魔族会談
半裸である事を昌幸に言い訳した後、僕は大きな布を纏って帰った。
そんな話も忘れ去られた頃、帝国の襲撃に関する事で話し合いをしようと、各領主が安土に集まる事になっていた。
若狭や長浜等、僕が一度訪れている場所の領主は賛同してくれている。
しかし、帝国とも魔族とも距離を置いている東の領地は、未だに何の回答も無かった。
全員が集まるまでは魔王は待機。
そう言われて待っている頃、何やら丹羽長秀と佐々成政ことベティは、同室で話をしていたらしい。
ベティが長秀にウザ絡みしていただけとも言うが、雰囲気を一転させたベティに長秀は困惑するもすぐに対応する。
ベティの話は、阿吽の二人を越中国で預かれないかという提案だった。
何故二人が必要なのか?
その理由を聞いた長秀は、しばらくの沈黙の後、その提案に乗る事に賛同したのだった。
四人の領主達が集まると、そこには旅の途中だった秀吉の姿もあった。
彼は帝国に襲われ、逃げているところを安土に向かうテンジ達に助けられたという。
そして彼を含めた五人の領主達に、僕は帝国の国王バスティを紹介した。
「ちょっと待って!何故、帝国の国王が安土に居るの!?」
思わず立ち上がるベティ。
ベティ以外にも、驚いているのは秀吉を除いた領主達だ。
秀吉は安土に来た際に、顔は合わせている。
しかも長浜という貿易都市の領主という事で、色々なお偉いさんと顔を合わせているみたいだった。
故に秀吉とバスティは、安土で会った時には初対面ではなかったと聞いている。
「魔王様の紹介が酷かったので、もう一度言い直してもよろしいでしょうか?」
ズンタッタが気まずそうに間に入ると、再び紹介を始める。
「こちらの方が、我がドルトクーゼン帝国の国王、バスティアン・ハインツ・フォン・ドルトクーゼン様です。私はズンタッタ、そしてこちらがビビディと申します」
「ご丁寧にどうも」
一番最初に我に返ったのは、長秀だった。
長秀が自己紹介をすると、それに倣って他の領主も同じく自己紹介をした。
「自己紹介が終わったところで、まずは彼の話を聞いてほしい」
僕がバスティに話を促すと、彼等は何を言われるのかと固唾を飲んだ。
「各領主の方々には、先に謝罪を申し上げます。誠に申し訳ない」
「謝るくらいなら、アタシ達の領地を襲った理由が知りたいわね!」
「と、ここで僕から説明がある。彼は今、帝国の国王でありながら、実権は息子である王子に簒奪されている。たまたま幽閉されていた所に僕が行って、助けたんだ」
「魔王の言う通りでして、私は今、名ばかりの王というわけです」
「では、アナタには今、帝国の暴虐を止める術は無いと?」
「重ね重ね申し訳ないが、その通りです」
バスティは怒りの矛先を、自分に向けられているのが分かっていた。
そうなるのを覚悟で、彼等と対面したいと僕に頼んできたのだ。
おそらくは息子の失態を、自分でカバーしようと考えていたのだろう。
だが領主達も、そうそう馬鹿ではない。
僕の説明で彼等にも、バスティが被害者の一人であると理解していた。
「ところで魔王様。今の話を聞く限り、彼の息子が元凶だと思ってよろしいのでしょうか?」
「僕はそう思ってるけど」
秀吉の問いに答えると、他の領主達からどのような対応をすれば良いかという話に変わっていく。
「ここに居られるバスティアン陛下が実権を取り戻せば、この戦乱が鎮まると考えてよろしいか?」
「その為には、こちらからも攻めなくてはなりませぬな」
「我々は一方的に襲われたのだ。一般市民に被害を出すつもりは無いと考えているが、それでも抵抗するのなら手を出さざるを得ないですよ」
様々な意見が飛び交う中、長秀のとある一言が場の空気を変えた。
「その前に、この戦の落とし所はどこになりますか?」
落とし所はどこか?
