特別試合その3
佐藤さんは役に立たなかった。
槍で顔面を狙うという殺しに来てるとしか思えない所業を、魔王だから問題無しという一言で済ませやがった。
どうやら自分の試合が終わったから、酒でも飲ませろよと考えているようだ。
段々と怒りが湧いてきた僕等は、今度はお返しとばかりに、見えない攻撃に転じる。
土壁を彼等の目の前に作る事で、向こうからこっちの動きが見えないようにした。
普通に考えると、敵側に防壁を作ってどうするんだとなるのだが、そこは兄の見せ所。
縫い目を作った鉄球で変化球を投げると、壁の向こう側に居る慶次や又左に命中した。
しかし相手側も黙ってはいない。
変化球で曲げて攻撃するのに対し、向こうも槍をしならせて壁の向こう側から攻撃を仕掛けてきた。
その攻撃を起点に、又左達は僕等を挟むように飛び出してくる。
二人の槍が左右から同時に襲い掛かるが、兄は紙一重で避けていた。
その分、僕は全てと言っても過言ではないくらい、当たっていたけど。
避けている兄に対して、又左は奥の手というものを使ってくる。
それはセコンドだと思っていた、ハクトによる支援魔法だった。
卑怯だと言う兄に対し、又左は言う。
実戦では援軍が来ると。
「これは実戦じゃねーだろ!」
「でも、実戦を想定して戦うと言ってませんでしたか?その為に夜間に行うとも」
「う・・・」
確かに言った。
しかしコレ、揚げ足取りというのでは?
「拙者達は考えたのでござる。実戦とは、どういうものなのかと。魔王様は、模擬戦に援軍が来ないと思うなんて、頭が固いでござるなぁ」
大袈裟に頭を振る慶次。
それを見た兄は、震えている。
多分、慶次に馬鹿にされたのが気に食わないんだろう。
「おい!こっちにも援軍だ!」
「官兵衛しか居ないよ。流石に官兵衛は、この舞台に上げられない」
「クソッ!慶次に馬鹿にされるのが、一番ムカつく!」
やっぱり怒っていた。
だけど官兵衛以外の援軍なら、用意出来るんだよね。
(ツムジ、出番だ)
『え?どういう事?アタシも戦うの?』
(向こうもハクトが援護してきてる。ツムジが空から攻撃しても、問題無い)
【それだ!流石はマイブラザー。良いアイディアだぞ】
フフフ。
又左や慶次など、僕の頭脳があれば上回る事も・・・。
『魔王様ぁ、それヤバくないかしら?モニターで見てる限り、ハクトが援護したって証拠が映ってないのよ』
(何だって!?)
『だから、もしアタシがいきなり登場して炎でも吐いたら、魔王様達の印象は悪くなるかもね』
ノオォォォォ!!
なんて事だ!
カメラの先ではそんな事になっていたとは。
ツムジに教えてもらわなかったら、間違いなく魔王の反則負けだろとか言われてそうだ。
まさか、そこまで見越して?
「フフ。魔王様、どうしましたか?」
クソー!
これ、絶対分かってたヤツだ!
又左めぇ!
戦いになると、慶次共々頭が回る奴だな。
【結局、ツムジの援護は無しか。ハクトの援護、意外と厄介だぞ。どうするんだ?】
『そうねぇ。見えない援護が出来るなら良いんだけど』
見えない援護。
そんな支援攻撃は・・・ある!
(ツムジ、舞台の横に来てくれ。戦う必要は無いから)
僕の呼び掛けに応えたツムジは、こちら側のセコンドである官兵衛の横に現れる。
「来たわよ」
「ビックリした!」
いきなり横に大きな身体のグリフォンが現れて、官兵衛は慌てている。
ツムジが一言謝ると、官兵衛は何かを察した。
(口には出さないから聞いてくれ)
『何かしら?』
(官兵衛とこうやって、魂を繋いで話せるようにしてくれ)
『ハイ、既にやっていただきました』
早いな!
どうやら何かしらと言ったのは、僕にではなく官兵衛に対してだったようだ。
ツムジが現れた事で僕の意図を理解し、すぐにツムジに頼んだらしい。
(流石は官兵衛。仕事が早い)
【なるほど!これなら見えない援護になるな】
『魔王様。凄いじゃないの!アタシを呼んで何をするのかと思ったわ』
感心している二人を置いといて、まずはハクトの対策をしなければならない。
(官兵衛、何か良い案ある?)
