新たな模擬戦
長谷部はアデルモに教わった剣技を捨て、昔の喧嘩をしていた頃に戻っていた。
長秀にとって、自分に喧嘩を吹っかけてくる連中など居なかっただろう。
その攻撃は長秀にとって、戸惑うには充分だった。
それを打開する為に長秀はとある行動を取る。
それはお薬の力を借りる事。
確かに長秀は、阿形達と同じような攻撃をしている。
師匠というのは、あながち間違いでもないのかもしれない。
あの二人とどちらが強いかと聞かれたら、少し疑問はあるけどね。
そして長谷部の攻撃で圧力が掛かったまま、長秀は長谷部と覆い被さった。
長秀の自爆技で長谷部も、大きなダメージを受けたのだ。
意識朦朧としながらも、攻撃を続ける長谷部。
血を吐きながら向かってくる長谷部を見て、長秀はこれ以上は危険だと判断して、自ら降参を願い出たのだった。
残る試合は一つのみ。
ハッキリ言おう。
見なければ良かった。
あれだけ盛り上がったのに、最後の最後で静寂に包まれてしまった。
官兵衛は白目を剥いて意識を失うし、とんでもないモノを見せられてしまった気分だ。
全ての試合が終わったが、ロックとテンジのせいで予定が大幅に狂ってしまう。
しかし、僕等に文句を言ってくる人はいない。
そう考えていたのだが、予想外の連中が直接文句を言いに僕達の目の前に現れたのだった。
「何だよ。何が不満なんだ?」
「何がって、そりゃ考えるまでもなく分かりますよね?」
「・・・分からん」
「拙者が何故こんな楽しそうな模擬戦に、呼ばれなかったのでござるか!?」
「コイツは良いとして、私が出られなかった理由は何ですか!?」
そう。
文句を言いに来たのは、又左と慶次の二人。
どうやら俺を探し回って、色々な舞台を走り回っていたらしい。
運が悪い事に、一番最後にここに辿り着いたみたいだけど。
自分達が安土代表に選ばれなかった事が、不満のようだ。
「コイツ?兄上は別に良いとして、拙者が選ばれなかったのは何故でござるか?」
「慶次、お前は引っ込んでろ。私は魔王様の右腕ですよ。選ばれるに足りると思うのですが」
「右腕は右腕らしく、魔王様の脇に居ればよろしいのでは?」
「あ?」
「何でござるか?」
睨み合う両者。
目の前で兄弟喧嘩はやめてほしい。
あ、喧嘩するなら丁度良いな。
「お前等二人で戦えよ」
この俺の素晴らしい名案に、官兵衛は頷く。
しかし当の本人達は違った。
「兄上とは普段から戦ってるので・・・」
「普段とせっかく違う相手と出来るなら、そっちを希望したいというか・・・」
「違う相手とやり合う事で、自分の実力を知る良い機会でござるよ!」
「そ、その通り!慶次、お前良い事言うな」
さっきまでの喧嘩が嘘のようだ。
二人ともお互いと戦うのは、遠慮したいという事らしい。
「しかし領主の方々は、先程の模擬戦で怪我を負っております。安土に居る間は、怪我を癒す事に専念していただかなければなりません」
「そんな!」
「いや、一人居ますよ!ほら、木下殿が無傷です」
慶次が頭を抱えていると、又左は秀吉ならと提案する。
確かに秀吉は大した怪我をしてなかった。
佐藤さんだけがボロボロで、秀吉は無傷の印象がある。
秀吉なら大丈夫かな?
「オイラは反対ですね。無傷と言えど、魔力の消費はしています。怪我をしてないとはいえ、疲労していないとは言えません」
「言われてみればそうだな。秀吉だって、疲れてないとは言い切れない。元々は領主代表に入ってなかったのに、頼んで出てもらったし」
「そんな!」
やはり兄弟。
慶次と同じ表情をしている。
それでも食い下がる又左。
「木下殿に聞いてもらえませんかね?」
「駄目。お前のワガママで怪我をされたら、テンジ達にも悪いしな」
「せっかく戦えると思ったのに・・・」
崩れ落ちる又左に、慶次は肩を叩く。
二人とも物凄く落ち込んでいる。
別に俺達が悪いわけではないのだが、二人を見ていると俺達が悪い気がしてきた。
何か代案があれば良いんだけど。
(兄さんが戦えば良いじゃない)
・・・は?
