模擬戦その1
ハクトなんかとやらせるわけないだろ。
兄はベティに怒りの鉄球を放ったが、いとも簡単に避けられてしまう。
真逆の存在である太田を送り出す事にした兄だったが、マッチョも悪くないという言葉に、僕達は何も考えない事にした。
他の領主はどうする?
話を振ってみると、どうやらやる気はあるらしい。
流石に文官向きのテンジだけは微妙だったが、彼にはロックという丁度良い咬ませ犬が居たので任せる事にした。
結果的に他の領主は、滝川一益は蘭丸の挑戦を受け、丹羽長秀が発展途上の長谷部の相手をする事に。
これで全領主が・・・違った。
隠れるように見ていた男、秀吉が残っていたのだ。
彼の魔法に対抗する為、魔法を避けられる佐藤さんを相手と決めた。
ロックの提案により、この模擬戦はイベントとする事になった。
勝敗の結果を賭けの対象として扱い、更にはライブもやるらしい。
兄に許可を得た彼は、水を得た魚の如く、模擬戦までの一週間を奔走する。
そして当日、兄の開会の言葉をキッカケに、各舞台での戦いが始まろうとしているのだった。
俺の言葉を聞いた一益は大槌を構えた。
が、蘭丸はまず、彼へ大きく礼をしている。
「私のような若輩者の我儘を聞いてくださり、本当にありがとうございます」
「なんだ、そんな事か。蘭丸よ。我は魔王様から、お前がなかなかやる男だと聞いている」
「私もこのような無名の者に対して、警戒していただいていると、お聞きしました。だからこそ、私の全力をお見せしたいと思います」
「そうか。しかしお主、槍に鎧姿に加え背中には弓と、些か重そうな気がするのだが。エルフにその装備は、俊敏性を損なうのではないか?」
蘭丸の姿は確かに物々しい。
鎧といっても、頭からつま先まで全て覆っているようなフルプレートではない。
肩や腕、そして走りやすいような軽鎧という装いだ。
対してドワーフである一益は、頭以外は厳重に守られている。
大槌を持った重戦士という見た目だ。
右手に持つ大槌に目が行くが、他にも気になる点はある。
それが腰にある小さな布袋なのだが、中身は何なのか分からない。
俺の身体強化した耳には、何かしらの金属音が聞こえるが、蘭丸にはそこまで分からないだろうな。
とはいっても、蘭丸の視線もそこに行ったので、警戒はしてるはず。
「エルフが非力だというのは知られていますが、この装備でも動けないわけではない!」
「何っ!?」
蘭丸の足が淡い光を放つと、物凄い勢いで突進を開始。
距離を取っていた事で油断していた一益は、不意を突かれて左肩に槍を食らった。
すかさずその隙を見逃さない蘭丸。
左肩から左足、左脇腹等、大槌を持っていない方へと攻撃を集中する。
「うっ!」
呻き声を上げた一益だったが、何やら準備をしていたらしい。
蘭丸の後ろ足の地面が小さく競り上がった。
「うわっ!」
前のめりにバランスを崩す蘭丸。
槍の狙いが地面へと変わり、体勢を立て直そうと身体を起こそうとする。
「ぬぅん!」
顔を上げようとした蘭丸だが、下を向いていると地面に大きな影を確認した。
大槌を振り上げている。
そう確信した蘭丸は、左横に身体を捻る。
「甘いわ!」
上段から大槌が、地面に叩きつけられる。
しかし蘭丸が横に逃げたのを見ると、地面に叩きつけた大槌がアッパースイングのように横に振り上げられた。
「重い!」
「何と!?アレを耐えるか?」
腹に大槌を食らった蘭丸。
一益は蘭丸の体重なら吹き飛ぶと確信して、それを追おうと前進しようとしていた。
しかし蘭丸の鎧が再び淡く光り、彼は一メートル程の場所で立ち止まっていた。
「凄いな。その鎧、見た目と違って名工の作品か?」
「いえ、ただの市販品ですよ」
今回は模擬戦という事で、全員の武器は弱くしてある。
防具に関してはミスリル製等の硬い物は禁止したが、それでも鉄や鋼鉄の使用制限は設けていない。
槍や剣等は刃こぼれした物を使わせ、大槌は金属製ではなく木製となっている。
それでも剣で斬られればそれなりに斬れるし、木製と言えど重さは同じ物を使っているので、それなりの威力はある。
その為、一益は蘭丸の腹を叩いた際に鎧は砕き、内臓にもダメージを与えたと考えていたのだった。
「ガハハハ!面白い。その様子だと、まだまだ実力を隠しているな?」
「未熟な私にそこまでの余裕はありませんよ。でも、まだ全てを出し切ってはいないです!」
蘭丸は後ろに跳躍した。
さっきまでとは打って変わって、慎重に様子を見るのか?
