模擬戦その6
佐藤は時間が残っているにも関わらず、ギブアップ宣言をした。
今の自分では、到底捕まえられない。
秀吉に正直に負けを認めると、彼もまた佐藤の健闘を讃えた。
何故こんなに強い秀吉が部下に捕まったのか。
ちょっとした疑問が湧いてくるものの、やはり信頼している部下に裏切られるというのはショックだったんだろう。
そういう隙を突かれれば、僕達もどうなるか分からないと、肝に銘じるのだった。
そして残りの模擬戦も終局を迎えようとしていた。
領主達との模擬戦に大抜擢された長谷部は、戦う事すらままならない程の緊張に襲われていた。
それを見かねた長秀は、長谷部をリラックスさせるべく薬を調合。
ようやくいつもの調子を取り戻した長谷部は、長秀と剣を交えた。
長秀は阿吽の二人のように、刺突武器の使い手らしい。
長谷部の木刀をレイピアで上手く捌くが、ここで長谷部の圧力という能力が発動。
その力に押される長秀は、軽いはずのレイピアを力を込めて持ち上げている。
しかし長秀は、右手から左手に持ち替えるという特技を用いて、圧力から解放された。
両利きの長秀に対し、このような敵が現れた場合、どうするのかと聞かれる。
長谷部はどうしようもないと答えたが、それは諦めではなく無理を押し倒すという脳筋の考えだった。
「はっ!はっ!フゥ・・・。行くぜ!」
バチンと両手で顔を叩く長谷部。
頬は真っ赤になって、軽く鼻血も出ている。
袖で鼻血を拭うと、再び木刀を持った。
「顔つきが変わったな。良いだろう。魔王様が認めた力、見せてもらおう!」
「うおらぁ!」
もはや木刀の扱いはバラバラだ。
アデルモに教わった剣技とは全く違う。
だが、それが功を奏した。
今までの動きとは大きく異なった為、長秀は戸惑いを感じていた。
先程までは片手で攻撃を仕掛けている間、もう片方の手はカウンターに対する防御に備えるといった形だった。
しかし今は、全てを攻撃に注ぎ込むような動きだ。
今の彼は、ヤンキー時代の考えに戻っている。
とにかく敵を早く倒し、ソイツを屈服させるという考えに。
「オラオラオラ!」
「ぬぅ!」
今では時折入る足蹴りに、長秀の太腿は大きく腫らしている。
痛みに顔を歪める長秀に、長谷部は鬼の形相で追撃する。
今の彼は、アデルモに教わった二刀流ではなく、ただの喧嘩殺法になっている。
正統派の剣技しか知らない長秀にとって、長谷部もまた天敵であった。
上から叩きつけられる木刀をレイピアで流すと、もう片方の木刀が頭を狙ってくる。
それを再びレイピアで受けると、間髪入れずに前蹴りを食らった。
「ふぅふぅ!さっさと倒れろやあぁぁぁ!!」
「いかんな。相手の調子に乗せられてしまっている」
完全に長谷部のペースだと感じた長秀。
大きく距離を取ると、胸元から何か小袋を取り出した。
その中に入っていた丸薬を飲むと、長秀の身体は一回り大きくなった。
「はぁ!?それ、ドーピングじゃねーの!?」
「ドーピング?」
「薬で身体を強くする事だよ。それって反則だろ」
「反則?戦場では生き残る事が最優先なのだぞ。薬を使って生き残るのは、当たり前ではないのか?」
長谷部はそれを聞いて、自分の考えが甘かったと痛感する。
ここは日本ではない。
スポーツや格闘技の試合ではないのだ。
どんな事をしても生き残る為に、そのような手段を取るのは間違いではないと、今更になって気付いたのだった。
「俺が間違ってたよ」
「薬は毒にもなると言っただろ。明日は筋肉痛が確定だ」
筋肉で肥大した身体を見て、筋肉痛程度で済むなら良いんじゃない?と思った長谷部は苦笑いした。
「では、こちらから参る!」
「なっ!」
レイピアを長谷部に向かって投げる長秀。
まさかの攻撃に、長谷部は焦ってレイピアを弾く。
その間に、さっきまでとは違う瞬発力で長谷部の懐に飛び込んだ。
「それ!」
「ぐはっ!いってぇ・・・」
勢いよく投げられる長谷部。
受け身を取り損ね、背中から舞台に叩きつけられた。
