ゴブリンの王?
もはや悪役と言って良いだろう。
他の領主からもやり過ぎだと非難され、ドン引きされてしまった。
ベティは薬を患部に塗るとやる気になっていたが、それは兄に阻止されている。
危うくオカマが増えるかもしれないところだった。
患部に薬を塗れないと困っていると、又左は慶次の頭を蹴飛ばす。
そして実戦形式で挑んだのだから、急所狙いなど当たり前だと又左が言うと、慶次もそれを受け入れた。
結果、僕達の勝利で終わる事となった。
そんな中、防衛を任せているオーガから安土がゴブリンの軍勢に包囲されているとの一報が入った。
皆はゴブリンなら問題無いと一笑に付したが、その数が二十万以上だと知ると、顔色を変えた。
監視カメラも破壊され、その数はまだ増えているのかすら分からない。
そして、誰が何の為に安土に来ているのか?
包囲するだけで何もしない彼等に、僕達は悩んでいた。
すると全ての模擬戦が終わり祭りと化した街では、皆が飲んで騒いでいる。
その様子を映したモニターの一つに、とある獣人がテーブルの上に乗って言った。
この街を包囲した。
俺と勝負しろと。
「コイツが誰だか知ってる奴は居ないのかね?」
「テンジ殿、一般市民の顔を全員覚えている人など、居ませんよ」
「む、半兵衛が居れば・・・」
長秀がテンジにそんな奴は居ないと言ったが、彼は半兵衛なら覚えていると言う。
兄と僕がチラッと官兵衛を見たが、指で小さくバツ印をしてきた。
という事は、この男は外部から来た者。
安土の獣人ではないという事になる。
「長可さんやオーガのキミは見た事無いかな?」
「申し訳ありません。私は記憶にありません」
「私もちょっと・・・。ただ、この街の者ではないと思います」
「何故?」
「まず、この街の者で魔王様に対して不敬な事を言う輩は、居ませんからね。フランジヴァルドの住民なら、分かりませんが」
なるほど。
オーガの彼は、普段は街の警備もしているらしい。
こんな事言う奴なら覚えているし、捕まっているはずだと言う。
「フランジヴァルドも、そんな人居ないと思うけど」
「アデルモか長谷部辺りが居ればなぁ。ん?」
モニターを見ていると、何やらさっきの獣人が動き始めた。
テーブルから降りて、何処かへ向かっている。
遅れてオーガの警備隊がモニター前を通過した。
「逃げた?」
「かもしれないね」
「ゴブリン達と合流するのかもしれません。もし彼奴が本当にゴブリン達をまとめていたならば、危険ですぞ」
「そうね。でも騒いでいろって言ったのは、どういう意味かしら?」
ベティの疑問に、再び皆が頭を悩ませる。
官兵衛でも分からないというのだ。
僕等が考えても分からないだろう。
「ひとまず、僕達は奴を追い掛ける」
「どうする?人形のままで行くか?」
「奴に奇襲を与えるなら、人形の姿は見せたくない。だから一人で行こう」
「分かった。官兵衛、ハクト。人形を預かっててくれるか?」
「任されました。では、気を付けて」
僕は身体に戻ると、兄はボロボロになったバッグを捨てて走り出した。
まずは奴が何処へ向かうかが問題か。
俺の勘では、奴は街の連中には手を出さないと思う。
だが、何が目的で来たのかはサッパリ分からん。
その為、行き先が決めづらい。
『街へ向かいましょう。さっきの場所から何処へ向かったか聞いた方が早いと思われます』
官兵衛!?
あ、まだツムジが居るのか。
『闇雲に走り回っても仕方ありません。どのような人物だったのか、近くの人に聞いてみましょう』
了解だ。
「ま、魔王様!?」
「おう!ちょい聞きたいんだけど」
「な、何をでしょう?」
んん?
何か怯えられているような気がするのだが。
俺、何かしたかな?
『それは、さっきの慶次殿の一件ではないでしょうか?』
は?
俺じゃないじゃん!
「見ていた人達からしたら、変わらないという事でしょう」
(ププッ!ざまぁ。自分だけ逃げようとした罰だな)
マジで俺、関係無いし!
クソォ!
俺は不機嫌な態度で、彼にさっきの男の話を聞いた。
「な、何も知りません!いきなり肩を組んできて、乾杯したくらいですぅ!」
「あ、そう」
「玉を潰さないでぇ!」
「誰がそんなもん潰すか!」
いや、弟は潰すんだったな。
これ、ホントに迷惑だわ。
(玉は置いといて。何も知らんとな。向かった先は分からないの?)
