馬鹿兄と陰険弟
海藤は慶次の槍を持っていた。
使い方が分からずに最初は伸びなかったのだが、色々と調べるうちに分かってしまったようだ。
兄の機転で難を逃れたロックは、ラビを連れてその場を離れた。
海藤は様々な武器を持っていた。
慶次の槍以外に、バルディッシュやグローブも使い、兄を苦しめる。
そんな戦闘の最中、奴は途中で武器を下ろした。
ターゲットは始末した。
兄は見掛けなかった半兵衛の死を聞かされ、呆然としてしまう。
その隙を突いた海藤は、最上階の窓から飛び降り、逃亡したのだった。
ハクトやコバが外に出た後、まずは半兵衛を匿う場所探しから始まった。
破壊された街には、半兵衛はおろか皆の住む場所すら少ない。
そこで僕達は長谷部の案を取り入れて、街の外に警備小屋を建てて、長谷部と共に住んでもらう事にした。
とは言ったものの、長谷部が護衛するバスティの許可無くそれは出来ない。
僕はバスティに話を通しに向かう途中、街を騒がせる喧しい男と会うと、有無を言わさずにぶん殴られるのだった。
コレ、もしかして目一杯殴ってないか?
人形の身体の動きが、さっきより悪くなった気がする。
もし今の攻撃で壊れでもしていたらと考えると、僕としては看過出来ない。
この身体、というより頭だが、スイフトがせっかく作ってくれた物だ。
どんな理由があるにしても、いきなり殴るのは許せん!
「何してくれてんだ!」
「お前が呑気な態度を取っているからだ!」
僕は歩いているだけで殴られたのか?
半兵衛が死んだからといって、じゃあ落ち込んでいろとでもいうのか?
完全に頭キタ!
「このクソ馬鹿!誰かが死んだら、落ち込んでなきゃいけないのかよ!僕達は魔王だ。皆の指導者だぞ。いつまでもそんな事だと、復興も進まないじゃないか!」
「そんな事?半兵衛が死んだのに、お前はそんな事とか言うのか?ふざけるな!」
また一直線に殴りかかってきやがった!
同じ手を何度も食うか!
「おわっ!イテッ!」
少しだけ段差を作って躓かせた後、そこに向かって土魔法で落とし穴を作る。
穴に落ちていく兄。
「この馬鹿兄が。少しは反省しろ」
「陰険弟。お前、どの口が反省しろとか言ってるんだ。反省するのはお前もだろうが!」
失敗した。
いつもの連中と同じ感覚で、落とし穴を作ってしまっていた。
本気になった兄には、この程度の深さでは余裕で出てくる事が出来たのを忘れていた。
泥だらけの兄は、再び僕に向かってくる。
「だから、少しは落ち着いて行動しろと言っているんだ!」
「お前は、人の死を悲しむという心が無いのか!」
地面の砂鉄を使い何枚も鉄の壁を作ると、それを兄の周りに囲んでいく。
しかし兄は、その鉄壁を蹴り倒し、僕の方へと向かってくる。
「いい加減にしないと、攻撃魔法使うぞ!?」
「良い度胸だ。お前が俺に喧嘩で勝った事、あったかよ?」
「いつの話をしているんだ!」
本当に腹が立ってきた。
昔の事までほじくり返してきやがって。
半兵衛の死を利用して、ただ鬱憤を晴らしたいだけじゃないか!
そもそも半兵衛の死を伝えられれば、この馬鹿を止めるのは簡単なのに。
馬鹿が暴れたせいで、今は街中の注目を浴びてしまっている。
こんなところで半兵衛が生きているなんて、暴露出来るか!
『なるほどね。大喧嘩していると思ったら、その事で怒ってたのね』
この声、ツムジか?
今の話、聞いてたのか。
『二人とも感情的になり過ぎて、心の声がダダ漏れよ。シェルターまで、二人の喧嘩の振動がするんだから』
シェルターの中の人達は怯えてないか?
『それは大丈夫。魔王様同士の喧嘩だって伝えてあるから』
そんな恥ずかしい事、伝えるなよ!
