模擬戦その3
蘭丸が勝った!
僕も兄も、修行の成果が出た事がとても嬉しかった。
一益も蘭丸の健闘を讃えているが、蘭丸はちょっと悔しさを滲ませていた。
まだ何か出来る事があったと、そんな事を考えているのかもしれない。
官兵衛と二人、他の模擬戦をモニターで観戦しようという話になったのだが、モニターの数が一台足りない。
見る戦いを選んだ結果、ロックとテンジの観戦を諦める事にした。
そしてモニターを見ていると、また結果が出そうな戦いがあった。
太田とベティは、口喧嘩からスタートしたらしい。
太田の攻撃は当たらず、ベティの攻撃はほとんど効かない。
お互いに有効打が無いまま、時間が過ぎていく。
そんな中、太田がベティを捕まえる事に成功。
力任せにベティの身体を叩きつけると、ベティも反撃に出た。
空へ上がったベティは、太田に掴まれたまま自ら急降下を始める。
地面へと叩きつけられた太田は、頭から血を流しているのが分かった。
お互いに満身創痍。
引き分けで止めた方が良いのでは?
そんな考えは二人にとって、無粋だったようだ。
二人とも笑いながら、気分が高揚しているのがモニター越しでも分かったからだ。
ベティを掴む為に手離していたバルデッシュを拾うと、太田は再びそれを投げる。
さっきと同じ攻撃をしても、避けられるのは目に見えて分かっていた。
彼は更に二本の斧も左右に投げた。
「来い!」
どうやら武器を投げたのは、動きを限定させる為らしい。
しかしその行為も虚しく、ベティにある行動を取られて失敗に終わった。
「一瞬にして斧を叩き落とした!?」
片方ずつ落とすなら分かるが、ベティはその自慢のスピードでほぼ同時に落としたのだった。
「流石にその大きな武器は、アタシの力だと負ける。でもこの斧くらいなら、アタシでも防ぐ事は出来るわ」
落とした斧を拾うと、再び見えない速度で動くベティ。
「ぬぅ!」
背後から投げられた斧が、後頭部に命中する。
後ろを振り向くと、今度は背中に斧が当たった。
「アナタ、本当に頑丈ねぇ。頭に斧が当たったら、刃こぼれしていても死んだりするわよ」
「ワタクシは魔王様の守護者。死んでも倒れませんよ」
「怖い事言うわね。分かったわ。アタシも本気でらアナタを死なないように止めてみせる」
「止まりませんよ。ワタクシはね」
斧を拾った後、バルデッシュを再び投げると、今度は自ら投げた方へ突進を始める。
そして両手に斧を持ち、頭をガードしていた。
「何をする気か分からないけど、もう終わりよ」
斧を持つ両手を、双剣で何度も斬りつけるベティ。
それでも斧を落とさない太田を確認して、今度は関節への攻撃に切り替える。
「ぐぬっ!」
膝や肘を正面から叩かれる太田は、痛みに唸り声を上げる。
いよいよ肘が曲がり頭が露わになると、ベティはその隙を見逃さなかった。
頭を斬られる太田は、再び出血が激しくなる。
「そろそろお終いにしましょう」
ベティのスピードが更に上がった。
気付くと太田の周りには、火柱が上がっている。
その火柱が太田を囲い、炎の竜巻が出来上がっていた。
「ここでの戦いと比べると、妙に血塗れの戦いですね」
「確かにな。それだけ本気って事かな?」
頭から大流血の太田に、全身を叩きつけられてアザだらけのベティ。
終わったらすぐに、回復魔法と薬草の使用が必要だ。
それにしても、予想以上に二人ともタフだな。
太田は意地でも言わないだろうが、ベティが叩きつけられたのを見た時は、もう降参するだろうと思ったのに。
ベティにも、発案者としての意地があったのかもしれないな。
「あ!炎の竜巻が!アレがスカイインフェルノですか」
「なあ、何で飛んでるだけで火が出るんだ?」
「オイラにはちょっと分かりかねます」
双剣くらいしか持ってなかったように見えたんだけど、何か隠し持ってるのかな?