「さっきの奴、どっち行った?」
「えと、街の外の方かな?いや、舞台の方ですかね」
「舞台?」
「何処で戦ってるか聞いてきたので、そっちに向かったと思うんですけど」
それって、行き違いになったって事か?
途中で見掛けなかったから、奴が道を間違えた可能性もあるな。
(戻った方が良くない?)
『オイラも戻った方がよろしいと思います』
二人が言うなら戻ろう。
俺、玉潰しの一件で街の男共に恐れられただけだったな・・・。
「誰か来たか?」
舞台に戻った早々、官兵衛に聞いたが、誰も来ていないらしい。
しかし、それは舞台に来ていないだけだったようだ。
「魔王様、舞台周辺は全方位囲まれています」
「そうっぽいな」
又左が耳を動かしながら、周囲を探っている。
どうやら囲んだだけで、襲い掛かってくる気配は無いとの事。
「魔王様、来たわよ」
「ベティ、分かるのか?」
「分かるわよ。騒がしいもの」
騒がしい?
又左もそれには気付いていたが、別件だと思っていたらしい。
「複数人で来るわよ」
「うーん、うるさい」
又左は不快な顔をしているが、どんな感じなんだろ。
あ、来た。
すげー分かりやすい。
森の中なのに、ピカピカに光ってる。
「なっ!?ゴブリンが光魔法だと!?」
「しかも服装も綺麗だわ!」
他の領主達は、全然違う点で驚いているが、俺はそんな事よりも気になった事がある。
「神輿?」
「ありゃ神輿だな。でも、周りの連中はサンバだぞ」
「佐藤さん、分かるの?」
「東京で、サンバカーニバルを見た事があるから」
という事は、ゴブリンが神輿を担いでサンバを踊りながらここに向かってると?
全く意味が分からんぞ。
「神輿にさっきの獣人が乗ってますね」
「アイツ、何でパンイチなんだ?」
モニターで見た時と違い、パンツ一丁で神輿に乗る男。
この時点で、何がしたいのか分からない。
官兵衛に至っては、頭をフル回転させているからか、持っているチョコレートを大量に消費している。
舞台の前まで来た神輿は、そのまま俺や領主達を通り過ぎて舞台の中央へと向かっていく。
そして中央に着くと止まり、男は叫んだ。
「フィーバァァァァ!!」
「・・・え?」
「フィーバァァァァ!!」
「何コイツ?」
領主達の目は点になった。
辛うじて反応出来たのは、俺と佐藤さんのみ。
官兵衛は完全にキャパオーバーらしく、顔が真っ赤になっている。
「ノリが悪りぃな。魔王ってのは、マジメちゃんか?」
その獣人は神輿から飛び降り、俺に向かって悪態を吐いてくる。
やはり意味が分からない俺は、ワンテンポ遅れて反応した。
「お前、何者だ?」
「よくぞ聞いてくれた!皆の衆!」
獣人が指をパチンと鳴らすと、サンバ隊が笛や太鼓で盛り上げ始めた。
「フワッフワッ!フウゥゥゥゥ!!」
周りの囃し立てる声に乗りながら、男は俺へと近付いてくる。
「俺の名前は万里小路一夜。ゴブリン達の王様だあぁぁ!!」
マデノコウジ?