僕とツムジが交信をしている間も、馬鹿兄は殴り掛かってきている。
ちょっとでも油断すると、更に人形が壊されそうだ。
『それよりも、さっさとお兄さんに話しなさいよ。アタシと話している声を、このまま繋ぐから』
なるほど。
その手があったか。
(おい馬鹿兄よ。聞こえていたら、その突進を止めろ)
【あ?ふざけるな!お前のその態度が気に入らないんだよ。殴らないと俺の気が済まない】
駄目だコイツ。
もう何言っても殴る事しか考えてない。
『諦めちゃ駄目でしょ。魔王様、って二人とも魔王様だった。面倒だわ。二人とも、絶対に声を出さないようにしてちょうだい』
【ツムジが何の用だ?】
『今よ、魔王様!』
どっちも魔王だっていうのに、その言い方はどうかと思うが。
そんな事を気にしていられない。
(馬鹿兄、半兵衛は生きているから止めろ)
「は?」
(馬鹿!声に出すな!)
険しい表情で殴り掛かってきていた兄は、突然変な声を出して止まった。
誰が何処で見ているか分からない。
だから表立って言えないのに。
(本気じゃない動きをして、もう一度殴り掛かってきてくれ。鉄の壁で周りを塞ぐから、その中で鉄壁が倒せないフリをして聞くんだ)
【・・・分かった】
ようやくおとなしくなった兄に、僕は半兵衛達と話した事を報告する。
【裏切り者か。許せんな!】
(それに関しては僕も同意見だ。落ち着いたなら、鉄の壁をこっちから壊す。その勢いで僕を殴るんだ。そしたら僕は意識を失ったフリをする。それを抱えて、見つからないように教える場所に行ってくれ)
【そこに半兵衛が居るんだな?ちゃんとやるから、任せてくれ】
僕は鉄の壁を一部だけ薄くして、すぐに壊した。
「この野郎!」
「うわぁ、やられた〜!」
後ろに吹き飛んだ僕は、ガクッと倒れる。
見ていた人達は、悲鳴と共に僕に近づいてきた。
「どけ!俺が運ぶ」
兄がその一言で僕への道を作ると、そのまま抱えて歩き去っていく。
誰も魔王である僕達には、文句を言う人は居なかった。
『皆、よく今のが芝居だって気付かないわね。物凄い下手な大根芝居だったわよ』
(うるさいな。アレでも本気でやったつもりだぞ)
【そしたらツムジは、もっと上手く芝居が出来るって言うのかよ?】
『当たり前じゃない。長可さん曰く、女は男を騙してあげなさい。男に良い気分になってもらうには、そういう芝居も必要よ。だそうよ』
(長可さん、怖っ!)
【長可さん、怖っ!】
『そんなところは仲良いのね。可愛いわ』
美人なお姉さんなら未だしも、ツムジに可愛いと言われてもね。
あんまり嬉しくない。
そんな話をしている間に、半兵衛達が隠れている穴に到着した。
(ここだ。迷彩シートで分かりづらいけど、捲ると穴がある。ツムジは長可さん達の所に戻る前に、空から誰か見ていないか、監視してくれ)
『了解よ』
上空を旋回するツムジ。
誰も見ていないという事なので、そのまま穴へと入った。
「もう声を出しても良いよな?半兵衛、よく無事で居てくれた!」
「魔王様、こんな姿で申し訳ありません」
「いや、生きてるだけで俺は嬉しいよ。その前に言っておかないと。俺が悪かった。お前はむしろ半兵衛を助けたというのに、俺の早とちりで殴ってしまった。本当にすまない」
兄は皆の前で、僕に頭を下げた。
皆は上で何があったか分からない為、ポカンとした顔をしている。
「いや、僕も説明が遅くなったのも悪いんだ。ツムジに言われるまで、あんな方法で連絡するという事すら、考えつかなかったしね。それに、ラビを守ってくれてありがとう」
僕も兄に頭を下げると、何故か知らないが笑いが込み上げてきた。
あまり大きな声で笑えないが、長谷部達も生き残った事を実感したのか笑い始める。
「笑えるだけ俺達はマシだな」
「そうですね。死んでいたら笑えませんし」
「婿殿が死んでいたら、私は娘と絶縁させられていたかもしれませんよ」
アデルモの言葉で、ロゼはむくれながらも笑っている。
「それよりも魔王様。この穴からはどうやって出るんです?婿殿はこのままでは穴から出れませんよ」