(摩擦熱じゃないの?何か着火しやすい物を持ってて、それを風で大きくしてるんじゃない?)
摩擦熱?
ふーん、なるほどね。
摩擦熱か。
(・・・分かってないよね?)
いやいや!
摩擦だよ。
そう、乾布摩擦の摩擦だ。
擦ってるんだろ?
(間違ってはいないけど・・・)
「アレ?あの人、仙人様じゃないですか?」
「え?」
官兵衛が指差すモニターの先には、竜巻の奥で何か叫んでるセンカクの姿があった。
「何故あんな所に?」
セコンドの許可って出したっけ?
立て、立つんだギュー!
とか叫んでるのかな?
(叫んでるというか、注意してる気がするんだけど)
注意?
誰に?
「何やら竜巻の中で異変が起きてますけど」
「異変?あぁ、竜巻が小さくなってるような・・・ハァ!?」
竜巻の奥から現れた物。
それは大きな腕だった。
竜巻が小さくなってるのは、ベティがスピードを緩めたからか!?
「竜巻が完全に消失しました!どうやら太田殿に、捕まったみたいです」
「太田、大きくなってる・・・。暴走じゃねーか!」
倒れるどころか、それ以上に危ない状況になった。
雄叫びが遠く離れた場所から聞こえる。
完全に理性を失っているようだ。
「と、止めに行くぞ!」
「待って下さい!仙人様が舞台に上がりました」
「何だって!?」
「無防備に歩いて近付いていきます。あの攻撃を避けていくなんて、凄い・・・」
ベティを棍棒代わりに振り回して、センカクに攻撃する太田。
それを全て避けて、触れられる所まで接近していた。
「な、何をするんでしょう?」
「分からん。わざわざ舞台に上がったんだ。止める方法があるとすれば、頭に強い衝撃を・・・何だとおぉぉぉぉ!!!」
それを映したモニターは、直後に画面が暗くなった。
「流石にアタシの勝ちね。炎の渦の中で酸欠で倒れなさい」
ベティは勝ちを確信していた。
斧を振り回して、竜巻から抜けようとする太田。
しかし暴れれば暴れるほど、彼は苦しそうになっていく。
「流石に動かなくなったわね」
立ったまま動かなくなった太田を見て、ベティは少しだけスピードを落とした。
太田に少しだけ近付くと、ベティは異変に気付く。
身体の色が赤黒くなっていて、更に一回り大きくなっているではないか。
炎のせいで身体の色が違って見えたのだと思っていたが、大きくなったのはおかしい。
ベティはその場を離れようと動くと、更に大きくなった太田に足を掴まれる。
「な、何ですって!?」
「ブモオオアアァァ!!」
「な、何よこれ!」
この状況についていけないベティは、流石に焦りを隠せなかった。
言葉が通じない太田に危険を感じ抵抗するも、その手は足を離す様子は無い。
「だから言ったじゃろうが!」
「へ?お爺さん誰?」
知らぬ間に舞台に上がっているセンカクを見て、ベティは困惑する。
センカクは無手で上がっており、ベティからしたら自殺願望者のように見えた。
「危ないから離れなさい!」
「危ないのはお主の方じゃ!今から助けるから、頑張るのじゃぞ」
「ちょっ、何を言って、るのおぉぉぉぉ!!」
ベティは武器代わりに振り回され、更に舞台に叩きつけられた。
振り回されながらもセンカクの姿を確認すると、全て紙一重で避けているのを見て、ベティは痛みを感じる前に驚愕が上回った。
「このお爺さん、凄いわ・・・」
「ホッホッホ。当たり前じゃ。しかし鳥人族の長に言われるのは、鶴としては悪い気はせんのぉ。今の攻撃にも耐えるとは、鳥ではないにしろ流石は鳥人族の長じゃな」
「嘘・・・」
気付くと目の前まで近付いているセンカク。
そしてセンカクがベティの前で、とんでもない行動に出る。
「この馬鹿は、ワシの前で二度も暴走しよってからに」
センカクはそう言うと、太田の頭の後ろに手を回した。
そして強烈な一撃を放つ。
ブッチュウゥゥゥ!!!