どこまでやり返すのかという話だろう。
あまりよろしくない言い方をすると、報復するのにどこまでやるのかという話だ。
「アタシの越中国は、ハッキリ言って被害は少ないわ。多少の兵が負傷しただけで、死人は出ていないの」
「我の上野国も、似たようなものである。鉄壁の守りによって、負傷者が出た程度で済んでいる」
ベティと一益は、そこまで被害が出ていないから、ある程度やり返せば良いという考えのようだ。
対して、若狭と長浜は意見が分かれた。
「若狭国は、右顧左眄の森より先の森が焼かれました。森を焼いた煙により、体調を崩して倒れた者も多数現れています。それと同時に森が焼かれた事で、我が領地の特産である薬草や毒草の半分は、失われてしまっています」
「若狭の収入が大きく減ったと?」
「一益殿、金の問題ではないのですよ。森を再生するまで、どれだけの時間が必要か。そちらの方が重要なのです」
「失礼。失言であった」
一益の謝罪を受け入れた長秀だったが、それでも被害の大きさから帝国に対する恨みは、さっきの二人の比ではない。
「私が任されている長浜も同様です。長浜の守備は問題無く済んだのですが、奴等の狙いは我々ではなく、どうやらミスリルだったようです」
「ミスリルを奪われたって事?」
「はい。帝国は長浜を包囲しただけで、ほとんど攻撃をしてきませんでした。その代わりに、ミスリルの鉱山を襲っていたようです。我々が気付いた時には、多くの鉱石を奪われ、鉱夫に死傷者が出ていました」
「鉱夫ですって!?ゴリマッチョを手に掛かるなんて、許せないわね」
ベティの見当違いな怒りは置いといて、やはりテンジも被害が大きかったと嘆いている。
その理由の一つには、秀吉から任された長浜を守りきれなかったという、自分に対する不甲斐なさもありそうだ。
「バスティアン陛下。悪いが私は、王子を気安く許す気にはなれない」
「こちらも死傷者を出すような被害に遭っている。私も丹羽殿に賛同する。親の前で言う事ではないが、命をもって償っていただきたい」
テンジの口から、予想以上に重い言葉が出てきた。
長秀も同意見のようで、首を縦に振っている。
対して、他の二人は賛同も反対もしない。
秀吉は領主という立場から離れたからか、さっきから静観している。
「意見が割れましたな。しかし、一番被害が大きかった方が、何も意見を出されていない」
「魔王様。貴方のご意見を、お聞かせ願えますか?」
マズイ。
非常にマズイ。
確かに安土は、他の四領の話を聞く限り、一番被害が大きい。
住民は斬り殺され、チトリとスロウスという仲間を失った。
半兵衛も危うく殺されかけ、街も火に掛けられている。
僕としても、チトリとスロウスという一緒に旅をした仲間の仇を討ちたいし、そのクソ王子を殺したいと考えている。
だが、だからと言ってバスティの目の前で、貴方の息子に死の鉄槌を与えますなんて、僕の口からは言えない。
言える勇気が無いのだ。
【俺が言ってやっても良い。悪いが俺は、やっぱり王子を許す気はない。バスティには悪いが、奴の犯した罪が重い。ここで許せば、更に被害は拡大するはずだ】
分かってる!
分かってるんだけど、それをバスティに言うのは辛い。
【お前は分かってない。奴も父親である前に、国王なんだ。それくらいの覚悟はしてるはずだろ!】
う・・・それを言われるとそうなんだけど。
でも、父親だよ?
