完敗
男は強かった。
アデルモとロゼの二人掛かりの攻撃も跳ね除け、アデルモは逆に重傷を負わされた。
ロゼを庇った半兵衛が傷を負わされると、男は言った。
半兵衛は危険だから、殺せと命令されていると。
僕達が道に迷ってグダグダとやっていると、長谷部が半兵衛の下へと到着。
長谷部の一撃が、男の頭を砕いた。
骨が折れた感触を確かに感じた長谷部だったが、男は立ち上がり長谷部へと斬りかかってきた。
男は自分の口から、ハッキリと死んだと言った。
長谷部とアデルモはこのままでは勝てないと判断し、時間を稼ぐ事に方針を変える。
その結果、死ななかった理由が彼の能力ストックによって、死んでも生き返るという事を知った。
そして半兵衛を殺すと言った男に、長谷部は激昂。
彼に木刀で殴り掛かりある程度押し返すも、本気を出した男に返り討ちに遭ってしまった。
アデルモと長谷部が動けなくなると、男は半兵衛へと矛先を変える。
半兵衛をいたぶりながら、男は笑っていた。
半兵衛にトドメが刺される直前、僕は空から火魔法を奴に放ち、危機一髪のところを助ける事に成功。
しかし半兵衛はここで、自分を殺してくれと口にしたのだった。
コバの助手三人衆改め、おバカ三人衆がギャーギャー騒いでいると、そこに敵がどんどんと集まり始めた。
「お前のせいで道に迷ったんだ!」
「だったら最初から分からないって言えよ」
「お前達のせいで、ハクトさんの援護無しになったじゃないか!」
ワーワー言いながら敵を倒してはいるのだが、そのせいで敵兵ホイホイといった感じだ。
ハクトは呆れて何も言わないが、雇い主であるコバは違った。
「この馬鹿助手が!貴様等のせいで、敵がわんさか集まっているではないか!」
「だって、コイツ等が」
「だってもへったくれも無い!」
コバの喝が効いたのか、ようやく黙りながら攻撃をする三人。
僕の方はと言うと、よくもまあ口喧嘩をしながら違う敵に攻撃出来るものだと、感心してしまっていた。
「コウくん、悲鳴と叫び声が聞こえる。これは・・・半兵衛くん?」
「半兵衛がどうかした?」
「悲鳴は女の人だったけど、叫び声は半兵衛くんだと思う」
ハクトの耳が小気味良く動きながら、その様子を伺っている。
するとコバが、変な事を言い始めた。
「もしかしたら、半兵衛は狙われていたのではないか?」
「半兵衛が?」
「吾輩が狙われていたのは話した通りだが、敵が吾輩を諦めるのに、そう時間は掛からなかった。又左殿がこっちに来たから逃亡したと思ったのだが、半兵衛を探していただけと考えれば、分からないでもないのである」
「マズイな・・・。急ごう!」
僕とハクトは敵の包囲から抜けると、後ろをコバが追ってくる。
「待つのである。吾輩も一緒に行くのである。もし吾輩も本当に狙われていたら、この馬鹿三人では頼りなくて困るのである」
「分かった。走るけど、大丈夫か?」
「ランニングマシンで、心肺機能は鍛えているのである。むしろ人形の姿で、吾輩達について来れるのか?」
言われてみれば確かに。
コバにすら置いていかれそうな予感がする。
「僕が背負っていく。コバさん、行きましょう!」
「お、俺達は!?」
「そこで囮をやっていろ。吾輩の命令である」
「そんな!」
田中と鈴木は仕方ないが、高野は少し可哀想な気もした。
この二人の喧嘩のとばっちりで一緒に囮役になってしまい、高野はとても不満そうだ。
流石にそれを察知したのか、田中と鈴木は無言で敵を倒している。
「馬鹿助手達よ、頑張るのである。死ぬなよ」
ハクトは時折止まり、その都度耳を動かしている。
何処で叫び声がするのか、それを確認しているのだろう。
街中ではまだ戦闘が行われているので、その声だけを聴き取るのは難しい。
「こっちだと思う」
「急ぐのである。吾輩の予想だと、叫び声が聞こえなくなった時点で、もう殺されていてもおかしくないのである」
コバの言う通りだ。
と言っても、僕には兄さん程の身体強化が出来ないので、聴力を上げるなんて芸当は苦手なんだよね。
そんな事をするなら、最初からハクトに任せた方が良い。
「居た!全員倒れてる!」
「剣が振りかぶられているのである!魔王、何とかせんかい!」
何とかしろと言われても、僕の身体能力じゃ間に合わない。
このままだと半兵衛が殺されるのを見ている事しか出来ないのか?
