特別試合その1
文句を言いに来た又左と慶次。
仲が良いのか悪いのか。
睨み合ったりお互いの意見に賛同したりと、よく分からない二人だ。
流石に領主との対戦は無理だと判断した僕は、その相手に兄を指名した。
兄も修行の成果を試すのに良い機会だと、その話に乗った。
どちらが兄と戦うのか。
再び喧嘩を始める又左と慶次。
兄は、だったら両方相手にするよと言ったところ、二人はピタリと喧嘩を止める。
どうやらその意見には、二人とも思うところがあるらしい。
慶次は又左を下に見過ぎだと憤慨し、又左は慶次を甘く見るなと詰め寄った。
なんだかんだでお互いを認めている二人に、僕は提案した。
又左と慶次vs兄と僕のタッグマッチだ。
二人はそれに納得し、戦い方を話し合う為に立ち去っていった。
いつもなら身体が一つしかない為、交代でしか戦った事が無い。
僕達も二人同時に戦うのは、初めての経験なのだ。
どうやって戦うのがベストか?
兄と話し合った結果、いつもと変わらないスタイルで行く事になった。
夜になった。
コバが気を利かせたのか、舞台の周りには設置していなかった観客席がある。
そこに座るのは、長秀や一益達各領主と、長可さんやゴリアテにスイフト、安土の主要な人物達だ。
そして来賓扱いで、バスティやズンタッタ達も座っていた。
そこから見回すと、カメラマンも他の舞台から集められ、四方に配置されている事が分かった。
「なんか凄いな」
「知ってますか?モニターの前にはテーブルが設けられ、食事や酒が提供されているらしいですよ」
「誰がそんな事をしたんだ!?」
兄は驚いているみたいだけど、そんなの一人しか居ないじゃないか。
「試合前の街の様子が映されてます」
官兵衛にモニターを見るように促されると、そこにはリポーターをしているおっさんが居た。
しかも何故かセリカやチカも一緒で、モニター前の人達に勝敗予想を聞いている。
「俺は前田兄弟が、二十分は堪えると予想した」
「私は十分です」
「魔王様の実力なら、瞬殺じゃないですか?」
モニターを見ていると、どうやら勝敗よりも、又左達がどれだけ堪えられるかに焦点が当てられているらしい。
中には能登村出身らしき人達が、又左が勝つと言っているのも見たが、完全に大穴狙いだと後から言っていたのを見て、ちょっと可哀想だなと思ってしまった。
「これを観れるだけで、安土に来た甲斐があったというものよの」
「ホントだわぁ。アタシ、前田兄弟の弟推しになるわ。彼、なかなか良い身体してるもの」
「慶次は強いですよ。長浜で秀吉様を助けていただいた際には、かなり活躍しましたから」
「そうだったんですか?ならば後でお礼を言わないと」
一益の一言から、領主達はそれぞれの話を始める。
彼等を知る者も知らぬ者も居るが、皆が同意しているのは、前田は強いという意見だった。
「丹羽殿は二人の戦いを見た事は?」
「無いですね。阿形と吽形からは、只者ではないという話は伺ってます」
「あら、あの二人と戦わせるのも面白いわね」
「あの二人なら負けないですよ。と言いたいところですが、それはこれからの試合を観てから、言えるかどうか考えます」
領主達の話が盛り上がる中、とうとう試合が始まる。
「魔王様、あの二人はなんだかんだで仲が良いです。連携力はかなりあると考えて下さい」
「おうよ!」
「了解!」
舞台に上がる直前、官兵衛からのアドバイスを聞いて、返事をすると、僕は向こう側を見て見間違いかと疑った。
「あのさ、ハクトが向こうに居る気がするんだけど」
「・・・確かに。向こうのセコンドはハクトなのか?」
セコンドを用意するなんて話はしていない。
ただこっちにも官兵衛が居るし、文句は無いのだが。
ただ、まさかハクトが向こう側に立っているとは思わなかった。
