ハクトの苦悩
僕達はこのままの関係だと危険らしい。
センカクの爺さんの説明では、双子だからこそお互いの魔力を使えるのだが、近過ぎる故に魂が一つになってしまうのかもしれないという。
身体が治っても、魂が無ければ意味が無い。
是が非でも、意識して自分を見直そうと思った。
蘭丸とハクトも、自分に合った修行を教わったようだ。
蘭丸は魔法も使える槍使いを目指し、ハクトは音魔法を極めようとしていた。
蘭丸が教わった修行は、魔法を凝縮して、更に固定するというものだった。
クリスタルを使った武器とは違い、それは武器だけでなく身体の一部分にも使用出来るとの事。
足に風魔法を固定すれば、獣人並みのジャンプ力も出来る。
相手に合わせた攻撃や防御が出来るから、汎用性が高いと思われる。
次にハクトの音魔法は、鳥や動物に使えというものだった。
無差別に聞かせるのではなく、聴かせたい人だけに効果を発揮する修行だという。
それが出来たら、味方にだけ支援魔法も夢じゃないかもしれない。
夜になり集まると、お互いの修行の話をした。
その時、僕と兄を何て呼べば良いかという話になった。
結局は、ケンとコウという、日本時代の呼び名に決まったのだが、久しぶりに呼ばれると少しこそばゆい気持ちだ。
そんな話から、兄が何故明鏡止水の境地に達したかを聞いたところ、変な答えが返ってきたのだった。
寺で坐禅。
野球部って、そんな事するの?
僕ですら疑問に思った事だ。
二人も不思議そうな顔をしている。
「坐禅って何?」
「坐禅って・・・何て説明すれば良いんだ?」
こっちを見て助けを求めているが、ハッキリ言って僕が説明出来るわけがない。
精神世界にスマホも無いので、調べる事も出来ずにどうしようもなかった。
「あーえー、こうやって座って、目を閉じる。あとは集中するだけ?」
「何で説明してる奴が疑問形なんだよ」
蘭丸のツッコミに僕も頷く。
とりあえず真似をしてみたが、やはり合っているのかすら分からなかった。
「俺に聞くんじゃなくて、師匠に聞けよ!」
「それもそうだ。そうしよう」
聞いても無駄だったと、三人で納得したのだった。
センカクに明鏡止水のコツを聞いたが、あまり兄と変わらない答えが返ってきた。
「人それぞれ、何を考えて何を見るのか違うのじゃ。それは自分達で見つけるしかない」
説明を聞いても分からなかった僕達は、まずは兄の真似から入る事にした。
坐禅を組み、とにかく無駄な考えをしない。
水が止まって見えるように、ずっと滝を見ていた。
「止まらないな」
「止まらん」
「どうすれば良いのかな?」
「・・・見えた」
兄は一人、その境地に達しては、教わった体内に魔力を循環させる修行も並行して行っている。
「ケンは明鏡止水になる直前って、何を考えているんだ?」
「直前・・・うーん、修行でパワーアップしたらモテるか?」
「お前、こっちは真面目に聞いてるんだぞ!」
ふざけた答えに蘭丸がキレた。
が、兄も逆ギレし始めた。
「ふざけんなよ!婚約者まで居てモテるお前には分からんだろうが、こっちは大真面目に考えてるわ!聞かれた事をちゃんと答えたのに、何故キレられなきゃいけねーんだよ!」
「ハァ!?」
「なんだよ!」
ヒートアップした二人は立ち上がり、お互いに手が届く距離まで近付いている。
ハクトもそれに慌てて間に入ったが、僕は関わらないようにした。
というより、兄の言葉の意味を考えていた。
「コウくん、一緒に止めてよ」
「うーん、ちょっと待って」
兄の言葉を鵜呑みにすれば、モテたいという考えでも水の一雫は見えるという事だ。
という事は、考える中身は重要じゃない。
どれだけ深く考えるかの方が重要なのか?
「分かったかもしれない」
「本当か!?」
「多分だけど」
正しいか分からないけど、間違っても怒らないでね?
