ランナー
長谷部の能力は、二刀流が合っている。
兄が木刀で殴られて分かった事は、二本だと倍の早さで圧力が掛かるという事だ。
同じ二本の武器を扱いアデルモを呼び出し、長谷部の事を話すと、彼は木刀の長さを調整するべきだと言った。
アデルモの助言通りに短くすると、長谷部は確かに扱いやすくなったと言う。
ならば早速修行へ入ってくれと考えていたところ、アデルモが微妙な事を言い出した。
アデルモは力でねじ伏せる剣。
一方、長谷部が目指すのは、細かく当てる手数で勝負する剣だ。
アデルモの心配をよそに、長谷部はとにかく二刀流の戦い方を教えてくれと頼むのだった。
コバはついでとばかりに、他の研究結果を発表し始める。
それが刻印付きの武器とグローブだった。
魔力を流す事により、その魔力パターンを登録。
手元に戻ってくるように設計されているらしい。
クリスタル内蔵の武器を奪われた後、盗難防止の為に昌幸と協力して開発したとの事だった。
こんな便利なアイテムなら、何かしらデメリットがあるはず。
そう考えた僕だったが、コバにそんな物は無いと一蹴されるのだった。
マジかよ。
そんな便利だとは。
これはコバが自信満々に語るだけある技術だ。
この世界に特許とかあるなら、間違いなく相当な金が入ると思われる。
「これ、上野国でも作れるかな?」
「昌幸殿が言うには、刻印自体は難しくないという話である。しかし何処まで遠くても引き戻すとなると、腕の差が出るような事を言っていた気がする」
なるほど。
要は作り手次第で変わるという事か。
昌幸くらいの腕なら完全防犯の素晴らしい物が作れ、上野国の一般的な鍛治師なら防犯ブザーくらいの効果という事かな。
「これは売れますね。昌幸殿が作る武器というだけでも価値はあるのに、更に盗難防止まで付加される。欲しい人は、大金を出しても手に入れようとするでしょう」
「大金って、どれくらい?」
官兵衛がちょっと考え込んでから、左手に指を三本と右手に五本を示す。
「金貨八枚?それ、高いのかな?」
「いえ、八十枚です」
「そんなにか!?」
「しかも、それが最低価格になると思われます。競りに出せば、三桁もザラでしょう」
なんて事だ。
最高だ。
「問題は、魔族にしか扱えない事ですね。魔力を流すという点を変更すれば、ヒト族にも売れると思います」
「という事だそうだ」
コバは再びメモを取り出し、官兵衛のアドバイスを書き記していく。
「帝国に輸出しなくても、王国や騎士王国という国なら、買ってくれると思いますから。是非、改良してみてください」
「了解したのである」
改良された時は、金貨がガッツリ懐に・・・。
うふ、ウフフ。
「魔王、気持ち悪いのである」
「もし沢山金が入ったら、上野国からドワーフを引き抜いてもいいな。そしたら工房も大きくするか」
「なぬ!?聞き捨てならんな」
「昌幸と共同開発したこの盗難防止刻印。かなり金になりそうだからな」
「吾輩達の自信作だからな。他にもあるぞ」
コバが新たに取り出したのは、ブーツと杖だった。
「これは?」
「吾輩が官兵衛にと作った物である」
「オイラに?」
歩行補助のアイテムかな?
おそらくブーツは歩行する際の負担軽減で、杖は軽いとかそんな感じか?
なんて思ってたのに、どうやら違うらしい。
「尻尾が無くなって足の後遺症もあるのか、今の官兵衛はマトモに歩けないのである。吾輩それを見て、どうにか以前のように歩いてもらいたいと思ったのである」
ほほぅ。
開発バカのコバにしては、殊勝な心掛け。
官兵衛も今の言葉には感動している。
「それで、どんなブーツと杖なんだ?」
「百聞は一見にしかず。魔王よ。履け」
「言い方!お前、もっと相手を思いやれよ」
「吾輩、官兵衛の事を思い遣っているのである」
「僕は?」
「・・・早く履くのである」
コイツ、ぶん殴りてぇ。
コバの事はムカつくが、官兵衛の為となると流石に断れない。
奴もそれが分かっているからか、少し口元が緩んでいる気がする。
「履くから寄越せ!」
コバから強引に奪い取ると、そのブーツは少し重かった。
おそらく本格的な登山靴と同じか、それよりも重い。
見た目もよく見ると、機械感が残っている。
何かが仕込まれているのが、これだけでよく分かる。
対して杖の方は、大して重くはない。
普通の杖よりは重いのか?
