官兵衛と長谷部
官兵衛は怒らせるのが上手い。
自分の事だからか、とにかく半兵衛を貶した。
それに怒る又左達だったが、彼の説明を聞いて言葉を詰まらせる事になった。
半兵衛は運が無かった。
その点自分は生き残っただけ、半兵衛に勝っている。
僕は採用するべきだと言えば、全員がOKすると思っていた。
だがその考えは甘かったらしい。
又左と太田は反対。
佐藤さんとイッシーは保留という態度を取った。
そして僕とゴリアテが賛成。
六人で三つの意見に割れるとは思いもしなかったのだが、保留という点を考慮した結果、仮採用という事に決定した。
官兵衛と二人歩いていると、バスティが新しい護衛を引き連れているところに、バッタリと会った。
新しい護衛、それは石川一家の連中だ。
五右衛門の能力、目が合った者を眠らせるという力が、前回の襲撃の際に、大いに活躍したという。
彼等はその功績から、バスティの護衛に任命された。
そしてバスティに官兵衛を紹介したのだが、彼は帝国の国王。
下手な言い訳をして、身バレが怖いと考えていたのだが。
何故かアッサリとバレてしまったのだった。
僕は焦ってバスティの顔を見た。
何故分かったのか?
「うん?その様子だと、本当に半兵衛くんだったかなぁ?」
「なっ!?」
カマかけられた!
半信半疑だったバスティは、僕の反応を見て試したらしい。
コイツのこういうところ、本当に嫌い。
「ちょっと人の居ない所まで、来てもらって良いか?」
「・・・そうだね。かなりワケアリっぽいし。イチエモンくん、私は魔王達と少し話があるから、戻っていてくれないか?」
「え?は、はぁ」
護衛を戻す。
それはこの話を誰にも聞かせないという、彼の配慮でもある。
ただ、これがズンタッタ達にバレると逆に文句を言われそうなので、無難な場所が一番かもしれない。
「良いよ。皆で城に行こう」
「それじゃイチエモンくん達は、ラコーン達と剣の稽古をして待っていてよ」
「承知しました」
イチエモン達が離れ三人になり、僕達は誰も来ないようにと伝えてから、自分の部屋に迎え入れた。
「よし、誰も居ないな」
魔法を使って周囲を探ったが、特に変な反応は無い。
「そんな厳重に」
「お前、この事を黙っていてくれ!」
「オオゥ!」
何かを言おうとしたバスティに、いきなり一言先制すると、バスティはその勢いに押されて下がった。
「ちょっと落ち着こうか。何故、こんな回りくどい事をしたのか。それから教えてもらえるかな?」
「悪い。ただ、先に言っておく。誰にも公言しないという約束だけはしてくれ」
「分かった。神に誓って公言しない」
「神に誓わなくても良い。自分の命に誓ってくれ」
「自分の命に?」
訝しげに聞くバスティだが、これは官兵衛の命に関わる話なのだ。
悪いが手段は選ばない。
「精神魔法は知っているな?その中に契約という魔法がある」
「なるほど。そういう意味か」
自分の命を、約束を破った時の代償に差し出せ。
彼は精神魔法と言っただけで、その事を理解したようだ。
「口外、もしくは何かに書き記したら、喉と両手を潰させてもらう。言葉は発せなくなるし、何も持てなくなる」
「・・・OKだ。了承した。帝国の襲撃に遭ったのだ。私も本来なら生かされているだけ、感謝しなければならない身。身命に賭して、約束しよう」
彼も覚悟は出来たようだ。
忌み嫌った精神魔法。
こんな形で使う事になるとは、覚えた頃には思わなかっただろうな。
「これで良いよ。さっきの約束さえ守ってもらえれば、心身共に何も起きない。それと平和になった時は、解除もするから」
「それで問題無いよ。まさか軽い気持ちで言った言葉が、自分の命と天秤にかけられてしまうとは、流石に思わなかったけどね」
「それだけ重要な事なんだ」
「私の事で、本当に申し訳ありません」
今まで黙っていた官兵衛が、口を開く。