『ハイ、簡単です。むしろ先手を取らなければ、魔王様は負ける可能性があります』
負ける可能性がある!?
マジか。
そこまでヤバいとは考えてなかった。
【何をするんだ?】
『一言。たった一言だけを魔法で言っていただきます』
(一言だけ?)
『それだけでこちらは、大きく優位になる事が出来ます』
官兵衛の顔を見る限り、それに大きな自信があるようだ。
ちなみに兄はこの間、今も槍を避けているので、あまりこの会話に参加していない。
そこまで余裕が無いとも言える。
当たるのは当たり前だと諦めている僕は、槍がガンガン当たっているのを無視しているのだ。
(それで、その言葉とは?)
『あの魔法を使って、こう言って下さい。それは・・・』
「押してる。拙者達が押してるでござるよ」
「支援魔法で強化してもらって、だがな」
二人の声が左右から聞こえる。
手が出せないとでも思っているのだろう。
僕が魔法で片方に攻撃をすれば、この攻撃は止むかもしれない。
だけど、それは兄から意図的にやめてくれと頼まれていた。
どうやら魔力を足に集中して、避ける事に専念しているみたいだ。
修行の成果を、ここで試していると思われる。
だけど、それもそろそろ終わりにしなければならない。
(やるよ!)
【おうよ!】
僕は官兵衛から教わった一言を言い放った。
「喋るな!」
「!?」
二人は驚いた顔をしているが、口が開くだけで声は出ていない。
そして一番の問題点だったハクトも、口をパクパクしながら驚いている。
【やれ!】
兄の合図で慶次に火球を大量に放ち、その手を防御に回させる。
片側からの攻撃が止んだ瞬間、兄は又左の槍を掴んだ。
【フンガ!】
掴んだ槍を振り回し、又左を慶次へとぶつけると、二人は絡まるように倒れた。
【ハッハー!どうだ!】
(それね、僕等にしか聞こえてないから。向こうを挑発する意味で言っても、無駄だと思うよ)
【それもそうだった】
兄は額を軽く叩くと、笑っているように思えた。
声が出てないから分からないので、そう感じただけだけど。
『上手く行きましたね』
官兵衛も又左達を崩す事が出来て、安心している。
官兵衛が立てた作戦は、非常に簡単だった。
僕が音魔法で、喋るなと言うだけ。
この魔法の効果は、大きく分けて二つある。
一つ目は、又左と慶次の連携を断ち切る事。
話す事が出来ない二人は、連携が難しくなる。
お互いを余程理解していない限り、話をしなければ多少のズレが生じてしまうのが当たり前なのだ。
彼等は今後、先程までのような連携は取れないはずである。
そして二つ目は、ハクトによる支援の遮断だ。
ハクトは無詠唱が出来ない。
故に、言葉を口に出来なければ、支援魔法はおろか回復も何も出来ないという事になる。
喋るなという一言で、官兵衛は二つの力を断ち切った。
勿論僕達にも、その効果の影響下にある。
ハクトと違って、僕は音魔法での選別が出来ない。
僕の場合は耳に入った人全員に、その力が発揮される。
大声で叫んだので、兄どころか官兵衛もその範囲にあった。
しかし、僕達には関係無い。
兄と僕は同じ身体にあるからか、意思の疎通は可能だ。
それに官兵衛も、ツムジの力を借りればこの通りである。
故に、喋る事が出来なくなっても、僕達には一切の不便性は無いのだ。
「会話が出来ないとキツイだろ?」
この中で唯一言葉を発する事が出来るのは僕だけ。
それに気付いたハクトは、音魔法が使われたと理解したようだ。
『実は向こう側が先に音魔法を使ってきていたら、負けていた可能性がありました。例えば止まれと言われたら、一方的に二人の攻撃を食らっていたかもしれません』
なるほど。
太田みたいに堪える奴も居るけど、それでも動きは鈍っていたし。
そう考えると、危ないところだったのかもしれない。
【ところで、この後はどう戦うんだ?喋れなくなったから、何かするのか?】
