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模擬戦その4

 太田が手を離した後は、ほぼ一方的な展開になっていた。

 斧を投げても叩き落とされ、バルデッシュを振り回しても当たらない。

 意地でも倒れないと言う太田だったが、ベティが作り出した炎の竜巻に飲み込まれてしまった。


 モニターを見ると、竜巻の奥にはセンカクの姿があった。

 彼は何かを叫んでいたが、その直後に竜巻が消えてしまう。

 その理由は、暴走して大きくなった太田により、捕まってしまったからだった。

 ベティに助けると言って近付くセンカクは、世にも恐ろしい事をやってのけた。


 太田は濃厚なセンカクとのキスにより、陥落した。

 意識を取り戻した太田は、白目で小さく座り込む。

 後から聞いた話によると、このジジイとマッチョのディープキスは、二度目だったという。

 戦意を失った太田。

 この後どうするべきかとベティも戸惑っていたところ、兄はある決断を下す。

 暴走してセンカクを舞台に上げたキッカケを作ったのは、太田だった。

 故に太田の失格負けという結果を、ツムジに頼んで大々的に発表したのだった。






 開始の合図が始まった時間に戻る。

 この舞台の主役は、数多くの魔法を放つネズミ族の元領主、秀吉。

 そしてもう一人の主役は、召喚者の一人である佐藤。



 秀吉は一メートルに満たない杖を持ち、鎧などは着込まない身軽な格好をしている。

 そして佐藤は、黒い通常のグローブと、比較的柔らかそうな革で出来ていると思われる鎧を着ていた。



「お手柔らかにお願いします」


「こちらこそ、怪我をさせたらすいません」


「大丈夫ですよ。触れさせませんから」


 比較的温厚な感じで始まったこの舞台の二人だった。

 しかし、佐藤の怪我をさせたらという言葉に対して、触れさせないという秀吉。

 モニターでは和やかに見えるのだが、二人とも目の奥は笑っていない。



「では、怪我をされても困りますし。触れたら負けという事にしませんか?」


「それは良いですね。でしたら時間も決めましょう。そこの方!」


 秀吉に呼び出される三バカメラマン高野。

 カメラに付いている時間を見て、三十分経ったら教えろという話を始めた。



「えっと、これって勝手にルールを変えても良いものなんでしょうか?」


 高野は撮影だけしろと言われている。

 しかし当事者同士が勝手にルールを変えて、それに巻き込まれてしまった。

 彼にとって後から怒られそうな案件は、お断りなのだ。



「後で阿久野くんには、俺から言っておくよ。だからよろしくね」


「怒られないというなら、協力しますけど。本当にお願いしますよ?」


「私からも言っておきます。安心して下さい」


 秀吉と佐藤の二人から頼まれた高野は、渋々了解するのだった。





「先に言っておきますが、空を飛ぶとかは駄目ですよ?」


「自分を浮かせる程の風魔法は、魔力消費が多過ぎます。十分前後で魔力が切れますから、そんな事はしませんよ」


「その答えを聞いて、安心しました。それじゃ、遠慮無く!」


 先手必勝。

 佐藤はフェイントも織り交ぜながら、秀吉へと直進していく。

 そして軽いジャブをお見舞いして、これで終わりだと考えていた。



「うわっ!何だこれ?」


「こっちですよ」


 秀吉を殴ったと思った瞬間、薄い氷のような物が割れる。

 その先には秀吉の姿は無い。

 声がしたのは、自分の背後からだった。



「今のは?」


「水と光の複合魔法ですかね。薄い氷を鏡のようにして、光で私を写したわけです」


「は〜、阿久野くんよりも凄いな。これは三十分の間に、俺の知らない魔法が沢山出て来そうだ」


 素直に感心する佐藤。

 秀吉はニッコリと笑い、今度はこっちの番だと攻撃を開始する。



「こんなのはどうでしょう?」


「おわっ!土壁?これは知ってるけど」


 土壁が舞台から、長い列で作られていく。

 しかも両側に作られた事により、移動方向に制限をされてしまった。



「それじゃコレを」



 氷の弾丸が、土壁に挟まれた佐藤を襲う。