持った試しが無いので詳しくは分からないが、一般的な杖と違う点はすぐに見つかった。
持ち手というのか?
杖を持つ辺りの部分に、ボタンらしき物がいくつかある。
これが何かのスイッチなのは、間違いないだろう。
「さて、これでどうすれば良いんだ?」
「まずは普通に杖を突いて歩くのである」
言われた通りに歩いてみた。
やはりブーツが重い。
足の悪い官兵衛にこのブーツは、正直キツイのではと思ってしまう。
重い分安定性があるとか言われればそれまでだが、すぐに疲れてしまうのではないだろうか。
「これ、かなり疲れるぞ」
「ふむ。やはり普通に歩くのは難しいか」
「あら?もしかして今、データ取ってない?」
「試作品なのでな。当たり前である」
「そういうのはさ、お宅の三バカにやらせなさいよ」
と思ったのだが、魔力が無い。
結局は、魔族である僕がやるのがベストなんだろう。
「足に魔力でも流せば良いのかな?」
「魔力?あぁ、コレは完全に機械製。吾輩がバッテリーを組み込んで作ったのである」
「だったらアイツ等でも出来たじゃないか!」
しかもこのブーツが重い理由って、絶対バッテリーのせいだろ。
靴底が少し厚いのは、そこに入ってるんだと思われる。
「よし、では本番である。外へ出た方が、安全であろう。安土に戻るぞ」
このブーツで長距離歩くの、意外と辛いぞ!
なんだろう。
筋トレ用のアンクルでもしてるかのような気分になる。
「それでは官兵衛用に開発したブーツ。その実験の本番である」
「楽しみですね!」
「僕は疲れたよ・・・」
「疲れた!丁度良い言葉であるな」
丁度良いの意味がよく分からない。
だが、杖の説明を受けた僕はようやく意味が分かった。
「この杖のボタンを見るのである。上下に二つあるのは分かるな?」
「それくらいは見ればな」
「では、上を数回押すのである」
「数回。三回か四回で良いかな」
言われた通りに押すと、なんとブーツが光り始めた。
そして、足が勝手に前へと進むではないか!
三、四回の速度は、杖持ちの老人が歩くのとほとんど変わらないくらいだった。
「凄いじゃないか!自動で歩き始めたぞ」
「フフフ。驚くのはもう少しスピードを上げてから、言うのである。もう数回押せば、一般的な歩行速度になるはずである」
指示通りにもう三回押してみると、今度は小学生くらいの子供が歩くくらいには速くなった。
そして更に四回押すと、いよいよ一般的な成人男性が歩くのと変わらないくらいになった。
「これはもう、足を怪我してるとは思えないくらい速くない?官兵衛が履いたら、以前と変わらぬ歩行が出来るかもね」
「本当ですか!?コバ殿がオイラの為に、こんな素敵な物を作ってくれるなんて。とても感激です」
「ファッファッファ!この天才、ドクターコバァァァァ!!に不可能は無いのである!!」
久しぶりにビシッとポーズを取るコバに、安土の人々は皆振り返っている。
悪目立ちし過ぎだな。
「上がスピードアップなら、下はダウンだな」
下のボタンを長押しすると、徐々に速度が落ちて、コバ達の前で止まった。
「コバ殿、本当に凄いです!」
「驚くのはまだ早いのである。実は襲撃に遭った時を考えて、走る事も可能なのである」
「走るって、どれくらいの速さで?」
走ると言っても、軽いジョギングもあれば全力疾走まである。
どの辺りを設定しているのだろうか。
「かなり速くなるように作ったのである。逃げ切れなければ意味が無いからな」
「だから、かなりってどれくらいよ」
「それは自分で体感するのである。走れ」
「だから言い方!」
走るのか。
これは僕よりも、兄さんの方が向いてるかも。
【丁度良い。俺も体験してみたいと思ったんだ。どんな感じ?】
うーん、何かのアトラクションに乗ってる感じかな。
勝手に足が前に出るから、ちょっと面白い。
【勝手に出る感覚が分からないからな。楽しみだ】
「よし、準備OKだ」
「データも取るのでな。よろしく頼むのである」
「任せろ」
何やら書き込むコバ。
官兵衛もコバの隣で、俺が走り出すのを見守っている。
「行くぞ!」
えーと、上のボタンを数回だったな。
おぉ!