敢えて何も喋らなかったみたいだ。
「官兵衛、話してやってくれ」
官兵衛はあの襲撃で自らが遭った事、そしてその事に対する考えをバスティに話した。
「裏切り者か。確かに魔王が過剰に反応するのも、この話を聞けば分かる」
「すまんね。本当ならこんな魔法は使いたくないんだけど」
頭を下げて謝る僕に、バスティはすぐに頭を上げさせた。
「この件に関しては、これくらいしないと駄目だろう。私も同じ立場なら、厳しい箝口令を敷くだろうな」
「しかし官兵衛にも、誰が裏切っているかはまだ不明だという。申し訳ないけど、協力してくれ」
「その協力と言ってはなんだが、長谷部くんを護衛にすると良い。彼はキミの事を慕っているからね。あ、でも官兵衛くんの正体を教えるわけにはいかないのか。どうしようかね?」
バスティが頭を掻きながらボヤいているが、全く問題無い。
「長谷部はあの場で守っていたからな。既に正体を知っているんだ。他にもハクトとコバ、シュバルツ親子が知っている」
「又左殿や太田殿、それに蘭丸くんにも秘密とは。かなり徹底しているようだね」
「誰がどこで繋がっているか分からない。本当に最低限の人しか、知らなくて良いと思っている」
「そこに私が加わったわけだ。しかし、長谷部くんが知っているなら、話が早い。彼を呼べないかな?」
「大丈夫だ。問題無い」
「何すか?俺に用って」
「来たか」
長谷部がボロボロの格好でやって来た。
彼はアレ以来、又左や慶次、太田達ととにかく戦っている。
喧嘩慣れはしていても、命懸けの実戦の経験は少ない。
自分でもそれが分かっているらしく、皆にボコボコされる毎日を送っていた。
「長谷部くん、私の護衛クビね」
言い方!
あまりに突拍子も無く言うもんだから、固まってしまったではないか。
「お、俺、何か悪い事しましたか!?」
「いや、何もしてないよ」
「じゃあ何故!?もしかして、このまま街の外の警備をずっと続けろと?」
せっかく国王の護衛なんていう名誉な仕事をもらったのに、気付けば外の警備。
しばらくして護衛クビなんて言われたら、そりゃ焦るだろう。
知らない本人は必死だが、他人事として見ていると顔色が青くなったり赤くなったりして面白い。
だけど、そろそろ可哀想になってきたな。
「お前には今後、別の人を護衛してもらいたいんだけど」
「別の人?陛下の護衛よりも上の人なんて、居るんすか?」
「嫌か?」
「・・・まあ」
コイツも何気に、バスティの事が好きだからなぁ。
腫れ物扱いされてきた中、気軽に接してくれるのは嬉しいんだろう。
ちょっとだけむくれている気がする。
「そうかぁ。官兵衛、お前の護衛断られちゃったよ」
「そうですか。残念ですね・・・」
「えっ!ちょっ!えっ!?」
「悲しいけど、本人にやる気が無いなら仕方ないよなぁ」
「オイラも諦める事にします」
なかなかノリが良い官兵衛。
僕の口車にすぐ乗ってきてくれた。
長谷部は目を白黒させながら、僕と官兵衛を見ている。
バスティはそのやり取りが面白いのか、腹を抱えて笑っていた。
「ヒィーヒィー!腹痛い!そろそろ可哀想だから、いじめるのをやめてあげなよ」
「へ、陛下?これはどういう事?」
「バスティが言うなら、そろそろ本当の事を言おうかね。長谷部、お前にはバスティの護衛から外れてもらい、今後は官兵衛の護衛になってもらいたい」
「俺が半兵衛、官兵衛さんの護衛に?」
やはり寝耳に水のこの依頼、彼もかなり驚いている。
バスティがこんな条件を出してくるとは、僕も想像してなかったけど、本人からしたらもっと驚きだと思う。
しかし彼の中では、バスティの護衛も重要な仕事だったんだろう。
気を遣ってか、バスティの事をチラチラと気にしている。
その事に気付いたバスティが、長谷部の肩を叩いた。
「これはね、私からのお願いでもあるんだよ。彼は今、キミを必要としている」