という条件で、三人に説明をした。
「おぉ、言われてみるとそんな感じがする」
「ちなみに合宿の時は何考えてたの?」
「それは配球の事だったかも」
当時、エースだった人がリハビリ中で、二番手三番手ピッチャーが登板していたという。
エースに劣る投手力で、どうやって予選を突破出来るか。
そんな事を坐禅中に深く考えていたら、なんとなくそれっぽい事が出来るようになったらしい。
「という事は、やっぱり考える事は重要じゃない。自分達でどれだけ深く穏やかに考えられるか。それが重要なんだと思う」
「なるほど。それを踏まえて、もう一度やってみよう」
蘭丸の言葉に、四人は再び座り直し、深く瞑想した。
「ホッホッホ、やりおるの」
あの後すぐに出来たわけではないが、ようやく僕を含めた三人も出来るようになった。
ただし、時間は掛かる。
「あとはこの境地に達するまでの時間の短縮。それと自分達の修行に、どう活かすか」
「そこまで分かっておるなら、あとは教えんでも良いな」
と言われたものの、足下に転がる大量の知恵の輪。
これをやりながら明鏡止水の境地に達しろというのが、とても難しい。
知恵の輪をクリアする為に、そっちに考えを持っていかれるからだ。
だから今は、考えるのをやめて感覚だけで知恵の輪をやっている。
「ヘイヘイ、俺やっぱり出来る子だぜぃ!」
魔力を右回りに循環させる事に慣れた兄は、余裕の言葉を口にしていた。
確かに大きな光が高速で動いているのが分かる。
「右回りはもう問題無いの。では左回りで同じ事を」
「ひ、左も!?」
「攻撃をされて咄嗟に左腕を出した時、右回りでやっていたら間に合わないぞ?それでも良いのかの」
「うっ!それは確かに。クソー!やってやる!」
文句を言っている兄だが、第二段階に進んだのは兄だけだ。
嫉妬するわけではないが、クソー!って言いたいのはこっちの方である。
「フゥゥ、固定が難しい」
ミスリルの板に水魔法を固定する蘭丸。
兄に次いで進んでいるのが、おそらく彼だろう。
火魔法はクリアしたので、違う魔法に挑戦中みたいだ。
「だあぁぁ!水が溢れた!固定しようとすると、凝縮したはずの水が溢れちまう」
「何事も経験じゃ。何度もやりなさい」
大したアドバイスも無いのは、順調な証拠だと思った。
「鳥ー、来てぇ。鳥さ〜ん、鳥様〜!」
もはやアホにしか見えない。
空に向かって鳥に向かって声を掛け続けているハクト。
知らない人が見たら、ただの頭のおかしい人だろう。
「何故、鳥に聞こえないのか?お主の気持ちが伝わるように、もっと心から声を出しなさい」
「心からですか?出してるつもりなんですけど・・・」
「鳥には伝わっておらん。だから声に応えてくれないのじゃ」
「うーん、鳥ぃ!来てくれないと焼き鳥にしちゃうぞー!」
叫んだせいか、逆に何処かへ飛び去ってしまった。
四人の中で一番苦労しているハクト。
鳥に呼び掛けるその声が、離れた所から毎日聞こえるのだった。
半年ほど経ったか。
ここに来てようやく、修行の効果を実感し始めていた。
「必殺!俺パンチ!」
光る拳で岩を殴ると、割れるどころか粉砕した。
今ではかなり速度で、魔力を自由に集める事が出来るようだ。
「どうだい、爺さん。俺の修行はこれで修了しても良いんじゃないか?」
「見事じゃ!じゃが、図に乗るのはまだ早い。一点集中ではなく、二点、三点集中を覚えるのじゃ」
爺さんの見本として、両手に魔力を集めた。
一つに集めた時より薄い光だが、確かに集まっている事は分かる。
「これの難しいところは、平均して分ける事じゃ。右手に集め過ぎてもいかんし、少な過ぎてもいかん」
「うぅ、確かに難しい・・・」
右利きだからなのか、右手の方が光が強い。
「これを両手両足の四点に集中出来るようになれば、合格としよう」
「どうですか?師匠」
蘭丸は大きくジャンプすると、今度は木の棒に火魔法を固定した。
木の棒で草を刈ると、炎が舞い上がる。
「なかなか良いの。あとはその凝縮と固定の数を増やせるようにするのと、固定した魔法を瞬時に変えられれば合格じゃ」
センカクは持った木の棒大木を叩くと、雷が落ちたように電気が走る。
その電気で燃える木に向かってもう一度叩くと、今度は叩いた箇所から水が溢れ始めた。
「魔法を入れ替える・・・。なるほど、やってみます!」
「飽きた。知恵の輪飽きた」
「真面目にやらんかい!」
最近では、知恵の輪をちょっと見ただけですぐにクリア出来るくらいになった。
知恵の輪なんかで魔力消費が減少したかは、全く分からない。
「どれ、確か欠片は大きくなるのと変身だったかの。やってみぃ」
「え?大きくなって変身ですか?」
「そうじゃ。何か大きくて強そうなモノに変身して、魔法を使うのじゃ」
大きくて強そう。
そんなのドラゴンしか思いつかないな。
エクスの姿を思い浮かべて・・・。
「変身!」
自分の視点が高くなっていく。
腕を見ると鱗に覆われていて、振り返ると尻尾が生えていた。
翼もあるが、どうやって動かすんだ?
