実験
バスティにカマをかけられた僕は、簡単に動揺してしまった。
正直、あんまりこういう事はやりたくなかったのだが、これは簡単に口外して良い話ではない。
帝国の国王と言えど、バスティには命を懸けてもらう事にした。
バスティに精神魔法によって、口外しないという条件を縛りつけた後、官兵衛は自らコトの顛末を話した。
バスティはこれで、一蓮托生の間柄になったわけだ。
彼も協力を申し出て、自分の護衛だった長谷部を官兵衛にという話になった。
私の護衛クビね。
バスティの一言で固まる長谷部。
意地悪な言い方をする男だなと思ったのだが、僕と官兵衛も同じように悪ノリしたので文句は言えない。
官兵衛の護衛を頼むと、バスティに気を遣いながらも了承してくれた。
バスティと別れ、三人で歩いていると、官兵衛は急に爆弾発言を口にし始めた。
長谷部が護衛に就くのは想定内だと。
彼は自分の素性を知っている人物を、護衛に就けたかったらしい。
又左や太田に嫌われるような言動をした裏には、こんな意味があったとはね。
長谷部の護衛は責任重大となったわけだが、彼にも悩みがあった。
強くなる為には、自分の能力を知る必要がある。
しかし彼はその能力が分からないと言う。
コバもその能力の調査に関わっているのだが、丁度その本人が能力が分かったと言ってきたのだった。
「マジっすか!?」
「マジである」
分からないと言っていた矢先に、判明するとは。
長谷部も運が良い。
「では、私の新しい工房に行くのである」
「工房?工場は残ってたはずだけど」
確か話によると、Sクラスの海藤という男がコバを狙ってきたんだっけか。
その時に色々な物を作る工場の中にまで入ってきたのは聞いたが、工場自体を壊されたという報告は無い。
「工場は生産ライン専用にしたのである。そして新たに作った工房。こっちは開発専用として、昌幸殿と共同で使うのである」
「昌幸とねぇ。それで、その新しい工房は何処だ?」
「地下である」
「地下!?」
なんと、フランジヴァルドとの地下通路の中に、その新しい工房とやらを作ったらしい。
元々地下通路は、侵入者が迷うように迷路にするだけのだけという設定だったのだが、何故か地下通路を帝国の連中は襲わなかった。
知らなかった可能性もあるが、その結果を踏まえて、襲撃な無さそうな地下に重要な開発部屋を作ろうという話になったらしい。
「通風孔とか、ちゃんとあるんだよな?」
「勿論である。しかも安土とフランジヴァルドの間の森に繋がっているので、外からはほとんど目立たないのである」
なかなか考えて作られているらしい。
しかし自分が治めているはずなのに、知らない事が増えてきた気がする。
これ、早めに長可さんに話をして、新しく何が作られたのか把握しておかないと。
「着いたのである」
地下通路を歩いていると、確かに分かりづらい場所にあった。
慣れないと迷う事は間違いない。
「意外と広いですね」
「俺の警備小屋より、はるかに快適そうなんだけど・・・」
「吾輩と昌幸殿の叡智の結晶である。おそらくは上野国の最新鋭設備よりも上だと、自負している」
鼻高々に言うコバ。
確かに見た事の無い道具や機械が置いてある。
機械という時点で、上野国よりは上だろう。
ただ、気になる点があった。
「この設備で、飛行機は作れるのか?帝国より上の物を」
「飛行機?あんな物、簡単に作れるのである。それよりも昌幸殿と協力して、魔法と科学を組み合わせた物を作った方が、はるかに面白いのである!」
「面白いって・・・。まあ向こうは、魔法を組み合わせて作るのは無理だろうし。確かにそっちの方が凄い物が作れそうだ」
「しかし飛行機はまだなのである。それよりも先に、やらなくてはならない事が多いのでな」
彼はそう言うと、ある手袋を取り出した。
薄手のタイプだが、手の甲の部分に何やら刻印がしてある。
「これはだな・・・」
「その話、長くなるんすか?俺の能力の話は?」
長谷部が申し訳なさそうに、横から口を出してきた。
