特別試合その2
又左と慶次とのタッグ戦は、予想をはるかに超えて大反響だった。
街ではテーブル席が設けられ、酒も楽しめるらしい。
舞台の横には観覧席も作られ、領主やバスティ達も観戦出来るようになっていた。
レフェリー佐藤の合図で、いよいよ試合が始まる。
いつものように又左達は先手を取ってくると思ったのだが、やはり僕達が相手とあってか、慎重な入り方をしてきた。
僕はまず、兄の背負うバッグに入った。
アイツ等、見た当初は馬鹿にしたような態度を取っていたが、その効果を知った時には、開いた口が塞がらないといった感じだった。
兄が名付けた阿修羅フォーム。
阿修羅と違い顔は二つだが、見た目は馬鹿らしい反面、実は前後をカバー出来る。
人形の姿だと、どうしても行動が遅い僕の事を考えると、かなり有効的な作戦だと思う。
僕達の攻撃は見せた。
次は又左達の番である。
落ち着いた又左の槍は、見えなかった。
急に目の前に現れるという矛先に、兄は苦戦していた。
ようやく慣れたと言い始めると、今度は慶次の槍が死角から襲い掛かってくる。
その槍はまさかの顔面狙いという、佐藤さんの話を聞いてたか?と怒鳴りたくなる程だった。
「しんぱーん!しんぱーん!?」
僕は異議を唱える為に、舞台横に居る佐藤さんを呼び出す。
「ハイハイ、何でしょう?」
「顔面狙いの槍はどうなのよ」
「うーん・・・」
彼は唸りながら迷っている。
それから、佐藤さんが舞台上に来た事で構えを解いた又左と慶次の下へ、彼は近寄っていく。
何やら話をしている。
二言三言話して僕等の下へと戻ると、彼は言った。
「セーフ!セフセフセーフ!」
「何でだよ!あんなん、刃こぼれしてても顔面に食らえば死んじゃうって」
「それについて彼等の言い分は、魔王様の身体強化なら問題無し!という意見でした。それと人形なら、壊れるだけで死なないしという事です」
「問題無しって言うの、普通は俺じゃない?何で向こうの意見を採用するのよ」
「そこはねぇ、魔王なんだからそれくらい許せよって事で」
それだけ言うと、佐藤さんは舞台の中央に行った。
面倒になって逃げたとしか思えない所業。
「このヤロー!審判の仕事しろー!」
「ふぁい!とにかくファイ!」
中央でそう言って、舞台から飛び降りやがった。
よく見ると、秀吉達と一緒に酒飲んでやがる!
「あの審判、役に立たないぞ。むしろ向こうの味方だ」
「佐藤さんめぇ!」
談笑している彼を見て、段々怒りが湧いてくる。
「向こうが遠くから攻撃してくるなら、こっちはもっと遠くから攻撃しようじゃあないの」
「どうやって?」
「そりゃ、何の為に僕が居るのさ」
二人の目の前に土壁を作り、更に彼等の足下から円錐形の岩で攻撃。
彼等は足下が盛り上がったのを感じ取ったのか、すぐに左右に分かれた。
「そりゃ!」
壁から登場する又左に、兄は鉄球を投げ込む。
しかし又左は、それを見てすぐに身体を捻り避けた。
「うーむ、やっぱり身体能力が高いな」
「普通に投げても当たらないね。打って攻撃すれば数倍は速くなると思うけど、コントロールが難しいか」
「馬鹿にするなよ。バットコントロールは得意だぞ。って言っても、打球の速度が落ちたら意味が無いか」
やはりさっきの火球みたいに、何発も同時に打つか。
もしくは不意打ちでやらないと当たらないっぽい。
「真っ直ぐ行っても駄目か。それなりに戦術を組み込まないと」
「いや、出来る。ただ、お前がボールを作ればの話だな」
「僕が?」
「簡単だ。縫い目が欲しい」
なるほど。
そういう事ね。
「兄上。攻撃が止みましたが、どうされます?」
「さっきの攻撃は、二人とも驚いていた。アレは効果的だと言って良いだろう。次も同じ手で行く!」
「承知しました!」
お互いが相手の攻撃を脅威に感じ、どうするか話し合っていた。
そして先に動いたのは、前田兄弟だ。
同じように縦に並ぶと、倍以上長い槍を構えて、突いてくる。
僕の目からは、又左の腕がたまにブレて見えた。
その瞬間には、兄が動いているのだ。
