誰が乗る?
予想通りというか何というか。
マッツンとロックはすぐに仲良くなった。
ロックは彼等に楽器を提供する事で、新しい音楽を取り入れようと考えているらしい。
マッツンの中ではさっきまでの会議よりも、こっちの方が大事だった。
全てを直政に丸投げし、官兵衛は一苦労する事となった。
二日酔いになりながらも、数日間に渡って行った会議は終わった。
そして今では好印象なゴブリン達と共に、彼等は自分達の領地へ帰る時が来た。
マッツンは別としても、カッちゃん達は他の領地へ行くと思っていたのだが。
どうやらゴブリンの中には、それなりに有能な人材が居るらしい。
彼等を派遣して、自分達は安土で楽しもうという魂胆だった。
それからしばらくして、キルシェ達から手紙が届く。
船が完成するから、一緒に進水式に出てほしいとの事だ。
僕は誰を連れていくか悩んでいると、官兵衛から裏切り者が分からない今、主要メンバー全員を連れていこうと言われる。
そんな中、太田だけがその容疑者から除外出来ると断言された。
彼は今、センカクと暴走しないように個別指導を受けている最中なのだが、そのセンカクが言った。
暴走を防ぐ手立ては無い。
代わりに意識を保ったまま、暴走するという事だと。
あの強大な力を制御する?
そんな事が可能なのだろうか。
「お主は今、そんな事が出来るのかと考えておるのだろうが、実際に出来ておる。ただしそれは、あくまでも訓練の中で、という条件付きじゃ。だからこそ、実戦経験が欲しい」
「ちょっと待って。実戦経験が欲しいのは分かるけど、あくまでも進水式に参加するだけで、戦闘が起こるとは限らないよ」
「それは無いであろう。王国へ向かうのなら、その間に魔物や盗賊に襲われる事は考えられる。魔物に関しては、ほぼ確実じゃ」
実戦というのは、対人に限らないという事か。
ならば問題無い。
「分かった。ちなみにセンカクも一緒に行くの?」
「行かんよ。皆が出ている間は、ワシはスイーツ巡りに没頭するつもりじゃからの」
何という世俗にまみれた仙人だ。
普通は霞でも食べているんじゃないのか。
なんて考えていると、センカクからツッコミが入る。
「顔に出ておるぞ。仙人だからこそ、美味い物が食べたいのじゃ。霞なんか食っていられるか」
「そうですか。別に文句は無いから良いけどね」
「ワシは太田にギリギリまで教えておく。奴には王国まで魔王に同行するように伝えておくから、安心せい」
そう言い残すと、彼は太田に話に行くと言って出ていった。
「主要メンバーって言ってたけどさ。残る人も居るでしょ?誰残すの?」
「ゴリアテ殿は無理ですね。ナオちゃんと一緒に、防衛の任務がありますから」
今回は本当に、大勢で行くつもりのようだ。
ちなみに長可さんも同行するらしい。
彼女は今後、船で獲れると思われる魚介類やその他諸々の、通商交渉をするという事だ。
これはどの国にも無い遠洋で獲れる物なので高くなると思うが、そこは船の完成に尽力したという事で上手くやってほしいと思う。
「マッツンは?」
「勿論、残ってもらいます」
勿論って言ってるけど、そんな簡単に納得するかな?
