模擬戦その5
佐藤と秀吉は、勝手にルールを変えていた。
模擬戦という名の鬼ごっこに。
カメラマンである高野を巻き込み、時間以内に逃げ切ったら秀吉の勝ち。
途中で少しでも触れれば佐藤の勝ちというルールになった。
秀吉は様々な魔法を使った。
水と光の複合魔法で鏡を作ったり、土魔法で壁を作り動きを制限してから、氷の弾丸を放ったりしていた。
砂地獄にハマった時には、風魔法で砂を落としてもらい、魔法の便利性を知る事にもなった。
あまりの多彩な魔法に、佐藤は感動しつつも全く近付く事が出来ない。
そんな彼は、少しずつ苛立ちを感じ始める。
鎧と上着を脱ぎ、心機一転。
秀吉を再び追い掛けるも、やはり魔法によって阻まれた。
壁を破壊しつつ秀吉に迫る佐藤は、壁の奥から奇妙な物を見つける事になった。
熱湯風呂である。
秀吉はその風呂に入っていた時間だけ、魔法を行使しないと約束。
佐藤は気合を入れて入ったものの、熱湯風呂に入った時間だけでは秀吉を捕まえる事は出来なかった。
そして魔法使用禁止時間が切れたその時、佐藤はギブアップ宣言をするのだった。
諦めて座り込む佐藤。
疲れたのか、下を向いて肩で息をしている。
秀吉はそれを見て、高野へと声を掛けた。
「残り時間はどうなってます?」
「もう二分切りました!」
「あと二分ありますけど、諦めますか?」
「あぁ。悪いけど、今の俺には無理だと思う」
「諦めたらそこで、試合しゅ」
「何故その名言を知ってるんすか!?」
いきなりガバッと顔を上げ、秀吉に問い掛ける佐藤。
しかし秀吉は、キョトンとした顔で答えた。
「何の事です?」
「・・・いや、何でもない。偶然って怖いなぁ。先生、野球がしたいです」
脈絡も無い言葉に秀吉は頭を傾げ、佐藤の下へと歩いていく。
彼の手を取り立ち上がらせると、秀吉は健闘を讃えた。
「いつもの武器なら分かりませんでしたね。クリスタルがあったら、もっと戦略の幅が広がったと思います。今回の戦いは本来の力を発揮出来ていなかっただけ。それと私のような無詠唱で色々な魔法を使う者とは、相性が良くなかったかもしれません」
「ハハッ!そう言ってくれるのはありがたいけど、完全な力負けですよ。クリスタル内蔵のグローブでも、それに対処されてたと思います。流石は秀吉。天下人の名前を持つだけありますよ」
お互いに謙遜している気もするが、それでも秀吉の強さが垣間見えた戦いだった。
佐藤も今回の戦いで反省点が大きく見えて、今後に繋がると自分で理解した。
「なんか知らぬ間に終わっちゃったな」
「降参しちゃいましたが、佐藤殿だけがボロボロです。一方的な展開だったのかもしれません」
マジかー。
佐藤さんが一方的にやられるって、秀吉強いな。
こんな強いのに、何でコイツ幽閉されてたんだろ?
(アナトリーだっけ?あの部下を信頼してたから、捕まっちゃったんじゃないかな。僕達だって、蘭丸とハクトがもし裏切ったら、簡単に捕まりそうだし)
怖い事言うなよ。
アイツ等は裏切ったりしない。
(秀吉だってそう思ったはずだよ。とは言っても、僕もあの二人がそんな事するとは思ってないけどね。秀吉の場合がそうだっただけで、あくまでもそういう可能性があるってだけだから)
もしあの二人に騙されていたら、俺は人間不信になりそうだ。
だけど俺達も、蘭丸には官兵衛の話を内緒にしてるし。
あんまり強くは言えないな。
「どうされました?」
「ん、何でもない」
俺は官兵衛の頭を見た。
今では被り物をしているから分からないが、本当なら頭に耳があるはずだった。
耳も尻尾も斬られて、足を潰された官兵衛の事を考えるとな。
いつかは蘭丸にも、言える日が来れば良いと思う。
「ところで、残りの戦いはどうなってますか?」
「残りというと、丹羽さんと長谷部か」
丹羽長秀。
帝国からアングリーフェアリーと呼ばれる、阿形と吽形の師匠。
と、本人は言っている。
実際はどうなんだろう。
「官兵衛は若狭について詳しい?」
「そこまでは知らないですね。長浜からも少し離れていて、あまり縁がありませんでしたから」
「そっか。長秀の評判とか、知ってるかなって思ったんだけど」
「阿形と吽形という守護者が凄いというのは有名でしたが、領主様の話まではちょっと・・・。若狭国に辿り着くまでには、不思議な森を抜けなくてはならないという話なら聞いた事があります」
右顧左眄の森だっけ。
確かに変な森だったから、それなりに有名なんだな。
しかし、長秀は本当に強いのか?