レイピアを拾い上げると、それを倒れた長谷部向かって突き続ける。
「危なっ!」
ゴロゴロと転がり逃げる長谷部。
追い掛けて攻撃する長秀だったが、長谷部も同じく左手の木刀を長秀に投げると、顔面に飛んできた木刀を右腕で弾いた。
長谷部はその瞬間に立ち上がると、投げた木刀の位置を確認。
長秀を中心に警戒しながら円を描き、落ちている木刀の下へと向かう。
すると、長秀が動いた。
「取らせんよ」
木刀に向かう長秀を見て、長谷部も同じく木刀へ走り始める。
間一髪のところで木刀を拾うと、長谷部は驚きの行動に出た。
「がっ!」
「食らえ!」
拾った木刀を、再び長秀の顔面目掛けて投げたのだ。
せっかく取り戻した木刀を投げつけるとは思わなかった長秀は、顔に直撃する。
木刀に向かっていた勢いも加わって、長秀は仰け反った。
チャンスと見た長谷部は当たった木刀を拾い上げ、長秀を二本の木刀で太鼓のように叩く。
圧力が下へと掛かり、舞台に長秀はめり込んでいく。
「ナメるな!小僧!」
「うおぁ!」
動きが単調になった長谷部は、左手を掴まれてしまった。
当て身投げの要領で投げた長秀は、腕を掴んだまま長谷部の上へと自らの身体を投げ出す。
「ぐはっ!」
「やはり。叩かれ続けていると、私に掛かる圧力は残るようだ」
長谷部の上に身体を投げ出した事で、長秀はその圧力を武器へと変えた。
自らの能力が、自分に返ってくるとは思わなかった長谷部。
血を吐き、腹を押さえて呻き声を上げている。
「攻撃されずに一定時間経つと、この圧力は解除されるのか。なるほどな」
「うぅ・・・」
「どうする?降参するかね?」
「だ、誰がするか・・・」
腹を片手で押さえながら、木刀を杖代わりに立ちあがる。
明らかに満身創痍の長谷部を、長秀は気遣った。
「だが、どうするつもりかね?その身体では、もう先程のようには動けまい」
「俺は大丈夫。俺は大丈夫。俺は大丈夫ぅぅぅぅ!!!」
思い込みで痛みを忘れようとする長谷部を見て、長秀は呆れた顔をしている。
しかし、本当に立ち上がり攻撃を仕掛けてきた事で、長秀は驚き距離を取った。
「我慢だ俺!痛いだけで死なないぞ!」
「どういう理屈だ!」
腹を押さえながら血を吐いた事で、内臓を損傷しているのでは?
長秀はそう考えていたのだが、変わらない攻撃を仕掛けてくる長谷部を見て考えを改めた。
「ならば、その木刀を舞台の外へ放る!」
「今が頑張り時!堪えろ俺。男を魅せろ!」
もはや暗示のように自分に言い聞かせる長谷部。
しかし目は死んでいない。
長秀もレイピアを持ち、再び木刀とレイピアの打ち合いになった。
肩や脇腹に刺さるレイピア。
やはり動きは鈍っている。
だが長谷部は止まらない。
むしろ防御を捨てて攻撃してくる事で、長秀も頭以外の箇所をめった打ちにされている。
そして木刀の威力が、長秀の身体にも異変をもたらしていた。
「グハッ!筋肉の鎧を貫いて、圧力が・・・」
「俺は勝つ。勝つ。今度こそ守る為に!」
意識が朦朧としている長谷部は、勝つと呟きながら木刀を振り続ける。
「ま、マズイ・・・。しかし、負けるわけには!」
レイピアを長谷部の足へ向けて投げる長秀。
長谷部はそれを避けたものの、蓄積したダメージからバランスを崩した。
それを見た長秀は、長谷部の左手を掴んで投げると、関節技を極めて長谷部から木刀を奪い取った。
「まず一本」
それを舞台上より投げ捨てると、更に右手の木刀を奪おうと試みる。
長谷部も長秀の意図が分かり、木刀を振り回して必死の抵抗をする。
「ぬあぁぁぁ!!」
「ぐぬうぅ!」
お互いに傷だらけで、二人とも至る所から血が流れている。
全ての模擬戦の中でこの二人が一番重傷なのは、誰の目から見ても明らかだった。
そして、終わりは突然迎える事になる。
「ゲホッ。オロロロロ」
大量の血を吐いた長谷部。
しかし血を吐きながら木刀で向かってくる。
それを見た長秀は、長谷部に恐怖を感じた。
このままだと危険だ。
そう思った長秀は、大声で叫んだ。