『いえ、逆にこのまま二人掛かりで戦いましょう。連携が取れない分、二人の動きに隙が出来るはずです』
【そういう事なら、行くぜぃ!】
兄は起き上がった二人の方へと駆け出す。
二人は同時に槍を構えたが、どっちが先に攻撃をするかで迷っているようだ。
【隙あり!】
だからその言葉、向こうに聞こえてないっていうのに。
どうしても口に出さないと駄目らしい。
兄の剣が慶次に襲い掛かる。
慶次は咄嗟に背中の槍に持ち替え、兄の剣を防いでいる。
そして又左はそれを見て距離を取り、兄の側面から長槍で攻撃を仕掛けてきた。
それを避ける為に慶次から距離を取ると、慶次はすぐに槍を持ち替えて、槍を伸ばしてくる。
【どえぇぇ!!コイツ等、話してないのに何故こんなに上手く立ち回れるんだよ!】
『す、凄い。オイラの考えが甘かったのかもしれません』
官兵衛が自分のミスだと言っている中、又左は慶次の攻撃を見て、すぐに兄の後ろに回る。
そして、再び挟み撃ちで槍を振るってきた。
【おい、逆に動きが機敏になってないか?】
(多分だけど、声に出さなくなった分、少し速くなってるんだと思う)
【マジかよ。どうするか・・・】
『時間的に、支援魔法もそろそろ切れるはず。向こうも焦っているはずです』
そうか。
奥の手も封じられて、そろそろ向こうも決着を狙って、大技を出してくるかな?
【だったらこっちも、そろそろ仕上げに入ろう】
(仕上げ?勝ちに行くって事?)
【そうだ。お前、人形の姿でも高速で動く方法あるよな?】
(そりゃ、魔法を使えばね。長時間は魔力切れるから無理だけど)
【だったら、こういう手で行こう】
兄の作戦は、なかなか面白かった。
官兵衛ですら、咄嗟に思いつくのは凄いと舌を巻くほどの作戦だ。
(どのタイミングで狙うの?)
【官兵衛の言う通りなら、支援魔法が切れる直前に大技を狙ってくるはずだ。その時を狙う】
切れる直前って、僕等に分かるのかな?
ちょっとした疑問だったが、それは案外早く分かった。
【来た!】
慶次が普通の槍を、兄に投げてきたのだ。
簡単に避けた兄だったが、それは想定済みだったようだ。
実際は当てる為ではなく、又左に渡す為の投擲だったらしい。
その証拠に、又左が長槍を手放し、槍を二本持ちにして突撃してきた。
【頼むぞ】
(分かった)
僕はほとんど破けているバッグから、真上に飛び出した。
又左と慶次は、飛び出した僕を警戒して、上を見上げている。
その瞬間、光魔法で身体全体を発光させた。
【今だ!】
兄の合図で、兄は足に魔力を集中して又左の方へと距離をつめる。
そして僕は、空から慶次の下へと向かった。
空から向かうと言っても、今はただ落下しているだけ。
僕の考えていた移動方法は、ジェット噴射だ。
足の先を火魔法と風魔法を組み合わせて、足の裏から噴射する。
見た目はアストロボーイの要領だ。
ただし欠点もある。
止まり方が分からない。
僕の光魔法を直視した慶次は、顔を手で防ぎながら槍を左右に振っている。
そして悲劇は起きた。
「あ・・・」
槍を避けようと頭を下げた結果、僕の頭は慶次の股間を直撃。
慶次はその場で股間を押さえて倒れた。
「わざとじゃない!わざとじゃないから!」
慶次は小刻みに震えている。
もう、戦闘どころじゃないだろう。
【こっちも抑えたぞ】
兄の報告に又左の方を見ると、倒れた又左の首に剣を突きつける兄の姿があった。
「喋っていいぞ!」
音魔法を解除すると、又左は薄目を開けて兄に告げた。
「参りました」
降参した又左から目を離し、兄はこっちに問い掛ける。
だが、僕はそれどころじゃなかった。
「慶次!慶次!?」
ビクンビクンしながら、慶次は大丈夫と言った。
だが・・・
「今までの武者修行で味わった事の無い苦痛。何故だろう?ベティ殿が呼んでいる気が・・・」