「話をしている感じじゃないな」
「何だろう?」
身体強化をすれば、兄なら話し声も聞こえるかもしれない。
だけど、それは反則というものだ。
兄もそれが分かっているから、何も聞かないんだと思う。
「上がって下さい。始めます」
舞台の中心に立っているのは、何故か佐藤さんだった。
レフェリーをロックから頼まれたらしく、無駄に服装もそれっぽいのを着ている。
兄と僕が舞台に上がると、向こうも又左達が上がってくる。
「これよりぃ、阿久野兄弟vs前田兄弟による、スペシャルマッチを行います!」
「赤コーナー、安土所属ぅ。魔族の王様、あくのぉぉぉぉまぁぁぁぁおぉぉぉぉ!!」
兄はノリノリで四方に手を挙げて、歓声に応えている。
歓声と言っても遠くから聞こえるので、カメラ目線で手を振っているだけだが。
「青コーナー、こちらも安土所属ぅ。魔王の忠犬にして狂犬!まえだぁぁぁぁきょうぅぅぅだいぃぃぃ!!!」
忠犬又左と狂犬慶次かな。
あながち間違ってない。
「ルールは無用。気絶させるか降参させるまで。舞台は落ちても関係無し」
「え?舞台から落ちても意味無いの?」
「無いよ。俺、特に決めなかったし」
マジか。
だったら舞台必要無いじゃん。
今更気付いたわ。
「それと、この一撃は生死に関わるなと思ったら、領主の人達に手伝ってもらって止めますので。それだけは注意して下さい」
「分かった」
「承知したでござる」
そんな事は無いとは思いたいが、二人は本気で殺りに来そうな気がする。
それくらいマジな顔だからだ。
「それではお互いに距離を取って。俺、舞台から降りたらゴングを鳴らすから。それが合図だから。分かった?」
無言で頷く二人だが、本当に分かってるのだろうか?
慶次なんか鼻息荒くて、ちょっと怖いぞ。
「それじゃ、行くよ」
カーン!
テレビで聞いた事のある音が聞こえた。
「お?予想外に、いきなり突っ込んできたりしないのな」
「接近戦は嫌いじゃないですが、分が悪い気がするので」
又左は冷静に答える。
まずは二人の装備を確認。
この二人、凄い事に上半身は裸だ。
下は軽く防具を装着しているが、明らかにスピードを重視している。
そして武器は、二人とも槍を二本ずつ持っている。
一本は二人とも背中に、通常サイズの槍を用意しているのは分かる。
だが、もう一本の槍は違った。
又左は倍以上ある長さの槍を。
慶次はいつもの伸縮する槍を持っていた。
「兄さん、二人とも中長距離で戦うつもりみたいだよ」
「だな。接近した方が有利か?」
「何か隠しているかもしれない。だからこっちから仕掛けよう。まずはいつものように」
「分かった!」
僕達の会話を聞いていたのか、又左と慶次に緊張感が走る。
槍を持つ手に力が入っているのが分かるが、まだ攻撃をする前の段階だ。
まず最初にやる事。
「行くぞ!トゥ!」
僕は兄の横で、軽くジャンプする。
それを見た二人は、咄嗟に防御の姿勢を取っていた。
だが、僕はその場で着地すると、しゃがんだ兄の背中のバッグに自ら入る。
「がしょおぉぉぉん!ドッキング!」
兄が効果音付きで叫ぶ。
「ドッキングとは?」
やはり又左達は分かっていないようだ。
ふぅ、やれやれ。
ここは僕が説明するしかないな。
「説明しよう。ドッキングとは、僕が人形に憑依してない時のように、バッグに入る事だ!」
「・・・」
「バッグに入る事だ!」
「いや、聞こえてましたよ」
反応が無いから二度言ったのに。
馬鹿にされた感があるのは、気のせいだろうか?
「魔王様は、拙者達の事を馬鹿にしているのでござるか?」
「確かに。それでは魔王様が、一人で戦うと言っているのと同じではないですか!」
怒る二人だが、やはり分かっていない。
ドッキングの本当の恐ろしさ、とくと味わうが良い!