 マシンガンのように、何十何百発も放たれる。



「ちょっ!多い!」


 グローブの内側で氷を受け止め、それを叩き落としながら、頭を振って致命傷は避けていく。

 完全に避け切れない物は肩で受け止め、最小限のダメージに抑えている。



「アレを受け切りますか」


「受け切ってないから!痛いから!」


 感心する秀吉に、佐藤は反論している。

 痛いと言うものの、氷の弾丸が終わった瞬間に前に詰めていた。

 しかしその頃には、秀吉は既にその場を離れていて、また一定の距離を取っている。



「今度はどうしましょうか」


「迷っているなら!」


 ナナメに身体を動かしながら、秀吉を舞台の端へと追いやろうとする佐藤。

 その瞬間、佐藤は前のめりに転けた。



「は?イテッ!うっ。ペッペッ!」


 転けた瞬間に口の中に入る砂。

 佐藤は何も気付かずに、自ら砂地獄にハマった。



「何故に?いつの間に?」


「アナタが氷を叩いてる時です。魔王様が信頼して送り出してくる人ですよ?あんな魔法で倒せると思ってないですから」


「なんかよく分からないけど、評価してもらいありがとうございます」


 砂から足を引っこ抜きながら、お礼を言う佐藤。

 しかし佐藤は、微妙な顔をしている。



「うわぁ、服の中まで砂だらけだよ・・・」


「まだ続けます?」


「これくらいで棄権したら、阿久野くんに怒られそうだからね。まだ頑張るよ!」


「そうですか。それならちょっとだけ手助けを。目を閉じておいて下さい」


 言われた通りに目を閉じる佐藤。

 その直後に佐藤の周りに風が巻き起こる。

 服の内外にあった砂が、風で吹き飛んだ。



「ありがとうございます。風魔法って便利ですね。こんな使い方があるんだなぁ」


「服の汚れを魔法で飛ばすなんて、普通はしませんけどね」


「そうなんですか。便利なのに勿体無いなぁ」


 佐藤は残った砂を服をパタパタと扇いで、残りの砂を落とした。



「それでは、続きをやりましょう!」





 他の舞台では盛り上がりを見せる頃。

 カメラで撮影はしているが、魔王からは見捨てられた舞台があった。



「えっと、テンジさん。合図は出たけど、準備は良いかい?」


「大丈夫だ。ロック殿、それではよろしく頼む」


 テンジは以前、秀吉を助ける時に使っていた防具を身に付けている。

 武器は用意されていた刃こぼれした剣を持っているが、あまり自分でもしっくりこないらしい。

 ブンブン振ってはみるが、首を傾げていた。


 対してロックは、ほぼ私服。

 アロハシャツにハーフパンツで、これから模擬戦をやるとは思えない格好だ。



「エイ!エイ!キエェェイ!」


「えっ!いきなり?」


「だ、駄目ですか?」


 剣を構えて、ロックに斬りかかるテンジ。

 そんな剣を、ロックは余裕で避ける。


 テンジの剣は秀吉を助けた頃と、比べるとかなりへっぴり腰になっていた。



「それじゃ、こっちからも」


「ぬおおぅ!」


「だ、大丈夫っすか!?」


 ロックがテンジの腕を巻き込み、そのまま押すようにバランスを崩す。

 するとテンジは、後ろへ倒れそうになりながら叫んだ。

 咄嗟に手を出して助けたロックは、思わず声を掛けてしまう。



「大丈夫です。いやぁ、申し訳ない」


「テンジさん、かなり身体鈍ってるんじゃない?」


「最近は政務が主ですからな。しかし自分の身を守る為にも、今回のような模擬戦は必要だと理解しております」


「剣に振り回されてるし、武器は持たない方が良いかも」


 ロックのアドバイスに、テンジは剣を見てから素振りを始める。

 数回振った後、彼は剣を投げ捨てた。



「仰る通りですな」


「武器を持たないなら、俺っちが護身術教えるよ」


「おぉ!それはありがたい。ロック殿の技は力を使わないと言いますし、本当に助かります」


「簡単な事だけね。あくまでも護身術だから。まずはこう斬りかかられたら・・・」


 気付くと舞台では、ロックによる護身術講座へと変わっていた。





 佐藤は少し苛立ちを感じていた。