「ドラゴンとはの。なかなか見応えがある。では、その姿で火魔法を使うのじゃ。どうせだから、口から炎を吐くようにの」
「口から火魔法!?で、出来るかな?」
変身した後の魔法は、いつも威力が下がる。
ドラゴンのサイズになった分、もしかしたらマッチくらいの火しか出ないかもしれない。
ええい!
考えても分からん。
「口からファイヤー!」
別に言わなくても無詠唱で使えるのだが、気持ちの問題で言ってみた。
下手に被害が出ても嫌だったのと、あまり見られたくないという事から、空に口を向ける。
するとエクスの爆発よりかは弱いが、大きな炎が空へ上がるのが自分の目で見えた。
「な、何じゃこの威力!」
「まだ魔力調整が駄目かの。もっと抑える事が出来るはずじゃ」
そんな事を言われたが、右から左に聞き流しである。
変身した状態で魔法が通常に使えた。
それだけで僕としては驚きなのだ。
「ま、知恵の輪をもっとやり込めば、消費量も減少して調整も上手くなるであろう」
「分かりました!」
「とりートリー鳥ー!!」
ずっと鳥しか言っていない。
こんなの来るわけがない。
ハクトはもう、諦めかけていた。
「やはり無理かのう。音魔法は難しい。出来なくても仕方ない。悲観せんでも良いぞ?」
「師匠、もう心が折れそうです。僕の何が駄目なんですか?」
「気持ちじゃろうな。伝えたいという気持ちが、鳥には聴こえんのじゃろう」
気持ちなら込めている。
なのに通じない。
「疲れた・・・」
「少し休むと良い。無理に叫んでも、喉を痛めるだけじゃ。落ち着いたら、また始めなさい」
センカクが鶴の姿で飛んで行くと、ハクトは座り込んだ。
「もう無理なのかなぁ・・・」
他の三人が結果を出しているのに、自分だけが前に進んでいない。
その状況がハクトを、更にマイナス思考へと追い込んでいく。
「ハクト!休憩中か?」
「蘭丸くん!凄いね、そんなに跳躍出来るようになったんだ。僕よりも跳んでるんじゃない?」
「いやいや!ウサギの獣人のハクトには負けるだろ」
他愛もない話を二人でしている二人。
「ゴホゴホッ!」
「大丈夫かよ。鳥ー!って叫び過ぎなんじゃないか?」
「でも、大きい声で呼ばないと。もう近くに鳥が来てくれないんだ」
「叫び過ぎると喉を痛めるぞ。お前、歌上手いんだから、勿体無いだろ」
「歌が上手くても・・・歌?」
考えるハクトに、蘭丸は何も言わなかった。
「ロックさんの歌、歌詞だけ変えて歌ってみる」
「オゥ!」
ハクトが軽く咳き込んだ後、歌い始めた。
「お前、やっぱり歌上手いな。ただ、その歌詞は変」
「鳥〜鳥さん〜来て下さいな〜」
自分でも変な歌詞だと分かってはいるが、即興なので仕方ないと割り切ったハクト。
すると、今まで見えなかった鳥達が、森の方角から何羽も飛んできたのが見える。
「お、あんな変な歌詞でも鳥が来たぞ!お前の歌、鳥にも伝わるんだな」