「降参!」
「オロロロロ」
「おい、降参だ。もう戦わなくて良い」
「オロロロロ」
意識が無いのか、とにかく向かってくる長谷部。
長秀は舞台から飛び降りると、すぐに薬箱の方へと走る。
箱の中から薬を出すと、それを矢に塗りつけて、吹き矢で長谷部を狙った。
終わった事すら分かっていない長谷部は、吹き矢を尻に食らうと、途端に仰向けに倒れた。
「うーん」
「麻酔だ。しばらくは動けんぞ。その間に・・・」
再び薬箱から様々な薬を出し、調合を始める。
すり潰した何種類もの薬草を玉にして、長谷部に水と一緒に飲ませた。
「アババババ!イテ!イダダダダダ!」
「正気を取り戻したな」
「はっ!勝敗は?」
身体の中で何かが弾けたように動く長谷部。
意識を取り戻すと、すぐに勝敗を気にした。
「私の負けだ。降参した」
「お、おぉ!俺が勝ったのか。何も覚えてねぇ・・・」
「血を吐きながら襲ってくる様子は、流石に引いたぞ。実力はまだまだだが、勝利への執着だけは凄いと認めよう」
「あ、あざっす・・・」
身体がマトモに動かない長谷部は、長秀から渡される薬をひたすら飲んでいた。
「な、なんか凄かったですね」
「長谷部が死ぬかと思ったわ。長秀には後でお礼を言っておかないと」
まさかの激闘に、俺も官兵衛も固唾を飲んで見入ってしまった。
やられたらやり返す。
二人はそれを繰り返した結果、どちらも満身創痍になってしまったようだ。
最初から見たら、どれだけ面白かった事か。
ちなみに後から知った話だが、この二人の前評判はあまり良くなかったらしい。
モニター前の観衆も最初はそこまで多くなかったらしいが、気付くと一番集まったとの事だ。
観衆が選ぶベストマッチは、四割以上の票を得たこの模擬戦になったのだが、それを知るのはまだ先の話だった。
「これで全部終わりだよな。はー、面白かった」
「いえ、まだテンジ様達の模擬戦が残っているみたいです」
頭の片隅にも残っていなかった。
テンジ、すまんな。
それでもラストだし、全てのモニターをこの模擬戦に切り替えてもらおう。
それが失敗だった。
全てのモニターに映し出される、ロックとテンジ。
「ここをこうですか?」
「違う違う。腕を引いて、足を掛ける。こう」
汗まみれのおっさん二人。
何がどうなったのか、ロックが護身術を教えていた。
「ハァハァ・・・。硬いです・・・」
「痛い!もっと力任せじゃなくて、優しく」
このおっさん達は、何を言っているんだ?
さっきまで盛り上がっていた歓声は、今では全てのモニターの前で静寂に包まれている。
「あっ!」
「ちょっ!」
テンジがバランスを崩し、ロックを押し倒す。
二人は至近距離で見つめ合っている。
そこでモニターは、全て真っ暗になった。
「・・・」
アレだけ聞こえた歓声も、今は無い。
そして横を見て、俺は慌てる事になった。
「おい!官兵衛?官兵衛!?」
「ふぁっ!」
「大丈夫か?」
「テンジ様のあんな姿を見ていたら、頭が真っ白になってしまいました」
多分ショックが大き過ぎて、官兵衛の頭脳がオーバヒートしたんだろう。
見せなければ、いや見なければ良かった・・・。
「と、とにかく!これで全て終わったわけだ」
「そうですね。もう終わりましたね」
官兵衛も、アレは無かった事にするらしい。
それが一番だと考えていたところ、官兵衛から問題点を指摘される。
「魔王様。この模擬戦は賭けの対象になっているわけですが、今の戦いはどう扱うつもりですか?」
「どっちも当たりみたいなのは?」
「それだと当選者が激増するかと」
「四試合のみにしても、当選者の数は変わらないか。仕方ないからそれで良いだろ」
激増した分、分配される額は少なくなるが、当たった人達は文句無いと思う。
というか、俺に文句言ってくる奴なんか居ない。
と思っていたのが、どうやら間違いだったらしい。
「異議アリ!私達は納得出来ませんよ!何故、私達が呼ばれなかったのか?まずそれを説明していただきたい!」