呼びづらい名前だなぁ。
しかも周りのゴブリン達は、略して呼んでるし。
「マッツン!マッツン!」
「マッツン言うな!万里小路様だ!」
「マッツン!マッツン!」
どうやらマッツンと呼ばれるのが嫌らしい。
ゴブリン達は踊りながら、マッツン連呼している。
嫌なら仕方ない。
俺も言おう。
「マッツン!マッツン!」
「マッツン言うなよおぉぉ!!」
「マッツン!マッツン!」
あ、ちょっと涙目になってきた。
コイツ、多分弱いぞ。
「魔王様。楽しんでるところ申し訳ないのですが、話が進まないので・・・」
「マッツ、そういえばそうだった。おい、マッツンとやら。お前は何しにここへ来た?」
「マッツンじゃねぇ!ゴホン!聞いて驚け。俺様はゴブリン達を統べる王だ。だが俺の力なら、ゴブリンだけじゃなく他の種族も統べる事が出来る」
獣人なのに、他の種族であるゴブリンの王なんだな。
そこは素直に凄いと思う。
だが、その後の言葉は聞き捨てならない。
それは俺だけじゃなく、他の者も同じだったようだ。
「タヌキ風情が!ゴブリンをまとめたからと言って、何だと言うのだ!」
「オイ、犬の兄ちゃんよ。アンタ、魔王に負けたばっかりでまだ回復してないんだろ?そんなんじゃ俺様の力には勝てないぜ」
又左がキレながら言うと、マッツンは強気に又左を挑発する。
言う事は立派だが、下半身はめちゃくちゃ震えていた。
やはりマッツンは弱いと思う。
「で、他の種族を統べるから何だっての?」
「そ、そう!お前は帝国に負けたそうだな?」
「・・・」
「フハハハ!言い返さないという事は、図星のようだ」
又左が既に槍をぶん投げようとしている。
佐藤さんが止めなければ、今頃は頭に刺さってそうだ。
「ちょっ!槍はダメよ。槍はダメ。ラブアンドピースよ。オーケー?」
「又左」
俺の一言で槍を下ろすと、今度は慶次が構えている。
股間は無事なようだ。
「慶次も駄目だ」
「そ、そうそう。魔王の言う通りだよ。暴力で全て解決はしないよ」
「結局お前は何がしたいんだ?」
又左と慶次から隠れるように、俺の背中へ回るマッツン。
隠れながら彼は胸を張り、俺の後ろから皆にとんでもない事を言い放った。
「俺様がコイツの次の魔王になってやるぜぃ!」
「寝言は寝て言え。このクソタヌキ!玉潰すぞ!」
「やるでござる。玉を潰すでござる」
又左と慶次の玉潰しに、何故か領主達も賛同。
しかし長可さんだけが気まずそうな感じである。
当たり前だが、彼女は玉潰しには賛同していないし、反対もしていない。
周りの連中は、女性が居る事を考慮していない。
ベティだけが長可さんに気を遣って、彼女を遠くへ離していく。
「オイオイ、レディの前でそれはどうなんだ?品の無い連中だな!」
「あん?パンツ一丁の奴に言われたくねーわ」
「分かってないな。男の裸に女は惹かれるんだぜ」
そう言って腹を叩くマッツン。
とは言っても、腹筋が割れているわけでもない。
むしろ良い音がするくらいの太鼓腹だ。
「それでモテるとか、嘘クセー男だな。あ、まさか詐欺師?」
「違うわ!」
「ワハハ!パンイチ男が焦ってると、アホっぽいな。というか、アホか」
「うるさい!お前だって負け犬魔王だろ!俺様がアホならお前は負け犬だ!」
カチーン!
ちょっとムカついたぞ。
「ほほぅ?負け犬と言われて顔色変わったな。負けたままのお前に魔王は相応しくない。俺様が魔王になってやる。だがお前に勝たないと、俺様が魔王に相応しいと誰も認めないだろう」
「お前みたいな奴、誰が認めるかな。領主達もお前に良い印象は持ってないみたいだし」
「それは分かっている。だからこそ、俺様と勝負しろ!」
勝負とマッツンの口から出ると、ゴブリンのサンバ隊が再び動き出した。
「マッツン!王様!マッツン!キング!」
「マッツン言うな!でもセンキュー!」
カッコつけたポーズでゴブリン達に手を振ると、ゴブリン達が盛り上がる。
「お前と勝負って言ってもなぁ。絶対勝つぞ?」
「なるほど。じゃあお前がギブアップしたら、俺の勝ちで良いんだな?」
「おうよ!俺からは手を出さないから。まあ、頑張ってくれたまえよ」
「ガキのクセに・・・いや、ガキじゃないんだっけか。その姿で上から目線で言われると腹立つな」
勝つ自信があるのは分かる。
しかし、何をしてくるんだろう?
奴はゴブリンサンバ隊の下へ戻ると、早速始めようとしていた。
(ちょい待ち!それよりも、何故僕等がガキじゃないって知ってるんだ!?おかしいだろ!)
あ、そういえば・・・。
「ちょっ」
「ミュージックスタート!フウゥゥゥゥ!フワッフワッ!レッツパアァリイィィィ!!」
「え?」
奴が腹を叩き始めると、俺の身体が自然に動き出す。
ゴブリン達と同じように、勝手に踊り始めた。
「ヒャッハー!踊れ踊れ!そして踊り疲れて、俺様にひれ伏すのだぁぁぁ!!」