「あらヤダ!なんて熱狂的な接吻なの!」
センカクは太田に、物凄く濃いキスを始めた。
それはもう、言葉にし難いレベルのキスだ。
「手が緩んだわ。脱力するほどなんて、余程凄いのね」
ベティがそう言っている間も、センカクはキスしっ放しである。
そうこうしているうちに、太田の身体は小さくなり、そして太田は白目を剥いて座り込んだ。
「このバカタレ!アレほど暴走するなと言ったであろうが!」
「ワタクシの唇が・・・。奪ったね!二度も奪った!魔王様にも許した事ないのに!」
「奪って何故悪いか!あの時、言ったじゃろうが。暴走したら、またするぞとな」
涙目で訴える太田に対し、センカクは説教を始める。
その様子を見たベティも、もはや戦いにはならないと、緊張を解くのだった。
「ちょっと聞いて良いかしら?二度ってどういう事?」
「此奴は安土が襲撃された際も、暴走しよったのじゃ。だから同じ事をして止めた」
「二度目なのね?お爺さん、そういう趣味なの?」
まさかのお仲間発見かとベティは心が踊ったが、その言葉にセンカクは怒り始める。
「馬鹿言うでないわ!暴走を止めるには、頭に大きな衝撃を与える必要がある。それは物理的ではなく、精神的な衝撃でも可能なのじゃ」
「なるほど。それじゃ、暴走を止める為にしていたのね?」
「誰が好き好んで、こんな筋肉ダルマとしなきゃいかんのじゃ!」
「ワタクシの唇が・・・二度も汚されました!」
「うるさい!バカタレ!」
センカクの説教により、小さくなり背中を向けて座る太田。
もはや戦意は無い。
「この場合、結果はどうなるのかしら?」
カメラマンの方に向かって話し掛けるベティ。
しかし鈴木も、こんな状況でどうすれば良いのかなど分からない。
そこに現れたのは、ツムジだった。
「ハーイ、皆さん。アタシの声が聞こえるかな?」
「アナタ、誰よ?」
「アタシは魔王様の使いでやって来た、ツムジよ。ちょっと、気持ち悪いおじさんはどいてよ」
「お、おじさん!?このグリフォン、喧嘩売ってるのかしら?」
「うるさいわね。アタシが魔王様から受けた説明をするから、おとなしく聞いてなさい」
魔王からの使いという言葉に、ベティは引き下がる。
そして太田も、背中がビクッと動くのだった。
「えーと、これの前で話せば良いのね。まず結果から言うと、この戦いは太田の失格負け。センカクの爺さんが舞台に上がるキッカケを作ったのは太田だから、暴走した時点で気を失った太田が負け。だそうよ」
カメラ目線で話し始めるツムジの言葉を、二人は受け入れた。
ベティはホッと胸を撫で下ろし、終わったとその場で座り込む。
「あと追加で報告。太田はセンカクに、暴走しない方法を教われと言ってるわ。もし暴走が続くなら、その度にジジイとディープキスしてろ、だって」
「ま、魔王様!?それは酷くありませんか!?」
「もう返事は無いわね。それじゃアタシは、言う事は言ったから。じゃあね」
飛び去るツムジを見送る、ベティとセンカク。
太田はボソッと独り言を呟く。
「もう接吻は嫌だ・・・」
「す、凄い絵面でしたね」
「ありゃ放送事故だ。途中で中継を止めた鈴木は、良い仕事をしたと思うぞ」
「それにしても、あの結果で皆納得するのでしょうか?」
太田とベティの戦いは、微妙な事を言えば消化不良に近いだろう。
だが、暴走している太田をあのまま立たせていれば、この程度の怪我では済まされない。
どちらが勝っても、勝った側もスッキリしない気持ちになったと思う。
「模擬戦は今回だけじゃない。また再戦すれば良いんだよ」
「それもそうですね。さて、他の舞台はどうなってるんでしょう」
残る二つのモニターを見ると、一つが終わっていた。
まさかの結果だが、負けた本人も納得しているみたいだ。
「まさかあんな形で自分から宣言するとは、ちょっと想像出来ませんでしたね」