「それは僕が、人形から元に戻れば良いだけの事だ」
人形に装着されていた魂の欠片を半兵衛に渡し、僕は元の身体へと戻った。
「なるほど。私が人形の姿になるのですね」
半兵衛は魔王人形と同じ姿になると、立ち上がろうとする。
しかし身体が慣れていないからか、後ろに倒れてしまった。
「あまり上手く動けませんね」
「大丈夫。半兵衛様は私が運びます」
ロゼが人形を持ち上げると、そのまま穴から這い上がっていく。
本物の人形はバッグに入れて、他の人には見えないようにしておこう。
「皆は城で待っててくれない?長谷部はこっちね」
「何で俺だけ?」
「バスティに話をしに行くんだよ」
アデルモとロゼ、そして人形半兵衛は城へ行ってもらった。
城はほとんど壊れておらず、誰も来ない部屋も用意出来る。
魔王人形姿の半兵衛が僕のフリをすれば、すんなり入れるだろう。
「まずお前は、バスティの許可が無いと外に出れないからな」
「陛下なら良いって言うと思うけど」
長谷部は簡単に言うが、僕はそう思わない。
本人が良いと言っても、ズンタッタやビビディがOKを出すかは分からないからだ。
ましてこのように街も壊され、敗北したと分かる状態。
また攻撃してきたらと考えると、護衛が多いに越した事はないと思うのが普通だろう。
「うーん、長谷部はあんまり口を出さない方が、良いかもしれないな」
「何故?」
「お前、半兵衛の事を口にしないで、説明する自信ある?」
「・・・魔王様に任せよう」
こういう時だけ魔王様かよ。
しかしその選択が正しい。
下手に口を出されれば、半兵衛の事がバレるかもしれない。
こんな事言いたくないが、バスティだって裏切り者の可能性は否定出来ない。
ズンタッタやビビディだって、疑う余地はある。
あまり疑い過ぎると人間不信になってしまうけど、甘く考えるよりはマシだと思う。
「着いた。ここだな」
半兵衛に教わったシェルターに着くと、そこには他の連中も多く来ていた。
ほとんどの者達が怪我をしている。
又左とラコーン、蘭丸とイッシーも来ているが、大きく目についたのは、人目を憚る事無く大泣きするラコーンの姿だ。
そのラコーンも、右腕が肘から下は無くなっている。
泣いているラコーンを避けて、イッシーに話を聞いた。
「どうした?」
「チトリとスロウスが・・・」
「そうか」
アレだけ大泣きしているんだ。
全て聞かなくても分かる。
「ラコーンが生きてるだけ良かった」
「私が運良く通り掛かったので助けられましたが、彼も大怪我を負っています」
又左の説明によると、海藤というSクラスの男を追っている最中、武器を失ったラコーンが片腕を斬り飛ばされたところに通り掛かったとの事だった。
「前田殿。私の部下を助けてくれて、本当にありがとうございました」
「バスティアン陛下、私は当然の事をしたまでです。ただ・・・」
又左はこっちを見て、何か気まずそうな顔をしている。
何かあったのか?
【それは海藤が、俺達の武器を奪って逃げたからだろう。俺も海藤に慶次の槍にバルディッシュ、それと佐藤さんのグローブで攻撃された。又左はそれを追っていたんだろうけど、ラコーンを助けた事で追うのを諦めたから、俺達に顔を合わせづらいと考えているんだろう】
そういえば、僕も又左の槍で太田を攻撃している所に、通り掛かったんだった。
なるほど。
あの時に何故、敵があのクリスタル内蔵の武器を手にしていたのか。
ようやく理由が分かったよ。
「又左」
「申し訳ありません!」
まだ何も言ってないのに謝る又左。
それを見て、バスティが口を挟んでくる。
「魔王よ。ラコーンを助ける為に動いた彼を、許してくれないか?」
バスティも困った顔で言ってくるが、僕はそんなに信用が無いのかな?
「又左。海藤を追っていたんだろう?」
「ハイ!取り逃してしまいました。誠に申し訳ありません」
「お前は僕達の事を、少しナメてるよな」
「本当にすいません!」
「馬鹿野郎!お前がした事が正解なんだ。頭を下げる必要は無いんだから、堂々としてろ!俺はお前が武器なんかより、ラコーンを助ける方を優先させた事の方が嬉しいぞ」