確かに元々の目的を忘れるところだった。
「すまんすまん。先に長谷部の件から始めよう」
コバも長谷部の件を思い出し、机の上から書類を取り出した。
それを真ん中のテーブルに広げると、僕達はそれを見て驚愕する。
「コバ、字汚いな」
「ホントだ。きったねぇ!俺よりも下手じゃないっすか」
長谷部よりも字が汚い。
コバはちょっとイラッとしながらも、言い訳を始める。
「バカモノ!わざと読めないようにしてあるのである。誰でも読めたら、重要な開発が盗用されるかもしれないであろう」
「盗用って」
「いや、あながちそうとも言い切れませんよ」
官兵衛がそう言うと、コバはそれ見た事かと、調子に乗り始めた。
「流石は官兵衛である。やはり頭が良い者は、凡人とは違うであるな」
「うるさいよ。官兵衛が味方についたからって、調子乗るな」
「裏切り者が誰か分からない今、このような重要な開発物も狙ってくる可能性がありますからね。ただ、オイラには元々読めない字のようですが」
コバの字は、この世界で使われるヘニョヘニョな昔の字ではない。
日本で使われる、一般的な日本語だった。
官兵衛も漢字はなんとなく分かるみたいだが、他はさっぱり読めないと言っている。
と言っても、僕達も読めないくらいに字が崩されていて、ほとんど暗号に近いのだが。
「官兵衛もこう言っているのだ。召喚者も読めないこれくらいが、丁度良いのである」
「それで、長谷部の能力は何なんだ?」
「単刀直入に言うと、重力又は圧力である」
「重力?圧力?どっちか分からないの?」
「おそらくではあるが、圧力であろうと、吾輩は考えている」
コバの話によると、剣を交えた人物が感じる重さ。
それは圧力によるものだという話だ。
力で圧されているからではないのか?
そう考えた時もあったらしいのだが、身体全体に負荷を感じる事から、圧力によるものだと彼は予想しているらしい。
「なるほど。しかし急に重く感じるのは何故だ?」
「簡単である。一撃ずつ当てていく事で、その圧力が二乗されているのである。例えば、最初は少ししか感じない圧力も、十回も当てれば千倍を超える。例え身体強化を使った獣人でも、その圧力に吹き飛ばされるであろう」
「なるほど。兄さんが急に強くなったって言ってた意味は、それか」
僕と官兵衛が納得していると、横では長谷部が頭から煙を出している。
自分の能力が分かったと言っても、説明が難しくて理解出来ないみたいだ。
「長谷部、要はお前は剣を当てると、敵が圧力を感じるらしいぞ」
「でも戦ってても、皆そんな様子は無いんだけど」
「試してみるのである。よし、魔王を殴れ」
「オイ!お前はアホか!」
コバの奴、実験だからと簡単に言いやがる。
まあ長谷部はそこまで馬鹿では
「うぃっす」
「アイタッ!このバカチンが!」
馬鹿だった!
普通に頭を殴りやがった。
「タンマ!タイム!ちょっと無理」
兄さん、出番です。
僕には無理です。
【お前、殴られる時だけ交代っておかしいだろ?】
身体強化をすれば、大丈夫!
【なんという理屈。痛くなくても、気分はあまり良くないんだからな】
よろしくお願いします!
「仕方ない。当てるだけで良いなら、頭をポンポン十回やってみれば良いだろ」
「なるほど。殴る必要無いっすね。流石は魔王様、賢い」
「えっ!?そう?俺、賢いかぁ」
聞いたかね?
俺、賢いって言われちゃったぜ。
(はいはい。でも、確かに今思えばそうだったわ)
「じゃ、やってみます」
頭をポンポンされる俺。
なんか子供の頃みたいで、変な気持ちになるな。
「何もならないっすね」
「やっぱり力強くやらないと駄目なのであるな。殴れ」
「うぃっす」
「ちょっ!イテッ!」
この馬鹿、一言言ってから殴れよ!
身体強化を施した今は痛くはないけど、やはり気分は悪い。
「十回ゲンコツ落としたけど、どうすか?」
「堪えられるって事は、大した事ないな」
「素手では無理なのではないでしょうか?」
え?
官兵衛さん?
その一言は、危険じゃないですか?