そんな事を考えていて、俺は気付いた。
俺と官兵衛は、前のめりになって観覧していたのだ。
蘭丸が強くなったのは知っていたが、一益と対等にやり合うレベルだとは考えていなかった。
「凄いですね!」
「確かに。これはロックの言った通り、金取れるレベルだわ」
俺と官兵衛が興奮気味に小声で話していると、蘭丸は何かを小さく呟いているのが分かった。
詠唱?
「風魔法を使ったみたいですね。でも、威力があるわけじゃなさそうです」
一益を囲うように、小さな竜巻が起こっている。
とは言っても、それは砂埃を巻き上げる程度だ。
とてもじゃないが、一益にダメージを与えているとは思えない。
「ん?弓に持ち替えたぞ」
「目眩しをして、矢を射るのが目的ですか?」
んー、その程度で一益が怯むとも思えないけどなぁ。
何か考えがあるんだろうけど、俺には分からん。
「矢に火が点いてるような?」
「火矢か?そんなの当たらんだろ」
何だろう。
ちょっと胸騒ぎがする。
(官兵衛と一緒に頭を下げろ!)
何故?
火矢程度なら問題無いだろ。
(早く!舞台に頭を出すなよ)
何だよ、分かったよ。
言われた通りに頭を下げた途端に、俺は言う通りにして正解だと分かった。
何が起きたか分からないが、物凄い爆発音が舞台上から聞こえた。
「あ、危なかったな・・・」
「何が起きたんです?」
それは俺が聞きたい。
アレって何したんだ?
(粉塵爆発だ)
「うわっちち!熱っ!」
ただの目眩しかと思っていたら、あんな爆発を起こすとは。
遠目に弓に持ち替えたのは見えていた。
ただしこの鎧を弓矢で貫けるとは思えない。
だから頭さえ狙わなければ問題無いと、たかをくくっていた。
「我を焦らせるとは、これはもう力を見極めるなどという甘い考えではいられんな」
「そのような評価、恐縮です」
「だからこそ、こちらも出し惜しみは無しで行くぞ」
「それよりも、熱くないですか?」
「何だと?」
「髭に火が・・・」
一益はその言葉に、焦って顎髭に触れる。
手は防具で守られているので、熱さは感じない。
だが、触って分かった。
「我の髭がチリチリに!」
「火は消えましたね。良かった」
「良くないわ!」
今までに無い怒りを露わにする一益。
何故こんなに怒っているのか分からない蘭丸は、戸惑いを隠せない。
「す、すいません!」
咄嗟に謝る蘭丸だが、一益の怒りが鎮静化する事は無い。
爆発音がしてからしばらく。
様子見で顔を上げると、一益がキレている。
蘭丸は喚く一益に頭を下げているが、何があったんだ?
「何を怒っているんだ?」
「多分ですけど、滝川様の髭が燃えてしまったのが原因かと」
「髭が燃えて怒ってんの!?それで謝るのは嫌だなぁ」
「ドワーフは髭にこだわりがありますから。燃えてしまった事で、今までの形が崩れたからでしょう」
こだわりねぇ。
髭くらいまた生えてくるんだから良いじゃん。
(兄さんに分かるように言えば、キャッチャーミットとかキャップの形にこだわりがあるのと同じじゃない?)