息子が可愛くないわけないでしょ。
「魔王様。何かお考えになられているので?」
長秀が無言の僕を、不審に思ってきている。
このまま何も言わないのはマズイ。
でも・・・。
【優柔不断が過ぎるぞ!】
「バスティには悪いが、俺も王子を簡単に許すわけにはいかんな。例え頭を下げられたとしても、ハイそうですか。じゃあ許します。とはならんだろ」
「そうよねぇ・・・。魔王様が一番被害を受けてるんだもの。簡単には許せないわよね」
「我もそう言われてしまうと、納得せざるを得ないな」
黙っていた二人も、俺が考えを口にした事で賛同してきた。
バスティは、その話を目を閉じながら聞いている。
ズンタッタ達も唇を噛み締めているが、彼等はバスティに対しての思いなのか。
それとも、王子への憤慨なのかは分からない。
「そうだな。殺すとは言い切れない。だけど、死相応の罰は受けてもらいたい。奴はそれだけの事をしでかした」
「・・・それは流罪程度では済まさないという事だね」
目を開いたバスティは、とうとう口を開いた。
覚悟が決まったような、そんな目をしている。
「辺境の地に行っても、再び力を蓄える事は出来るからな。それじゃ駄目だ。その罰は今決めるつもりはないけど、俺達の怒りを受け止めさせるのは確定だ。その結果、死んでしまうかもしれないという覚悟だけはしておいてくれ」
「そうだね。キミの言う通りだ。私の育て方が悪かったのだろう。誠に申し訳ない」
再び頭を下げるバスティだが、正直なところ困る。
監禁されていた親が、何故謝らなくてはいけないのか。
そう考えると、彼が頭を下げてもしょうがないと思うのだ。
「もう謝らなくていいだろ。お前だって被害者なんだから。王子はぶっ飛ばす。帝国は許す。はい、これでこの話は終わり!あ、ただ一つだけ加えるわ」
「何ですか?」
「半兵衛に手を出した召喚者。名前はえっと、天堂だったか。奴は殺す。アレは魔族とかヒト族とか関係無く、存在しちゃ駄目な奴だ」
「・・・それには私も賛同させていただきたく」
バスティは後ろからの低い声に、驚いている。
俺の話に乗ってきたのは、ズンタッタだったからだ。
「チトリとスロウスの仇、魔王様にお願いします!」
「分かった。任せろ!でも、その為にはもっと強くなる必要があるな」
「あっ!ハイ!ハイ!」
俺の話に割って入るベティ。
何か考えがあるらしい。
「魔王様。アタシ達を強くしてくださらない?」
クネクネしながら言ってくるベティ。
気持ち悪い!
しかも意味が分からない。
「強くっていうのは、どういう意味だ?」
「それは、ねぇ・・・」
ベティがバチコンとウィンクしている。
その視線の先は長秀だったが、彼は青い顔をして目を背けていた。
やはり気持ち悪い!
「ちょっと!」
「ぬおうっ!あ、いや・・・」
ベティに迫られた長秀は、おもいきり仰け反っている。
そして一つ咳をした後、彼は続けて言った。
「魔王様。佐々殿の言う通りです。我々は今よりも強くなる必要があります。それは先程出た、天堂という輩を加えた召喚者に対抗する為です」
「なるほど。そういう理由なら分かった。ただ、強くしてくださらない?っていうのは、どういう意味だ?」
長秀はベティと、レベルアップする為にはどうするべきか話し合ったらしい。
その結果、強い者達同士で戦うのが一番だという結論になったという。
「だから魔王様。アタシ達に前田殿達と、ヤらせてくれない?」
コイツが言うと、ちょっと意味が違う気がしないでもない。
だが、あながち間違っていないし、悪くない提案だ。
安土にはパワータイプの連中が多い。
足を使ってスピードで撹乱するような人は、佐藤さんくらいしか思いつかない。
対してベティは、スピード系で言えばその最高峰に存在する男。
じゃなくてオカマだ。
こっちとしても、ありがたい。
「分かった。その提案を受け入れよう」
「それで魔王様。どうせだから、前田殿達を若狭や越中、上野に順次送ってくれないかしら?」
「何故?」
「アタシや若狭の可愛いお二人、それに一益殿は自分の領地をそう簡単に離れられないわ。その点安土には、強者が多い。だから持ち回りにして、アタシ達の領地で一緒に励んでほしいのよ!」
コイツ、意図的に言っているのか?
励むって言葉が、別の意味に聞こえてしまった。
そんなつもりはないのだろうが、ベティの言う事は理解出来た。
「その辺は本人達と、ちょっと相談するわ。つーかさ、だったら安土に滞在している間に、お前等戦ってみる?」
「良いのかしら!?じゃあアタシはあのハクトくんと、くんずほぐれつ。フンガフンガしたいわ!」