「よし、木刀で殴れ」
「うぃっす」
「ちょっと待て!流石におかしいだろ!」
コイツは何故、コバの言いなりなんだ。
もう少し疑問を持ってくれても良くないか?
「何故止めるのであるか?これは実験。誰かが犠牲にならないといけないのである」
「まずは木刀以外でも良くないか?素手じゃなければ良いのかもしれないし」
「ふむ。一理あるな」
よし!
コバを言いくるめたぞ。
流石に木刀で殴られるのは嫌だ。
「では、これで叩くのである」
「うぃっす」
「何故そんな物がある!?イテッ!」
コバが手渡した物。
それはハリセンだった。
しかも妙に固い。
紙が固いのか、作りが良いのか。
とにかく普通のハリセンではない。
「これはうちの三バカを叩く用である。紙に昌幸殿に刻印をしてもらって、硬化してある。なかなか痛いであろう?」
「おまっ!ふざけんなよ!」
「十回叩いたけど、普通っすね」
「うむ、やはり木刀」
「待てぃ!流石に木刀で殴られるのは嫌だ。俺もバットを持つぞ」
紙の乗っているテーブルをバットに変えると、地面に紙が散乱した。
官兵衛が拾っている間に、長谷部は木刀で襲ってくる。
「せいせいせい!」
「うおっ!重い!」
「やはり木刀であるか」
流石に十回以上はキツイ!
地面に足がめり込んでいる。
「ストップ!」
「流石は魔王様っす。今、十八回は叩いたのに」
「いや、コレは凄いぞ。足下がホラ」
脛くらいまで凹む地面を見て、三人は驚いている。
ただ、俺は微妙な点に気付いた。
「なあ、又左達もコレに堪えるのか?」
「いや、あの人達はこんなに凹むほどじゃないっすね。アレ?何でだろう?」
「一定時間内に攻撃を続けないと、圧力がリセットされるのであろう。そうなったら、また一から二乗し直しになると」
「どういう意味っすか?」
長谷部は俺より理解力が乏しいみたいだな。
俺でも分かったのに、長谷部は分かってない。
よって俺の方が頭良い!
(五十歩百歩って言葉知ってる?)
知らん。
(・・・じゃあ良いや)
何だ、アイツ。
何か嫌味でも言おうとしたのだけは分かるけど。
「長谷部の攻撃は、避けられたら弱いって事だ。当て続ける事で、その強さを発揮する。速い相手には、ちょっと苦戦するかもしれないな」
「なるほど。確かにあの人達、避けてますね」
太田にも避けられてるのは、どうかと思うが。
でもあの辺の連中は、勘が働くからな。
直感的に距離を取ってるのかもしれない。
「能力は圧力。しかし武器は木刀のみで効果を発揮する。それが長谷部の力である」
「圧力。それが俺の力。よっしゃ!これで俺も強くなれる!」
「良かったじゃないか。圧力か。武器を吹き飛ばしたり敵を吹き飛ばすには、使える能力だな」
当てた方向に圧力が掛かるなら、わざと前に前にやっていけば、敵をどんどん遠くに押しやる事も出来る。
やり方次第では、武器として以外も使えるか?
「それで、俺はどうすれば良いんすかね?」
「え?」
「能力は分かったけど、どうすりゃ俺は強くなるんすか?」
「それは・・・どうすれば良いんだろ?」
圧力の事なんか分からんし。
コバを見ると、目を背けられた。
コイツ、能力を調べる事以外には興味無いらしい。
やはりこういう時は、困った時の官兵衛さんでしょ!
「官兵衛は何か案があったりする?」
「そうですね。戦うのなら、まずはガンガン前に行かないと駄目でしょうね。敵が下がっても、躊躇なく前へ前へと行くのが、長谷部殿には合うはずです」
「なるほど。前へ前へ」
「それにはずっと前に出続ける体力と、下がる敵に追いつく足が必要です」
「足かぁ。俺、あんま足速くないっす・・・」
足が速くなるって、あんまり聞かないな。
そりゃ陸上部の連中なら分かるだろうけど、ここにはそんなの居ないし。
逃げられる前に、叩きまくれば良いんだろうけど。
あっ!
「なあ、木刀の二刀流で殴ったら、二倍の早さで圧力掛からんかな?」