肩や二の腕辺りが動いたようには見えない。
もはや又左の槍は、達人の域と言っても過言じゃないと思う。
そして更に恐ろしいのは、又左の腕に集中していると、脇下や肩の上から、慶次の槍が伸びてくる事だ。
慶次の身体はほとんど見えない。
槍だけが急に現れるので、僕程度の動体視力では避けるのはほぼ皆無だった。
「あの短時間で、こんな陣形考えたのか。あの二人、やっぱり戦いにおいては天才だなぁ」
「感心してないで、こっちもやるよ!」
まずは定番になった土壁を、二人の目の前に作る。
しかしこの壁、さっきまでと違い、とにかく分厚く作ってある。
これは長い槍を邪魔するという効果もあるが、今回はそれ以上に目眩しの意味合いが強い。
僕が作った縫い目付きのボールを、兄が投げようとすると、慶次の槍が土壁を穿った。
しかし一部分だけに穴が出来ただけで、壁自体は破壊されていない。
「邪魔な壁だな!」
「うっ!」
「慶次!?」
慶次の左太腿に、鉄球が命中した。
又左はすかさずに、壁の左右を警戒する。
「居ない・・・」
「兄上。まずは壁の破壊を!」
「くっ!頑丈過ぎる」
横から薙ぐように壁に槍を叩きつけるが、壁は一部が落ちただけで壊れてはいない。
又左はイライラしながら、壁を殴っていた。
「壊れないだろ?そういう風に作ったからね。嫌がる事は得意な、どうも僕です。アハハハ!」
笑い声がイラつくのか、槍が速くなった。
「壁から出ましょう」
「待て!」
手を止めて、壁から顔を出す又左。
その瞬間、鉄球が飛んでくる。
「完全に私達が出てくるところを狙っている。安易に出るより、頑丈な壁の内側に居た方が安全だな」
「そんな消極的な!このままだとこちらからは、アダっ!」
「またか!?」
左右を見る二人だが、そこには誰も居ないのは確認済み。
何処から攻撃をしているのか?
彼等にはまだ分かっていない。
「うーん、もう少し変化させたいな」
「縫い目を高くするか、切れ目を入れて変化しやすくしてみる?」
兄の要望に応え、僕は何種類かの鉄球を作っている。
何故、そんな事をしているのか?
それは鉄球を変化させる為だ。
野球のボールは、縫い目が空気抵抗になって変化球となる。
投げ方で変化の仕方が変わるのだが、それ以上にボールに抵抗が掛かれば掛かるほど、変化も大きくなる。
その為、一番変化しやすい鉄球がどれなのか、探っていたのだ。
ちなみに兄は何球か壁の外側に投げ込んでいたが、当たったと確認出来たのは二球くらいだった。
「切れ目は嫌だな。俺のプライドが許さない」
「了解。でも、さっきのスライダー?アレは慶次の呻き声が聞こえたね」
「あの鉄球は良かった。縫い目が指に掛かるし、投げやすいと思ったし」
「そう?じゃあアレを量産という事で。アレでフォーク系の落ちる球は投げられる?」
「試してみよう」
兄は鉄球を壁の上ギリギリを狙った。
「あっ!」
「な、何だ!?」
鉄球は壁に激突。
派手な音を立てて、ヒビが入った。
それに驚いた又左の声も聞こえたが、顔を出すような事はしてこなかった。
「すまん、失投だ」
「いや、落ちた場所が早かったんだよ。もっと上を狙うか、落ちる球は近寄らないと駄目かもね」
「当てたいから、近寄ろう」
兄としてはどうしても、スライダーに続いて落ちる球でも当てたいらしい。
不用心にスタスタと歩いて近付いていく。
「この辺りで、フン!」
入念に指の間に鉄球を挟むと、壁の上を再び狙う。
今度はさっきよりも高い位置に飛んでいった。
「あがっ!」
「兄上!?」
「イエス!命中したようだ」
又左の声を聞いた兄は、ガッツポーズで喜ぶ。
兄はこの攻撃を楽しんでいるが、一つ問題があった。
致命傷には全くならないという事だ。
一方的に攻撃が出来るのは良い。
だが、あの二人くらいの身体強化では、痛いという程度で済んでしまうようだ。
「凄く楽しいぞ」
「確かに楽しそうだね。でも、そろそろ向こうも対策してくるはずだ」
「対策ねぇ・・・。って、本当に来た!」
「兄上。大丈夫ですか?」