(又左と兄さんが戦えば良いんだよ。修行の成果も確認出来るし、丁度良いんじゃないの?)
うーん、一理あるのか?
まあ命懸けってわけじゃないし、別に良いか。
「オホン!俺と戦いたいか?」
「・・・ふぇ?」
「どういう意味でござるか?」
どうやらショックが大きかったらしく、理解していない。
そのまま言ってるつもりなんだが・・・。
「俺と模擬戦やるか?」
「魔王様と模擬戦ですと!?」
「ハイ!ハイ!立候補!立候補するでござる!」
「馬鹿野郎!お前はすっ込んでろ!私がそのお相手をさせていただきます」
物凄い勢いで立ち上がる二人。
官兵衛はその圧力に負けて、尻もちを突いた。
「え、ちょっと」
「拙者が戦うでござる!」
「未熟者は黙ってろ!」
「未熟だから稽古つけてもらうんですぅ!兄上は拙者より強いから、魔王様とやる必要無いのでは?」
「ぐぬっ!いや、ここは魔王様の右腕として、この実力を見ていただくべきだと思います。いやホントに」
「右腕とか関係無いではござる」
「うっさいボケ!私がやるんだ!」
「ボケェ!?ワガママ兄上!たまには弟に譲りなさいよ!」
結局、取っ組み合いの喧嘩に発展した。
二人して顔面を引っ張り合う。
お互いの顔を歪めて、セルフにらめっこでもしてるみたいだ。
「別に二人とも相手にしても良いけど」
俺の一言は、どうやら言ってはいけない言葉だったらしい。
取っ組み合いが突然終わり、二人とも意気投合したかのように捲し立ててきた。
「魔王様。お言葉ですが、それは自信過剰ではないですか!?私は置いといて、慶次と二人で戦うのに、マトモに勝負出来るとお思いですか!?」
「二人まとめて戦うなんて。拙者はともかく、それは兄上を下に見過ぎではござらぬか?」
何この兄弟。
アレだけボロクソ言っておいて、結局はお互いの事認めてるじゃないか。
模擬戦なんだから、二人まとめてでも良いと思ってるんだけどな。
「魔王様。これで負けたら恥ずかしいですよ」
官兵衛がコソッと耳打ちしてきた。
言われてみると、二人まとめて掛かってこいや!って言って負けたら、確かにカッコ悪い。
下手したら、威厳が無くなりそう。
元からあるか分からないけど。
(仕方ないな。僕も戦うよ)
おっ?
そういえばお前も、人形の姿でも普通に魔法使えるようになったんだっけか。
(そうだよ。以前はどちらかしか戦えなかったけど、今は違う。それに二人で同時に戦う時の、練習にもなるからね)
そういう考えも出来るか。
よし!
頼んだぞ!