かなり謎だな。
「そろそろ決着みたいですよ」
長谷部は緊張していた。
今まで注目を浴びるにしても、それは悪い意味での注目だった。
しかし今は違う。
安土の代表の一人として、安土はおろかフランジヴァルドの人達からも観戦されている。
彼は今、人生で最も緊張していると言っても過言ではない。
「おいおい、大丈夫か?」
「だだだだ大丈夫っす・・・」
青ざめた顔をする長谷部に、長秀は心配して声を掛ける。
長谷部は噛みながらも、大丈夫だと返答した。
これだけで大丈夫じゃない事は明白だ。
「体調が悪いのか?」
「いえ、ちょっと緊張してるだけです」
「緊張。魔王様から合図は出てしまったな。しかしなぁ・・・。うむ、ちょっと待っておれ」
どうせ緊張して襲ってくるとは思えなかった長秀は、舞台横に置いた箱からいくつかの草を取り出す。
それを手動のミキサーのような物で、細かくし始めた。
粗い粉状になったその草を小皿に乗せると、そこに火を灯す。
「キミ、ちょっとこれの前に座って、目を閉じて落ち着きなさい」
「えっ?はぁ・・・」
言われた通りに座る長谷部。
目を閉じると、その草が燃える匂いが鼻をくすぐる。
臭いわけじゃないが、少し変わった匂いがする。
長谷部は何の匂いだろうと考えていると、長秀が話し掛けてきた。
「これには、興奮した魔物でも落ち着く作用がある。主には寛ぎを求める人達が使用するが、一部では魔物避けにも使われる薬草だ」
「なるほど。確かに落ち着きますね」
「若狭では様々な薬草や毒草が採れる。人を助ける薬もあれば、不幸にする薬もある。これもキミの緊張を解くには丁度良いが、魔物からしたら近寄りがたい物だろうな」
「薬にも毒にもなるってヤツか」
長谷部は気付くと、長秀と普通に話せるようになっていた。
長秀もそれを感じ、長谷部に立ち上がるように促す。
「そろそろ行けそうか?」
「わざわざすんません。今度こそやれます!」
「では、そろそろやろうか」
小皿に乗せた薬草を舞台に落とし、それを踏んで火を消す長秀。
腰に差したレイピアを手に持つと、長谷部と一定の距離を取る。
「そんな細い武器でやるんすか?」
「これで受け止めるわけではない」
レイピアを胸の前に持っていき、そのまま振り回す長秀。
感覚を取り戻したのか、片手を腰に当てて長谷部に対して構える。
「それじゃ俺も」
腰にある二本の木刀を両手に持ち、一本を頭の上に、もう一本を前へと出した。
それを見た長秀は、思った事を口にする。
「随分と短い木刀を使っているようだな。特注品かね?」
「まだ扱いには慣れてないんすけどね。今はまだ、師匠に特訓してもらってる途中っす」
「ふむ、どんな攻撃が来るのか。楽しみではあるな」
「それじゃ、行くぞぁ!」
長谷部は大きな声で叫んだ後、長秀目掛けて走り出す。
右手の木刀で腹を斬るようにすると、レイピアがそれを許さない。
明らかに木刀より細いレイピア。
それなのに木刀の打撃を受け流すように、下へ逸らした。
しかし木刀は、もう一本ある。
レイピアが左脇腹の方にあるので、今度は右肩を狙ったが、レイピアは物凄い速さで左手の木刀を受け流した。
「まだまだ!」
「いや、次はこっちの番だ」
追撃をしようとする長谷部だったが、自分の腹目掛けて飛んでくるレイピアに、バックステップで距離を取った。
すると攻守が入れ替わり、今度は長秀が攻勢に出る。
「なっ!んだよ!」
二本の木刀で、突いてくるレイピアを上へ下へと弾く長谷部。