ましてや長可さんが行くとなると、一緒に行くって聞かない気がする。
「同行するって言ったら?」
「大丈夫です。考えがあります」
官兵衛に策があるというので、僕はそれを信用して何もしない事にした。
出発当日、城の前にはトライクが沢山止まっていた。。
「準備は出来たな?」
トライクの後ろには荷車が牽引されている。
世界初の遠洋船という事もあり、荷車には祝いの品も用意してある。
流石に帝国には秘密裏に作っていたので、派手に祝う事は出来ない。
もし下手に見つかりでもすれば、軍用艦として接収される可能性もある。
それを考えると、大々的にやらない中で僕が呼ばれたのは、かなりの待遇だと思われる。
「そろそろ行くかね」
皆がトライクに乗り込んだのを確認して、僕は点呼を取った。
「ちょっと!ちょっと待った!」
「どうしたマッツン?」
やはり来たか。
どうせ行きたいとか言うんだろうな。
「今回、長可さんも行くって聞いたぞ!俺様も彼女の護衛として行くからな」
「長可さん?彼女は重要人物だからな。流石に安土からは出せないよ」
「嘘を言うな。俺様の耳は、ゴブリンの耳でもある。城の警備をしていたゴブリンが、長可さんも行くって聞いたって言ってたぞ」
ゴブリンめ、余計な事を。
しかし、既に官兵衛の策は発動している。
「言ってるそばから、ほら。今、スイフトと向こうへ歩いていくじゃないか」
僕が指差すと、そこにはスイフトと長可さんが城の中を歩いているのが見える。
マッツンは首を傾げながら、聞き間違いだったのかなと言っていた。
「信用したか?」
「居るなら良いよ。お前達が居ない間、俺は彼女との仲を・・・」
ぐふふと下品に笑いながら、彼は城の中へと入っていった。
「僕達、行くから。ちなみに長可さん、僕が留守中は仕事頼んで忙しいからな。多分相手にされないから、邪魔するなよ」
「行け行け。大丈夫、俺も手伝うから。ここで良い所を見せて、男を上げるぜぃ!」
雑に手を振るマッツンを横目に、僕達は出発した。
「上手くいったな」
トライクでしばらく走った後、僕達は一旦停車した。
今回、安土からライプスブルグ王国へ向かうメンバーは、以下の通りだ。
蘭丸、ハクト、官兵衛
前田兄弟
太田
佐藤さん
イッシー
長谷部
そして、長可さんといったメンバーだ。
ちなみにイッシーは、珍しく安土増毛協会の面々は連れていない。
長谷部は官兵衛の護衛役として、参加している。
「戻って良いですよ」
蘭丸が牽引している荷車から魔王人形を取り出すと、それは光に包まれた。
「変身とはこんな感じなんですね。貴重な体験をしました」
「希望があれば、長可さんなら安土でちょこちょこ使って良いですよ」
そう。
彼女は僕の人形に扮して、荷物として乗り込んでいたのだ。
では、城の中でスイフトと一緒に歩いていたのは誰か?
それはラビが変装した長可さんである。
スイフトと話をしていたのは、おそらく出来る範囲の仕事を回されていた為だと思われる。
ラビもなんだかんだで能力が高い。
余程専門的な仕事でない限り、彼女でもこなせるだろう。
「マッツンには悪い事したかな?」
「良いのではないですか?希望を持たせても可哀想ですから。ラビ殿には城の中では私の姿で、部屋から出ないようにとお願いしてあります。会う機会は無いはずです」
おう・・・。
とても辛辣な言葉をありがとうございます。
希望を持たせないようにというのは、僕としても賛成だけどね。
「じゃあ長可さんは、蘭丸の後ろに乗ってもらって」
「あら、私が蘭丸の代わりに運転しても良いですよ?」
長可さんはそう言うと、蘭丸の乗っていたトライクのアクセルを握り、ふかし始めた。
「大丈夫。忘れてないわ」
「だってさ。蘭丸、後ろに乗る?」
「うぅ、母親の後ろに乗るのってどうなんだ・・・」
恥ずかしいのか、蘭丸は渋っている。
周りからはニヤニヤされながら、冷やかされている。
結局それがキッカケで、恥ずかしくて嫌だと断っていた。
「それじゃあ誰が、後ろに乗るのかしら?」
その瞬間に目の色が変わる連中が・・・。
「俺が!」
「いや、俺が!」
「俺でも良いんすか!?」
立候補者は三人。
揃って運転が出来ない、佐藤さんにイッシー、長谷部という召喚者組だ。
こんな機会は滅多に無い。
彼等の中に、譲り合いという精神は存在しなかった。
「別に誰でも良いのだけれど。あまり時間が無駄に過ぎるのも、好きじゃないのよね」
効率重視の長可さんは、三人にさっさと決めろと言っている。
三人はジャンケンで乗る人を決めようと、気合いを入れてから手を出した。
「ジャンケンぽん!あいこでしょ!しょ!しょ!」
三人はマジだった。
自分達の動体視力をフル稼働して、誰がどの手を出すか瞬時に見極めていた。
その結果が、この長いジャンケンになる。
「官兵衛さん、後ろに乗っちゃいなさい」
「えっ!?良いんですか?」
「決まらないんだもの。先に行きましょう」
長可さんは官兵衛が後ろに乗ったのを確認した後、すぐにアクセルを回した。
「あぁっ!」
「官兵衛殿、ずるいぞ!」
「官兵衛さん、流石っす!」
長谷部だけは漁夫の利を得た官兵衛を褒めていたが、二人は本気で悔しがっている。
それを見ていた蘭丸は、物凄く複雑な表情で、長谷部を後ろに乗せた。
「蘭丸くん、よろしく頼む」
「長谷部殿なら、俺は文句は無いです」
蘭丸は何気に、長谷部が気に入っていた。
安土で一番根性があるのでは?