でもミットも帽子も、道具だから。
壊れたら直すのに大変だけど、髭は勝手に生えてくるぞ。
「魔王様。一益殿が本気になりそうです」
「え?」
マジかよ。
髭に火が点いて本気になるって・・・。
「我の髭の仇を取らせてもらう」
「髭?」
蘭丸が困惑していると、一益はとうとう腰の袋に手を掛けた。
蘭丸は警戒を強くし、鎧を再び土魔法で強化する。
詠唱をしながら、ジッと腰から何を出すのか凝視すると、出てきた物を見て拍子抜けしてしまった。
「大きな釘?」
「接近戦だけだと思ったら、大間違いだぞ。うぉら!」
釘を空中に数本投げると、大槌をバットのようにスイング。
その数本が全て大槌にヒットした。
「曲芸か!」
数本の釘が飛んでくるので、少し焦る蘭丸。
だが飛んでくるといっても、真っ直ぐに飛んでくるだけだった。
彼は横へ軽くステップしたように見えたが、靴の風魔法の効果で大きく跳躍して避けた。
「流石よの。だが!」
「え?」
釘が蘭丸の方へ曲がって飛んでいく。
慌てて再び距離を取る蘭丸だったが、同じように追尾してきた。
「う、嘘だろ!?」
「ガハハハ!我くらいの腕なら、釘にも印を刻むなど朝メシ前よ!」
「これは予想外過ぎる」
「まだ釘はあるぞ。それ、それ!」
何回も大槌を振ると、釘が蘭丸に向けて飛んでいく。
避けるのは難しくない。
ただ、避けたところで追い掛けてくる。
「避けられなければ、叩き落とすまで」
蘭丸は立ち止まり、槍を車輪のように回す。
釘を弾く金属音が、連続して聞こえた。
地面に落ちた釘は、再び飛んでくる事は無いらしい。
「なかなかやるが、まだそこまでの余裕は無いようだな」
「なっ!」
落ちた釘の中の数本の辺りから、地面が突き上がった。
前面だけじゃなく、横も後方も競り上がる。
「囲まれた!?」
空いている場所は上のみ。
蘭丸は上空からの攻撃を警戒して見上げる。
しかし、それが失敗だった。
「どっせい!」
前面の壁から大槌が現れ、破片が蘭丸に襲い掛かる。
その大槌は止まらず、蘭丸の身体に叩き込まれた。
「があぁぁ!!」
「流石に効いただろ」
後方の壁を突き破って、地面を何度も転げ回る蘭丸。
一益は会心の手応えがあったのか、追撃をしなかった。
「おおぅ!」
蘭丸が俺達の方に飛んできた。
流石に場外に落ちるほど飛んできてないが、動かない蘭丸。
「蘭丸さんの負けでしょうか?」
「どうだろう。蘭丸ならまだ負けてないとか、言いそうだけど。それよりも、いきなり地面から壁が出てきたのって、どういう仕組みだろう?」
「オイラも気になりましたね」
官兵衛も分からないその攻撃。
ドワーフ特有の攻撃なのかな?
「立ち上がったぞ。蘭丸、頑張れ!」
あんまり肩入れは出来ないけど、小声で応援するくらいは目を瞑ってほしい。
「今のは効きましたよ」
「いやいや!立ち上がるんかい!」
会心の手応えを感じながらも、それでも立ち上がった蘭丸を見て、一益は素直に驚きを口にした。
「仕方ない。もう一度」
「させるか!」
釘を再び空へ投げ、大槌を振ろうとする一益だったが、それは上手くいかなかった。
弓矢が大槌を振ろうとする一益の邪魔をする。
「鬱陶しい!むっ!?」
矢を避けていてある事に気付く一益。
知らぬ間に足下がぬかるんでいたのだ。
「さっきの釘を見て、真似させてもらいました」
しばらく立たなかった蘭丸は、その間に矢に水魔法を込める為に詠唱をしていたらしい。
「ちょこざいな。だが、タネが分かれば、矢を叩き落とせば良いだけ」
目の前に迫った矢に向かって、大槌を振るう一益。
だが、それが蘭丸の最後の一手だった。
「ぬおっ!」
「眩しっ!」
舞台下から顔を出していた二人が、思わずに声を出してしまう。
その矢は水魔法ではなく、光魔法が入っていたのだった。
「クソッ!む?」
一益は目を瞑って頭を守っていたが、首筋に槍の穂先が当たっているのを感じた。
「いかがでしょうか?」
「ガッハッハッハ!!やりおる。我の負けだな」