あまりの速さに防戦一方だった。
「良いのかね?守ってばかりでは勝てんよ」
「っ!どりゃどりゃ!」
余裕がある長秀だったが、長谷部がそう慌ててない事に気付いた。
レイピアを叩くように弾く長谷部に警戒しつつ、防がれ続けた事でようやく異変に気付いた。
「レイピアが重い?」
手首の動きで切先を変えていた長秀だったが、腕に力を入れないと持てない程重くなっている事に気付く。
長谷部が慌てなかった理由は、こういう事かと実感した。
「なるほど。これがキミの力か」
「叩かれ続けると圧力が掛かる。これが俺の能力らしいっす!」
今でもあまり自分の能力を理解していない長谷部は、簡素に説明した。
しかし長秀は、その能力についてどんどんと質問を始める。
「それは私の身体に対して?それともレイピアに?身体であれば右腕だけ?それとも身体全体か?」
「・・・」
「どうなのかな?」
「・・・」
何も言わない長谷部。
その顔は、喋らないぞという決意に満ちた表情だ。
と、長秀は思っていた。
実際は、長谷部自身が知らないだけだった。
答えようにも答えられない。
しかし、分からないと言うのはダサい。
自分の能力なのに分からないなんて。
そう言われるのが嫌だった長谷部は、無言を貫き通す事にしたのだった。
「キミの力はなかなか面白い。だから、こちらも試してみよう」
「え?」
右手に持ったレイピアを下へ向けると、そのまま地面に突き刺した。
そして左手で引き抜くと、再び長谷部に対して突き始める。
「なるほど。左手に持ち替えると、その力は消失するようだな」
「えっ!?ちょっ!速い!」
困惑するようにレイピアを防ぐ長谷部。
その攻撃に慣れた頃、長谷部は攻勢に出ようと再び右手の木刀で足を狙う。
「重くなって攻撃が鈍ると、攻勢に出るキッカケを与える。となると、これはどうかね!?」
「うはっ!すっげーな!」
左手に持つレイピアで長谷部の木刀を受け流すと、レイピアを手から放した。
そして放して宙に浮くレイピアを、そのまま右手でキャッチし、その勢いを利用して再び突き始める。
軽い曲芸のような動きに、長谷部はレイピアを弾きながら感嘆の声を上げた。
何度も続くそのやり取りに、長谷部はレイピアを大きく弾いた後に、一息吐こうと後ろは下がる。
「フゥ、丹羽さんは両利きなんすか?」
「そうだ。阿形と吽形は右利きと左利きだから、両方教えるのには便利だったぞ」
「便利って・・・。両方でそれだけ戦えるって、もう自慢出来るレベルっすよ」
「もっと便利な事もあるぞ。右手で書き物をしながら、左手で食事をしたり。部下からは、はしたないから止めろと怒られるがな」
ハッハッハ!と笑う長秀だが、その姿を想像した長谷部は、確かに便利だと頷いた。
しかしそれとは裏腹に、長谷部の中では焦りが出てくる。
「マズイな。両利きって、俺の天敵なんじゃねーの?剣裁きも凄いし、こりゃキツイな」
「キミの能力は確かに凄い。攻めても守っても武器が重くなる、攻防一体の能力だ。だが、私のような者が来たらどうするつもりかね?」
どうするつもりと言われても、どうしようもない。
長谷部は自分の頭で考えても無駄だと悟り、やれる事をしようと思った。
「どうしようもないっすね」
「では、諦めるのかな?キミは官兵衛殿の守護者なんだろう?」
官兵衛の守護者。
そう言われた長谷部は、大きく深呼吸した。
「そう!俺は官兵衛さんを守ると決めた。だから気合でアンタを倒す。どうしようもないから、気合入れてぶっ叩くだけだ!」