、あの後王位を剥奪されて王国を追放された。
それからはキルシェが、完全に王国のトップに立った。
船の完成は、彼女の力を見せる絶好の機会になる。
だからこそ、完成を急いだのかもしれない。
「この街ツヴァイトフルスでは、川を挟んで二つの街が存在します。商業施設が多いあちらが、オストフルス。飲食店や家が多く並ぶこちらが、ヴェステンフルスです」
「ほあぁ、あの頃とぜっんぜん違うな!面影なんか残ってない。あ・・・」
街の中をドワーフが歩いている。
そういえば、この船の手伝いに昌幸の息子達が、この街に来ているんだった。
歩いているのは別人だが、他のヒト族はそれを不思議と思っていない。
この街はそういう意味では、魔族嫌いだった王国でも新しい形を示した街なのかもしれない。
「我々、注目を浴びてませんか?」
又左の言葉に皆も見回すが、やはり遠巻きに視線を感じる。
特に長可さんは、すれ違う人が全員振り返っていた。
「流石にこの街でも、魔族の方は珍しいものでして。ドワーフ以外の方々は、注目されても仕方ありません」
「ドワーフは信之と信繁が居るからな。他にも複数人居るはずだ」
「ドワーフの方々には、造船以外にも大きく貢献していただきました」
話を聞くと、ドワーフ達は街造りにも手を貸していたらしい。
今や彼等は、この街で相談役に続く有名な魔族となっているとの事だった。
それを聞いて安心した。
彼等が不当な扱いをされているとは思わないが、街の人達からは距離を取られているかもとは思っていたからだ。
やっぱり、ちゃんと話せば分かるもんなんだよ。
「こちらが皆様に、宿泊していただく宿になります」
案内されたのは、商業施設の中でも川に近い大きな建物だった。
建物に入ると、そこは何処かビジネスホテルっぽいカウンターがあった。
「最上階の部屋は、全て皆様に割り当てられています。最上階は皆様以外には誰も居ませんので、安心してお使い下さい」
「ありがとう。進水式の予定が分かったら、連絡下さい」
彼等は僕達を残して、明日再び訪れると言って出ていった。
「凄いでござるな。あんまり見た事の無い造りでござる」
「そうか?」
慶次は部屋の中を散策しながら言っているが、イッシーはそうでもないと一蹴する。
佐藤さんもそこまでは感動していないが、やはり他の皆は結構驚いていた。
「なんというか、見た事の無い感じですよね」
「他の部屋も覗いたけど、全部同じだった」
全てが同じ造りの部屋。
彼等はそれが不思議だったらしい。
しかしイッシーは、それが何だか分かっていた。
「ビジネスホテルと造りが全く同じだからな。大浴場があるのはちょっと珍しいけど」
「ビジネスホテル?」
ハッと気付いたイッシーは、すぐに口を紡ぐ。
その後、イッシーのフォローをするように、佐藤さんが話の続きを始める。
「俺達の元居た場所に、似たような建物があったんだよ。つい最近、イッシーにそれを話していたから、覚えていたんだな」
「ワタクシも魔王様が居た国の事を、もっと聞きたいのに。イッシー殿ばかりズルイですぞ!」
「は、ハハハ。真イッシーな。それよりも、大浴場に行かないか?」
ごまかせたのかは分からないが、イッシーは話を逸らす事に成功した。
「その前に一つ、皆さんに聞いていただきたい話があります」
官兵衛が、部屋から出て行こうとする皆を呼び止めた。
声のトーンから、皆は真面目な話だとすぐに理解する。
「まず一つ、大貴族に関して」
「大貴族って、ここへ来る時に話していたアレか?」
「魔族を嫌悪すると言われている連中です」
「それは聞いたが、直接手を出してくるとは思えないんじゃなかったか?」
「それは怪しいと思います」
皆は官兵衛の怪しいという言葉に、耳を傾けている。
この知らない土地で、仲間はここに居る連中だけ。
少しでも何かあると分かれば、それは身構える準備が出来る。
「攻撃を仕掛けてくる、という事でござるか?」
「可能性としては、暗殺が一番あり得るかと」
「暗殺だと!?魔王様を狙うというのか!」
太田が大きな声で怒っているが、官兵衛はそれに対して首を振る。
魔王じゃないとすると、誰が?
皆は不思議に思った。
「誰でも良いんですよ。オイラかもしれないし、太田殿かもしれない。長可殿もあり得ます」
「誰でも?どういう意味だ?」
「彼等が狙うのは、魔族と敵対するという事。おそらくは魔族と手を結ぼうとしているキルシェ殿を、失墜させたいのでしょう」
「なるほど。私達の誰かに害が及べば、王国は魔王様の信用を失う事になる。そしてそれを理由に敵対行動へと移る事を見越して、戦争に発展する。という事かしら?」
「流石は長可殿」
官兵衛は長可さんの考えに、賛辞を送る。
その話を聞いた慶次以外の皆は、ようやく意味を理解した。
「我々はこの街で狙われている。という事ですな」
「だからこそ、単独行動を避けていただきたいのです」
「承知した。私達も気を付けよう」
皆は頷き、官兵衛の言葉を守ると約束した。
「俺達はいついかなる時も仲間だ。絶対にお互いを助け合おう」
イッシー、なかなか良い事を言う。
皆もそれに賛同している。
だが、ある一言がキッカケで、それもすぐに終わりを告げた。
「私はお風呂どうしましょう?大浴場にも行ってみたいのだけれど。無理かしらね」
長可さんが大浴場に入りたいと言い出したが、単独行動は危険だ。
それを聞いた皆はソワソワし始めている。
「んん!ゴホン!えっと、良ければ私がお背中お流ししましょうか?」
「おいゴラァ佐藤!何を言っとるんじゃあ!」
イッシーの怒号が部屋に響き渡る。
佐藤さんはそれでも構わずに言った。
「一人では危ないでしょう。私が!お守りいたします」
「何を抜かしとるんじゃワレェ!」
「うるさいぞ!元ハゲ!」
「元じゃい!今はフサフサなんじゃ!」
取っ組み合いの喧嘩を始めた二人。
仕方ない。
ここは一つ、この魔王の威厳というモノを見せなくては。
「長可さん。僕が一緒に行きましょう。安心して下さい。見た目は子供。お子さん連れにしか見えませんよ」