「そして魔王は軽くなる。恐怖の魔王が空から現れるのだ!」
「え?」
「飛んでけぇぇぇ!!」
ハクトは相談も無しに、音魔法を使ったらしい。
頭をアイアンクローのように持たれたと思ったら、凄い勢いでぶん投げられてしまった。
「行け、魔王!」
「すぐに追いつくから、頼んだよぉ!」
二人の声が遠くなっていく。
そして僕は、半兵衛の横に立っているフードの男を、火力過多だと思う火魔法で焼いた。
「わ、私を殺して下さい・・・」
「何を言ってるんだ!?今すぐに助ける!」
火だるまになった男を警戒しながら回復魔法を使うと、さっきよりハッキリした声で、半兵衛は言った。
「私を殺して。いえ、死んだ事にして下さい」
「どういう事だ?」
「奴の狙いは私です。あの火魔法では、奴は死にません」
「死なない?火だるまで転げ回ってるだけだぞ」
「そういう能力です。さあ、早く!」
どういう事か分からない。
しかし本人がそう言うのなら。
「魔王様!半兵衛様を助けて!」
「魔王様、我々の事は良いので半兵衛殿を、娘の婿を頼みます!」
「半兵衛さんを!アンタだけが頼りだ!」
アデルモ親子には半兵衛が死にかけていて、遺言を言っているように見えたのかもしれない。
長谷部も動けない割には元気だった。
必死に助けてくれと懇願している。
悪いが、今は彼等に弁明する時間は無い。
「追いついたのである」
「コバ、迷彩シートって土色にもなる?」
「なる事はなるが、何に使うのだ?」
それを聞いた後、火だるまがこっちを見ていないのを確認して、土魔法で小さな落とし穴を作った。
そしてハクトと半兵衛が中へ入り、その上から迷彩シートを被せる。
「見つからないようにするから。ハクトは回復を頼む」
「分かった」
シートの下からの声を確認した後、コバをその付近で立たせ、僕は火だるまに近付いた。
何かを言っているので、耳を澄ましてみた。
「ウヒヒイィィ!!熱い、熱いなぁ!これほどの熱さは初めてだねぇ!」
「気持ち悪い!」
「あの男、しぶといのである」
火だるまなのに、随分と元気だ。
このままだと、火が消えるのも時間の問題だろう。
「魔王、少しブラインドを作るのである」
「ブラインド?とりあえず壁は作るけど、これで良いか?」
コバの要求通り、四方を壁で囲んだ後、ジャンプして抜け出さないように蓋をした。
「あの親子の所へ行くのである」
「どうして?」
「良いから!」
「魔王様!半兵衛様を何処にやったのです!?」
怒りの表情を浮かべながら怒鳴るロゼ。
コバは人差し指を口に当てて、静かにしろと促した。
「良いか?一芝居打つのである。魔王、半兵衛くらいの体格の土人形を作るのである。顔はどうでも良い」
「土人形?こんな感じ?」
「うむ、そしたら顔に布を被せて。娘、泣くのである」
「・・・どういう意味?」
「半兵衛は死んだのである」
「フン!」
「この野郎!良いぞ、姐さん!」
ロゼの正拳突きが、コバの顔を歪ませる。
「痛いのである!この暴力娘、馬鹿なのか?」
「誰が暴力娘よ!半兵衛様はどうしたの!?」
この二人、あまり相性が良くなさそうだ。
時間が無いので、ちゃっちゃと済ませたい。
「二人とも、よく聞くんだ。コバと僕の言う通りにしろ。長谷部もこれは命令だ」
「っ!命令だと!?」
「そうだ。奴が出てきたら、半兵衛が死んだように泣くんだ。出てきたらで良い」
「・・・分かりました」
アデルモに回復魔法を使いながら話すと、彼は納得がいってないのが顔に出つつ、OKだと返事をした。
ロゼも命令という事で、渋々了承。
むしろ命令が信用されていないようで悔しいのか、薄ら涙を浮かべている。
問題は長谷部だが、コバが何かを耳打ちした後、彼は静かになった。
「出てくるぞ!」
四方を囲った土壁の一部が、大きな音を立てて崩れた。
「アッハッハ!酸素が無くなったおかげで、火が消えたよぉ!馬鹿だねぇ、あのまま火だるまにしていれば良かったものを。魔王って頭悪いのかなぁ?」
これは挑発されているのか?