 近付こうとすると、何かしらの罠や魔法が襲いかかってくる。

 直線的に向かうのではなく、どんな方向へ進んだとしても、何かしらの対応がされていたのだ。



「ブッハ!冷たっ!」


 全身水を掛けられた佐藤は、上から下までびしょ濡れになっている。



「もう!これ外したい!」


 防具が邪魔だと言う佐藤だが、グローブが外せないので無理な話だった。

 指を服に引っ掛けて砂を落とすくらいは出来たが、流石に外すまでは難しい。


 水浸しの服が、彼のスピードを殺していく。



「ちょっとタイム!タイムはアリ?」


「タイム?えぇ、まあ良いでしょう」


 秀吉のOKをもらった佐藤は、カメラマン高野を呼び出す。



「えっ?俺ですか!?何か?」


「悪いんだけど、この防具と上着を外してくれない?」


「それくらいなら」


 カメラの目の前に立ち、鎧を外して服を脱ぐ佐藤。

 モニターには今、佐藤の裸がドアップで映っている。

 ベティが見ていたのなら、興奮していた事だろう。



「これで良いですか?」


「ありがとう。それと、残り時間は?」


「うーん、残り十分は無いですよ」


「早いなぁ。分かった」


 グローブをバンバンとぶつけながら、舞台の中央に戻る佐藤は、秀吉にお礼を言って再び構える。



「お待たせしました。行けます。というより、行きます!」


 舞台に行く勢いそのまま、ステップを踏みながら秀吉へ向かう佐藤だが、秀吉は再び土壁で彼を覆う。



「シッシッ!」


 土壁をワンツーで破壊して進むと、そこにはバラエティー番組のような泥沼が待っていた。

 寸前のところで足を止めると、彼は横へステップして他の壁を破壊して近付いていく。



「惜しい。もう少しで落ちたのに」


 ボソッと悔しがる秀吉。

 秀吉に近付く為に集中している佐藤の耳には、その声は届いていない。


「アババババ!!」


 土壁の間から、台風並みの強風が吹き荒れる。

 前へ進めなくなった佐藤は壁を破壊しようとすると、強風によって前から飛んできたタライが頭に直撃した。



「ぬはっ!いったぁ・・・」


 今度は看板が飛んでくるが、それはグローブを当てて避ける。



「こ、こんなお笑い番組あるような、無いような・・・。せいっ!」


 壁を破壊して風から逃げると、今度は炎が佐藤を襲う。

 更に壁を壊していくと、何故か熱湯風呂が用意されていた。



「何故こんな物が!?」


「入った時間だけ、魔法が発動しないでおきますが。どうします?」


「くっそー!馬鹿にしやがって!でも入ります。どわあぁ!あっちー!!」


 グローブを濡らさないように手を上げて、熱湯風呂に飛び込むと、あまりの熱さに顔は早々に真っ赤になった。



「カメラマンさん!時間見て下さいね!」


 手を上げて応答する高野。

 秀吉は楽しそうに、その様子を見ていた。

 唸りながらも我慢する佐藤だったが、限界に達した直後に転がるように風呂から飛び出す。



「無理無理!熱い!熱い!」


「これ、氷です。どうぞ」


「フアァァ・・・」


 ご丁寧に風魔法で削った氷を用意する秀吉。

 佐藤はそれを頭から被り倒れ込むと、しばらく動かなかった。

 身体から出ている湯気が凄かった。

 そんな中、秀吉はカメラの方を向く。



「何秒でしたか?」


「十八秒です」


「では今から数えま〜す」


 そう言ってカウントダウンを始める秀吉。

 佐藤は慌てて起き上がった。



「早い!早いよ!」


「じゅうご〜、じゅうよ〜ん」


 猛ダッシュで走る佐藤。

 秀吉はカウントを続けながら、逃げていく。



「ろ〜く、ご〜」


「クッ!走り方が漫画みたいなのに速いな」


 両手を広げて走る秀吉。

 佐藤も追いかけるが、距離が少ししか縮まらない。



「い〜ち、はい終わり!アハハハハ!!」


 その瞬間に、風魔法で自分の背中を押す秀吉。

 一気に距離を取られた佐藤は、その場で止まった。





「ギブアップ!俺の負け。追いつける気がしない。もう無理っす!」

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