凄くゆっくりだが、確かに前へ進むぞ。
しかし遅いな。
もう数回押すと、子供くらいだったか。
それから数回で成人男性。
なるほど。
確かにこれは便利だ。
「魔王よ。そこから先が本番である」
「分かってるって。じゃあ、五回押してみるかな」
宣言通り五回押してみた。
少し早歩きになった。
都心の駅とかで見掛けるくらいの早歩きだ。
「もっとである」
「了解」
更に五回。
うーん、ジョギングにも程遠いか?
「遅いのである。もっと速くならないのか?」
「もっとねぇ」
細か細かに数回に分けるから、遅いんだと思うんだよな。
長押しは出来ないのかな?
「おっ!なかなか良いのである」
速めのジョギングくらいにはなったな。
もっと長押ししてみよう。
「かなり速くなりましたね。以前のオイラよりも速いかも?」
「ワハハ!なんか楽しくなってきた!」
何処まで速くなるか試してみよう。
更に長押しして、官兵衛を驚かせてやるか。
(大丈夫?結構速いよ?)
これくらいなら俺からしたら、まだ速いとは言わねーよ。
あっ、水溜まりだ。
この速さなら飛び越えて避けられるだろうし。
「オゴッ!」
「あっ!」
「イデ!イデデデデ!!」
水溜まりの手前のぬかるみで、足を滑らせてしまった。
後頭部をおもいきりぶつけた俺だったが、足はそのまま動き続ける。
そのまま進む足に、俺はセルフで引きずられていた。
「起き、起き、起き上がれない!イデ!」
膝から下が勝手に動く。
俺は足に力を入れて、止まろうとした。
「フン!」
徐々に速度が落ちてくる。
が、凄い反発力がある。
このままだと筋肉痛になりそうだ。
ちょっと緩めて
「アバっ!のおぉぉぉ!!」
再び後頭部を打ちつけ、足が高速で動き始める。
「魔王様!杖です!杖で速度を落として!」
「杖?そうか!」
官兵衛の助言で、俺は杖を使う事を思いついた。
官兵衛の声がしたのでそっちを見てみると、俺のこの状況を冷静に見ているどこかのアホが居た。
俺がガンガンと背中と後頭部をぶつけている最中、何かをメモしている。
「コバぁ!お前、覚えてろよおぉぉ!!」
「そんな事より、早く杖を使うのである」
冷静なコバの声が耳に入る。
確かにその通りだ。
杖で速度を緩めれば良いだけだ。
「どりゃ!」
俺は杖を地面に突きつけた。
杖がガリガリと地面を削りながら、俺の足はまだ速度を緩めない。
もっとだ!
もっと深く地面に差し込めば。
キタッ!
少し遅くなってる気がする。
「どうだ!ゆっくりになってきたぞ!」
しかし削れた土が顔周辺に飛んでくる。
おかげで、二人が何かを言っている事が聞こえない。
顔を背ければ、少しは聞こえるはず。
「違う!そうじゃない!」
違う?
何が?
「杖!杖!」
何かを持っているように振る舞う二人。
そしてようやく聞こえたその言葉。
「下のボタンを押せ!」
そうだ。
そうだった。
ボタンを押せば、全て解決だったじゃないか!
そう思ったのも束の間。
俺の耳にある音が聞こえた。
そしてそれは、俺の顔面にぶつかり、はるか後ろへ飛んでいく。
「あびゃっ!」
「折れた!?」
「コバ殿、他に止める方法は?」
「うむ。自力でどうにかしてもらうしかないのである」
そんな事が少しだけ耳に聞こえたが、俺はある事に気付いた。
杖が折れてから、更にスピードが上がっている。
気付くと、段々コバ達が遠くなっていく。
「あぁぁぁぁぁ!!俺、何処まで行くんだあぁぁぁぁ!!!」