人形姿になった僕は、背負われているバッグの中から自分で飛び出した。
「二人同時だ。二人同時に掛かってこい。俺と」
「僕が、お前達と模擬戦をしてやる」
まさかの僕の登場に、二人は唖然としている。
しかし、少し間を置いて理解したのか、二人揃って頭を下げてきた。
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
声を揃えて言ってきたその言葉に、遠くから大きな歓声が聞こえた。
ちょっと遠くを見てみると、カメラマンがこっちを撮影している事が分かった。
あの小人族のカメラマン、なかなか仕事出来る人だなぁ。
「まさか、お前も戦う事になるとはな」
「ガッハッハ!魔王様と槍使いで有名な前田殿か!我も楽しみにさせてもらおう」
蘭丸と一益も、横でその話を聞いていたらしい。
二人は救護班に回復魔法を掛けてもらいながら、座っている。
「それでは、テンジ様とロック殿の戦いに代わり、魔王様と前田兄弟による模擬戦を新たな賭けの対象としましょう」
官兵衛がそう宣言すると、カメラマンがそれを撮っていたからか、モニターで見ていると思われる連中の声が聞こえてくる。
「だったら対象が変わったから、新しく賭け直さないといけないな。どうせ残り一試合。今日中に終わらせよう」
「そうだね。それなら夜までに賭けてもらって、試合は夜にやろう。ちょっと実戦的にやる為に、夜間戦闘もアリだと思う」
カメラに映らないと駄目だから、照明とかは設置しないといけない。
その辺はコバとノームの連中に頼もう。
突貫だけど、舞台はあるからそこまで苦労しないはずだ。
「二人とも、それで良いな?」
兄の問いにお互いの顔を見合った二人は、異論は無いと頷く。
これで二人から文句は無い。
「それじゃ、夜になったら長秀達が戦っていた舞台でやろう」
「移動するのですか?」
又左がここでやらないのかと聞いてきたが、理由は簡単。
長谷部と長秀以外が戦っていた舞台は、かなり破損しているからだ。
ここも一益のハンマーなどで所々壊れているし、太田の所もも暴走して破壊したりしている。
特に佐藤さんと秀吉の舞台は、秀吉の魔法で舞台の原形が残っていないレベルだ。
必然的に、主に木刀やレイピアでお互いを攻撃していた長谷部達の舞台が、一番損傷が少ないのだ。
「という理由だ」
「なるほど。流石は魔王様」
「拙者も理解したでござる」
「夜までは自由だ。二人でどうやって戦うか、話し合ってくればいい」
「そういう事ならば。失礼します」
兄が言うと、二人は仲良く話しながら立ち去っていく。
二人の目を見る限り、本気でやって来るのは間違いない。
僕達も初めて二人で戦うんだ。
どういうスタイルでやっていくか、多少は話し合わないといけない。
「僕達も話し合おう」
「魔王は本当に面白い事をするのである」
コバに照明設備の件を頼むと、返ってきた言葉がこれだった。
ノーム達もそれを聞いて、笑いを堪えているのが分かる。
「あの二人を納得させるのに、仕方なかったんだ」
「俺の代わりにお前が戦うか?」
「冗談でもお断りである。それと魔王、頼まれていた物も作っておいたが、まだ試していないのである。どうする?」
「今回は見送るよ。爆発でもしたら、又左達が怒りそうだし」
「了解したのである」
兄からは何を頼んだか聞かれたが、この身体の時に頼んだのだ。
兄も話くらいは聞いているはずなのに、覚えてないとは。
多分、興味が無いんだろう。
「ところで、うちの助手連中は役に立ったのであるか?」
「三人とも良い仕事してくれたよ。でも最後は、小人族のカメラマンに任せるつもりだし、お疲れって言って帰したけど」
「何?戻ってきていないぞ」
コバの眉間に皺が寄る。
街でサボっているのだろう。
後で怒られるのが目に見える。
「じゃ、俺達は行くわ」
「街で三人を見掛けたら、コバが怒ってたって伝えておくよ」
「頼むのである。サボタージュしている分は、給料から引く事にしよう」
最後に聞いちゃいけない事が聞こえたが、敢えて無視しておこうと思った。
さて、二人で戦う時の問題点を話し合おうと思う。
「どうやって戦うか」
「俺がお前を守りながら、後方から魔法で援護してもらう。これが普通だよな」
「でもそれをすると、兄さんは防戦一方で前には出れないよね」
「それが問題なんだよなぁ」
この人形の身体では、どうやってもあの二人の槍を避ける事は出来ない。
おそらくは簡単に貫かれるだろう。
かと言って、守ってもらわないと魔法も使えないし。
「足をタイヤにでも改造するか?」
「そんな事しても、慣れない身体でどっちにしろ動けないだろうね」
「じゃあ、犬とか猫みたいに四足歩行は?」
「タイヤと同じだよ。タイヤよりは動けるだろうけど、動きはぎこちないと思うよ」
兄の提案を聞いても、無理なものばかりだった。
そうなるとやはり、アレしかないと思われる。
「結局は二人で行動するハメになるか」
「それが一番無難だと思う。幸い、首は一回転出来るし、ついでに後ろの死角もカバー出来るからね」
「なんか、いつもと変わらない気がするけど。仕方ない、一緒に動くわ」