そして言葉とは裏腹に、実は真面目で頑張るタイプだと思っていた。
特に模擬戦での血だらけの結末に、蘭丸は大きく感心したのだった。
「それじゃ又左殿。俺を頼む」
「了解した。佐藤殿、行こうか」
「え?おおわっ!」
曲がらない男、又左。
彼は佐藤さんが乗った直後に、そのまま木に向かって直進。
目の前の木を張り倒して、進んでいった。
「そうなると俺は、慶次殿か太田殿かハクトくんか。必然的にハクトくんが良いよな」
そう言ってハクトの跨るトライクに近付こうとしたその時!
僕は動いた。
「ゴー!ハクト、ゴー!」
「えっと、マオくん乗っちゃったし、行っても良いのかな?」
「ちょっ!えぇ!?」
僕達が先へ進んだのを見て、イッシーは慌てている。
残るは二人。
どっちも危険な感じがするが・・・。
「イッシー殿!ワタクシのココ、空いてますよ?」
太田から熱烈な歓迎を受けるイッシー。
しかし彼は嫌そうな顔をして、慶次の後ろへ向かった。
「兄上!待つのでござる!」
「え?俺乗ってないよ!?」
「だからイッシー殿。ワタクシのココ、空いてますよ?」
「結局はこうなるのか。俺もザコ軍団の一員だな」
太田の後ろには、角付きのヘルメットも用意されている。
それは勿論、太田専用トライクに合わせて作ったからだ。
「ヒャッハー!汚物は消毒だぁ!」
「おっ?ノリノリですなぁ、イッシー殿」
角付きヘルメットのおかげで吹っ切れたイッシーは、後ろで腕を振り回していた。
目の前が段々と広がっていく。
広大な大地に、大きな田んぼがあった。
「この辺りから、ライプスブルグ王国の領内になる。おそらくは僕達の話は聞いているはずだが、万が一聞いていなかったら。変な行動だけはしないでくれよ」
念を押して僕はそう言った。
それなのに、奴等と来たら。
「あ、王国の人かな?」
「だ、誰ですか!?まさか盗賊!?」
「え?いやいや、そんなわけ・・・」
「ヒャッハー!水だ、水をよこせぇ!」
「う、うわあぁぁ!!逃げろおぉぉ!!」
イッシーのせいで、完全に勘違いされてしまった。
しばらくして、王国兵だと思われる騎馬隊が現れる。
槍を構え、僕達の左右を挟むようにして陣取っていた。
「止まれ!怪しい奴等め。生まれ変わった王国を汚させはせんぞ!」
隊長らしき人が叫ぶが、またここで勘違いされる要素が増えた。
「曲がらぬ!止まらぬ!破壊するぅぅ!又左殿に停止の文字は無い」
佐藤さんの悪ふざけのおかげで、完璧に盗賊認定されてしまった。
槍を構えて、タイヤを攻撃するつもりだ。
このままだと落車してしまう。
「僕は安土から来た魔王だ!キルシェから話は聞いてないのか?」
すると彼等は、とてもマトモな返答をしてきた。
「魔王様の話は聞いているとも。しかし!他人の国に来て話も聞かないような連中が、魔王様の連れであるはずがないであろう!」