「兄さん、バット剣の準備は?」
「問題無い。行くぞ!」
兄はバットの先が剣になっている独自の武器を持ち、又左へと襲い掛かる。
「兄上!」
「大丈夫だ」
その長い槍を横へと振り、兄を吹き飛ばす又左。
吹き飛んだ先を狙って、慶次が槍を伸ばしてくる。
「もらった!」
慶次が攻撃が当たると確信して、叫ぶのが聞こえる。
しかし、その考えは甘かった。
「え?」
目の前に土壁が現れ、慶次の槍を防ぐ。
そのまま着地した兄だが、又左の槍のダメージは無い。
「わざと飛んだ?」
「あんな攻撃でやられねーよ。様子見だ、様子見」
簡単に弾かれたなと思ったが、やっぱりそういう事だった。
「じゃあ、次は少し動きが分からないようにしよう」
「了解だ」
兄は再び同じように、又左へと直進。
そしてさっきの再現のように、槍を横に振る又左。
だが、長槍と兄の間には何本もの土柱が立つ。
「な、なんだ!?」
「兄上なら壊せるでござる!」
柱に戸惑う又左に、慶次は後ろから声を掛ける。
だがそれは想定内。
壊しながら振られてくる槍だが、スピードは大きく落ちている。
「行け!」
「任せろ!」
「なんと!」
槍の上に乗り、又左へと猛ダッシュすると、又左の顔面を蹴り上げる。
「ハッハー!牛若丸の気分だぜぃ!」
「ナイスだ」
「この!」
慶次が槍を伸ばしてきたが、再び土壁で防ぐ。
兄はそのまま防いだ土壁の上に登ったところで、慶次に鉄球を投げた。
それは避けられたが、兄もそれくらいは予測済みだったようだ。
その間、後ろから再び又左が槍を構えていた。
「背後から狙うつもりなんだろうけど、でも駄目なんだよね、これが」
僕が火球を十数個作り出し、それを又左へと放つ。
「クゥ!」
長槍で火球を打ち払うものの、やはり振り回すのに向いていないのか、数発は当たった。
「兄さん!」
「おーけいぃぃ!!」
振り返った兄は、僕が作った火球をバットで打つ。
先程とは比較にならないスピードで、火球は又左に命中した。
「兄上!」
「油断するなよー?」
兄が振り返った事で、目の前には慶次が居る。
慶次には氷の弾丸をお見舞いした。
「うわあぁぁ!!」
慶次は予想外の攻撃に全てを避けきれず、魔法を肩や背中に食らっていた。
思わぬ攻撃に又左と慶次は、面食らっていた。
「ふ、ふざけているのかと思っていたが」
「予想以上に死角が無いでござる!」
驚く二人に、僕も知らない事を兄は言った。
「どうだぁ!これがドッキング阿修羅フォームの力だあぁ!」
「阿修羅フォームって何?」
「顔が二つあるから。なんとなくノリで言ってみた」
「阿修羅は顔三つだよ。ローマ神話に二つ顔の神様が居るけど、名前は忘れた」
「おい!そこが重要だろ!」
僕達のバカ話をしている間、又左と慶次は次なる作戦に出た。
「どれ、二人の力も見ないとな」
「油断は禁物だよ」
兄はまだ余裕があるからか、わざと攻撃を受けようとしている。
確かに模擬戦なのだから、お互いの全力を見るのもアリなのかもしれない。
でも僕としては、それだけで終わるとは思えないのだ。
「では行きますよ!」
又左と慶次は一直線に並んだ。
又左が槍を構えると、慶次の姿が確認しづらくなる。
「おわっ!」
兄が急に動いた。
又左の槍を避けたらしいが、何故こんなに驚くんだ?
「うわっ!ヤバっ!」
何かを言わないと動けないのか?
避ける度に喋る兄。
「何でそんなに焦るのよ?」
「又左の槍がいつ来るか、分からないんだよ!肩とか腕が動いてないから、槍が急に目の前に現れるんだ」
似たような話を漫画で読んだ事がある。
一流のボクサーのジャブは、動きが見えないと。
又左の槍も同じってわけか。
「だけど、慣れてきたかも」
「油断はしちゃ駄目だよ。慶次がまだ・・・うおぉぉぉ!!!」
「ハァ!?」
見破りづらい槍を突く又左の攻撃に意識を割いていたところ、又左の後ろから急に慶次の槍が伸びてくる。
そして、その槍の矛先がとんでもなかった。
僕の人形の頭スレスレを掠めていったのだ。
言うなれば、兄の頭の横である。
「オイィィィ!!お前、俺を殺す気かぁぁぁ!?」
「チィ!流石は魔王様でござる。仕留め損なったか・・・」