「どうやら、鉄球を曲げる方法があるらしい。横に居ないという事は、そういう事だろう」
頭をさすりながら言う又左。
慶次もその意見には同意だった。
「しかし、一方的に攻撃されてしまう。それなら壁から出た方が早いか?」
「拙者が打開してみせます」
慶次は前に出ると、槍を大きく引いてからそれを壁の横へ向かって突いた。
更に途中で手首を捻ると、槍が大きく曲がる。
「本当に来た!」
魔王の大きな声が聞こえる。
槍を引き、手元に戻す慶次。
「慶次、なかなかやるな!」
「あ、ありがとうございます!」
照れる慶次に、又左は背中を叩いて褒める。
余談だが、慶次は又左と二人だけの時、あまりござるを使わない。
本人も又左も、その事には気付いていないが。
「これで向こうも一方的には狙えないでしょう。だから、先手を取りませんか?」
「先手を取るか。よし、私は右へ出よう」
「ならば拙者は左へ」
二人は頷くと、慶次は再び槍を構えた。
「向こうから声がしたら、散るぞ」
「せい!」
慶次の槍が大きくしなる。
「兄さん!」
「分かってる!」
「散れ!」
まさかあんな風に曲がるとは。
慶次の槍が特殊なのかもしれないけど、かなりビックリしてしまった。
しかも壁の内側から、二人とも飛び出してきてしまっている。
「もう同じ手は通用しないだろうね」
「クソー。面白かったのに」
兄は悔しがっているが、今はそれどころではない。
何故なら僕達は今、彼等に挟まれるように立っているからだ。
「魔王様。さっきの鉄球、なかなか痛かったですよ」
「拙者も足が痛いでござる」
「俺のスライダーとフォークは凄いだろう?そういえば、球場も再建したいな」
チラッと背中越しに見てくる兄。
それはノーム達の仕事だ。
僕を見るんじゃない。
それに、今はそんな事を考えている余裕は無い。
「慶次!」
「ハイィィ!!」
二人の槍が、同時に兄を襲ってくる。
下手に土壁を作れば、逃げる方向が限定されてしまう。
むしろ自分達の行き先を、教えるようなものだ。
ここは大変だろうが、兄に頑張ってもらうしか、おおぅ!
「兄さん!兄さん!?」
「何だ!?」
「ギリギリで避けるのやめて!バッグが、というより僕が当たってる!」
「何?」
さっきから左右で攻撃が繰り出されている為、どうしても最小限の動きで避けている。
そのせいか、槍がバッグに当たっているのだ。
「流石は魔王様!これだけの攻撃を紙一重で避けるとは」
「避けてない!当たってる!僕は当たってる!」
「魔王様は凄いのでござる」
「確かにね。人形の姿だと痛くないからね。そこは凄いと思うよ」
さっきから兄に対しての賞賛はあるのだが、槍を身体に食らいまくって金属音が聞こえているのは、無かった事になっているらしい。
「どうした?これが全力か!?」
「煽らない!これ以上食らったら身体が壊れる!」
「フフ、私達もかなり本気なんですがね」
「拙者、初めて魔王様を尊敬したでござる」
おい、この野郎。
初めてってどういう意味だ!?
「本気か。これならまだ避けられなくもないぞ」
「分かりました。私達の奥の手を使いましょう」
「奥の手?」
奥の手と言った又左は、舞台横に視線をやった。
そこに居るのはハクトだ。
何だ?
何か嫌な予感がする。
「兄さん、ハクトが」
「ハクトがどうした?」
どうやら矛先を見るので、舞台横を見る余裕は無いらしい。
そして又左が大きく動いた。
「ハクトォ!」
又左が叫ぶと、それは何が起きたかすぐに分かった。
「イデッ!アイタッ!」
兄はスピードが増した二人の槍を、脇や肩に直撃する。
痛みに耐えながら、兄は慌てて避ける。
「お、お前!ハクトに何かしたか!?」
「兄さん、簡単な事だよ。支援魔法だ」
「何ぃ!タッグマッチじゃないのかよ!」
兄は文句を垂れながらも、速度が増した槍を必死に避ける。
しかし又左と慶次は、悪びれもせずにこう言った。
「実戦では援軍が来る事だってありますから。ハクトは能登村出身ですし、私達の援軍という事になります」