それとも単純にディスられている?
少しムカついたが、今はそれどころじゃない。
しかし全身火傷をしていてもおかしくないはずなのに、出てきた時には元通りとは。
この能力、かなり厄介そうだ。
服は全て焼け落ち、残っているのは軽装の鎧のみ。
フードの下の顔も初めて見る事が出来たが、目付きがいやらしく口角が上がっていて気持ち悪い。
奴が出てきた事で目で合図を送ると、ロゼとアデルモは泣き始めた。
「半兵衛様ぁぁ!!」
「婿殿ぉ!」
土人形に抱きつく二人。
良い感じに身体の一部を隠しているので、向こうからは動かない死体に見えるはずだ。
「うん?死んじゃった?」
「よくも半兵衛様を!絶対に殺してやる!」
「ウフフフ。死んだ、死んだ、死んじゃった。俺が大切にストックしてあげるぅぅぅ!!」
「ストック?」
奴の言った言葉が能力か。
どういう仕組みなのか分からないが、今はとにかく騙し切る事が重要である。
「半兵衛の仇、僕が討ってやる」
「魔王かぁ。このまま殺してやっても良いけど、半兵衛を殺したら戻れと帰還命令が出てるんだよね。半兵衛くんの魂は、大切に使ってあげる。次のターゲットは誰かなぁ?アーハッハッハ!!」
「待て!」
「待てと言われて待つ馬鹿は、居ないよね」
「名前だけでも教えろ!」
待てと言われて待つ馬鹿は居ない。
自分でそう言ったのだから、そのまま立ち去るかと思われたのだが、奴は立ち止まり振り返ってから言った。
「天堂、天堂伴治。そのうちまた来るよ。次は誰を殺そうかな」
僕も見えない速さで消えると、そこには怪我人ばかりが残されていた。
「完敗であるな」
「悔しいけど、そうとしか言えない」
「魔王様!半兵衛様は!?」
奴が居なくなった事で、ロゼは大きな声で僕に問い掛けてきた。
肩を掴まれ必死の形相だ。
「生きてるよ。コバ、どの辺りだっけ?」
「目印にボルトを数本落としておいたのである」
何故ボルトなんだろう?
などという無駄な考えは置いといて、その数本のボルトを見つけた。
しかしこの迷彩シート、優秀だな。
近寄らないと本当に分からない。
油断していると、ハクトと半兵衛の上に落ちてしまうくらい気付かなかった。
シートを捲り声を掛けると、ハクトから返事が来た。
「終わった?」
「あぁ、完敗だよ」
「ち、違います。生きている限り、負けてはいないのです」
半兵衛がそう言うと、ロゼは穴へ落ちていく。
終わったと言う言葉から、緊張感が解けたようだ。
「良かった!本当に良かった!」
「半兵衛さん!」
感動の再会なのだが、さっきから気になる点があった。
「あのさ、婿殿ってどういう事?」
「私、ロゼ殿と一緒になる約束をしまして」
「えっ!?」
うむ、知らない間に衝撃的展開である。
普段ならリア充爆ぜろと言いたいところだが、この場で言えば僕はロゼから殺されるだろう。
「魔王様、それよりもお話が」
「殺してくれの件だな。詳しく聞かせてもらいたい」
半兵衛の顔が再び険しくなると、彼の口から予想だにしない言葉が出てきた。
「おそらくですが、裏切り者が居ると思われます」