「半兵衛は僕達が甘く考えていたせいで、あんな目に遭った。だから官兵衛には、盾となり時には剣にもなる奴を近くに置きたい」
「それが俺だと?」
「キミ以外に誰が居る?」
バスティの言葉に肩を震わせる長谷部。
これは疎い僕でも分かる。
武者震いというヤツだ。
長谷部はバスティの前に跪き、誓った。
「不肖、この長谷部。全身全霊を懸けて、黒田官兵衛殿を護ると誓います!」
「うん、頼んだよ」
「オイラからもよろしくお願いします」
「官兵衛さん!こちらこそよろしくお願いします」
これで長谷部の件は済んだ。
四人で城を出ると、すぐさまズンタッタがイチエモン達を連れて飛んでくる。
「陛下、護衛を外して勝手に出歩かれては困ります!」
「イチエモンくん達には、説明したんだけどなぁ。分かったよ。それじゃ魔王、またね」
ズンタッタ達に囲まれて、バスティは去っていった。
イチエモン達がズンタッタに、小言を言われているのが見える。
悪い事をしたので、今度何か奢ってあげよう。
「魔王様には説明しておきますね」
「説明?」
「実は長谷部殿に護衛してもらうのは、想定内でした」
「何だって!?」
「マジっすか!?」
バスティが居なくなったからだと思うが、かなりの爆弾発言だ。
最初から長谷部を護衛にするつもりだったなんて、僕でも分からなかった。
「まず、官兵衛は戦えないのに護衛が居ないのは、マズイのは分かりますよね?」
「そうだな。このままなら半兵衛の二の舞になっても、おかしくない」
「そこで魔王様は護衛を頼むはずです。しかし素性も知れない男の護衛など、誰がやる気を出しましょう?魔王様の命令と言えど、その護衛は不安に思うでしょうね」
「確かにな。でも太田とかなら、僕の命令なら全力で頑張ると思うけど」
「そこで面会時のやり取りです」
なるほど。
敢えて怒らせるような事を言っていたのには、こういう理由もあったのか。
長谷部は何の事だか分かっていないが、よもや自分が護衛する為の小細工の話だとは思ってないだろう。
「あの様子だと、又左や太田は嫌がるかもしれない。慶次はどうか分からないけど、前線に出れないという時点で断るだろうな」
「それよりも重要なのは、オイラの正体を知っている人物という事が大きいです。正体を知られるという危険を考えると、最初から知っている人が護衛の方が安心出来ますから」
「そうなるとハクトに護衛は無理だから、必然的に長谷部が残るわけだな」
頷く官兵衛を見て、長谷部も頷く。
多分、なんとなくで頷いていると思われる。
「俺、もしかして結構重大な感じ?」
「もしかしなくても、かなり大変だ。官兵衛の護衛だけじゃなく、バレないように手伝うのも仕事だからな」
「よろしくお願いしますね」
官兵衛の一言に、長谷部は奮起する。
と思ったら、何やら溜息を吐く長谷部。
悩み事でもあるみたいだ。
「俺もいつも全力で頑張ってはいるけど、いつも又左さん達には負けるんすよ。天堂みたいな奴が来たらって思うと、俺ももっと強くなりたいっす・・・」
「召喚者なら、戦ってれば勝手に強くなるんじゃないのか?」
「俺の場合、問題があるって言われて」
「問題?」
性格に難があったのは認めるが、今は過去形だと思う。
戦いに関しても、問題なんかあったかな?
「俺、自分の能力がよく分からないのが、駄目らしいんすよね」
「あー、なるほど。なんか戦ってると、急に木刀が重くなるヤツか」
僕は直接手合わせしてないから、兄から聞いた話だけどね。
「だから俺、強くなろうにも手探りみたいな感じで。コバさんが何か色々調べてくれてたけど、まだ分からないみたいっす」
コバも関わってるのか。
アイツ、どこにでも顔を出してる気がする。
なんて言ってたら、当の本人がやって来た。
「丁度良い所に居たのである。長谷部、お前の能力分かったのである。詳しく話すから、一緒についてくるのである」